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第158話

 衝撃波と数多の岩柱が起こす余波が徐々に静まっていく。

 この天災のような現象によって、岩柱の林ができあがった。そのせいで視界も悪い。

 もくもくと立ち込める土煙。やがて、それが少しずつ晴れていくと、漆黒の巨体が視線の先に立っていた。


 その姿は悪魔。

 50メートル以上も距離があるのに全身を覆う『気力』のせいで存在が大きく見える。

 あれだけの魔力を放ったのに衰退している様子もない。

 それはひたすらにその場に立ち尽くしていた。


 俺はすぐに気配を探った。この場にいた他の5人の仲間たちの気配。


 ニーナとエミルはすぐに感知できた。俺から南西の方向。

 衝撃波の軌道をズラしたおかげで、その後に襲いかかる岩柱を【超・防護(プロテクション)】で防ぐことができたようだ。

 ただ、その衝撃と振動のせいで意識を失っているのがわかる。


 ククルは北東の方向。俺よりも奴に近い。

 強打で吹き飛ばされたりはしたが、神器の防御力によって守られたようだ。意識もある。


 あまり喜べないのは南の方向。もっと遠い場所にいるアーテムとユーシスだ。

 俺が放った魔力によって、高速移動術の【天瞬核(てんしゅかく)】を使ったところまでは良かった。 しかしその後、アーテムを庇うためにダメージを負ってしまったのだ。

 元々、【天鱗(てんどう)羅修羅(あしゅら)】による反動の魔力の枯渇が激しかったせいだろう。


 味方の状況を把握した俺は正面にいるディザスターを見据えた。側にはユリアもいる。意外なことに、あの攻撃でユリアも傷を負っていた。


 ユリアは自らの羽で体を包み込むように防御したらしく、白い翼はボロボロになり、相当量のダメージを負っているように見えた。



「久しぶりの現世……いや、ここは『魔空』の中だナ」



 邪悪な声色が耳朶(じだ)を揺する。

 それは漆黒の巨体――ディザスターから発せられたものだった。

 大きな声ではないのに、直接、脳に響くその声は、不気味なまでに禍々(まがまが)しかった。



「あなたには……これから、してもらうことがあります」



 ボロボロの翼をゆっくりとしまいながらユリアはディザスターに言いつける。



「人間、いや違うな……天使。お前が我を現世に戻したのだナ」


「そうですよ。だから――」


「ご苦労だっタ」



 ユリアの言葉を遮りながら、ディザスターは前に手を出した。握手だろうかと思ったが、そのまま指を立てている。



「――っ!!」



 しかし、次の瞬間、ディザスターの人差し指がユリアの懐を突き刺したのだ。

 抵抗などまるで感じない。初めから開いていた穴に指をはめ込むように……すっと指が通ったのだ。

遅れてどばどばと液体が地面を染める。



「そん、な……なぜ……」



 口からも血潮が流れだす。真っ赤なそれは俺たちとなんら変わらないものだ。



「天使ごときの力で我を縛ろうなど、身の程を弁えロ」



 さっと人差し指が抜き去られる。

 どさりとその場にユリアは倒れ尽くした。

 俺はすぐに地面を蹴りつける。



「――悪いけど、その天使に死なれたら困るんだよ」



 約50メートルの距離を跳躍だけで詰め切る。



「んん……?」



 首を傾げる素振り。その態度からは余裕が窺えた。

 だから、俺は迷うことなく懐に【絶拳(ぜっけん)】を放ってやる。

 内の魔力エネルギーを外のエネルギーに変換する対大型用の技。相手の魔力が大きければ大きいほど強くなる。


 魔法は打ち消されるだろうが、魔力が消えるわけではない。

 拳を伝う反動は思ったよりも大きく、一瞬の間を空けてから、巨大な図体を巨樹へと吹き飛ばした。



「【エグゼク――】」



 回復魔法のエグゼクティブヒールを使おうとしたが、発動しないことを悟ってキャンセルする。

