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第161話

 時は少し遡る。

 絡まるように形成された樹海の木々の隙間をククルは素手でこじ開けこながら前進していた。指定された目標地点までひたすらに真っ直ぐと足を動かす。


 今、ククルは魔力を使っていない。それどころか神器である鎧すら装備していない。

 それは無駄な魔力を消費させないためと、あの化け物を少しでも惑わせるためにユーシス達の元へと置いてきたのだ。



 ――お前の力が必要だ。



 クレイの口から出た言葉を思い出しながら、頭に浮かぶ文字列を何度も反復して見通す。

 それは約1万文字を超える言の葉。とある魔法に必要な詠唱だった。


 ククルが常時使う魔法の詠唱は最大でも30字。等級にして7級の魔法までしか使ったことがない。


 今回はそれを遥かに凌駕する1万。桁が違う。読み上げるだけでも15分以上はかかる量を一言一句、間違えずに唱えきらなければならない。


 それも魔力を絶妙なバランスで制御して。


 ――オレに出来るのか?


 久しく覚えのない一抹の不安がククルの心中を過る。

 そんなククルに数分前に告げられたクレイの言葉が蘇る。


 ――お前ならできる。


 感情に語りかけるようにそう言ったクレイの瞳は済んでいた。ククルの実力を一切疑っていないその眼に自信を取り戻す。



「ここでいいだろう」



 目標のポイントまでたどり着いたククルは一呼吸付いた。

 遠くでは既に凄まじい魔力がぶつかりあっている。激しい戦闘音がククルの耳元にまで届いている。


 クレイはあの化け物――ディザスターを倒す気でいるのだろう。

 大した男だとククルは思う。

 自身の実力を一切疑わない強い心。大切なものを守ろうとする強い意思。

 しかし、それは逆に弱点でもあった。


 大切なものを奪い去られたクレイはどうなるのだろうか。考えるだけで恐ろしく、想像すら出来なかった。


 クレイの守りたいものは少しずつ増えてきている。きっとククルもそのひとりかもしれない。

 だからこそ、周りが支えなければならない。

 だからこそ、失敗する訳にはいかないのだ。


 そんな男にこの先の生涯を預けてもいい。全力でクレイの目指す頂きを見たいとククルは思いはじめていた。



「……」



 ククルは申し訳程度に、自らの周りに魔力を隠蔽する魔道具の粉を巻く。

 深呼吸して呼吸を整えて、1万もある文字列を順に読み上げ始めた。



(たけ)き神の頂きに立つ3つの真名よ――――」



 ククルは魔力を徐々に灯していく。魔力、気力、血液――全身を流れる全てのものの呼応を感じる。感覚は研ぎ澄まされていた。


 不安はもうない。

 クレイの言葉を信じているからだ。


 数分前にクレイが教えてくれた。

 Sランクの属性魔法の才能を持つものには、神に抗うことのできる魔法が使えると。

 そして、ククルには【超・火魔法】があると。


 生まれて初めての挑戦。前人未到の領域を超えた、神々への抵抗。


 耳に届く音は大きいものへと変わっていき、肌に感じる魔力も巨大になっていく。

 凄まじい戦闘が行われているのだ。


 ――必ず生き残れよ。


 そう願いつつ、ククルは全身を集中させて、『神級魔法』の詠唱を続けた。





 ――約9割5分というところか。

 遥か先で増加していく魔力量から俺は詠唱の進み具合を予測した。

 魔法の隠蔽もこのレベルになると意味を成していない。


 ククルの魔法は後1分以内には完成を迎えるだろう。

 ぶっつけ本番で大したものであった。

 だだ問題は、目の前の巨体がそれを許してくれるかというところだが……。



「この魔力。この力は、我の存在と並ぶ魔法だな?」



 やはり、勘づいていたようだった。

 そもそも唯一の弱点である神の領域に踏み込む力を見間違えるわけがない。


 目をつぶってくれたらよかったが、そこまでは愚かではないし、怠慢でもないようだ。


 もはや猶予はない。


 目的を瞬時に切り替える。

 ここまで完成させてくれたククルの詠唱を阻害させないこと。



「よそ見してんじゃねえ!」



 考えるよりも先に体は動いていた。

 一気にディザスターの側へと詰め寄り、蹴りあげる。

 赴いたことのある場所と、視界に映る場所へ瞬時に飛ぶことの出来る【転移】をつかわれてはならない。

 幸いにもこの場所からククルの姿は見えない。一度の【転移】では側へと近づくことしかできないはずだ。



「時間を稼いでいたということか。なんとも小さイ」



 ディザスターはぐつぐつと嘲ながら笑う。



「タイムアタックをしてたんだが残念だ。ここからは普通に倒すとしよう」


「ぬかセ。人間」



 そう言った途端、辺りの空気が一瞬で冷めるのを感じる。魔法発動の気配。



「【氷結世界(フリージングワールド)】」



 魔法陣が足元から浮かび上がる。数キロ先まで続く規模の魔法。



「残念。その魔法は初見じゃないんだよ」



 俺は瞬時に範囲の外へと飛び跳ねた。

 流した魔力の道を一瞬で移動することができる【天瞬核(てんしゅかく)】はユーシスの移動術でもある。


「【紅炎腐蝕(クリムゾン・ロット)】」



 続けて魔法の発動。魔法発動中の魔法とは、相変わらず反則的すぎる。

 魔法陣の範囲内が凍りづけになった直後、周囲の虚空の狭間から赤い無数の棘が出現した。ゼリーのような半透明なそれは、空気ごと周囲を焼いている。触れたら火傷では済まされない。


