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第169話

「ついに君も貴族の仲間入りかあ。クレ……じゃなくて、インペラトル卿」



 卒業の儀のあと、騎士爵を受理する為の色々ある面倒くさい手順を終え、無事に叙爵された俺は王立学園アルカディアの教員であるグリムの個室を訪れていた。



「その呼び方をやめろ。それに騎士爵は準貴族だから、貴族ではない」


「『今は』だろ? 君が頭角を見せてくれたことが何よりの喜びだよ。仲間としても、一教員としても誇らしい」



 入室して早々、通常運転のニコニコ笑顔で茶化してくるグリム。いつもよりも口角が上がっているのは嬉しそうだからだろう。



「貴族様には負けるよ。グリム男爵」


「なんかむず痒いね。いつものように呼んでくれよ。領土もない、運がいいだけの名前だけ爵位なんだから」



 数ヶ月前、ジルムンクの統治で第3王女であるリンシアの多大な貢献をきっかけに、元々騎士爵の準貴族であったグリムは男爵の爵位を国王から授かったのだ。


 この叙爵は騎士団時代の活躍に教員としての実績、そしてジルムンクのことが重なっての正当なものである。

 名前だけとグリムは言うが、騎士団を辞めてからもひたむきに教員として頑張ってきたものが積み重なった業績だ。



「実力だろ。こんな個室まで貰っておいてよく言う」



 俺は20帖ほどある広い部屋を見渡しながら告げる。

 暗めの色の木材を基調とした渋い執務用の机。後ろには大きめの窓があり、同じく暗めの木材を使用した本棚が左右に並ぶ。真ん中には来客用のガラステーブルを白いソファーで挟んでいた。


 いずれも全てラバール商会の手掛ける家具で、貴族用のそれなりに値段のする品々である。



「いやいや、僕は断ったんだよ? でも爵位を得た人と同じ部屋というのはおかしいって学園長に言われたんだ。まあ確かにって納得はしたけどね」


「なんともお前らしい理由でな」



 学園アルカディアで働く教員は爵位を受け告げなかった三男以下の準貴族が多いため、個室は与えられない。

 だからこの学園でのこの待遇は、グリムが貴族としての地位を表している。


 男爵になったグリムは他の貴族が収める領土の内政官を勧められていたのだが、それに断りを入れてわざわざ学園で働く意志を示したのだ。



「これもリンシア様……と、クレイ君のおかげだよ」


「俺は何もしてない」


「いやいや、報告書の内容を見たよ。あんなに大事のように書くんだから」



 グリムの言ったことに思い当たる節があった。

 それは、リンシアが国に提出する報告書の書き方に対して少しばかり手心を加えたことだ。

 前世でやっていたプレゼンの資料作りのテンプレートを真似たもので、ラバール商会でも取り入れている。報告のやりかた次第で相手への見え方は全然違うものになるのだ。



「あんなもの手伝ったうちに入らん。同じ実績で評価を得られるなら多いにこしたことはないだろ。それに全て事実なわけだからな」


「言ってることは正しいのに、クレイ君が言うと悪いことのように思えるのが不思議だ」


「善人ではないのは確かだ。やりたいようにやる」


「なんともクレイ君らしい」


「それよりも、宝珠の解析が進んだんだろ?」



 話が逸れてきたので俺は話題を切り替えた。これがグリムに会いに来た理由の本題である。



「もう少し、このめでたい余韻を噛み締めさせてほしいものだよ」


「こんなのこれからのことを考えればほんの一歩だろ。余韻なんか後でいくらでも味わってくれ」


「はは、それもそうだね」


「それで、【宝珠ルグスルギナ】の解析はどうなんだ」



 以前、グリムは愛する人を甦らせると嘘の契約をサタンと交わし、12神の使徒を殺すことが命じられていた。


 そのせいで俺はグリムに命を狙われるはめになったのだが、その際、12神の使徒を判別するためのものとしてサタンから預かったアイテムが【宝珠ルグスルギナ】だ。


 これはサタンが過去に殺した12神の使徒の魂の一部が入っていて、それにより『ゼウスの使徒』である俺を見つけることが出来た。


 しかし、この宝珠の力はそれだけではない。



「【宝珠ルグスルギナ】は使徒を判別するだけのものじゃくて、力を吸収、そして放出する機能も備わっているのはこれまでの実験でわかっていたことだったよね」


「そうだな。ただ、魔力や気力には全く反応を示さない」



 ジルムンクの統治へと赴いたとき、ハクとの戦闘で俺が『神界』へと姿を消している間、グリムは悪魔の力である【アスモデウスの加護】を持つ学園時代の先輩、ドレイクと衝突したらしい。


