第168話
王立学院アルカディアの大講堂。
とにかく巨大なこの講堂には3千以上いる全生徒が並んでもゆとりがあり、5階ほどの高さの天井も吹き抜けになっていて開放的だ。
重厚感のある太い柱に絢爛たる白い壁。良質な深紅の絨毯が敷き詰められているのは、王族や貴族が来賓するため。
そんな大講堂で行われる卒業の儀を、王族兼、普通科の生徒として生徒側の列から出席してる第4王子――《カルロス・エドムンド・アイクール》はいそいそと視線を泳がせていた。
学園長が立っている1段高い演壇。そこへ続く通路を空けるように並ぶ生徒たち。そして、奥側には貴族や王族の来賓者が列を成す。
「ふぅ……」
王族の参加者を確認したカルロスは安堵するように自然と口からため息を漏らす。顔を合わせたくない兄の姿がないためだ。
王位継承権第1位ともなれば色々と忙しいのだろう。それか、また何かを企んでいるのか……。
そんな兄の行動を考察していると、学園長の声が講堂内に響いた。
「聖騎士、9位、クレイ・インペラトル」
卒業の儀では卒業生徒の名前をひとりひとり呼んでいくのだが登壇することはない。演壇に登ることが出来るのは聖騎士科の上位10名の叙爵される生徒のみだ。
残ることすら危うい聖騎士は難度が最も高いクラスのため、必然的に全生徒のトップ10の実力者たちとなる。
そんな栄誉な階段をカツカツとテンポの良いい靴音を鳴らしながら上がる銀髪の青年――クレイの姿をカルロスは目で追った。
姿勢はいい。だが、なんとなく気だるそうな様子を見て思わず笑いが溢れそうになる。
「(やっぱブレないなぁ、あの人)」
カルロスがクレイと出会ってもう1年が経つ。
入学早々にカルロスがクレイの態度に怒りを示したことがきっかけだった。
学園では権力を振りかざすことを禁ずるという決まりがあったのだが、物怖じせず堂々たる言葉を使うクレイが許せなかったのだ。
妹のリンシアが目にかけている男であることも憤怒した要因のひとつだろう。
カルロスの意向で無理やり決闘をすることになった。
クレイはあれでも聖騎士科。カルロスは魔法ありのハンデを貰い、さらにはクレイの剣が折れる細工までして勝とうとした。
しかし結果はカルロスの完敗。
『こんなに強い人間がこの国にいたのか』、と感じさせる一戦。カルロスは怒りも忘れて感嘆した日でもあった。
剣がなかろうが、魔法が使えなかろうが、戦士として絶対に超えることの出来ない圧倒的な実力。
悔しかった。兄にも追いつけず妹にも抜かれ、その上、ずるを使ってまで勝利しようとした平民に負けたことが。
観客の生徒たちは何も言わない。ただ、腹の中では兄のように笑っているに違いなかった。
――なぜ、頑張らないんだよ。いい才能をもってるのに。
惨めな思いをしていたカルロスの耳にクレイの声が響く。仰向けのカルロスに手を差し伸べ、少し口元を綻ばせていた。
まるで『まだお前の実力はこんなものじゃないだろ?』と言いたげな表情。
そんなクレイの態度と言葉はカルロスの心に響く何かがあったのだ。
「(元々は私の八つ当たりだったからなぁ)」
もう7年も前の話だった。
元々、王位継承権第4位だったカルロスの役目は、友誼を結ぶために他国の王女と婚姻すること。
陰では「友誼の柱」と呼ばれていたカルロスは宿命に逆らうように城を飛び出し、その先の貧民街で出会った平民の少女に恋をした。
しかし、当時は今よりも貧富の差が激しく、少女は貧しい家庭であったため、流行病で命を落としてしまったのだ。
それからカルロスは貧富の差のない国を作ることを目標にかかげることとなったのだが……。
その矢先――。
その志は有能な兄たちに折られてしまった。
無能な王子。お飾りの冠。口を揃えて皆が陰口を叩く。
カルロスは決して無能ではない。ただ同じ年齢でも結果を出てきた兄と比べられるとそう抱くものも少なくない。
そんな周りの評価にカルロスの心は砕かれ、何もかもを諦めてしまう。次第にカルロスは優れた者や飛び出る杭を疎ましく思うようになったのだ。
だからこそ、同じく無能と呼ばれていたリンシアが勢力を伸ばしていることが許せなかっただけ。
「(妹には悪いことをした)」