 【氷結世界(フリージングワールド)】による温度の隔たりによって爆発するように霧が発生した。


 視界には頼らない。

 集中してディザスターの気配を探る。


 とん、とん、とんっとリズムの良い魔法の発動を確認した。右腕を纏う魔法だろう。


 とん、とん、とん。


 しかし、不穏な音は止まない。再びとん、とん、とんと軽快に音を立て、(ここの)つの魔法が発動。

 そして、気配がぱっと消える。



「やろうっ……!」



 地面を蹴りあげる。向かう先は当然のようにククルの元。全速力で移動をはじめた。

 俺が奴なら絶対にそこを狙うからだ。


 ――残り15秒。


 俺は意識を研ぎ澄ませた。ディザスターの放つ音を耳で感じる。

 【転移】を使っているわけでもない。凄まじい速度で移動をしているようだ。


 それなら【天瞬核(てんしゅかく)】のある俺の方が速い。

 離れていた距離はすぐに縮まっていき、やがて追いついく。

 詠唱をしているククルとの距離は500メートルにまで迫っていた。



 ――残り10秒。


 ディザスターが詠唱の邪魔をするだけならコンマ1秒もかからないだろう。



「っ!!」



 そう考えたとき、ぞっとするような寒気が脳から全身へと伝っていく。

 生涯に一度しか感じたことのないその感覚に従い、俺は直感的に上へと跳躍した。


 すると、正面から巨大な何かが現れた。

 それは紛うことなきディザスターの拳。それも(ここの)つの魔法が掛かった3メートルはありそうな巨大な拳だった。


 気配も魔力も一切感じない大きな拳が、空間をねじ曲げながら弾丸のような速さで足元を通り抜けていったのだ。


 いや、完全には避けきれていない。

 突如として感じる左足の激痛。俺の左足を掠っていたようだ。

 感覚でわかる。

 その衝撃で神器もろとも、左足を粉砕されていることが……。



「ぐっ……」



 腕とは比較にならない痛みが全身を流動する。

 体内の魔力に反応する毒のような激痛に俺は歯を食いしばった。


 その感覚に脳が支配され、集中力がぷつんと切れる。そのせいか【神の五感】が解除されてしまう。



「そんな魔法があったとはな……」



 ディザスターの使った魔法の中に、自らの全ての気配を隠蔽するものがあったのだ。

 10級闇属性魔法であるそれは、俺がよく使う【超・気配遮断(シャドウ)】を超えた隠蔽魔法だった。

 この化け物はあろう事か、詠唱の阻害と見せかけて、俺を殺す気でいたのだ。


 当たっていればおそらく死んでいた可能性のある攻撃。

 俺はなぜ気づけたのか、少し考えれば答えにたどり着く。

 致死に関わる事柄を告げてくれる俺の持つスキル、【第六感】のおかげだろう。

 発動することが珍しいスキルだが、それのおかげで助かったのだ。

 しかし、体は既にボロボロである。



「ぬう? なぜ避けられタ」


「鍛え方が……違うんだよ」



 視界に詠唱をしているククルが映りこむ。

 詠唱は最後の一節。

 時間にしてあと2秒。



「ふんっ」



 ディザスターは拳を突き出し波動を放つ。

 俺はまだ健在な右足でそれを受け止める。


 あと1秒――。


「のケ!」



 波動の魔力が増加すした。

 受け止めた俺の体ごと吹き飛ばす。

 そのままククルも吹き飛ばすつもりなのだろう。


 だが――。


 俺は波動を受け止めるのをやめて、わざと弾かれることにした。

 波動よりも僅かに早くククルの元へとたどり着く。


 残り0秒――。


