第156話
「では、行こう」
もう一度、これからの戦いの編成を確認した俺たちは、先導するユーシスの言葉に頷いて歩みを進める。
ククルとアーテムが前衛の中核で剣を握った。俺はふたりの援護に徹する。弓も使えるユーシスは中衛で、俺たち前衛と、後衛であるニーナとエミルを援護する役割を補う。これが基本の型である。
扉の中へと進んでいく。
最初に視界を埋めたのは郷にあるものと同じぐらいの巨樹だった。
平原のように広がる緑の大地は広大で、空のごとく高い天井は周りの鬱蒼と茂る木々の葉によって隠れている。
まるで、森の真ん中をくり抜いて、巨樹を置いたような……。
湿気も強く、草木がエメラルドグリーンの光を放っていて神秘的な情景を演出していた。
「綺麗……」
ニーナがほろりと感想を呟いた。
確かにダンジョンということを忘れるぐらいにこの景色は美しいと俺も思う。
「……油断はするな」
ユーシスは巨樹を睨みつけるように言い放った。
全身から魔力を滾らせていて、もう戦闘態勢に入っている。
それに習いアーテムとククルは剣を、ニーナは杖を強く握った。
数キロ先の巨樹へ少しずつ距離を詰めていく。
「ユーシス」
俺は違和感――というよりも確定された事象を感じとり、ユーシスを呼び止めた。
「どうした?」
少し迷ったが、単刀直入に告げることにした。
「巨樹の上から魔物の気配がする。それと、光と闇、次元属性の魔法は発動できないようだ」
「それはまことか!?」
「あぁ」
このフロアに入ったときには何もなかった。これは魔物の気配を感じてから起きた事象。
つまり、巨樹の上にいる魔物が何かしらの範囲魔法を使っている可能性が高い。
赤のダンジョンのときにもそうだったが、光や闇のような特殊属性魔法はダンジョンと相性が悪いのかもしれない。
「どういうこと?」
背後問いかけるニーナの疑問に俺はすぐに答える。
「光属性……回復魔法が使えないということだ。なるべく被弾を避ける戦い方を心がけろ」
「わ、わかったわ」
回復魔法があれば、被弾覚悟の特攻も可能であった。しかし、それはもう使えない。
安全を確保して、魔物の体力を減らしていく持久戦になる。
「――くるぞ」
巨樹との距離が1キロほどになったとき、俺の声と同時に巨樹の上から何かが勢いよく降ってきた。
気配を感じた魔物である。
それが地面に降り立った直後、地面が揺れ、ぼわっと土煙が上がる。
そして、風属性魔法のような衝撃が波紋のように飛んできた。
俺はすぐに先頭に立ち、
「動くな」
と忠告を入れて、地属性の防御魔法を使ってそれを防ぎきる。
次第に土煙が少しずつ晴れていき、10メートルほどある大型の魔物が姿を現していった。
「なにあれ……気持ち悪い……」
「おでましだな」
最初はペガサスかと思ったが違った。
人のような平たい顔は真っ白で、頭から背中までトゲトゲしい金色の羽毛が生えている。左右に生えた大きな羽は孔雀のように鮮やかで体をおおえるほど大きい。
太い前足はなんでも切り裂けそうな鋭い爪が生えていて、俊敏に動けそうな馬のように細い後ろ足。3本の尻尾は硬質ばった鱗で覆われていてドラゴンを連想させる。
まるでドラゴンと鳥と馬を割って合わせたものに、白い仮面を付けたような生き物――というよりも化け物だった。
「ぴぃぎゅぇぇぇぇぇぇっ!!」
魔物の凄まじい高音の叫び声が耳をつんざく。
羽がばさりと大きく広げられた。そこに映っていた無数の模様が、ぎょろりと動き出した。
それは模様などではなく、瞳だった。
無数の視線がぎょっと、一斉に俺を見つめる。
体に魔力の熱が集中して伝わってきた気がした。
――まずい。
「後衛はできる限り距離をとれ! ククル、アーテム、左右に散開しろ!」