 発動する前に消えるのではなく、今度はそもそも発動しない。



「ククル、止血を!」



 俺は距離を詰めてくるククルに叫び、またすぐに地面を蹴った。



「早すぎだろ……」



 呆れた声がもれる。

 目の前には吹き飛ばされたはずのディザスターがすでに立っていたからだ。

 【絶拳】のダメージはまるで入っていない。それどころか塵一つついていない皮膚は光沢している。



「人間のくせにやるではないか。お前は我の波動を歪めた人間だナ。今の拳といい、なかなかの動きダ」


「自己紹介が必要か? 俺はクレイっていうんだよ。人間は種族名だからな?」


「人間ごときの名前を覚えても意味はなイ」


「覚えられない言い訳かよ。でもまぁ、ここで滅びるんだからどっちにしろ意味はなさそうだ」


「お前は余程の愚か者か、余程の馬鹿らしいナ」


「余程の強者って選択肢もありそうだけどな」


「ぬかセ。少し運動してやル」



 ククルがユリアを運んだのを確認してから戦闘態勢に入る。ディザスターも眼中にない様子。



「その【反光魔法(アンチ・ホーリー)】解いてくれると嬉しんだが、どうだ? フェアに行こうぜ」


「小賢しい魔法は我には効かないことを理解しロ」


「ああ、そう」



 魔法の発動を阻害しているのはディザスターの能力に近いのかも知れない。

 ただ、魔法が発動する寸前で壊されるパターンと、初めから魔法が使えなくなるパターンに別れている。

 どっちにしろ、ディザスターの使い分けている範囲型の属性魔法阻害を何とかしなければ回復することができない。



「じゃあ、これはどうよ」



 俺は予め遠くに仕掛けていたトラップ式の魔法を発動させた。

 【二千銀雪(にせんぎんせつ)】――かわいい妹が得意とする水属性の高位の魔法だ。


 二千の氷の針が命を吹き込まれたように舞い踊り、寸分違わずディザスターへと襲いかかる。


 氷と金属がぶつかる轟音が連続で響く。二千の氷の針は全弾命中していた。

 冷気によってできた霧が、次第に晴れていく。

 現れた漆黒の巨体を見て俺は眉根を寄せた。



「本当に効いてねーな……」



 的中しないで欲しかった予想。

 ディザスターは攻撃を耐えたわけではなく、無効化して消している。

 魔法が効いていないらしい。


 体には塵一つ付いていない。ダメージを回復した形跡もない。

 その現象は【完全魔法耐性】というところだろう。



「ふぅ……」



 思わず嘆息がもれた。

 あの巨体から放たれる圧倒的なパワー。俺でも反射できるギリギリの領域のスピード。見たこともないほどの莫大な魔力量。それに魔法の無効。

 そして、そこに【完全魔法耐性】まであるのは反則過ぎといえる。


 こんな魔物が現世に存在してしまっていいのかと疑問に思いたいほどの強者。

 世の中の法則を全て無視しているような理不尽な存在。それこそ神と同じレベルだ。



「魔法が我に効くという考えがあまイ」



 甲冑で表情は見えないが、嘲笑っているのだけはわかる。


 俺は魔力を手足に流動させた。

 【転移】はもちろん使えない。だから、嘲笑する巨体の元へと跳躍する。



「余裕ぶっこいてんじゃねーよ」



 手のひらに魔力を練り込んで放つ掌底――【爆掌(ばくしょう)】を懐に打つ。



「面白い動きダ」



 見え見えの攻撃はもちろん躱される。ゆるりと紙一重に。



「これでどうダ?」



 とん、とん、とんっと三連続に魔法陣が灯る。右の手首、腕、肘だ。

 威力を上げる魔法に、魔法を無効にする魔法。

 そして、物理的な障害を無効にする魔法の三連だ。


 ディザスターの姿はぱっと視界から消した。

 気配を読む前に、俺は反射的に指に魔力を込める。



「このっ……」



 人差し指と親指に魔力を集めた、カウンター式の技――【絶勁(ぜっけい)】の構えを取る。

 相手の魔法のエネルギーを全て物理的ダメージへと変換させるためだ。



