第155話
エルフの郷から南方へ数キロ進むと、大きな木々が隙間なく成長して茂っている密林のエリアがある。
そこは人が通ることのできないほど密集しているため、人工的に道が舗装されており、その一本道を超えるとエルフ領のダンジョンにたどり着く。
数本の大樹と一体化したように広がった半径4メートルほどの穴。歪に伸びた枝がツタのようにねじれ合い、入口を覆っている。正面からは、禍々しい魔力が漏れているようにも感じた。
そこへ早朝から、俺たちダンジョンの攻略に挑むメンバーと、その護衛のエルフの部隊が列を作っていた。
「これから我々はダンジョン攻略に挑む。手順は頭に入っているな?」
代表として前に立ったユーシスが高らかに叫んだ。
ダンジョン攻略のメンバーはユーシス、ニーナ、アーテム、ククル、エミル、俺の6名と、50名のエルフ族の部隊で結成されている。
例の凶悪な魔物のいる最奥――50層には、5層の転移門から転移石でショートカットするらしいのだが、その肝心の転移石は6つしかないという。
だから、50名の精鋭達は1層から5層までの間、俺たちの体力温存のための護衛にあたる。
「はっ!」
護衛部隊の統率のとれた声が響く。
その勢いにぴくりと体を揺らした隣のエミルに、俺は声をかけた。
「大丈夫か? 無理せず戻ってもいいんだぞ」
「行くわ。ご主人様と一緒に」
エミルはふるふると首を横に振って真剣な眼差しを向ける。
「そうか」
今回の件に、エミルは参加しなくてもいいと何度か伝えていた。
だけど、「絶対に行くわ」と頑なに断られ続けたのだ。
ダンジョンの最奥には6人でしか踏み込めないギミックがあり、必然的に6人で挑むことになるのだが、エルフ族には無詠唱で魔法を発動出来るものがユーシスとニーナ以外にいないのだ。
どんなに強い魔法でも、無詠唱でなければ意味がない。
それなら前衛の技術もあり、何より信頼のできるエミルに来てもらった方がいいと俺も判断したのだが……。
「いざとなったら、自分が生きることだけを考えるんだぞ」
「……わかったわ」
そうならならないようにしよう、と心にきめつつユーシスの話が終わるのを待った。
魔物を直接攻略する6名は、昨夜のうちに何度も陣形を整理して頭に叩き込んでいる。
今は護衛部隊の基本的な陣形と、魔物を対処する順番を説明していた。
「――では、これよりダンジョン内に侵入する!」
確認も終わり、ユーシスの掛け声で、ダンジョン攻略の狼煙がおろされた。
――
―
ダンジョンの通路は大樹に囲まれた入口とは違い、遺跡のような石造りなっている。
黄土色のレンガの壁。土が固まったような床。10人が並列で歩いても余裕があり、天井までは6メートルと高い。
それに、照明の必要がないくらいに辺りは明るく照らされていた。
「ぐがぅぅ!」
「一時の方角。一番隊、迎え撃て!」
「はっ!!」
まだ低層だからか、魔物が出現してもユーシスの的確な指示により、前衛の部隊が次々と迎撃していく。
真ん中に挟まれた俺たちの元には、悲痛な魔物の叫びと霧散する光が微かに届いてくるだけだ。
5層の転移門まではぶっちゃけると暇であった。
「遺跡って感じなんだな」
「そんなの当たり前でしょ。ダンジョンなんだから」
ぽつりと呟くと、少し前を歩いていたニーナがそれを拾う。
相変わらずツンツンしているのもあるが、声色からは緊張を感じた。
「当たり前なのか? 俺の知ってるダンジョンは洞窟のようなところだったが」
「30層から50層までは鍾乳洞って聞いたわよ」
「層によって違うってことか。……ニーナ、背中に大きな虫が付いてるぞ」
「えっ!? ちょっと、取ってよ!!」
驚きのあまり飛び上がり、魔力を放出し始めるニーナ。
想像以上の反応。森に囲まれているくせに虫には驚くんだな……。
「わるい、嘘だ」
「……はっ? あんた、本当に死んで……」
「あまりにも固くなってたんでな。実戦経験がないわけじゃないんだろ?」
俺が笑いながら言うと、ニーナは少し考えてから口を開く。
「……ダンジョンがこうなる前までの5層までは連れてってもらったことはあるわよ。それ以外だと、森に出る魔物退治とか」
「大型の魔物は?」
「《キング・ダイヤベアー》をアーテムさん達と討伐したことがあるぐらい」
「それは、すごいな」
キング・ダイヤベアーはAランクの魔物だ。
体長は8メートルと大きく、熊のような図体で魔法も使ってくると本で読んだことがある。
冒険者ギルドでならAランクの人員が5~10人は必要という基準。
ニーナがもし冒険者ギルドに登録していたらAランク以上は硬いだろう。
「まぁ、当時は私も未熟だったし、サポートされてばっかりだったけど、私の魔法でトドメをさしたのよ」
ニーナは胸を張り、誇らしげな表情で語る。
すごいと言われたことが嬉しかったようだ。
「今回の魔物は10メートルらしいから、それよりも多少大きい。前衛への補助魔法を頼むぞ」