 加護を駆使したドレイクの力は強大でグリムが全てを出し切っても勝てる相手ではなかった。長い攻防の末、トドメを刺されて瓦礫に埋もれそうになったとき、その宝珠から力が湧き上がってきたという。


 さらには、加護の力で固められたドレイクの身体をも切断するのことが出来たのだ。


 この事実を耳に入れてから、【宝珠ルグスルギナ】に関しては何度も実験を繰り返した。

 幸いにも周りには12神の使徒も天使も悪魔とサンプルが多く、グリムと連携をとって効率よく進めていったのだ。

 これまででわかっていたことは、12神の使徒、天使、悪魔の力以外は吸収できない、ということだった。



「魔力や気力には反応しない理由、それはこの宝珠は『力』というよりは『魂』に反応するからなんだ」


「つまり、『悪魔の力』は『悪魔の魂』と同義ということか?」


「そういうことだね。ただ、それは悪魔に限ったことじゃない」


「……加護全般にあてはまるということか」


「うん。神も悪魔も天使も、『加護の力』は全て与えた者の『魂の一部』と与えられた者の『魂』とが同期している状態のこと、っていうのが僕の仮説」


「魂の同期……」



 グリムの仮説はその通りに思える。

 気力や魔力とは根本から異なる『加護の力』。それは魂の同期によって授けられるものなのかもしれない。


 加護は力ではなく魂。

 ルグスルギナは魔力や気力には反応を示さないのも根拠になる。


 それと同時に俺の【完全再現(アブソリュート)】で再現することのできないのは『力』ではなく『魂』だからという説明が付くのだ。


 人はそれぞれ特徴があり、容姿や性格はもちろん、魔力や気力もバラバラ。だが、魔力と気力は特徴的なだけで、自由に形は変化する。


 俺はその魔力や気力の形や数値を一瞬で感じ取って、その者が使う魔法や体の動きを自分のものにして再現している。

 その点、魂はどうだろう。

 魂という概念の枠があまりにも広く、形容し難いものがあり、簡単に形を変化させて再現せることはできない。


 それができたのなら、『自分』という自信を表す証明すら危うくなってしまうからだ。

 俺が転生しても俺である理由がそれにあたる。



「まだ謎が多い。でもその分、面白いって思えるけどね。僕は騎士よりも研究者の方が向いている気がするよ」


「その仮説があるだけでも収穫は大きいぞ。使徒の弱点に繋がる事柄だしな」


「その言葉は研究者冥利に尽きるね」


「お前は教員だろ」



 ははっと冗談ぽく乾いた笑みを浮かべるが、満更でもないように見える。



「それがあれば、吸収した加護の力――『魂』を利用できるのも興味深いしな」


「かなりの劣化版だけどね。クレイ君の【神の五感】だって少し感覚が強くなっただけのようだったし。まあ視力が高くなったのは嬉しかったけど、効果時間が問題なんだよなあ。もう少し長かったらよかった」



 実験のひとつとして俺の力をルグスルギナに吸い取らせてグリムが使用したのだ。結果はグリムの言った通りで『劣化版○○の加護』を使えるという状態だった。


 今のところ【完全再現(アブソリュート)】を補う代物としては使えそうにない。



「容量はわからないが、もっと色々吸収させて試したいな」


「そうだね」



 現在、宝珠ルグスルギナの中に入っている『魂』の一部は、前任者の『ゼウスの使徒』と『ヘスティアの使徒』。

 悪魔は『サタン』と『アスモデウス』の2悪魔。

 天使は『アリエル』と『ミカエル』と『レミエル』と『アズラエル』の4天使。

 そして、現役の12神の使徒である『俺』と『ティアラ』と『ククル』と『ユーシス』の4使徒だ。


 『レミエルの加護』はレニが、『アズラエルの加護』はククルが持っていたので同時に入ってきたものである。


 若干気になるのが、俺よりも前に選ばれた『ゼウスの使徒』、そして『ヘスティアの使徒』がサタンにやられたことになるのだが、一体どんなやつだったのだろうか。


 しばらく黙考した俺は窓の外から照らされた遮光の角度から時間を確認した。



「何かわかったら報告をくれ。では、俺はそろそろ行くぞ」


「どこへ行くんだい?」


「貰ったねぐらを見に行く」


「あ~、騎士団の」



 グリムの声色に好奇心が宿る。話が長引きそうだったので俺は早々に背を向けた。



「騎士団名にはどんな意味が――」



 そんな問いかけを無視しながら退室した俺は、設立したことで王国から譲渡された『ラグナレス騎士団』の団室へと向かった。

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