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第170話

 学園での所用を済ませた俺が足を踏み入れたのは、王国の東南端の一角。

 中央に位置する王城の付近とは異なり、古く荒んだ建物や、長く人が住んでいない廃墟が並んでいた。

 人通りは少ない。まれに人を見かけても、目を合わせないように下に背けるばかりで活気はない。着ている服も継ぎ接ぎだ。


 ここはいわゆる貧民街。

 バロック王国の中央都市であっても、こういったエリアはいくつかある。

 東西南北に設置された門から王城に向かう十字線上の間。他国からもあまり見られない端側のここは貧困層が暮らしているのだ。


 一応、出店も少々立ち並んでいて営業もしているおかげか、ジルムンクのスラム街とまではいかない。だが、衛兵たちがあまり見回っていないせいで治安はかなり悪そうだ。

 こういった場所には、取引や密会などが多い。

 表立って行動をしない悪い人達はこういう場所にいそうなものである。


 そんな貧民街の入口周辺を散策。目的の場所へと到着した俺は呆れ声を漏らした。



「またこのパターンかよ……」



 俺がわざわざこの場所へ来た理由はひとつ、騎士団設立に際して譲渡された土地があるからだ。


 王国に所属する騎士団には団員たちの訓練や休息、出陣準備の用途として騎士団専用の土地とそこへ建造されている団室が支給されることになっている。


 規模や場所は様々だが、基本は王城の第1から第4まである訓練場近くの建物が与えられることになっていた。


 ただ、例外もある。

 治安を守る衛兵たちの統率のために王城から離れた場所を与えられる場合もあれば、団員数が多い、地位が高い、聖騎士などの理由で騎士団専用訓練場や屋敷が貰える場合もあるらしい。


 そして、俺たちラグナレス騎士団はというと――。



「……ボロすぎ」



 と、一言で表現できる見るからにボロボロの小屋。間違いではないかと渡された地図を何度も見返したが、どうやらここが正真正銘の譲渡された団室のようだった。

 

 壁には穴が空いていて、ガラスが割れているどころか縁ごと失った窓。長期にわたり使用されていなかったせいで荒らされた形跡もあるやられたい放題の小屋だった。


 中は10人ほどが並んで入れるスペースしかない。前世の学生時代にたまに入ったことのある運動部の部室を連想するが、それよりも酷かった。


 さらに言えば、東南端のため王城からも遠いのだ。普通に歩けば1時間以上はかかる距離である。



「湿気がないのが救いだな」



 多少開けた場所にあるため日当たりはいい。

 そのおかげで湿っぽさやジメジメした様子もなく、においもそこまでキツくなかった。


 文句を言っても仕方がないので、この団室をどうDIYしていくかを考えることに重きを置いた。



「まずはこの小屋だよな……ん?」



 どう改良するかと創案していると、少しずつ近ずいてくる気配があった。

 さらには気配を遮断する魔法を使用している。消しきれていないようだが……。


 ただ、警戒する必要もなかった。感知した気配は覚えのある少女の気配だったからだ。



「何してんだ、こんなところで」


「あれ、バレちゃったっすか」


「その程度の【気配遮断】は誰でも感知できるだろ」



 そう言うと、ケロっとした表情を見せる。

 茶色がかった髪を後ろにひとつ結びにしていて、小柄だがゆったりとした服を着用している彼女はリオン・カゲーヌ。王立学園アルカディアの騎士科で俺と同世代である。


 入学当初から関わる機会も多く、武器を作るために遠方の洞窟へ行ったり、演習も何度か一緒になったこともあった。

 明るい性格で人懐っこく、気後れしないため誰とでもすぐに打ち解けている印象。


 そんなリオンとは卒業を迎えた本日からも関っていくことになる。

 その理由が――。



「さすが我らが団長っす」



 そう、リオンは俺の設立した騎士団の団員でもあるのだ。

 進路に迷っていたリオンは俺が騎士団を設立するという噂を聞き入れていち早く入団希望を提出してきた。

 学園での友達が少なかった俺としても顔見知りであり、騎士科ではあるが成績上位者の加入は願ったり叶ったりでもあったのでそれを承認。晴れて騎士団に加入ということになったのだ。