 ククルの詠唱が終わり、神秘的な魔力が辺りを覆う。

 だけど魔法は発動しない。

 それには理由があった。

 神級を発動させるほどの魔法制御量をククルが有していないのだ。


 足りない制御量はあとひとつ。

 だからこそ、俺は最後にククルの元へ来る必要があったのだ。



「発動しろ!」



 ククルに向けて、俺は自らの制御領域を解放する。

 溜め込まれた魔力が一気に俺の体を伝い、再びククルへと戻っていくのを感じた。


 ――見せてやれ。ククル。


 火属性神級魔法――。



「【太陽獄(インビジブル・ソルス)】!!」



 その瞬間――視界は真っ白な光に包まれた。

 瞳を刺すように焼くその光は上空の一点から降り注いでいる。


 ダンジョンの最奥である広大なフロアでは足りないほどの巨大な白い塊。一点というにはあまりに大きすぎる。


 100キロだろうか。200キロだろうか。直径を測るのも馬鹿らしくなるほど巨大な球体。

 日中を知らせる陽の光を放つそれを縮小したような塊。


 天井や壁は崩壊していて、中央にある巨樹は白い炎に包まれていた。

 樹海は全て焼け野原になり、燃えカスすら残っていない……。


 この白炎(はくえん)は範囲内の指定対象()()の全てを燃やし尽くすだろう。

 その事象は木々や肉体などの物体に留まらず、魔力や気力、はたまた威圧や殺気など、あらゆるものをまっさらにしていく。

 ディザスターが最後に放った波動はすでに消え失せている。



「ぐう……こんな魔法がアアアっ……」



 魔法の効かないディザスターの体も例外ではない。漆黒の巨体は既に白炎に包まれていた。


 突如として魔力が肥大する。

 ディザスターは魔法を発動させようとしているのだ。

 使おうとしていたのは次元属性魔法の【転移】。


 しかし、魔力は増加した矢先にすぐに燃えていく。魔法もまた、同じく発動することはできない。



「これならアァ……」



 次は10連続で魔法を行使した。その全てが【転移】である。



「そんなこと、俺がさせると思ったのかよ……」



 俺は約1万ある詠唱文を頭に浮かべた。

 そして、普通の魔法が使えないディザスターの側で魔法を使った。



「【時間停止(インビジブルタイム)】」



 視界に映る全てのものがたちまちに停止した。動けるのは俺と、それに準ずる物質。

 次元属性神級魔法だった。


 止まった時間の中で、ディザスターに向けて【斬魔封殺(ざんまふうさつ)の極】を放つ。


 停止時間は2秒。俺は魔法を解除した。



「なニっ……!」



 連続で魔法陣の割れる音が軽快に流れていく。学園の窓ガラスを割ったときよりも気持ちいい音色だった。



「我が……我ガ負けるだト……人間と龍人にっ!!」


「人間なめんな。ついでに龍人とエルフも」


「クソっ……クソがぁぁぁ!! この恨み、忘れないゾ……。覚えてろよ、人間っ!!」



 それが最後の言葉だった。

 そう言い残して、白炎(はくえん)はディザスターの全てを焼き尽くしていった。



「記憶力はいい方だが……もう忘れそうだよ」



 同時に巨大な白い塊も消え去っていく。

 ククルの魔力が切れたのだ。



「勝った……のか……?」



 よろめきながら確認をするククル。その目は虚ろで、魔力切れの症状が出ているようだ。

 俺は僅かに残った魔力をククルに渡して告げる。



「あぁ、俺たちの勝ちだ」

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