「わかってるわよ。支援魔法の無詠唱はひたすら練習したもの」
「ご主人様、私も支援する」
それを隣で聞いていたエミルが手を挙げながら主張して話に入ってくる。
自然とその頭に、ぽんと手を置いた。
「エミルはニーナの護衛な。そっちを優先的に頼むぞ」
「うん!」
心地よさそうに俺の手を堪能するエミル。そんな様子をニーナはじっと見つめていた。
「どうした?」
「なんでもないわよ」
そう言って、ふんっとそっぽを向く。
羨ましそうに俺を見ていたような気がした。
――
―
そうこうしているうちに5層の転移門に到着した。
時間にして1時間ほど。早朝に出発しているので外はまだ午前だ。
遺跡の壁をさらに広くしたような場所で、郷の訓練所のように100人単位で入れるほどだった。
「誰ひとり怪我をすることなくこれたようだな」
きっちりと並んだ部隊を眼下に入れて、ユーシスは満足そうに呟いた。
「皆はここで待機。もし、緊急事態が発生した場合は一番隊の指示に従うこと」
エルフ達から「はっ!」と揃った掛け声が返される。
「クレイ殿、転移石を」
そう言って、ユーシスは俺たちに転移石を配っていく。
前にヴァンとダンジョンに行ったときと同じ魔石だ。
「久々の戦闘。滾る」
横から片言のような渋い声が聞こえた。
それは初見で会ったときに纏っていた鎧――【神器アテナ】を装備したククルの声だ。
神器アテナは物理的な攻撃を全反射する効果のある鎧で、肘や膝の関節部分や首元など、余すこと無く体全体を覆うことができる。
それに持ち主の体の形状に合わせて形も変えられる上、声も変えることができるらしい。
それにより、ククルは鎧を纏っているときは男の声を選定している。本人曰く歴戦たる英雄像の声色らしい。
「おい、戸惑うからいつものやつにしろよ。そのキャラは外でやってくれ」
「……」
無言で俺を見つめるククル。何か言いたげだ。
「己は我に死ねと?」
「そこまで言ってねーよ。そのキャラやめるとお前、死ぬのか?」
「……」
やりにくい。口数が少ない設定なのだろう。
「今度、手合いしてやるからさ。この戦いだけ戻してくれるとありがたいぞ」
「……仕方ねぇな、わかったよ。本気で頼むぞ」
観念したのか普段聴き慣れたククルの声に戻る。
ククルは剣闘士大会以来、俺と会うたびに「戦おうぜ!」と誘ってくる戦闘狂だ。
今まで断り続けていた甲斐があったというもの。
「では、私が先に行く。その後、私と同じように転移石をかざしてくれ」
そう言ってユーシスが転移門に石をかざすと、ぱっと姿が消えた。
【転移】と違って魔力はほとんど感じない。
それに続いて、ククル、アーテム、ニーナも飛んでいく。
残るは俺とエミルだけ。
俺は深呼吸をしているエミルのか細い手を握った。
「魔物はいきなり現れないから大丈夫だ」
こくりと頷いたエミルはもう片方の手に持った転移石を目前に差し出す。
それと同タイミングで俺もかざした。
ぐわんっ。
と視界が一瞬で切り替わる。
初めに眼下に映ったのは5層よりも狭い部屋だった。ダンジョンの入口付近のように木々が生い茂っていて、遺跡のような雰囲気は全くない。
目の前には大きな扉があり、そのすぐ下には6つの台座がある。上には魔石が設置されていて、硬質な大樹の根で固められていた。
「この魔石には個々の、異なる魔力を流さないと扉が開かない造りになっているんだ」
ユーシスの説明にククルが納得したように口を開く。
「だから6人なんだな。同じ魔力でも出す者によって微妙に違う。それをこれは感知してるってわけか」
「えぇ。扉は開きっぱなしなことが幸いです。だけど何があるかわからない。ククル殿、クレイ殿、アーテム、前衛は任せたぞ」
「任せろ」
「はっ!」
「あぁ」
三方向からの声が重なった。
「ニーナ、エミル、【リラックス】もかけておけよ。【威圧】を使ってくるらしいからな」
「わ、わかってるわよ! あんただってヘマするんじゃないわよ? 前衛なんだから」
「誰に言ってんだ。まぁ、何かあっても全力で守ってやるから安心してろ」
俺は茶化すように呟く。
反発されるかと思ったが、ニーナは意外にも口篭る。
そのままむにゃむにゃと小声で
「あ、ありがとう」
と素直にお礼を述べた。
「よかったなニーナ」
その様子を見ていたユーシスが笑いながら言った。
「お父さんはうるさい!」
ニーナは恥ずかしそうに反抗期の娘という様子で言い返す。
緊張はだいぶ溶けたようだ。
「さて、そろそろ行こうか。気を引きしめてくれ」
俺たちはそれぞれの台座に立ち、ユーシスの指示で同時に魔力を流した。
すると、魔石を固めていた木の根を伝うように、魔力の光が1箇所に集まる。
その光を吸収した扉は重々しく、ゆっくりと開かれていった。
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