第14話
早く話を進めたい一心です
「ゴホン。とりあえず今日呼んだのは騎士の件です」
わざとらしく咳払いをしたリンシアはやや恥ずかしそうに本題を切り出した。
先程負けて取り乱したのを恥じているのだろうか。それともクッキーか?
「俺の主張としては、騎士になるつもりはない」
騎士になることは王国の民として尽くしていくという意味になる。
それは俺の自由で気ままな生き方に反する。
今はこれといって目的があって行動しているわけでもないのだが。
「そういうと思っていました」
そう言ったリンシアがメルに合図を送った。メルはその合図に頷き、リンシアに何かを渡した。
リンシアはその何かをテーブルの上に差し出してきた。
「あなたの身分証です。用意しました」
「あざっす」
すぐに受け取ろうと手を伸ばすが、慌てたリンシアに寸前で取り上げられる。
「まだあげるって言ってませんよ!」
「ちっ」
俺はわざとらしく、軽い舌打ちをした。
「だが身分証ぐらいなら冒険者登録を済ませれば貰えるだろう。今更身分証は交渉のカードになり得ない」
大浴場にはもう入ったしな。
「これをただの身分証だと思っているんですか?」
リンシアは何かを企んでいるような自信有りげな表情を俺に向けてくる。
「冒険者ギルドで貰える身分証と何か違いがあるのか?」
「この身分証は王族お墨付きの身分証です。よく見てくださいここに星マークついてるじゃないですか」
身分証の星マークが付いた箇所を指さしながら、喜んでいるリンシアは凄く自慢げだった。
「その星がついていると、なんのメリットがあるんだ?」
俺は身分証を国や街に入るときの通行証みたいなものだと認識している。
王族のお墨付きだと、何かすごい特典があるのだろうか。
「驚かないでくださいね」
リンシアは少し大げさな前ぶりに対して俺は無言で次の言葉を待った。
「王都の商店でこれを提示すれば、全て10%少ない金額で物が購入出来ます。そして貴族御用達の会員制のお店にも入れます」
「なるほど」
俺はそう言ってリンシアの次の言葉を待った。
「…」
「…」
えっそれだけ?
俺は眉をひそめながら思った。
会員制のお店や10%オフだからってなんだというのだ。
「冒険者ギルドの身分証でいいや」
俺はリンシアの交渉材料をバッサリ切り捨てた。
「そうですよね……。やっぱりクレイはそれぐらいの特典じゃ冒険者ギルドの身分証を選びますよね……」
断られるとわかっていたようだ。リンシアは下を向いて落ち込む。
「騎士になる条件として提示されればそうなるな」
そう言うとリンシアは身分証をテーブルに置いて差し出してきた。
「これは差し上げます」
「あざっす」
「そこは、なんで差し出すのか理由を求めるところでしょう!」
机に置かれた身分証を受け取ろうとするとリンシアは即座に抗議した。
「……どうしてくれるんだ?」
俺は少し呆れ気味な目を向けて、理由を聞いた。
「お父様の治療をしてくれているお礼です」
「まだ治ると決まったわけではないぞ」
「治るかどうかではありません。原因を突き止めて治療を引き受けてくれたことが嬉しかったんです。もうダメかと私は諦めてかけていました。お父様自身もです。そんなお父様に希望を与えてくれたことにも感謝していますよ」
まだ治るかわからない。そんな不安を隠しながらリンシアは無理やり笑顔を作っっているようだった。
「成り行きだけどな」
「成り行きでも、それを自ら引き受けてくれました。クレイの立場なら逃げることも可能だったのに」
そこまで言われるとどうにも照れくさくなるな。
ここでチャカすことも出来たが、俺はリンシアの気持ちに真剣に言葉を選ぶことにした。
「理不尽に抗うリンシアの姿を見て、少しだけ手を貸してやろうと思っただけだ」
妹に似ていたという理由が正直なところだが。
俺がそう言うとリンシアは目を見開いて驚いているようだった。
「では騎士の――」
「騎士の件は別だけどな」
俺はリンシアの言葉を遮り、身分証をアイテムボックスにしまった。
「わかりました。あと1ヶ月もありますし、その間にクレイのことを落としてみせます」
「落とすか、お姫様らしがらぬ言葉だな。交渉材料を集めるの間違いだろ」
俺の挑発に対してリンシアは笑顔になる。
本当に負けず嫌いなんだな。
「そろそろ時間だ。国王の部屋に行く」
「わかりました、私達も一緒にいきます」
リンシアがそう言うと、メルに合図を送った。
メルに先導され外に出ると、扉の横で背を向けているリルが立っていた。
「リル、ご苦労だな」
メルはリルの青髪を優しく撫でる。
リルは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに頭を撫でられる。メルに懐いているようだと感じた。
しばらく撫でられていたリルが俺の視線に気づいてハッと表情を変えた。
「お姉ちゃん、仕事中ですよ! リンシア様の前ですし」
リルの言葉に俺が驚いた。
「えっお前ら姉妹だったの?」
「そうだぞ、気付かなかったのか。似てるだろ?」
自慢げに胸を張るメルをリルはやや呆れて見ている。
その態度からメルはかなりのシスコン臭を放っていたので仲良くなれそうな気がした。
俺はメルとリルの顔を交互に見る。
凛としたメルに対して、リルはどちらかというと可愛い系の印象だ。
髪の色も赤と青で違うのだが、似てるかと言われたら似てなくないわけでもないけど――
「メルとリルは私が7歳の頃から5年間、専属で働いているんです」
リンシアも何故か自慢げに言う。
歳が近い者同士の5年なら友達みたいな距離感で接している事があるのも納得がいった。
「お姉ちゃんは訓練場の業務があったでしょう?ここからは私が案内します」
リルがそう言うとメルは残念そうな表情をした。
「そうだったな……。リンシア様、ここからはリルが案内しますので、私は業務に戻ります」
メルの報告に対してリンシアは返事を返すとメルは別の業務に戻った。
「それでは行きましょうリンシア様――
それと犬(ボソッ」
リルはリンシアを先導していく。
最後の方に小声で俺に言った事は聞かなかったことにしてやろう。
俺は口元を緩ませながら、リンシアとリルの後を追った。
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