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第164話

「んっ……んん……」


「目を覚ましたか」



 翌日の朝。

 1日以上も寝ていたエミルもすっかりと目を覚ました。

 診た限りでは外傷は無く、魔力も元通り回復している。



「ご、ご主人様!?」


「おはよう。身体の調子はどうだ?」


「えっと……」



 そう言って手足をふるふると動かして確認する。



「特に大丈夫みたい」


「そうか」



 この確認は念の為、皆に行っている。

 ハーデスや神級といった力に触れることで、何かしらの後遺症が残る可能性を危惧してのことだ。


 アーテムは昨晩、俺とククルがテラスから戻ったところで目を覚まし、ニーナは先ほど目を覚ました。

 ふたりとも体に異常はなく、むしろ普段以上に魔力が増えているようだった。

 エミルも同じく魔力が少し活性化しているようにも感じる。



「飯は食えるか?」


「たべ――」



 食べれると言いかけたところで、エミルのお腹の虫がかわいく鳴く音が聴こえてきた。

 ダンジョン攻略を含めて約2日も何も食べていなかったのだから無理もない。


 エミルはお腹を手で抑えながら、恥ずかしそうに顔を朱色に染める。



「……」


「朝食はできてるぞ。食べに行こう」



 無言のままこくりと頷いたエミルと一緒に客間を出た。階段を下りて食堂へと向かう。

 造りとしてはリビングと表現した方が正しいのかもしれない。だが、屋敷というからには食堂と呼んだ方がいいだろう。


 食堂に着くと、すでにククルが席についていた。

 起床したばかりのようで、瞼を重そうにしていてる。

 他の者たちは朝食を済ませたようで、ククルの分を含めた三人分の食事がテーブルに置いてあった。

 それを見たエミルが申し訳なさそうに言う。



「ご主人様、待ってくれてたの?」



 エルフ族の食事は基本的に同じ食卓でという習慣がある。

 エミルはユーシスたちが居ないことを変に勘ぐってしまったらしい。『エミルの起床が遅いから俺が待っていた』と解釈してしまったようだ。



「いや、ユーシスたちが早めに済ませただけだ。俺は朝の訓練をしてたし、ククルもさっき起きたところだろ?」


「そうだぜ。あんまり気にすんな」



 その言葉にエミルも納得したようでほっとする。

 もうひとつ理由を加えるなら、ユーシスは娘のニーナに過去の事実を告げるために早めの朝食をとった、ということ。


 友人を貶めるためにザナッシュ帝国の娼館へ足を運び、ことを成してしまったこと。その結果、エミルが生まれたことをだ。

 エミルはニーナにとっては妹になるのだから、早めに告げたいとユーシスも思ったのだろう。


 エルフ族は誇りや文化を大切にする種族。他者を貶めるようなずるいやり方は好まない。

 そして、一夫多妻ということもないため、娼館に赴いた事実は夫としても父としてもかなりの汚点になる。


 妻であるアイーダには昨晩にそれを告げたらしいが、結果がどうなったのかは俺もまだ知らない。



「とりあえず食おうぜ」



 ククルの催促により俺たちは席についた。

 エミルは両手を合わせて「いただきます」と言ってから料理を口に運んでいく。



「……」



 食事をとっていると、ククルと目が合う。

 たぶん昨日の晩にテラスで話したことを懸念しているのだろう。

 黙っていることも出来たかもしれない。だが、やはりエミルにもユーシスの事実を知る権利はある。



「エミル。朝食が終わったあとで少し話がある」



 それを聞いて、エミルは不安そうな顔で俺を見つめる。

 話と振られて悪い方に考えてしまうのはエミルの悪い癖だ。



「……話? どんな?」


「それはお楽しみってことで」


「そう……」



 不安を拭うために、なるべく表情を緩めて告げたが、エミルは少し顔を俯けて短く答えた。

 なにやら勘違いをしているようにも思えたが、すぐに解けることなので敢えて何も言わず、そのまま料理を口に運んでいった。




 朝食を済ませて、客室に戻った俺とエミルはテーブルの席に向かい合わせで腰を下ろした。

 エミルは緊張しているようで、そわそわと落ち着きがない。



「安心しろ。怒ってるとかそういう内容じゃないから」


「そうなの?」


「ああ。だからもう少し落ち着け」


「わかったわ」



 エミルは呼吸を整える。

 落ち着いたことを確認してから俺は話を切り出した。



「エミルには伝えておかなければならない事があるんだ」


「……」



 俺の態度を察してか、エミルの眼差しは真剣な光を宿している。無言のまま続く言葉を待っていた。



「お前の父親の事なんだが……実は生きているんだ」


「っ!?」



 エミルの目が大きく見開かれる。驚愕を顕にしていた。



「……どこにいるの?」


「実を言うと、ずっとエミルのそばにいたんだ」


「……えっ?」



 黙考して記憶を探る。少し経ってからエミルがはっと何かに気づいたようだった。



「そうだ。エミル、お前の父親はエルフの郷の長、ユーシスなんだ」


「っ!?」



 2度目の驚愕。エミルは呼吸することも忘れて固まっていた。

 しばらく沈黙が続き、ようやくエミルの小さな口が開かれる。



「…………本当なの?」


「ああ、本当だ」


「どうして……」


