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第160話

 ()を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。

 フロアを埋め尽くした植物の呼応。張り詰めた空間に感じる仲間の心音。眠る天使の吐息。そして、(いびつ)なまでに膨大でドス黒い魔力。

 10級相当の魔法を使ってなお、衰えを知らない漆黒の気配は動くことなくじっと立ち尽くしていた。


 動けないわけではなく、動かない。

 俺たちの気配はとっくに探られていて、値踏みをするように見据えている。


 強者の振る舞いとでも言うべきか。狩る側の心理と表現するべきか。

 決して油断をしているわけではないのが難点なところだ。


 静寂する空気の中で俺は脚に魔力を(まと)う。すると、黒い気配もぴくりと動くのを感じた。


 ぐらぐらと地面が揺れるほどの濃厚な魔力が肥大していく。

 相変わらずこちらは魔法の発動ができない。


 この感覚はいつぶりだろう。

 最初にゲインと対峙したときと同じような緊張感が全身を伝っていった。

 だが、断じて言えることはある。


 それは、ゲインの放つ【威圧】の方が強いということ――。


 俺は地面を蹴り上げて、檻のように囲う樹海を破壊して飛び出した。



「心が折れないのは、天晴(あっぱれ)ダ」



 空気の振動で伝染するディザスターの声が鼓膜を揺らす。

 俺は出し惜しみしないで【神の五感】を常時発動していた。



天晴(あっぱれ)なんて言葉、久しぶりに聞いたぞ」



 そう言いながら、空を蹴ってディザスターとの間合いを詰める。

 カウンターで合わせてきた奴の右の拳をギリギリで躱しながら、右の脇腹を蹴り飛ばす。


 ガシャーンっと硬質な鎧同士がぶつかったような金属音と共に、ディザスターの3メートルある巨体が吹き飛ばされていく。


 魔力は霧散することなく連動して分厚い皮膚を貫いたのだ。

 開戦直後に放った【絶拳(ぜっけん)】のときとは違う感触。



「んン?」



 吹き飛ばされたディザスターは足の裏で地面を擦りながら不思議そうな声を上げた。

 俺は追撃のために、既に開いた距離を詰めている。



「【天導脚(てんどうきゃく)】!」



 魔力と気力を絶妙なバランスで混同させたユーシスの蹴り技。しかし、それは読まれていたようで、魔法の盾に防がれる。



「ほう、なるほド。その靴は我と同じ神の領域のものか」



 確信を付いた様子でディザスターの口からこぼれる。

 にやりと笑んだような気がした。



「臆病者のお前には有効らしいからな」



 俺も正解という意味を込め、口元を広げて遊ばせる。

 そのやりとりで不確かなものが確信へと変わった。


 ディザスターの肉体は魔法や魔力の効果を受けないのだが、それは通常のものに限るのだ。

 俺の魔法の効果や、魔力を宿して放った攻撃の効果は全て無効化されて、まったく効いていなかった。

 しかし、ククルの鎧、【神器アテナ】で攻撃が防げていたし、ユーシスの靴、【神器ヘファイストス】の攻撃でディザスターの体を汚して、かすり傷程度のダメージを与えていた。