「無駄だ、人間」



 俺は迫る拳を躱した。そのまま【絶頸】で迎え撃つ。



「……いや、反則だろ、それ」



 だが、見事なまでに俺の方が吹き飛ばされた。


 ディザスターは攻撃が当たる寸前に新たな魔法を発動させてきたのだ。

 魔法発動中の魔法発動は原則として魔法制御量を増やさなければならない。


 代表的な悪魔たちでも4制御の【クワッド制御】までが限界だった。

 ディザスターはそれを余裕で超えていたのだ。


 魔法も物理も貫通した鉄球よりも重い拳が俺の右手を粉砕している。

 骨はバキバキに折れ、変な方向に曲がっていた。

 ちぎれなかったのは幸運だったが、動かすことはできない。


 寸前で位置をずらしていなければ、体にこれを受けていただろう。それだと痛いだけでは済まされない。



「ちっ……」



 さらには、ディザスターの攻撃は終わっていない。

 飛ばされることで開いた距離はいつの間にか詰められている。


 追撃でトドメを刺そうとしているのだ。

 禍々しい魔力がねっとりと宿った拳が再び視界に入る。


 その移動までの肯定には慣性の力が作用していないかのようで、急な方向転換だ。

 俺は動かせる左の拳で地面を殴り、真上に跳ねた。



「小賢しイ」



 もちろん、ディザスターも付いてくる。

 俺は体をそのまま縦に高速回転させた。



「【雷車輪(らいしゃりん)】」


 魔力を纏った雷と同等の速さのかかと落としで、向かってくる拳の軌道を逸らした。

 だが、ディザスターは体を一回転させてから、俺を蹴りつけてくる。


 魔力を宿していないただの蹴り。俺を弾丸のように地面へと飛ばす。

 受身を取りながら斜めに吹き飛び地面を伝った。

 久しぶりに口の中に鉄の味が巡っている。



「クレイ、大丈夫か!」



 ククルの声が近寄ってくる。ユリアの止血を済ませたらしい。


 俺は変に曲がった右腕をバキッと正常に戻し、『気力』と魔力を流した。

 傀儡のように操って無理やり動かす。

 神経を刺すような絶妙な痛み。しかし、すぐにそれに慣れていく。



「まぁ、大丈夫だろう」


「いや、その右腕やばくねーか」



 俺のボロボロの右腕を見たククルが痛々しく呟いた。

 油断せずに剣をしっかりと構えている。



「それよりお前、その剣はどうした。折れてなかったか?」


「予備だ。だが、あいつに剣が通る気がしない。己はよく、立っていられるな」



 気力と魔力、威圧の暴力。

 ディザスターからはそれほどの力が湧き出ている。

 神の使徒のククルですら、その強烈な気配に躊躇していて若干の弱腰だった。



「勝てない敵でもないだろう――来るぞっ」



 俺が忠告する前に、ククルはすでに跳んでいた。

 正面から突っ込んでくる魔力を纏った巨体に向かってククルが下段から上に振り上げて斬り裂く。



「お前も我と遊ぶか?」



 ディザスターはククルの剣撃を気にする様子もない。どうでもいいと言うように躱すことすらせずに、剣を弾く。

 その勢いのまま、ククルを鎧ごとガツンっと殴った。



「いい鎧ダ」



 鎧の反射効果が拳を受け止めていた。コンマ数秒の硬直を経て、ディザスターは拳に更なる魔法を重ねがけする。

 その威力を殺しきれず、ククルは弾かれたのように飛ばされていく。



「……」



 俺はそんな様子を観察しつつ、遠くへと移動を済ませていた。

 【二千銀雪(にせんぎんせつ)】を仕掛けた場所と同じ距離。



「【時間減速(タイム・デセラレータ)】」



 この距離ならどうにか発動させることができるようだ。

 減速速度は5倍。つまり、俺以外は五分の一の速さで時間が進む。



「なるほど……」



 しかし、すぐに理解した。

 減速した時間の中をすいすいと通常速度で移動する魔力の塊があったからだ。


 やはり、魔法の効果を受けつけていない。

 そう思うのと同時に、【時間減速(タイム・デセラレータ)】がぱりんっと打ち破られたのがわかる。