「その呼び方は止めろ。普段通りでいい」


「何言ってるんすか、団長は団長っすよ。それにもう騎士なんすから、そんな呼び方できないっす」


「俺、身分には拘らない派閥」


「なんすかその派閥……じゃあ私のことをハニーって呼んでくれたらいいっすよ」


「いきなり意味不明な条件を提示するな」


「何かを求める相手に条件を提示しろって教えてくれたのはクレイ君じゃないっすか」



 そういえばそんなことを言った気もする。ラバール商会の手伝いをしていたせいか商売脳になっていたようだ。


 いつのまに普段の呼び方になっていることは指摘せず、俺は最初の質問を問いかけた。



「で、なんでここにいるんだ?」


「クレイ君のことを心配してきたんすよ」


「心配?」


「なんというか、その、聞きにくいことなんすけど」


「なんだよ」


「ヴァン君と何あったんすか?」


「……」



 リオンの言葉にしばしの黙考をする。

 王立学園アルカディアを首席で卒業をしたヴァン・アウストラ・クロード。公爵の地位を授かっているクロード家の五男。


 公爵家の子息とは思えない砕けた言葉遣いに、貴族らしからぬ大雑把な振る舞い。

 ヴァンとは大浴場に行ったり、共にダンジョンの依頼をこなしたりと、学園に入学する前から顔を合わせる機会も多かった。

 同世代で同じ12神の使徒でもあったことも理由に入るだろう。


 俺にとっては友人という言葉が当てはまる。

 前世ではそういう関係を築く事はなかったからこそ、そういったものを大切にしたいと俺は思っていた。


 しかし、エルフ領、ダンジョン攻略での出来事――。

 ゲインと関係性のある天使レミエル、その力を持つユリアを庇うようにヴァンは現れた。それもハーデスの【力の欠片】まで回収し、その場から姿を消したのだ。


 その後、俺はてっきり学園どころか王国に戻らないものだと勝手に思っていのだが、ヴァンは普通に学園に通っていたのだ。


 もちろんその件について問いただそうと試みたが、ヴァンはわざとすれ違うように立ち回り、いざ問いかけても口を噤まれてしまった。


 それ以降話をしていない。でも追求する気も俺にはなかった。

 ヴァンにはヴァンの考えがあり、守りたいものもあるだろう。【神界】でのアレスが告げた「彼は味方だから」という言葉を信じることにしたのだ。



「……男には色々あるんだよ」


「なんすか、その理由」



 適当に誤魔化すとリオンがジト目を向けてくる。



「それよりもお前はヴァンと同じ騎士団に行かなくてよかったのか。憧れだったんだろ」


「アルフレット騎士団すか。ヴァン君は憧れっすけど、同じ道を進みたいとは思ってないんすよ」


「ほう」


「リオンちゃんにはリオンちゃんのすべきことがあるんす。いつかヴァン君と肩を並べられるようになれたらいいっすねぇ~」



 絵空事を語るようなな口調でリオンが言う。

 その目はどこか遠くを見ていて、まるで叶わない夢を追いかける童話の少女のようだった。



「どのみち倍率が高かったから、私には無理っすよ」


「そうか?」



 おそらく、入団は可能だっただろうが、リオンにも思うところがあったのかもしれない。



「それにクレイ君、絶対出世するじゃないっすか。玉の輿っす」


「お前と結婚する気ないからな?」


「実力だって演習じゃ手を抜いてるっす。本当は《グレイブス・ワイバーン》を一撃で倒せるんすから」



 武器の素材集めのために洞窟へ行った際のことを言っているのだろう。

 ついでに【転移】を使うところまで見られているのだが、約束通りリオンは周りにそれらを公言したりはしなかった。



「目立ちすぎるのは良くないからな」


「だと思って言わなかったんすからね。リオンちゃんに感謝感激するっすよ!イエイっ!」



 人差し指と中指を立ててピースサインを作るリオン。なんとなくバカっぽい仕草に口元が緩んだ。



「まあそのうちお礼はしよう。だがその前に、魚料理の件は覚えてるからな」


「なんのことっすか?」


「忘れんじゃねーよ……」



 武器の素材を集める対価としてリオンの出身である東の領土で魚料理を食べさせてくれると約束をしたのだ。それに、そこの商会との交流も含めて。



「冗談っすよ。今度時間があるときに招待するっす。色々準備とかもあるんす」


