第153話
「ニーナ、エミル、両者戦闘続行不可能により、この一戦を終了とする!」
立会を務めていたククルが決着をしらせた。
エルフ族の模擬戦に、勝者や敗者という分け方は存在しないので、このように閉めるらしい。
一瞬の静寂が流れた闘技場から、どっと歓声が沸き起こった。
その掛け声は模擬戦が始まる前とは少し違った。
「惜しかったなぁ」、「いい連携技だった」など、エミルとニーナのふたりを称えるものが多かった。
俺は【神の五感】で聞き耳を立てながらユーシスの元へと歩いていく。
一部で、「混ざり物じゃなければもっといい試合たった」と否定的なことを言うものは居るが、全体を通してみたら1割以下しかいない。熱い戦いに歓喜したという満足な空気が闘技場内を支配しているように思えた。
郷長の娘である支持する者が多いニーナが、他種族と力を合わせて大きな力に立ち向かう、という筋書きがユーシスの狙いだったのだように思える。
ユーシスも倒れたふたりを大事に扱い、敬意を示した態度を取っているのも、それを引き立てているのだろう。
「最後のやつはとっておきの技じゃないのか? 俺やククルなんかに見せていいのかよ」
中央にたどり着いた俺は、意識のないエミルをお姫様抱っこで抱えながらユーシスに問いかけると、
「これから共に戦うのだ。ある程度、私の手札を見ておいた方がいいだろう」
と清々しい様子でユーシスはニーナを抱き抱えながら告げた。
なるほど、と納得する。
ユーシスの支持が高いのはこういう一面があるからなのだと。
そんなことを考えながら、俺は魔法を発動させた。
「【エリア・エグゼクティブ・ヒール】」
ユーシスを含めたエミル、ニーナを中心に広がる円状の回復魔法。
光属性にして8級という上位魔法を惜しみなく俺は使った。
ニーナとエミルの傷がみるみるうちに治っていく様子を見て、ユーシスは目を大きく見開く。観戦の方からも動揺する声がちらほら耳に入った。
「これはっ……! なるほど、ニーナがこんなにも早く成長したのも頷ける。よもや、人外の領域に足を踏み入れているとは……」
「人外なんて言われているが、魔法の文化は常に進んでる。人それぞれ属性の相性にもよるが、これくらいなら凡人でも習得することはできるぞ。ニーナだってもっと上にいけるはずだ」
「そうか。……そのようだな」
ユーシスは心地よく口元を広げて、笑顔で言う。
「はははっ。早くもクレイ殿を郷に受け入れてよかったと思い始めているよ。交流して情報を得ることはやはり大切なのだ。ところでクレイ殿、このような上位魔法を我々に見せてもいいのか?」
「ある程度、俺たちの手札を見ておいた方がいいだろう。ダンジョン攻略のためにな」
口を緩ませながら言うと、ユーシスもにやりと笑う。お互い様ということだ。
俺たちはふたりの少女を抱き抱えながら、歩き出す。
闘技場内の壁は鉄製の素材で固められていて、左右に2箇所の穴が空いている。そこは階段になっていて、俺たちはそこから上の観客のいる場所に上がった。
上がってすぐのところに小さな小屋が設置されていて、中はベッドが複数並べられている。
医務室の役割を果たしているようだ。
そこへエミルとニーナを寝かせて、俺はユーシスに問いかけた。
「手加減はしないぞ?」
「問題ない。クレイ殿なりに、しっかりと力を示して欲しい」
「俺なりって……」
またも丸投げに近いことを言われる。
「こちらで土台は用意しよう」
「まぁ、好き放題にやるぞ」
「期待してる」
なんとなくユーシスがやろうとしていることがわかったので、俺は再び闘技場に戻った。
模擬戦の相手であるアーテムは既に装備を整えて中央に立っていた。その手に握っているのは俺たちを襲ったときの大剣ではない。大剣よりも一回り小ぶりな剣で、魔力が宿っている。
それは魔剣であった。
使徒の使う神器まではいかないにせよ、かなりの業物であることがわかる。
俺はユーシスをちらりと見た。
爽やかな笑みで返される。
「なるほどな」
