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第148話

「あれはなんだ?」


「いちいち聞かないでくれない? ……あれは《大樹アガスト・レリーフ》を中心に郷を東西南北区切っていて、その境よ」


 2メートルはある丸太の柵を指しながら、不機嫌そうにニーナが答えた。

 辺りは早朝にも関わらず賑わう声が飛び交っている。そんな郷中(さとなか)を歩きながら、なにかを見つけるたびに、この目つきの鋭いエルフに疑問をぶつけているのだ。



「区間を分ける必要があるのか? 郷長(さとおさ)はユーシスだけなんだろ?」


「地位による政策的な要因と、それに伴う商売に関係するのよ。なに、人族には王様以外に身分の高いやつがいないわけ?」


「なるほど。貴族と領土のようなものか」



 こんな調子に、なんだかんだ文句をいいつつもニーナはしっかりと説明をしてくれる。

 そこがまた面白くて、俺は何度も質問をしてしまうのだ。



「今ので本当にわかったわけ? ってかあんまり話しかけないでくれない」



 僅かに俺は口元を緩ませる。

 彼女は年上であり、失礼かもしれないが子供的な一面を感じてしまったのだ。

 それがわかったのか、ニーナは嫌そうに目を細める。



「なに笑ってんの。ムカつくんだけど」


「周りと違って、なんだかんだニーナは良いやつなんだな」


「……どういう意味よ」


「言ったまんまの意味だよ」



 郷中を歩いていると、どうしてもすれ違ったエルフ達に敵意の視線を向けられてしまう。

 他種族は郷にとっては異分子なのだから仕方がないことであった。

 しかし、必要なまでに避けられることや、文句を言われることもないのだ。もちろん問題が起きたりもしない。

 それはおそらく郷長の娘であるニーナが側にいてくれているからだと俺は思っている。


 ニーナは(たみ)からの人望が厚いようで、通る度に笑顔で対応されている。敬意を示すように頭も下げるところを何度も目撃した。

 多分こうなることがわかっていてユーシスは彼女に案内役を頼んだのだろう。



「そういうのやめてくんない。あんたと仲良くする気ないから」


「ダンジョンには一緒に行くんだから、お互い信頼できた方がいいだろう。だから――」



 俺は後ろを歩くエミルの腰を両手で掴み、ひょいっと持ち上げる。

 頭2つ分低かった水色髪の頭が俺と同じ高さになった。



「――エミルとも仲良くしてやってくれよ」



 そのままニーナの目の前に下ろす。

 彼女は切れ長の眼をぱちぱちと瞬かせていて、エミルも動揺を示すように身震いをした。



「あの、その、髪……きれいですね」



 先に口を開いたのはエミルだった。

 ベタすぎる褒め言葉を投げかける。



「……話しかけないで」



 しばしの沈黙。ニーナはそっぽを向いて、エミルを躱して足を進めた。

 しゅん、と僅かに俯くエミルの背中には失敗という2文字が浮かんでいるようだった。

 だけど俺はそうは思わない。


 無視ではなく、回答した時点で対話が成立している。

 そして褒められたときのニーナは満更でもない顔をしていたような気がした。



「何が嫌なんだ?」



 俺はスタスタと先に進む山吹色の髪を追いながら問いかける。



「……混ざり物と仲良くしたくない」


「そういう決まりでもあるのか?」


「そうよ。他種族と必要以上に仲良くするな。混ざり物は災いを生む。そう教えられたもの」


「法律ってわけでもないんだな。エルフの長い歴史の中で何かあったのか?」


「さぁ。昔からそうなんだから、そうなの」



 太古の昔に他種族とエルフの間に、何か事件のようなものはあったのだろう。

 しかしそれが曖昧な形で後世に伝わっていて、差別的な風潮だけが残っているという印象だった。



「エミルや俺がニーナに何かしたわけでもないじゃないか」


「……お父さんみたいなこと言わないでくんない」


「俺、同じこと言ってんのか……」



 ユーシスは俺たちのことをニーナに話して、仲良くするように言っていたらしい。

 どういうわけか、ユーシスもこの差別的な風潮をどうにかしたいと考えているようなのだ。