俺はそう指示を出し、返事も待たずに地面を殴りつけて砂塵を起こす。
辺りは砂煙が立ち込め視界が悪くなっていく。
その間に後衛組が走り出した。
すぐに、俺を目標とした魔力を感知。ほぼ無音で音速を超えたレーザーのようなものが羽の瞳から放たれたのだ。
それをしっかりと躱しながら、得た情報を周囲に伝える。
「あの目を見るな! 目が合えば麻痺にかかるぞ!」
俺は【神経麻痺】にかかっていた。神経を刺されているような痛みを伴う麻痺で、俺の体をちくちくとしびれさせている。
耐性のある俺にとってはなんでもないものだが、他の者――特にニーナやエミルのような後衛職には辛いものがあるだろう。
神経麻痺をくらった俺に追撃のレーザーが雨のように降り注ぐ。
「おせぇよ」
それを俺は感知し直後に反射速度で全て躱した。
幸い、ターゲットは俺だけだったようで、他のものには放たれていない。
その間に、それぞれが魔物との距離を取ることができていた。ニーナに至っては既にククルとアーテムに補助魔法を使っている。
エミルはニーナの前に配置していつでも防御魔法を使える体勢だ。
「ぴぎぃぃぃぃぃぃっ!!」
相変わらずのうるさい咆哮。
魔物の攻撃は終わっていないらしい。
すぐに体を覆うように魔力のドームが出現した。
そこから鋭く尖った羽をテンポ良く全方向へ飛ばしていく。
「このっ」
既に攻撃態勢に入っていたククルとアーテムだが剣を構え直し、それを弾いていく。
踏ん張るようにアーテムが声を上げた。
「ぐぅぅっ!」
全弾をいなすように弾いているククルと違い、アーテムの鎧は徐々に傷ついている。
間近の攻撃なので反射速度がおいついていないのだ。
だが、ニーナの補助魔法があったお陰で鎧を傷つける程度に済んでいた。もしなかったら、鎧を貫通していたかもしれない魔力があの羽には宿っているのだ。
「アーテム、一度引け! ククルはそのまま前に!」
俺は魔物の飛ばす羽を全弾かわしながら飛び出していく。宙を舞うように瞬時に距離を詰め、ドーム状の魔力の塊に【絶拳】を放った。
ガシャーンと魔物を包んでいた魔力はガラスのように散り散りに消えていく。
その隙に、距離を詰めていたククルが魔物の右翼に剣を振るった。
だが――。
「なにっ!?」
剣は通らなかった。羽は銀色に変色していて、歪な金属音と共に弾かれたのだ。
硬質化とはまた違う、さらに上の硬化魔法。
「まだ終わんねぇよ!」
ククルは硬化魔法のかかっていない体に追撃を入れる。
しかし――寸前で躱された。距離を測られたようなギリギリの間合いを魔物が読んだのだ。
魔物はそのまま、前足を軸にぐるりと一周回り、3本の硬い尻尾でククルと俺を巻き込もうとする。
俺は距離を取ってそれを躱し、ククルは剣で受けとめた。
が――攻撃が重すぎて、ククルの方が弾かれてしまった。地面をざざっと引きずるも、受身をとってなんとか起き上がる。
「ユーシス、こんな情報聞いてないぞ」
「先ほどからおかしいのだ。以前戦ったときよりも、手数も魔力も……何もかもが増えている」
ユーシスが唖然と呟いた。俺はそのまま続ける。
「それにあいつ、魔物にしては頭が良すぎる。ククルの剣筋を一撃目で見切っている。その上でどの攻撃が最適かを判断しているよう見えたぞ」
「……どうする? 一度戻って体勢を立て直すか?」
弱腰のユーシスの発言に俺は首を振った。
「いや――」
そのまま口元をほころばせる。
「あの程度なら問題ない。俺たちなら余裕だ」
ユーシスは大きく目を見開いて、
「それは、本当に頼もしい」
と短く告げて、口元を少しだけ緩めた。
◇
戦闘を開始してから一時間ほど経過していた。
最初こそ強いと思えた魔物だが、次第に俺たちの方が魔物を圧倒していった。