あれはユーシスの【ヘファイストスの加護(神命の息吹】によって本来の力が解放された魔剣のようだった。
元々がどんなものかは知らないが、目の前の魔剣はかなりの業物になっている。
「本物というものを見せてやろう」
挑発を聞きながら、俺はアイテムボックスから剣を取り出した。
アーテムの剣よりもさらに小ぶりの両刃剣。魔力の宿った魔剣でも無ければ、特別硬いというほどもない、いたって普通の騎士が使う剣だ。
「皆、聴こえるか!」
俺たちの準備ができたことを確認したユーシスが、いきなり観客側から叫んだ。
声を遠くまで響かせる魔法を使っているため、広範囲の民達の視線が一斉にユーシスへ集まる。
「そこにいるクレイ殿の剣術は、一流を遥かに超えた達人のものだ。外の世界に見識を持ったからこそたどり着いた高見の技。あの名高い帝国剣闘士大会での決勝をたった一振で終わらせたのだ」
そんなことまで何故知っているのかと考えた矢先、立ち会いで残っていたククルがからからと笑っている。おそらくこいつが告げたのだろう。
観客達は俺に疑いの眼を向けてくる。ほとんどが「嘘でしょ?」というものだ。
「先程の回復魔法を見たものも多いだろう。あれは人外の領域とされている8級魔法であり、実はニーナもこれから習得するために教授してもらっているのだ」
怪訝な視線が少しずつ減っていく。ニーナの名前が出たことと、教わっているということが響いているのだろう。
さらに、次の一言で、訝しい視線は全て驚愕に変わった。
「実力は私をも凌ぐ。つまり、今回はアーテムが剣術について教授してもらうことになるだろう。その実力をしかと目に焼き付けて欲しい。そして、それを身につけて更なる高みを目指して欲しいと思う」
ごくりと唾を飲む音が、聞こえたような気がした。会場内の視線が一気に俺に集中する。
ユーシスが何かしらの演説をして、こういう空気の流れを作ることが予めわかっていた。
俺は目立つのはあまり好きではない。
しかし、敬服されることがもっとも手っ取り早い方法であることもわかっているし、なにより差別的な考え方の緩和になるのであればいいと思った。
名声を得ることにこだわりはないが、得ることを拒むほどではない。
自国の王国ではこういう状況は避けたいものだが、エルフ族との信頼が後々、役立つだろう。
「せいぜい頼むよ、センセイ」
納得していない者も、もちろんいる。
俺の目の前にいるアーテムもそのひとりだった。
アーテムは皮肉を込めて軽く吐き捨てながら、正眼で剣を構えた。
「俺の剣でよければ、好きなだけ教授してやる。ただし、ものにしてくれよ」
唇が自然と綻ぶ。隊長をやっているだけあって剣技はかなりの腕だと判断した。
さらに、握った魔剣の魔力が消えたり、現れたりと面白い動きをしていたのも理由の一つだろう。
「両者構え。第二戦、開始!」
◇
アーテムの持つ魔剣、【断絶の光剣】にはユーシスの力で特殊な効果が寄与されている。
持ち主の意思で刃の実体を消すことができるのだ。
剣が全てのものをすり抜ける。
つまり、上手く使えば攻撃は問答無用で通るし、防御もまた自由にできる。フェイントや脅威など、手数の幅が非常に多い魔剣であった。
だが――。
「なぜ、当たらない……なぜ、防がれる……」
既に模擬戦が始まってから、十分以上も剣を撃ち合っているのに、クレイに刃が届かない。
初撃こそ、クレイは驚いていたようにも感じたのに、それからは、攻撃が読まれているかのように適切な間合いをしっかりと取られているのだ。
剣が交える金属音が闘技場内に響く。
観戦する者たちの声は聞こえない。耳に入らないのではなく、この試合を集中して見ているようにアーテムは感じた。
――隙あらば【断絶の光剣】の効果を使って切り込みたい。だけど、それをお見通しと言わんばかりにクレイは目を細めている。
「剣術において間合いは大切だな」
「ぐっ……そうだ、その通りだ」
右から斬っても、左から斬っても、縦に斬っても、横に斬っても――。
フェイントを使っても、わざと隙を作っても、気配をできる限り消しても――。
