第165話
第六章ラストです。
「エミル、本当に残らなくてもいいのか?」
「ご主人様と一緒にいく」
ユーシスが本当の父親であることを打ち明けてから2日目の朝。俺たちはエルフ領を出ることになった。外からはわからないように貼られた結界の出入口にエミル、ククルと並ぶ。
見送りは郷長であるユーシスと、その娘のニーナ、そして護衛隊長のアーテムだ。
「本当に行ってしまうのか」
若干の名残惜しさを漂わせてユーシスが言った。
「向こうでもやることがあるんでな」
ユーシスとエミルが親子だとわかった後、俺はエミルにエルフの郷に残るかどうかを聞いた。だけど、エミルは細い首を迷うことなく横へ振り、俺と一緒に王国へ帰る意志を伝えてきたのだ。
父親の元にいるべきではないのかと続けて問いかけると、「それと、これとは話が違う」ということだった。
エミル曰く、父親が生きていて自分を受け入れてくれたことは本当に嬉しいし、一緒にいたくないわけではない。しかし、帰る場所はあくまでも俺の屋敷であり、自分はそこにいたいのだという。
決して無理している様子もなく、逆にユーシスの方が寂しそうな眼差しでエミルを見つめていたのを覚えている。
子離れ出来ていないのは父の方だったらしい。だから、「会いたい時にすぐに連れていく」と俺はふたりに約束したのだ。
ついでにいうと、妻であるアイーダとは夫婦で仲良くやっているとのことだった。
覚悟を決めて事実を説明したユーシスに、アイーダは呆れながら、「私を舐めないで。それくらいであなたを嫌いになったりしないわよ」と言われたらしい。
その代わり、前々から欲しかった魔石のネックレスを要求されたという話は聞かなかったことにした。
それだけユーシスには男としての魅力があるのだろうと俺は思った。
「そうか……。ニーナも挨拶しなさい」
「……」
ユーシスにそう言われたニーナだが、不機嫌そうに無言で目線を外した。
ユーシスと親子だということは、ニーナとエミルは姉妹ということにもなる。
それがわかってからのニーナはこの2日間はエミルにべったりで、ユーシスも含めて家族で過ごす機会が多くなった。
素直じゃない性格ではあるが、エミルとふたりで同じベッドで寝たり、一緒に出掛けたりしていたのを思い出す。
だからそこ、寂しいのだろう。
「ニーナさん、私また――」
エミルがそう言いかけると、じとっと睨みつけるような視線でニーナが圧をかける。それによりエミルは一度、言葉を止めたが再び口を開いた。
「お、お姉ちゃん」
「なに?」
頬が緩んで少し恥ずかしそうな面持ちでニーナが答える。どうやら呼び方に問題があったようで、今はとても嬉しそうだ。
「私、また来るから」
「……そう」
「だからそのときは、また一緒に遊ぼう」
「エミルがどうしてもって言うならしょうがないわね。まあ、あたしはお姉ちゃんだし」
「お姉ちゃん」という部分を強調してニーナは言った。照れ隠しにぷいっと首を振る。エミルは「うん」と満面の笑みで答えた。なんとも微笑ましい光景だった。
それを見ていたユーシスも口を挟んできた。
「私のことはパパと呼んでもいいんだぞ」
「お父さん」
笑顔のまま答えるエミルにユーシスがガクリと項垂れる。
仲睦まじいやりとりだった。
「漫談はもう終わったか?」
「もう少し待ってくれ」
待ちかねたククルの声に俺は答えた。
ククルには「本当の父親といるべきか?」と相談した際に、それは人それぞれで、必ずしも親元にいることを選ぶ訳では無いという助言を貰った。
龍人族には親元を離れる風習があるらしい。
「クレイ殿は爵位を授かってないのか?」
話を急に切り替えてユーシスが伺ってきた。
「生憎と今は持ちあわせていない」
「ほう……」
「何か問題か?」
「クレイ殿さえ良ければニーナの婿にならないか?」
「ちょ、ちょっとお父さん、ななな何いってんのよ!」
「エルフの郷長の娘で、親のひいき目を抜きにしてもかなり美人だと思うが、どうだろう」
自信満々にユーシスが言い放つ。確かにニーナの顔立ちは端正だし、山吹色の髪もさらさらだ。王国のその辺の貴族の令嬢たちなどでは太刀打ちできないほどの美人である。
頬を赤らめるニーナも満更ではない雰囲気を出している気がする。
「俺は受けるつもりはない。やることがあるからな」