攻撃の間合い、魔法の種類、威力、精度などを少しずつ把握していき、その度に俺は的確な指示を出していく。
魔物も知性があるせいかパターンを変えてくるのだが、俺はそれすらも読んで対応をしていった。
それだけではない。ニーナやアーテムの連携力も高く、俺の指示を疑わず実行してくれているのも大きかった。
先日行った模擬戦で培ったものがここで活きていたのだろう。
俺は指示した者の本来の力を発揮させる【英雄の言霊】を使って口を開いた。
「ニーナ、エミル、捕縛魔法を」
「「わかったわ!」」
ふたりの無詠唱魔法が同時に発動する。
砂と水で作られた檻が、左翼も右翼も失い、ジリ貧な動きの魔物を捕縛していく。
「ぴぇ……ぎぃぃぃぃぃ」
為す術なく、悲鳴を上げる魔物は檻の中へと固められていく。
俺はユーシスに視線を向けた。
「とどめ、さすか?」
「私に……やらせてくれるのか?」
真剣な眼で囁くユーシス。その目は若干潤んでいるようにも見えた。
「ああ。せめて、友の仇を取ってやれ」
「……ありがとう」
目を閉じて歯を噛み締める。
俺はユーシスに魔力を与えた。
「足りるか?」
「……十分だ」
瞳が開かれる。
辺りの空気が変わった。
ユーシスの靴から異様な魔力が放出し出す。おそらく神の使徒の力を使ったのだろう。
次第に全身の魔力が足に集中していく。その綺麗な魔力の流動は、やはり一流のものだった。
「はぁぁぁぁぁ――」
独自の呼吸法で足の魔力が圧縮され――空間を歪ませた。
直後――ユーシスが消えて、既に魔力の檻の上空に移動してた。
次元属性でもないのに【転移】を使ったかのような移動術。
なるほど、と俺は思った。
ユーシスの身につけていたあの靴は神器だったのだ。
「我々の悲願をこの一撃に――」
そして、凝縮した魔力が一気に放出する。
「【天鱗・羅修羅】」
ユーシスの体が一瞬で地面に急速落下して檻を貫通――そのまま地表を抉り、横へとスライドして俺の隣に姿を見せる。
他の者には消えたユーシスが俺の隣にいきなり現れたように見えただろう。
体に纏っていた莫大な魔力は無くなっていた――というよりも、魔物の中心部に全て置いてきたようであった。
遅れて抉られた地面がバリバリと剥がれていき、魔物を捕らえた檻が光を放つ。
そして、凄まじい衝撃音と共に爆発した。
横へと広がる衝撃は全て上空へと向かっていくようで、空のごとく高かった天井に穴を開ける。
「火力がある技だなぁ」
「私が編み出したオリジナルだ」
抉れた地面は剣山のように盛り上がり、天井に向かって黒い煙を上げていた。
「倒したの……?」
側に寄ってきたニーナが問いかける。後ろにはエミルがいて、ククルとアーテムも遅れてやってきた。
俺は剣山のような地面に魔力弾を当てて崩していく。
確かめるまでもなく、魔物は霧散していたようで、見たこともない大きな魔石が転がっていた。
「あぁ、魔物は完全に消滅した」
「やった……やったわよ! あたしたち本当にやっちゃったんだ!」
ニーナは喜びながら興奮を抑えきれず飛び上がる。
「ご主人様、私、頑張ったわ」
エミルが褒めて欲しいと頭を差し出すので、俺は撫でてやる。
「本当にやったのだな……」
剣を持つ腕を震わせながらアーテムは呟いた。
すると、ククルが視線を巨樹の方へと向けている。そのまま口を紡いで俺の名を呼んだ。
「クレイ……」
「わかっている。お前たち、まだ終わりじゃないぞ」
俺の警告に、浮かれていた空気が一瞬にしてひきしまる。
視線の先……巨樹の根元には、ひとりの女性が立っていた。
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