「気長に待ってるよ」



 別に急ぎでもないので適当に相槌を打って返答した。


 俺はリオンから目線を外し、正面のボロ小屋に目を向ける。リオンもそれにつられてボロ小屋の方を見つめた。



「クレイ君、もしかしてこれが……」


「団室だな」



 リオンは唖然とて言葉を失う。しばらくして再び確認をしてきた。



「……冗談っすよね?」


「事実だ」


「まじっすか……。なんすかこの盗賊のアジトみたいな家は」


「ラグナレス騎士団の団室だよ」


「クレイ君って嫌われてるんすか?」


「こうみえてもモテるんだよ」


「確かに悪人からモテモテっすもんね」



 騎士団設立に対して反対の意を示していたのは第2王子のルシフェルである。

 しかし、この件は王国の法に乗っ取っていて、尚且つ俺やリンシアには悪行の類に繋がる噂などが一切存在しないことからなんなく通ることとなった。


 せめてもの爪痕として、ルシフェルは譲渡する団室の場所は自分が指定するという旨を押し切り、この場を指定されることとなったのだ。



「でもあれっすよね。クレイ君ならぱぱぱっと改装とか出来そうっすよね。クレイ君の屋敷も最初はボロ屋敷だったのを覚えてるっすよ」



 リオンは一度、俺の屋敷に赴いたことがあり、かなり驚かれたのを覚えている。

 ボロ屋敷だったときの状態を知っていたようだ。


 だからそのときに魔法で改良したことを軽く説明していた。



「できないことはないが、やらない」


「えぇ!? なんでっすか!?」



 リオンは跳ねるように驚愕した。

 俺の屋敷のような綺麗になった小屋を想像していたのだろう。



「俺がやらないだけで、改装はする。普通に商会に依頼するだよ」


「わざわざ頼むんすか……? なんで?」


「その方が仕事が増えるだろ」



 リオンは頭に『?』を浮かべて首を傾げている。説明が雑すぎたようだ。



「仕事がない奴らに仕事が振れる。そうすることでお金を稼げる者が増えるからだ」


「……んん? わざわざお金を稼ぐ人を増やす意味ってあるんすか?」



 俺は通りかかった継ぎ接ぎの服を着た親子を見つめながら口を開いた。



「そうした方が、王国が豊かになるだろ」



 ラグナレス騎士団としてラバール商会に依頼をして、ラバール商会が仕事のない者に依頼する。

 そうやってお金を回すことによって稼ぎを得る人達が少しずつ増えていく。稼ぎを得たものは雑貨屋で品物を買い、酒場でお金を使うだろう。利益を得た雑貨屋や酒場は他でお金を使うのだ。


 利益が増えれば人員を増やす。王国内のお金を回すことで、仕事がない層にも仕事が流れるようになっていく。

 こうすることでいつかこの貧民街も活気を取り戻せる。


 それがリンシアの目指している王国の情景なのだ。


 ジルムンクにいた頃の俺はそんなこと考えもしなかっただろう。



「そういうことっすか」


「馬鹿なお前でも理解できたようだな」



 前世と比べるとわかることがある。

 この世界には争いがあり、貧富の差があり、飢え死にする人も多いのだ。バロック王国だけではなく、どの国にも。


 正直比べ物にならない。

 生きている頃には思いもしなかったが、意外と前の世界はしっかりしていたようだ。



「……クレイ君ってなんか凄いっすね」


「それ、褒めてんのか?」


「褒めてるっす」



 リオンはまるで憂いたような目で俺を見つめていた。



「とりあえず下見は完了した。1ヶ月はかかるだろうが、それまで団室は無しだ」


「そんなっす……」


「どうせメンバーは10人もいないんだ。適当な酒場で話せばいい。俺の屋敷でもいいが」



 団室を視察するという用を済ませた俺は歩を進める。リオンがテクテクとそれに続いてきた。



「クレイ君の屋敷行きたいっす! ラバール商会の新作のネグリジェを買ったんすよ」


「泊める気はないからな?」


「え~、リオンちゃんのネグリジェ姿見たくないっすか? こう見えても脱いだら凄いんすよ」


「毛ほども興味ない」



 リオンのふざけた会話に付き合いながら、俺はラバール商会に依頼書を提出しに行くのだった。

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