しかし、俺はきっぱりと断った。変な期待を持たせるのはよくない。
「ま、まあそうよね。あたしだってもっと、カッコよくて強い人がいいし?」
「クレイ殿より強い男なんていないだろう……」
「悪いな」
「謝る必要はない。ただ、そうだな……今後に期待させてもらおう」
含みある笑顔で告げるユーシスを俺はスルーすることにした。ユーシスには今後俺たちがどう動くかの大まかな説明をしていたからだ。おそらくそれに合わせて何かを企んでいるのだろう。
「そろそろ行く。また来る」
「いつでも来てくれ」
「また、色んな魔法教えなさいよね」
「次会うときまでに訓練を欠かさずやれよ」
「わ、わかってるわよ」
「あの……」
エミルがもじもじと身を揺する。
それを見たユーシスが、
「またいつでも会いに来てくれ。この郷はもう、エミルの帰る場所でもあるのだから」
と娘の頭を撫でながら告げたのだった。
「さて……」
ひと段落して、俺は【転移】を発動させるために魔力を練りあげる。
王国に返ってからの段取りを考えると足が重い。しかし、仕方の無いことなのだ。妹であるリンシアのためなのだから……。
「またすぐ会える」
「うん」
名残惜しそうにニーナたちに目を向けるエミルに俺は告げると、ちょうど【転移】が発動して視界が切り替わる。
俺たちはエルフ領から自国へも帰還したのだった。
◇
こつ、こつ、こつ……。
誰もが寝静まった夜。円卓のテーブルに向かってひとりの男が足音を立てて歩み寄る。
その男を待つように、すでに5人がそのテーブルに着いていた。
「途中で抜けてすまないね」
男はそう言って席に着く。
国の方針を決める重要な会議がこの円卓で行われていたのだ。
「ダグラスさんが多忙なのはわかってるぜ。気にしないでくれよ」
右隣の席に着くブロンドがかった茶髪の男性が笑いながら告げと、その右隣に腰を落とす女性が茶化すように言った。
「あんたは仕事しなさ過ぎ。脳筋はこれだからダメね。結婚できないわよ?」
「うるせーよ。お前も独身だろーが」
ふたりの険悪な会話を遮るように、先程席についたばかりの男――ダグラスがごほんと咳払いをする。 場の空気はしんっと静まり返る。
「話を戻そうか。確か、バロック王国との王族交流会に関してだったね」
ここは法国の教会。会議室である最奥の間。
最高司祭という地位に着く6人が集結している。
まずは、法国一の実力者であり"魔神"の二つ名を持つ――《ダグラス・ジ・ヴィンセント》。
稀代の天才。魔法の実力では世界最強と称されていて、また、12神の使徒にも選ばれている。
その右隣に座る、女性と口論をしていた魔剣士のブロンドの髪の男――《フレンス・ウォ・カルミエ》。
筋肉質の身体に魔剣士としてなら法国一と言われている男で歳は20代後半。前回の任務では《ラグナ》の調査で帝国に赴いている。
そのフレンスの右に並ぶ唯一女性が《ティーチェ・フォン・サンタナ》。
透き通った青色の短髪に女性らしい華奢なスタイルが特徴的だ。
回って、ダグラスの左隣に座るのが長い白髪の老人、《グレンシャル・ウォン・メーテル》。
魔法の腕は"魔神"に継ぐ2番目と凄腕で御歳70代を迎えている。
その左に腰掛ける1番の若輩者が《バリエゾ・オン・ルグーシェ》。
緑がかった髪色が特徴的で、若くして法国最高位司祭になった実力者である。
ダグラスのちょうど対面に鎮座する口数が少ない男が《ブラスト・イ・ニーニェ》。
カールの掛かった黒髪に不健康そうな肌の色。見た目は若いが御歳80を軽く超えている。この中でも最長年者であり、魔法や武術関係なしに、総合的な実力ではダグラスにも並ぶと言われている。
「――第2王子の話ではその交流会には第3王女をこさせるらしい」
「その王女が王国の犠牲者ということか、へへっ」
先ほどの話から続けるダグラスにブラストが笑いながら呟いた。
王族交流会は国同士の王族に並ぶ権力者が互の国に滞在するという習わしだ。今までそういった類の風習には参加しなかった法国だが、ある目的のために承諾した。
「犠牲者なんて、言葉が悪いね」
「でも正しいだろ? ダグラスさん」
確認のために口を挟んだ魔剣士のフレンスに、ダグラスは少しため息がちに口を開く。
「言い方の問題だよフレンス。法国が発展するための生贄という方が正しい伝え方だ」
「お主ら、それは同じ意味じゃよ」