 距離を詰められたせいだろう。

 開いた間合いが一瞬で詰め寄られていた。



「愉快な魔法を使いこなすようだナ」


「褒めてんのか? 全然嬉しくねーよ」



 目まぐるしい速度の拳を、ボロボロの右手を盾にしてギリギリで受ける。

 痛みはもう感じない。肩から神経をぶった切ったからだ。



「クレイ殿!」



 聞き覚えのある声に俺はすぐに反応した。

 後ろへ躊躇なく飛ぶ。



「【天導脚(てんどうきゃく)】!」



 レーザーのような閃光が視線の隅から現れる。

 高速を超えたユーシスの蹴り技が、漆黒の巨体を捉えた。

 ディザスターもしっかりと反応してそれを左腕でガードしている。


 弾かれると思ったが、蹴りの威力の方が上だったのか、その巨体を吹き飛ばすことに成功していた。



「くっ……なんて重さ……」



 振り切ったはずのユーシスの方が顔を歪ませる。

 地面に着地した俺たちは逃げるように後退した。



「アーテムは大丈夫なのか?」


「ああ、それよりも、あの化け物を倒すことは可能なのか?見ていたが、魔法がまるで意味を成していない」


「今、考えてる」



 この怪物の攻略法をどうにか見つけなくてはならなかった。もう逃げることは叶わないだろう。

 魔法は通用しない。武器も通用しない――。



「いい蹴りダ、エルフ」



 直後――ぐにゃりと空間が曲がり、ぱっと目の前にディザスターが現れた。

 見慣れた魔法。それは汎用性の高い次元属性魔法――【転移】だった 。


 ディザスターはおそらく全属性の魔法を使える。

 今の今まで、本当に準備運動だったようだ。魔法の使用を制限していたように思えた。



「……ん?」



 不意にディザスターの左腕に俺の視線が向いた。土埃が付いていたのだ。

 先ほどのユーシスの蹴りが入った箇所。もちろんダメージはないようだが――。



「跳べ!」



 その叫びに、俺とユーシスは左右に跳んだ。

 声の主であるククルが兜割りをするように、魔力を纏った手刀を振り下ろす。

 それが当たる前に、魔法が発動した。



「【インペリアル・ウィンド】」



 ディザスターを中心に12の巨大な竜巻が、ランスの形に姿を変えていく。

 風の槍はククルをなぎ払い、俺とユーシスをその衝撃波で巻き込む。



「ぐっ……このっ!!」


「そろそろ体も慣れてきタ。褒美として我の魔法を見せてやろウ。差を実感するがいイ」



 ぞっ――とするほどの魔力の高鳴り。10級レベルの高位魔法の発動を直感した。



「やばいのが来るぞ!」



 俺は限界まで魔力を全身に纏って、発動の阻害をするために、ディザスターとの間合いを詰める。

 すぐに【絶掌(ぜっしょう)】を放って、ディザスターの魔力を乱そうとした。


 しかし――。

 少しだけ遅かった。

 寸前の差。


 ディザスターの見えない口元が綻ぶような気がした。



「【樹海降臨(リーフレジェンディア)】」



 突如地面が半壊した。その原因は木の根っこ。

 無数の巨大な根が地盤から姿を見せていく。


 最初の岩柱などとは比べ物にならないほどの規模。

 それはまるで暴走した鞭のように俺たちを打ち付けながら、この広大なフロアの全て巻き込んでいった。


 魔力のこもった巨大な根は硬質で、命があるかのように動く。

 人の皮膚など意図せずに抉ることができるだろう。


 隙間なく詰め寄る巨樹の根は、視界の全てを覆う。やがて急成長して、それぞれが大樹となる。

 生え方もまばらで、斜めや横と、不自然な木々。


 時間にして数秒。フロア全体に樹海が出現した。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

更新の励みとなっております。

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