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第167話

 太陽の光が空に広がりだした早朝。

 普段よりも早めに起床をして朝練を済ませた俺はバロック王国の王城へと足を運んでいた。


 芸術的で鮮やかな模様の床、高額なツボや絵画が飾られている通路を通って目的の部屋を二回ノック。すぐに「どうぞ」という許可が下りたので、俺はドアノブを回して中へ入った。


 上品で奇麗な調度品が揃った王族の部屋には羽衣のような透き通った銀髪の少女――リンシアと、その髪に櫛を入れて丁寧に整えている使用人メイドのリルがいた。



「おはようございます。早かったですね」


「早めに来るように言われたからな」



 幼い笑顔を浮かべるリンシアの姿を俺は一瞥する。

 見慣れたメイド服を着ているリルに対して、リンシアはいつもとは異なる白とピンクを基調とした豪奢なドレスで着飾っていた。

 普段は「お姫様」の印象を受けるリンシアだが、今日のドレスは「王女様」と大人っぽい。


 俺の視線と交差するように、リンシアの顔がこちらへと向いた。



「ついにこの日が来ましたね」



 にこっと笑顔を浮かべながら呟く。その面持ちは嬉しさが半分、安心が半分という様子だった。



「そんな大袈裟に言うことでもないだろう。入学したからには、卒業するのが普通だ」


「普通ならそうなんですけど、クレイの場合は違いますよ。内心、いつ退学になるのかハラハラしてました」



 本日は王立学園アルカディアの卒業の儀の日。2年制度である学園のため、今日をもって俺は卒業ということになる。

 卒業の儀には国王や一部の王族、貴族達も来賓するのだが、リンシアも王族の枠で参加するため、普段とは違うおめかしをしているのだ。よって、俺も学園の制服を着用している。


 思えば、この国にやってきてから2年以上が経過したことになり、15歳である成人はとっくに過ぎ去って、今は17歳になろうとしていた。時間の流れとは早い。


 とりあえずリンシアの口ぶりからして俺は不良生徒のように思われていたようなので、反論することにする。



「そんなことないぞ。俺ほど真面目に授業を受けていたやつはいないからな」


「クレイが真面目な態度で授業や演習に取り組んでいるところが想像できないです……」



 リンシアの指摘はあながち間違いではなかった。実際のところ、狙った順位に組み込めむための最低限にやるべきこと以外は実施していない。行く意味のない演習には参加しないし、必要以上の交友関係も構築しない。


 「学び舎」という枠組みがあまり好きではない俺からすると、学園は牢獄のようなもので、目的のための手段としてしか見れないのだ。

 そんなリンシアの正論にリルが口元をにやりと広げていつものように毒をかぶせてくる。



「クレイ様は問題児以外の何者でもないかと」


「一応、全生徒で9位だからな? 優等生中の優等生だぞ?」



 その狙った順位というのがSクラスでの10位以内。その範囲であれば何位でもよかったので9位に落ち着いたのだ。

 不動の1位から3位まではいいとして、それ以下の者たちの成長する実力を見極めるのに苦労したことを覚えている。手を加えすぎると順位が上がり、抜きすぎると順位が下がるからだ。



「はぁ。9位って低いですね。手を抜きすぎましたか」



 煽るようにリルが言う。まだ口元は笑っていた。



「目立ちすぎるのも良くないんだよ。逆に9位に留めた俺を称えろエセメイド」



 これは王位継承権1位である第2王子ルシフェルに目をつけられないための策でもあった。ルシフェルの派閥に属する貴族の子息もSクラスには多かったのだ。


 もちろん、9位でも十分目立つ順位だ。しかし、10位以内で卒業しなければいけない理由があった。



「これでクレイも準貴族の仲間入りですね」



 嬉しそうな面持ちでリンシアが告げた。

 実力者が集う王立学園アルカディアは王国一の学園であるため、そのトップである聖騎士科のSクラスを10位以内で卒業した者には騎士爵という爵位が与えられる制度がある。

 騎士爵は準貴族にあたるので、家名として独立した扱いとなるのだ。

 長男以外の貴族の子息は基本、親から爵位を譲り受けないため、何か実績を残して叙爵されるしかないのだが、その実績のひとつがこの学園の騎士爵制度。


 無論、俺は貴族制度には全く興味はない。これが今後、というよりもすぐに役立つと見通して甘んじて受け入れたのである。

 リンシアの言葉に再び小悪魔のような笑みを浮かべたリルが口を開く。



「貴族という言葉がこれほど似合わない男はいないかと……。風呂好きの変態辺りがちょうどいいです」


「その言い方だと覗き野郎って聞こえるんだが、気のせいか?」


「夜な夜な私の湯浴みを覗いて国宝の素肌を眼福して心を満たしていたではありませんか」


「リンシアやメルならともかく、お前の貧富な体で何を満たすんだよ。見たことはないが、お前の素肌が国宝ではないのはわかる」


「はぇっ!?」



 今のは失言だったようで、動揺したリンシアから変な声を上がった。そういえば転移式のネックレスをプレゼントした日の夜、誤作動でリンシアの湯浴みに転移してしまったことを思い出す。