何をしても読まれているような。
全ての攻撃を包み込むように去なされる。
「くっ、そ……」
アーテムは郷長の護衛隊の隊長に任命された郷で有数の実力者。
剣では郷一番。
道を極めてきたひとりの御仁として、一太刀目を交わしたときに感じたものが蘇る。
それは、実力が掴みきれないという感覚だった。力量が離れすぎているせいなのか、はたまた、そういった魔法なのかもわからない。
まるで、真っ暗な、視界のない場所で闇雲に剣を振るっているような怖さ。
勝てない。
勝ちところが見つからない。
勝つイメージが全くわかない。
そんな感覚。
そして、その暗闇にチャンスという一寸の光明が差し込んでくるのだ。
迷いなくアーテムはそれに向かって切り込む。
またもチャンスの光。
この流れはアーテムも経験したことのあるものだった。
郷の子供たちに剣術を教えるときに使うものと全く同じ稽古の流れ。
故意に作られた隙を狙えるか、そんな剣術であった。
「これが、帝国で主流の剣術だ。ククルで経験しただろう」
「……」
斬撃を受ける。これは襲撃をしたときにククルと交わした剣技。
しばらく打ち合いが続いて、途端に剣筋が変わった。
「っ!!」
「流石に気づくか。これが王国の貴族家から伝来した剣術だ」
それはクロード家の剣術。歴史の長い名家であると同時に、全ての型の素であると言われているため、アーテムにとっても馴染深いものだ。
しかし、それよりもどこか尖ったような印象を受ける剣技だった。
「剣技もまた進化しているんだ。俺の知ってる同世代の中で最強の剣士がいてな。そいつが試行錯誤を重ねて剣術というものを進化させている」
少しずつ切り替わっていく。
攻撃的な一面と、躱すのではなくいなす練度的な技術。それはアーテムも知らない次元の剣術だった。
「うおおぉぉぉ!」
アーテムは自らが、見切れる速さをゆうに超えた速度の連撃を使う。
【断絶赤火乱舞】。魔剣の実体透過の効果を使った、アーテムもまだ制御ができない連続斬撃であった。
だが、それすらも綺麗に去なされてしまう。
まるで桃色の花びらがひらひらと散り、舞うような見事な連撃でクレイは【断絶赤火乱舞】を受けきった。
「それを使うには、まだもう少し、目をならせるべきだと思うぞ」
「…………そう、だな……」
もはや、アーテムは怒りを通り越して、清々しいとさえ思った。
剣が好きだからこそ感じるものがある。
全力を出し切ったあとの、手も腕も肩も足も、体中が限界だと叫ぶこの境地。
呼吸すらままならない、肺が破裂しそうなぐらい苦しい疲労。
そこから見える少し先の頂。今のアーテムの限界。それが、引き上げられるような感覚だった。
霞んだ目を凝らして目の前の御仁を見つめる。
クレイが何かを告げていた。
思わずアーテムの口元が緩む。
なんて楽しいんだと。
「そしてこれが、俺が最初に会得した天衣無縫の技だ。本気でこい」
もう無理だと体が叫んでいる。
足元ががくがくと震えている。
だけど、その一歩先に、まだ見たことのないものがあるような気がして、アーテムは無い力で剣を握り、無い力で雄叫びを上げた。
「はぁぁぁぁ!」
自らを鼓舞するような咆哮を上げて、クレイに斬り掛かる。
そして、目の前にいたはずのクレイは姿が消した――。
なんとなく、アーテムは理解した。
既に斬られたという事実に。
――清々しい。
そんな気持ちを抱きながら、アーテムは膝を着いた。
がくっと膝を支える力が抜ける。
そのまま、仰向けで地面へ転がった。
「面白かったか?」
クレイは上から見下ろして問いかける。
アーテムはぜーはーとできない息を整えて、
「また――やりたいものだ」
と、笑みを浮かべた。
「アーテム、試合続行不可能により、模擬戦第二戦を終了とする!」
ククルの声が響き、静まり返っていた観客が息を吹き返したかのようにふたりを称えた。
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