 他国の考え方や文化を取り入れるというのもそこに繋がっているのだろう。

 しかしながら、父親と一緒のセリフというところに地味なショックを受ける。



「――着いたわよ」



 そんなことを話しているうちに目的地である商会にたどり着く。

 雰囲気のある黒みがかったウッドに、赤いレンガの屋根。いかにも商売をしていそうな大きな入口から広い室内が見えた。

 雑貨や薬などの小物が並べられていて、エルフ達がいろんな商品を手に取って談笑しながら回っている。



「思ってたよりも、広いな」


「バカにしてんの?」


「疑うな疑うな。素直に褒めてんだよ」


「…………まぁいいわ。久しぶりだし、私も適当に見て回るから」



 そう言いながら店内に入っていく。

 20メートル四方の店内なので見渡せばニーナの姿は見えるので逸れる心配はない。


 すたすた歩くニーナの後ろ姿を見送りながら俺は思う。

 このまま放っておくこともできる。だけどエミルにエルフの友達を作ってあげたい――と。


 これはかなりのお節介であり、エゴの押しつけでもある。もちろんニーナの主張を無視していることにも繋がる。

 だが同時にエミルもニーナもそれを望んでいるような、お互い引き合う何かがあるような――そんな気がしたのだ。


 リンシアならどうするんだろうな……。

 ティアラならどう判断するんだろうか……。


 女同士の友情には疎い俺は妹達の振る舞いを考えてみるも、答えは見つからなかった。



「とりあえず、孤児院組のやつらにお土産でも買うか」


「わかったわ」



 時間はまだある。少しずつ距離を詰めていくしかない。

 そんなことを考えつつ、エミルと商会内を回った。


――


「おぉ、クレイ。己らは結構時間がかかったんだな」



 合流したククルが笑みを浮かべながら呟く。

 時間は昼過ぎを回っていた。

 俺とエミルはあれからすぐ見て回り、めぼしいものの購入を即決したのだが、意外にもニーナが迷いに迷って頭を抱えていたのだ。


 内容はどの髪留めが1番いいか、というもの。

 「デートでも行くのか?」と聞くと、睨まれたうえに殴られそうになったので、図星だと判断した。


 もう20歳だし、人族であれば結婚していてもおかしくない歳頃なので仕方ない。

 と思いながら待つこと2時間が経過――。


 結局のところ、何も買わずに店を出てきてしまったのだ。

 優柔不断の典型的な例を見せられているかのような気分だった。


 それから時間も時間なので秘薬の原料である【切草(きりくさ)】の元へ行くことになったので【メッセージ】でククルを呼んだのだ。



「商会長との話が盛り上がってな」



 これは嘘ではない。最初こそ敵意の(まなこ)で商会長に睨まれはしたが、利のある商売の話を持ちかけた途端に興味津々に耳を傾けてくれたのだ。

 どこまでいっても商売筋で、他国の商売システムや商品アイディア、さらに今後の展望について色々と議論を交わせた。

 まぁそれでも1時間ぐらいだったのだが。



「……」



 複雑な顔で眉根に皺を寄せるニーナは俺を一瞥。そして、ふんっとそっぽを向いた。

 そんな様子を確認して、ククルが俺に耳打ちする。


「なんだ、仲良くなってるじゃねーか」


「これでか?」



 からからとククルが笑う。

 そのままニーナへ目を向けた。



「それじゃあニーナ嬢。案内頼むぜ」


「わかりました」


 ククルの立場を知っているのか、俺たちへの態度とはまるで違う。

 ニーナは丁寧に頭を下げて対応した。


 そのまま歩くこと30分。

 建物が立ち並ぶ区間から少し離れた木々の茂った樹林にやってきた。

 葉に覆われているせいで昼だというのに少し薄暗く、神秘的な光を放つ粒子がふわふわと舞っている。


 ふと立ち止まったニーナがしゃがみこみ、そこに生えている草を抜き取った。



「これよ。これが【切草(きりくさ)】」



 言われていたとおりの、なんの変哲もない草だった。

 薬草といえば薬草だし、違いといえば僅かに魔力が躍動しているという点のみであった。