「わかってませんね。クレイ様、朝日の光がほのかに反射する神秘的な広い湖を思い浮かべてください」


「なんだって?」



 言われた通りに想像する。なんとなくエルフの森にあった湖を思い浮かべた。



「そこに穢れを知らない純白の白鳥が一羽、その湖に浮かんでいます」


「……それで?」


「その白鳥が私です」


「くだらな……ここ最近で一番しょうもない例え話だな。お前はどちらかと言うと魔物の《クロウ》と干からびた荒野が似合ってるぞ」


「わかってないですね。私の柔肌は希に見ぬスベスベボディーですよ? 王国スベスベコンテンテストがあったら優勝です」


「はいはい、その大会にはお前しか参加してないのがわかったよ」


「ぐぬぬ……」



 適当にあしらうとリルが悔しそうな表情を浮かべた。

 俺たちの言い合いを終わらせるようにリンシアは話題を切り替える。



「それにしても、クレイの制服姿、久しぶりに見ましたよ」


「そうか?」



 下から上へと俺の姿を目で追いながらリンシアが告げる。

 確かに、上級生に上がってからは演習や実践が多いため、あまり着用する機会がなかったかもしれない。これを着るのも今日が最後となるだろう。



「ええ、私は結構好きですよ。学生という感じがして」


「『感じ』ではなく、一応、学生なんだがな……リンシアも似合ってるぞ。今日のドレス」


「え、そ、そうですか?」



 途端にかーっと顔を朱色に染めながらリンシアは目を逸らした。なんとも可愛らしい反応だった。



「普段のやつも好きだけどな」


「ありがとうございます。ティアラさ……お姉様がこの日のためにデザインしてくれたんです」


「そういうことか」



 なるほど、と納得した。

 ミンティエ皇国第3皇女にして前世では俺の妹であったティアラ・フリシット・クリステレス。皇国との王族交流会以降、リンシアとティアラはたびたび顔を合わせているらしい。もちろん王族と皇族なのでお忍びでだ。

 しかも、非常に仲がいい。エルフの郷に行っている間もリンシアを守るという名目で遊びに来ていたようだった。


 そんなティアラが手掛けるセントラル商会には「オシャレ」をコンセプトにした衣類の分野で幅を広げている。本人がデザインをして、リンシアが受け持つラバール商会にもアイディアを流してくれているのだ。


 女性の分野はやはり女性が強い。ラバール商会のファッション分野もかなり助けてもらっている。

 まぁ、お姉様と呼ばせるのはどうかと思うが。


 ちなみにリンシアはティアラの力を大体は理解していて、前世のことと神の使徒のこと以外は話しているのだ。最初こそ驚かれたが、すんなりと納得してくれていた。俺という存在がクッションになったせいで、強者に対しての感覚が麻痺しているのかもしれない。



「お姉様からは会う度に新作の衣服を頂くんです。いつも貰ってばかりなので私も何か返せればいいのですが……」



 リンシアがそう言うと、リルがすました顔で口を開ける。



「確かに……この間もリンシア様に際どい大人な肌着を持って――」


「リルっ!」



 慌ててリルの口を両手で塞ぐリンシア。赤面しながらチラっとこちらを確認するように視線を動かした。

 反応を楽しみたい衝動を我慢しつつ、俺は何事も無かったかのように手前の話を拾う。



「リンシアからの贈り物なら、なんでも喜ぶだろう。今度オリジナルのアクセサリーでも送ってみてもいいんじゃないか。ラバール商会でも扱ってるからな」


「そ、そうですね」



 今ではラバール商会の規模は王国でも1番大きくなっている。最近では皇国一のセントラル商会とラバール商会で使える紙幣を流通させるところまで進んでいた。

 これは商業的な角度から第2王子ルシフェルの派閥勢力を削ぎ落とす効果を担っている。

 リンシアを守るためにもルシフェルの王位を揺すっていく必要があるからだ。


 俺は話を切り替えて、今日、呼び出されたで理由でもある本題の話を振ることにした。



「そういえばあの件は受理されたんだよな?」


「はい。お父様が快く受理してくれましたよ」


「交流会までには間に合ったな。先んじて情報を得ることが出来た特権だな」



 数ヶ月前に決まったバロック王国とイーリス法国との交流会。他国との交流も少ない法国が交流するということもあり、国民たちの期待が高まっていた。


 その交流会に王国側から王族として法国へ出向くのが第三王女であるリンシア。例のごとくルシフェルの圧力により決められたのだが、それ自体が罠なのだ。

 よもやそれを争いの火種にしてリンシアを犠牲にしようとしているなんて誰も思っていないだろう。


 俺はティアラから先に情報を得ていた分、その件には対策を練ることができた。



「お姉様の情報力が凄いです。皇国始まって以来の天才と呼ばれている由来がわかりました」


「勢力間のぶつかり合いは基本情報戦になる。情報を得た勢力が勝てるからな」



 交流会には王族を守るためにふたつの騎士団が付く。

 ひとつはルシフェルの任命した騎士団。

 そしてもうひとつが――。



「クレイはもう騎士団の名前は決めたんですか?」



 俺がこれから設立する騎士団だ。

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