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第171話

「おっにいっさまぁ~」



 夜半前。晩御飯を済ませて自室に戻った俺を迎えたのは、美しい少女の抱擁(ほうよう)だった。

 少女は嬉しそうに俺の首の後ろへ手を回してホールドする。



「お兄さまお兄さまお兄さまお兄さまぁぁ」



 そのまま、顔をすりすりとすり付け始めた。

 首を動かすたびに揺らぐ(つや)のある黒髪から石鹸の心地良い香りが鼻腔(びこう)を抜けていく。



「やめい。ティアラ、来るなら【メッセージ】で知らせてくれ」


「サプライズですわ。お兄様成分を補給しに来ました」



 動きを止め、口元を綻ばせながら少女は答える。

 宝石のような朱の瞳と端麗すぎる顔立ち。男女問わずに多くの人間を虜にする美貌に浮かぶ微笑みは、俺の精神を魅了していく。

 魅了や魅惑の耐性がない普通の男性ならそのまま昇天してしまうこと間違いなしだ。



「まったく……」



 俺は少女の頭を優しく撫でた。

 この肌触りのいいネグリジェの姿をした少女の名前は《ティアラ・フリシット・クリステレス》。隣国にあるミンティエ皇国の第3皇女だ。


 普段は凛として、皇族らしい立ち振る舞いをしている彼女だが、時折このように直接的なスキンシップをとることがある。

 顔を合わせない期間が長かったときや公務につかれたときだ。エルフ領から帰ったときは今以上に凄かった。


 決まってそういうときは大胆な格好をしている。他の者ならいざ知らず、相手はティアラという特別な存在だ。色々と節制(せっせい)し難い。


 そんな些細な葛藤などお構いなしに、ティアラは愉しげに顔を俺の胸元に預けてきた。



「お兄様の匂い……」


「かぐなかぐな」



 入浴を済ませているとはいえ、若干の気恥しさを感じる。

 満足してもらうまでしばしそのままの体勢でいたが、一向に離れる様子がなかったので俺はティアラのおでこを軽く押した。

 その動作から察したティアラは少し残念そうな面持ちで身体に重力を取り戻す。ふわりと床に両足を付いた。

 改めてティアラの全身を観る。雪のように白く光沢のあるシルクのネグリジェを着たティアラの姿があった。


「それ、似合ってるぞ」



 簡素的ではあるが感想を口にした。

 見たことのないデザインだった。ネグリジェはセントラル商会でも取り扱っているものだが、おそらくはオリジナルで造ったものだろう。


 ワンピースタイプのもので丈も長く、肌を露出し過ぎない上品な造りになっている。

 ただノースリーブで袖も細いため、胸元がさりげなく強調されていた。絶妙なサイズの魅惑の膨らみが2つ、理性の破壊を手助けしている。


 その言葉にティアラはにこっと笑みを浮かべて礼儀正しく感謝を述べた。



「ありがとうございます」


「でもまあ、一応、気をつけろよ」


「はしたなかったでしょうか?」



 ティアラはしゅんとした表情を見せる。

 そういった格好を他の奴に見せたくないという男心で告げたつもりだが、皇族らしからぬ行動を指摘されたと勘違いしたようだ。


 皇族もなにも前世では俺の妹であり16歳の女の子だったのだから、今更そんなことは気にしたりしない。気品はもちろん大切ではあるが……。


 ただ、ティアラのことなので、わざと勘違いしている節もある。俺はそのまま会話をつづけることにした。



「この世界の一般論でいうなら、そうかもしれないな」


「こういうの嫌ですか?」


「……そうでもない」


「よかったですわ。次は膝上の短い丈で来訪しますね」


「少し落ち着こうか」



 やはり確信犯だったようだ。そういうお茶目な部分もかわいいと思える。

 茶番はここまでにして、俺は本題があるのかの確認をティアラに問いかけた。



「わざわざ来たってことは、重要なことでもわかったのか?」


「いいえ、お兄様成分を補充しにきただけですわ」



 ティアラはソファーへ座らずに、近くのベッドに腰掛けて答えた。



「本当に?」


「実は、魔族にいる12神の使徒についてなのですが……」



 あるんじゃないか。心でツッコミつつも話を進める。



「【アフロディテの使徒】のことか?」



 ――アフロディテの使徒が天使の悪魔化を防ぐ鍵である。

 ダンジョンの最奥でユリアが残した言葉でもあった。

 俺の屋敷に住まう天使のアリエル――彼女の悪魔化が進行しているかもしれないのだ。

 本人は「大丈夫じゃ!」と楽観的に考えているが、そちらも早めに対応できた方がいいので法国の調査と並行してやっている。



「そこまで確定はしていません。でも魔豪国(まごうこく)に使徒がひとりは存在するかと」


魔豪国(まごうこく)か」



 耳にしたことのある国の名前。幼い頃に亡くしてしまった友人、クロの生まれ育った聖卿国(せいきょうこく)を滅ぼした国でもある。



「ひとりはってことは、候補がいるのか?」


「はい、現魔豪国の国王です。たった一振の槍で千の軍勢を消滅させたという偉業があるとか。その実力で魔王にのし上がったらしいのです」


「……神器か」



 俺の予測にティアラは頷いて答える。

 一振で千の軍勢を倒すなど普通では考えられない。だが、使徒が使える神器なら有り得る話だった。