「それはだな――」



 俺はエミルにユーシスから聞いたことを語っていく。

 そうすることがユーシスの意思でもあったからだ。



「――だからお前の父親はユーシスなんだ」



 一通り説明をし終えるとエミルは顔を鬱向けて、



「……そう」



 と短く呟いた。

 エミルがどういう心境なのか、俺にはわからなかった。

 以前、俺はゲインが父親だと知らされたとき、「なるほど」と納得するだけで、そこに他の感情は芽生えなかった。

 それほどゲインと過ごした日々は壮絶なものだったからだ。


 だが、ユーシスは生き別れの父親で、さらにはエミルのことを大切にしているような態度も見受けられた。

 それはエミル自身も感じているだろう。


 俺は次の言葉を紡がずにエミルの閉ざされた口元が開くまで待つことにした。


 すると、ガチャリと客間のドアが開く音が聞こえた。

 エミルがすぐに反応して振り向く。



「言い出せずにすまなかった……」



 そこにはユーシスが立っていた。申し訳なさそうにそう告げる。



「クレイ殿からヒョウケンの話を聞いたときにまさかとは思った。そして、模擬戦のふたりの共闘を見て確信したのだ。エミルも私の娘であることを。だからこそ怖かったのだ。昔に封印したはずの話を掘り返されることが……」


「……」


「本当にすまなかった……」



 何も言わないエミルに、ユーシスは深々と頭を下げた。

 気持ちのこもった謝罪には色んな意味が含まれているようにも感じた。



「頭を上げてください。私は気にしてません」



 そんなユーシスにエミルは言葉を掛ける。

 本当に気にしていないような素振りで、笑顔で語りかけていた。



「ご主人様から、私を命懸けで守ってくれたと聞きました……本当にありがとうございます。なんとお礼をすれば……」



 丁寧にそう言ってエミルも深々と頭を下げた。仰々しい態度を感じる。生き別れた親との再開というのはこういうものなのだろうか。


 「父親のことを知りたいけど、進むための経験を積みたい」という、ここに来る前のエミルが言っていたことを思い出す。


 エミルは自分なりに考えて結論を出したのだ。俺の屋敷という帰る場所があるから吹っ切れている。

 父親という存在には縋らないということなのだろう。


 それなら主人冥利に尽きることであるが……。



「……守るのは当然だ。礼はいらない」



 少し寂しそうな顔でユーシスは告げる。

 エミルの態度から察したようだ。もう気にしていないということと、前に進もうとしている意思を。



「ありがとうございます」



 そしてエミルはもう一度頭を下げて感謝を述べる。

 そんな後ろ姿に俺は声を掛けた。



「なあ、エミル――」



 エミルは頭を下げたまま答えた。



「なに? ご主人様」


「――無理しなくてもいいんだぞ?」


「……なにを?」


「父親の前でも泣いていいんだよ。エミル」


「っ……」



 エミルの体が微かに震えた。

 遅れて、ぽた……ぽたっと、床に透明な雫がゆっくりと落ちていく。それは頭を下げるエミルの目から零れた涙だった。


 エミルは我慢強く他人の前では泣くことがない。涙を流すのは唯一俺の前だけなのだ。


 それは、俺には心を許しているという反面、甘えられる存在が俺しかいないということでもあった。


 そんなエミルが今、ユーシスの前で泣いているのだ。



「その……これは……」



 エミルは頭を上げて、涙を拭う。

 ユーシスはか細く泣いているエミルの頭に、ゆっくりと手のひらを乗せて、



「甘えてもいいのだぞ。エミルは私の自慢の娘なのだから」



 と優しく囁いた。

 途端にエミルの表情が歪んでいくのがわかる。糸がぷつんと切れたように、ボロボロと大粒の涙が瞳から流れ出る。



「おいで」


「……おどうさんっ!」



 手を広げたユーシスの胸元を目掛けて勢いよくエミルがしがみついた。

 ユーシスもエミルのことを抱きしめて、よしよしと頭を撫で続ける。



「……今まで寂しい思いをさせたな」


「だいじょうぶ……」


「ダメな父親で申し訳ない」


「そんなごとない……」


「こんな私でも父親と認めてくれるだろうか」


「…………うん」



 ぐっとユーシスが歯を食いしばる。

 そのあとゆっくりと口を開いた。



「ありがとう。本当にありがとう……こんな娘たちと妻、そして民たちに恵まれて、私は幸せ者だ」



 そう言って閉じたユーシスの眼からも雫が一滴伝っていくのが見えた。



「どうやら正解だったようだな」



 俺の口からぽつりと独り言がもれた。


 エミルは我慢していたのだ。母親への想い、そして父親への想いも。

 母親には拒否されてしまったことで無理に自分を納得させていた。


 もちろん、前に進みたい気持ちも嘘ではないし、俺たちという帰る場所の存在もエミルの中では大きいだろう。


 しかし、だからといって無理に我慢することもないのだ。

 気兼ねなく甘えことができる存在は、本当の意味で両親だけなのかもしれないのだから……。



「……」



 再びふたりを見て、俺の口元が自然と広がっていた。

 エミルとユーシスの間には先ほどまでの壁はない。視界に映るのは本物のエルフの親子だった。

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