老者のグレンシャルが呆れながら指摘した。
「その王女に聖女殺しの汚名を着せればいいんだよね?」
若輩者のバリエゾが陽気な態度で確認をする。それに答えたのはブラストだった。
「そう……それが開戦の火種となる。へへっ」
「なるほどねー。んで、その王女の命を差し出すのがあの第2王子の考えかー」
「ただ、新しい情報が入った。その情報によれば、第三王女は《ラグナ》と繋がりがあるらしいんだ」
「「「「「っ!?」」」」」
ダグラスのもたらした情報に、一同が驚愕する。驚きながらもフレンスが確認のために声を返した。
「確証があるのか?」
「それはわかりかねる。だから聖女抹殺後、王女を拘束する必要があるんだ」
「なるほどな。それで王国の対応を待ってる間にその情報を聞き出せばいいんだな?」
「そういうことになるね。王国には既に刺客が潜入しているから、その前に情報が入る可能性も高い」
「全く、ダグラスさんは抜け目ないなあ」
フレンスとダグラスのやり取りに、周りも納得の意を示した。
会議の議題を変えるように、老者であるグレンシャルが口を紡ぐ。
「しかしながら、ダグラス様。聖女様は象徴ですぞ。失えば民たちの信仰、および精神が不安定になりませぬか?」
「それは大丈夫だよグレンシャル。そのための準備をしてきたのだから」
そう言いながら、ダグラスは身体に魔力を宿した。椅子に立てかけられた豪奢な杖がカタカタと揺れる。一同が凍りつく中、バリエゾが陽気な口を開いた。
「確かにそうだよねー。今の法国にとって、象徴である聖女はもう邪魔だし」
「ダグラスが決めたことなら、それが正しい。へへっ」
「あたしもそれに異議はないよ。ダグラス様に従うよ」
「もちろん俺もだ。ダグラスさんに着いていくって決めたからな」
「ワシもじゃ」
「ありがとう、みんな。私は良い司祭たちに恵まれたようだね」
バリエゾに続き、ブラスト、ティーチェ、フレンス、グレンシャルの意志を確認したダグラスは満足そうに頷く。
「交流会まであと3か月ちょっとだ。それまでに準備を整えよう」
「「「「「了解(へへっ)」」」」」
――
―
「――というのが先日の会議の内容ですじゃ。ティアラ様」
深夜。法国の中央から少し離れた宿に最高司祭、老者のグレンシャルと皇国の第3皇女であるティアラが顔を合わせていた。
グレンシャルの報告を聞き入れたティアラは先ほど受け取った書類に目を通しながら不機嫌そうに口を開いた。
「聖女についての情報はこれだけですの?」
それに対してグレンシャルは頭を深く下げながら言い訳を口にする。
「やや……申し訳ありませぬ。聖女様に関しての情報はこれだけなのですじゃ。秘匿のために全てを処理したとかで……」
「そう」
冷たくあしらうような短い返事にに、グレンシャルの体がピクリと動く。
その後の沈黙が生む緊張は老体には重かった。
「まだ調べた方がいいでしょうか?」
「お願いできるかしら」
「も、もちろんでございますじゃ」
「それで、王国に潜伏してる刺客は誰なのかわかりますの?」
「そ、それは……」
「はぁ……」
口を噤むグレンシャルに思わずため息を漏らすティアラ。最高司祭が聞いて呆れる、という態度。おそらくはその視線による『気』が漏れていたのだろう。それによりグレンシャルの背筋は凍りつく。
「す、すみませんですじゃ。ダグラス様が独自に用意しているようなので」
「特徴もわからないのかしら」
「沢山いるのです。ワシのような老者から、ティアラ様ほどのお歳の刺客もおりますゆえ……」
「それはこちらで調べるとします。では、また2週間後に赴きますので、そのときまでに有益な新しい情報が入っていることを期待してますわ」
「は、はい。では失礼します」
グレンシャルはそう告げて宿を後にした。
ひとり残されたティアラは手元にある資料に魔力を放つ。
メラメラと揺れる炎は稲妻のような藍色だ。ゆっくりと広がっていき、やがてぱっと消える。
テーブルの上はまっさらな状態に戻った。
「退屈ですわね……。でも明日はお兄様に会えますわ」
兄を想う気持ちに、先程までの冷たい表情が柔らかいものに変わる。
ティアラの意中には、もはや法国のことなど眼中になかった。
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