 それらから連想される可能性が高い答えはひとつ。

 ディザスターには神の使徒の力が通用するということ。


 その証拠に、魔法が発動しないこの空間で【神の五感】が発動できている。


 だから俺は今、【神器ヘファイストス】をユーシスから借り受けて装備しているのだ。


 前に神器に触れたとき、魔力が流れなかった事実から、神器は適合する神の使徒にしか使用できないと俺は思っていた。いや、思い込んでいた。


 見たものをなんでも完璧に再現できる俺の持つXスキル、【完全再現(アブソリュート)】でも再現できないものがあったからだ。

 それは、神の加護などの能力に準ずる力や、神の領域に触れているもの。

 その事実が、俺が神器を使えないと決めつけてしまっていた。


 自分の限界を自分で決めていたのだ。


 俺がユーシスの技を見たときに、「自分でも使えるのではないか?」と疑問を抱いた。

 その直後から俺の中の何かが変化して、その何かが再構築されたような感覚が伝ったのだ。


 それこそが、アレスの言っていた「力を使いこなしていない」ということだったのかもしれない。


 そこで俺は神器を使えることを確信したのだ。



「【無天脚(むてんきゃく)】!」



 ノーモーションからの蹴りをぶち込むと、ディザスターは右翼でそれをガードする。

 さすがに魔法発動は間に合わないらしく、滑りながら衝撃を受け流していた。



「面白くなってきたゾ」



 ぐつぐつと笑いながらディザスターが全身に魔力を宿した。これは自己補助系統の魔法。

 【自己加速】、【自己防護】、【自己物攻】に魔力の流れる速度が上がる【魔力流動】。

 ここからが本番らしい。



「【領域波動(りょういきはどう)】」



 とん、とん、とんっと、さらに3つの魔法陣がディザスターの腕に出現する。

 そこから無差別に放たれる波紋のような衝撃波が放たれた。



「このやろっ――」



 俺は見切って、全速力で距離を真横へ跳躍してそれを躱した。衝撃波は張り巡らされた大樹などそこに存在しないかのような勢いで抉っていく。

 目先には衝撃波を放った直後のディザスターの姿がまだ映りこんでいた。



「動き、早すぎんだ――ろっ!」



 視界の情報を無視して俺は体を回転させる。そのまま真後ろを蹴り飛ばした。

 すると、鎧のように硬質な何かにあたり、カキーンと鋭い音が響く。

 それは衝撃波を放ったばかりのディザスターだった。

 目前に映っていた巨体の姿は、すでに空っぽの残像だったのだ。移動速度は目で終えるものをとっくに超えている。



「その程度か?」



 ディザスターはガードすらしていない。首元を蹴り上げたのに、コンクリートの壁を素手で殴ったときのようにビクともしない。

 【自己防護】のレベルが相当に高いらしい。

 俺は宙に浮いたままの身体を再び回転させようとする。

 しかし――その隙をディザスターも逃さない。



「【煉獄の拳(レンゴク)】」



 地面に叩きつけるように右の拳で俺の懐を狙う。

 反応できているのに、慣性のせいで間に合わない。咄嗟に左手を動かした。

 右手に受けたときとは比べ物にならない衝撃が左手から伝ってくる。


 俺はそのまま真横に飛ばされることで地面との衝突を防いだ。

 殴られた地表は円形にえぐれ、綺麗な逆ドーム状にくぼでいた。


 吹き飛ばされながらも俺はすぐに左肩からの神経を切断。さっきまでの拳とは比較にならない威力に、左腕は右腕以上にボロボロになっていたからだ。


 それから気力を流し、魔力で連動させてどうにか動かせるようにする。【神の五感】によって感覚はまだ残っているようだ。



「お前とは殴り合いの方が好ましイ」


「ちっ――」



 吹き飛ばされた先にはすでにディザスターの影があった。

 【転移】も使っていないのに同じ速度で先回りされる。尋常ではない速さ。まるで自分と戦っているかのような錯覚すら覚える。



「【蓮々舞々(れんれんぶぶ)】!」


「【雷華雷鳴(らいからいめい)】!」



 今まで使っていなかったディザスターの左拳が攻撃に加わり、連続で殴りつけてくる。

 一発でも受けたら即死しそうな壮絶な拳。

 それに対して俺は魔力を纏った連続の蹴り技で受け流していく。



「――――――――――――――――――――っ!!」



 息を吐く間もない。

 一瞬で数百以上の攻防が繰り広げられていた。


 放つ拳と受ける蹴り。

 互いの速度が近郊している中、俺はブレイクする隙をひたすらに狙っている。



「っ――!!」



 数秒後、そのときはやってきた。


 バチンと衝突し合う魔力が反発して、お互いに一瞬の隙ができたのだ。

 すると、とん、とん、とんっとディザスターの右拳に魔法陣が灯るのが見えた。どうやら、向こうも狙っていたらしい。

 だけど、俺には関係のないことだ。



「【魔豪の拳(マゴウ)】!」


「【絶脚(ぜっきゃく)】!」



 神器を通した魔力が敵の体を伝うのであれば、対大型の敵に対して効き目のあるこの技もまた有効になる。

 俺は、【絶拳】と同じ要領で【絶脚】を放った。


 衝突する殴りと蹴り。拳と足。空間が裂けるようなエネルギーが広がっていく。


 一秒以上続く硬直。

 ねじ曲がるように揺すられる空気。


 次第に生まれた爆発によって俺の身体は吹き飛ばされ、ディザスターもまた、その威力に抗うことなく飛ばされている。


 地面を這うように受身をとって起き上がると、パキンという甲高い音が耳に入った。



「やはり、こうなるか」



 音の正体は俺の足元。見ると、右足に装備した神器にヒビが入っていた。

 神の領域の魔力同士がぶつかったことと、本来の使用者じゃない者が使ったからという理由だろう。


 神器は使用者の魔力を与えれば元に戻せるということらしいが、今の俺ではまだ直せない。



「……」



 気配の感覚はまだある。

 【絶脚】はしっかりと効いているようだ。


 しかし――それでは意味がないことをすぐに悟り、俺はすぐさま飛び出した。


 魔法を発動しようとしている漆黒の巨体が視界に映り込む。



「させるかよ!」



 本来は剣技である【斬魔封殺(ざんまふうさつ)の極】を蹴りで繰り出す。

 ディザスターは光属性魔法を発動させようとしていたのだ。これまでのことを考えるなら、完全回復する魔法、【パーフェクト・ヒール】を使うだろう。

 魔力量はあと何十回――下手すれば100回は使える量が余っているからだ。



「甘イ」



 ディザスターは、ぱっと視界から消え失せて上空へと移動した。


 高位の光属性魔法の発動中に【転移】を使ったのだ。さらには4つの自己補助までかけているおまけ付き。

 それは10以上の魔法制御量がないと無理なことだった。

 これが神の領域なのだろう。



「【パーフェクト・ヒール】」



 魔法の発動を確認した。

 魔力がディザスターの全身を包み込む。ダメージを負った箇所はみるみるうちに完治していった。



「まったく、ふざけた野郎だ」



 余裕な素振りを見せるディザスターに俺は文句を言い捨てた。


 この化物を倒すには、魔力を使い切らせるか、一撃で葬る必要があるということになる。

 底なしの莫大な魔力を使い切らせることなど時間がどれくらいあってもたりないだろう。

 また、【絶脚】のダメージ量から、【自己防護】やあの硬い皮膚を一撃で破り滅ぼせるほどの技は持っていない。


 さらに、俺とは異なりディザスターは魔法が発動できる。なんらかの防御魔法で防がれることも考えなければならないのだ。


 こんな無理難題、今までにあっただろうか。



「まだ我に勝てると思ってるのか?」



 嘲笑するように告げるディザスター。俺は唇を綻ばせて答える。



「勝つ気しかねーよ」



 だけど、ここまでの展開に予想の範疇を超えるものは存在しなかった。

 読み通りでないにしろ、この規格外は予想通りだったのだ。



「世迷言ヲ」


「そろそろ決着つけようぜ」



 俺がそう告げたとき、遠くの方で魔力が爆発的に上昇していくのを感じた。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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