クレイに言葉を投げかけられたとき、カルロスの中で何かが弾けたのだ。
兄には適わないと決めつけ、逃げていた自分を認めることができた。
そして、もう一度頑張ってみようという気持ちを抱かせてくれた。
不思議と出来るような気がしたのだ。
そんな魔力がクレイの言葉には宿ってるのかもしれない。
それ以来、クレイとは何かと話すことも多くなり、学園外でも政治的なことを語るようになった。
クレイはカルロスのことを絶対に否定しない。
いつでも問いかけた問題を検証し、解決案に繋がるヒントをくれる。まるでカルロスの成長を手伝うように。
だからもうカルロスは諦めたりしない。
自分の出来る範囲で結果を残せるように前向きに考えることにしたのだ。
「ねぇ、クレイ様の名前が呼ばれたわよ」
「あ~ぁ、もう、今日も堂々とした振る舞いが素敵だわ」
「卒業しちゃうなんて悲しすぎる」
そんなことを思い出していると、ひそひそと話す女生徒の小声がカルロスの耳に入った。中には貴族の令嬢も混ざっている。
「(…………クレイ、結構モテるんだよなぁ)」
カルロスは目を細める。若干の嫉妬の感情がそこには含まれていた。
最初こそクレイは学園では反感を持たれる存在だった。
しかし、靡かない態度に媚びない姿勢、常に聖騎士科の10位以内という実力が伴っているせいか女生徒からの人気がある。
それも平民から貴族令嬢まで幅広くだ。
王族と同等に整った容姿もその要因だろうか……。
仮にも王族であるカルロスを差し置いて茶会に誘われることが度々。
恋文を渡されることも度々。
さらには直接的な言葉で想いを告げる者もいたほどだ。
女生徒たちは、クレイが王女のリンシアと繋がりがあることや、カルロスが最近知ったラバール商会での実績のことなどは全く知らない。
他の者から見れば爵位もないただの平民――否、平民であるからこそ、少女たちは思い切って行動に移せるのかもしれない。
もちろん、他の10位以内――とくに首席のヴァン・アウストラ・クロードや次席のマルクス・フェン・カンニバルも人気は高い。しかしそれは、貴族という肩書きの影響も大きいからだ。
素行の良くない部分に斬新さを感じているのか。
生意気な態度が母性をくすぐっているのだろうか。
クレイにはなんとも言い表すことの出来ない魅力があるとカルロスは思った。
それに、いずれもクレイは全ての誘いに断りを入れている。そういうキッパリとした部分もカルロスは男として好感を持っている。
「クレイ様の姓ってインペラトルって言うのね。初めて知った」
「元々家名はなかったらしいわよ。今回の叙爵に伴って得た姓らしいわ」
「ルーシェ・インペラトル……」
「ルーシェ、勝手に抜け駆けしてんじゃないわよ」
「(……)」
叙爵を終えて演壇から降りるクレイに好意的な眼差しを向ける女生徒。
そんな彼女たちの囁きを聞くのをやめて、カルロスは他の生徒たちの話に耳を向けた。初等生の男子生徒たち。
「クレイさん、騎士団の設立が受領されたんだってよ」
「え、名前は?」
「《ラグナレス》だってよ。団員は団長が直々にスカウトしてるらしいから、学園外の平民や冒険者もいるんだって」
「平民もおっけーなの?羨ましい……俺も入りたいなあ」
今回の叙爵に伴ってクレイが騎士団を設立したことはもう噂になっているようだった。
聖騎士科と騎士科の生徒は卒業後、基本的には騎士団に入るか、それに準ずる職に付くのが普通。
学園生だった者が卒業と同時に騎士団設立など前代未聞なのだ。
ラグナレス騎士団という名前の意味については不明だが、リンシアのために結成したというのをカルロスは聞いていた。
法国との交流会に伴っての護衛のため。そして、兄であるルシフェルの力を削ぎ落とすための布石。
そして、カルロスもやるべき事が見えてきていた。
今までは目をつぶってきたルシフェルの悪逆にカルロスも不平を抱いていたからだ。
「(腹違いではあるが、妹のためにやるしかないな)」
カルロスは覚悟を決めた。
それが貧富の差のない国を創るというカルロスの目標にも繋がると信じて。
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