 魔族は爵位よりも強さを重視するとも聞いている。国王とは単純に一番強いという証明だ。



「今は他の魔族の国、聖魔国(せいまこく)と揉めているようですわ」


「魔族同士でも争うのか」


「みたいですね。魔王国(まおうこく)は関係ないとはいえ、ユーミルが心配です」



 ユーミルとはティアラの親友の魔族のことだ。

 同時に12神、ヘスティアの使徒でもあり、ゲインに何らかの攻撃を受けて、魔王国領土で仮死状態となっている。



「必ず取り戻すぞ」



 俺がそう言うと、ティアラは一切曇りのない瞳を向けて頷いた。 


 ユーミルの目を覚ます充てはまだない。でもティアラは、俺が言うなら必ずそうなると信じているのだ。だからこそ俺もそれに応えるために頑張れる。



「法国に関しては……相変わらずです。強いて言うなら《ラグナ》のことを探っているといったところでしょうか」



 ティアラは話を切り替えて、直近の問題である法国の件を報告を始めた。


 今、王国は第二王子ルシフェルの派閥とその他の派閥に分かれていて、その他の派閥の中で最近勢力をあげているのが第3王女のリンシアと第4王子のカルロスだ。

 ルシフェル側に付く貴族や他国への抑止力として、リンシアが《ラグナ》と交流があることをわざと噂させたのだ。


 それにより、下手にリンシアへの危害を加えることができなくなる上に、取るべき行動も読みやすくなる。

 法国はルシフェルを通さずに王国への潜入捜査などもしていて、その証拠もすでに入手済みであった。



「狙い通りってことか。聖女の件は?」


「聖女の新しい情報もないですわね。中心部に建つイーリスの塔に引きこもりった法国の象徴。5年前に母を病気で亡くし、そのショックで両目の視力を失った淡い15歳の少女です」



 前に聞いていた情報をティアラが口にする。



「法国の政治には関わってませんが、聖女という立場から決定権があります。どういった人物なのかは知りませんが……裏で糸を引いているようなこともないと判断していますわ。戦闘経験も皆無です」


「やはり同じ使徒のダグラスぐらいか」


「そうなりますね。はぁ~、張り合いがないですわぁ……」



 ティアラは足を垂らしたままベッドに横たわり、心底つまらなそうにそう告げた。


 あと数週間もしないうちに行われる交流会。そこで聖女を殺し、その犯人をリンシアに仕立て上げるという大筋の情報がすでにこちらの耳に入って、その内容まで把握しているのだ。その時点で情報戦では圧倒的優位に立っている。


 唯一の驚異となり得る存在が"魔神"の二つ名を持つ12神の使徒――ダグラスと、その補助をしているかもしれない天使のみ。

 つまり余程ことがない限り、思惑通りにことを済ませることができるのだ。


 ティアラはその情報を最高司祭のひとりを懐柔して聞き出したらしいのだが、一体どのように手篭めにしたのか気になるところである。



「予想外は常に起こりえる。油断はするなよ。ティアラならわかってると思うがな」


「もっと叱ってくださいませ、お兄様」


「どうしてそうなるんだ」



 ふふっとティアラは品良く笑った。



「そういえば、聖女の住まう部屋を《聖女の間》と呼ぶのですが、そこは生娘しか入れないらしいんです」


「いかにも聖女らしいな」


「ですわよね。身を清めた清純な女性にしか入れない神聖な場所……ですが、私はもう入れませんわね」


「………………ん?」



 なにを言われたのか理解するのにしばし時間を用いていた。

 とくんと勢いよく心臓が跳ねた気がする。



「……なんでだ?」



 そんな俺を見て、慌てた様子のティアラが口を開けた。



「じょ、冗談ですわお兄様。私はまだ清純な生娘です。お怒りを沈めてください」



 俺は怒ってはない。ただ少しばかり気力が身体からもれてしまっただけだ。



「申し訳ありません。でも、お兄様に大切にされていると感じれました」


「そうか」


「前世のことをカウントするなら、あながち間違いでもない気がしますが」


「……」



 なんとも言えない気恥しい空気が流れる。

 このタイミングでの沈黙はよくないので俺は話題を変えようとしたが、先にティアラが口を開いた。



「早くお兄様と一緒になりたいですわ」


「やるべきことをしたらな。俺は思ったよりもこの世界が好きなんだよ」


「私もです」



 好きだからこそ、この世界のルールに則って俺は手に入れたいものを手に入れよう。



「お兄様が望むなら、こんなくだらない地位なんてすぐ捨てますのに」


「意外に楽しんでそうに見えるがな」


「そうかもしれませんね。下々の者を眼下に収めるのは悪くないです」



 ティアラが女王様のような口ぶりで小さく笑う。実際皇族なわけなのだが。



「なーにイチャイチャしてんのさ。クレイ」



 すると突然、気配が現れ、声が耳朶を揺する。

 聞き覚えのあるその声の正体は――。



「ハクか。せめてドアを使ってくれ」



 ジルムンクで共に育った幼なじみ、ハクであった。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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