 それを見たククルが顎に手を添えながら訝しげに呟く。



「本当にただの薬草なんだな。これくらいの効力のものなら帝国周辺でも取れるぞ」


「そうだな」



 俺もククルに同意の位を示す。



「他の場所のものは知らないけど、これは私たちの生活を支える薬草なの。すり込めば傷薬にもなるし、煎じて飲めば病は良くなって、魔力も回復するのよ」



 この薬草をユーシスの【ヘファイストスの加護(神命(しんめい)息吹(いぶき))】で本来の力を解放すれば【弟切草(おとぎりそう)】になるというわけか。

 エルフ族の郷を覆っているこの魔力が何かしらの形で植物たちにも力を与えているように思える。



「奥にもあるのか?」


「この辺一帯はたくさん生えてるし、私たちは自由に取ってるから」


「ちょっと回ってもいいか?」


「別に構わないけど、採取した【切草】を外に持ち出すのはダメ。お父さんに言われてる」


「わかった」



 頷いて、俺は少し奥に進んでいく。

 ニーナやククル、エミルも後を追う形になった。



「……ん?」



 するとほんのりとした違和感をいだく。

 それは何者かの気配だった。

 ククルも含めてまだ誰も気づいていない。



「どうした?」


「気配を感じる」


「先客か?」



 楽観的なククルの物言いに俺は首を横に振った。

 僅かに漂う"何か"の気配は、明らかに【気配遮断(シャドウ)】を使っていたからだ。

 つまりは気配を隠したい者がいるということ。



「わざわざ気配を隠している」


「それは……不可解だな」


「なになに。なんなの?」


「戦闘が取れる準備をしておいてくれ。俺とククルが前衛を務める」



 最低限の用途を伝えた俺は気配の元へ慎重に進んでいく。

 やがて野原のような開けた場所に到着。

 そこでかがみ込んでいる人影が視界に入った。



「この郷に俺たち以外の他種族はいないよな?」


「…………いないはずだけど」



 目線の先には明らかに人族である女性がいた。

 茶色ベースに金のメッシュが所々にちりばめられた長い髪を、ひらひらとなびかせている。

 顔立ちは端正で、温かみを一切感じない目付きでこちらを一瞥した。



「なに、あいつ……」



 ニーナはぎょっとして、声を漏らした。

 あの人族の女性はやはりこの郷においてイレギュラーのようだ。


 女性は立ちあがった。

 姿勢は訓練を受けた騎士のように隙が一切ない。それでいてしっかりとこちらの戦力を見定めているようにも感じる。

 しかしここで、隣に並ぶククルから声が上がった。



「おいおい、なんの冗談だよ……」



 その声色は怪訝というよりも、唖然。

 そして目を大きく見開いている。



「あいつを知っているのか?」


「知っているも何も――」



 ごくりと唾を飲む音がした。



「あいつは元帝国騎士の――ユリアだ」


「なに……?」



 ユリア・バルセロ――それは帝国から連れてきた俺の弟子であるレニの姉の名前だった。

 闇ギルドに利用された彼女は家族を守るために国を逃亡。それもゲインと共に姿を消したと聞いている。

 彼女がこの場にいるということは……。



「……」



 名前を呼ばれたからか、ユリアの眉がぴくりと動いた。

 しかしその直後、信じられないものを目にした。

 ユリアの背中から、人ではありえない――左右3枚ずつの羽が生えてきたのだ。

 俺が初めて天使のアリエルに会った時のような、純白で綺麗な翼。



「……天使様?」



 ニーナが小さく囁いた。

 ユリアは広げた翼で、自分を包みこんでいく。

 ククルが地面を蹴りあげ、彼女の元へと駆け出した。



「まて、ユリア!」



 その瞬間――。

 膨大な魔力と共にユリアは姿を消した。

 その場には光の軌跡がぱらぱらと舞っている。

 自らを包み込んだときの彼女の目には、俺たちを慈しんでいるような視線に感じた。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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