第146話
俺たちは郷の長であるユーシスの邸宅を訪れていた。
ゲインとの関係を追求したところ、「立ち話で済ませる話題でもないだろう」と言われて案内されたのだ。
「城、というわけではないのだな」
周りを見回しながらぽろっとこぼれた。
邸宅といっても、明るい木を基調とした立派なコテージで、内装も立食パーティーが開けるほど広い作りだった。
階段を上がってすぐの20帖ほどの談話室に通された俺たち3人は、ウッドの長椅子に並んで座っている。
「文化や種族の違いだろう。オレたち龍神族は石造りの家が主だったぞ」
「そういうものか」
微かに漂う木香に気持ちを落ち着けつつ、「着替えてくる」と言い残した家主が来るのを待った。
ふと、右側から裾を掴まれた俺は、隣の少女に声をかけた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫」
口元を微かに緩ませるエミルだが、若干の身震いを見逃さなかった。
原因は、邸宅に来るまでに俺たちが浴びた侮蔑の視線と態度だろう。
街行く人は、部外者、混ざり者、異分子など、長に聞こえないように小さく囁いていたのだ。
ユーシスの態度が好意的なことに油断をしていた。
やはり部外者は好ましく思わないようだ。
しかし俺やククルにも矛先が向いていたことが幸いだった。
エミルの痛みが少しでも分散できているのなら、俺への蔑みはいい。
それにしてもエルフはみな、パッと見ただけでハーフエルフかどうかを見抜けるらしい。
そんなことを考えていると、鎧を剥いだユーシスが入室し、正面の席に腰を下ろした。
「まずは先程の無礼を詫びよう」
「勝手に領土に入ったオレたちも悪い。なぁ、クレイ」
「まぁ、な」
開口一番の謝罪へククル、俺と返答していく。
やはりユーシスは人格的にもできるエルフのように感じた。
「話を進めたいのは山々だろう。早速だが、ククル殿たちが郷へ来た理由を聞かせてもらおう」
目的はゲインの調査であった。
ゲインはエルフ族と親睦があり、秘薬を手に入れることが出来る。その情報の真偽を確かめに来たのだ。
しかし蓋を開けてみれば、ゲインの手によりエルフの郷が衰退しているという。
俺はエルフとゲインは結託している可能性が高い、と踏んでいたがどうやらそんなに単純ではないらしい。
だからまずはユーシスとゲインの関係性を知る必要があった。
「俺たちが来たのはゲインの調査なんだ。もちろん敵対としてな。だから教えて欲しい、ゲインとの関係を。元々は知った仲なのか?」
「……なるほど。敵対としてか。その言葉を信じよう。――彼と会ったのは2、30年ほど前。帝国の評議会でククル殿を介して顔を合わせたのだ」
ククルが複雑な表情を浮かべていた。
自らが原因で両者を引き合わせてしまったことに対する罪悪感だろう。
「王国最強騎士であり人格者でもあった彼を、もちろんエルフの郷にも招き入れたことはある。顔交わせは4、5回。15年ほど前から途端に見なくなったのを記憶している。しかし3年前――」
「――変わり果てたゲインが現れたと」
俺はユーシスの言葉を遮り、これまで聞いてきた証言からくる予測を伝えた。
「……あぁ、そうだ。そいつは私の知る王国最強騎士ではなかったよ。鬼神というに等しい膨大な闇が、彼の印象だった。それだけならまだいい。あの男はわざわざダンジョンの魔力を暴走させて姿を消したのだ」
奥歯をぐぐっと噛み締め、拳を握るユーシスの表情は心底くやしそうに見えた。
その感情は明確な怒り。つまりゲインの仲間ではないということを物語っていた。
「ゲインを憎んでいるのか?」
「……ああ」
関係性は理解した。ではなぜゲインが秘薬を手にしていたのか、そもそも秘薬とはなんなのかを聞くことにする。
「ゲインと敵対していることは伝わったよ。では、《ドリームポーション》を知っているか?」
「ドリームポーション?」
「帝国の裏で開発された身体に相当な負荷をかける超強化薬だ」
「初耳だ。それがどうしたのだ?」
「その原材料に、このエルフの郷の秘薬が使われているんだ」
「それはまことか!?」
ユーシスは目を見開き、吃驚した。
「そうだ」
「……まず、なぜ秘薬のことを知っている? これはエルフでも一部の者にしか知らされていないのだ」
「優秀な情報元がいるんだ」
言いながら、ティアラの情報収集能力が改めて凄いと思わせられる。俺はティアラのヒモでもあるようだな……。
だがよく考えてみれば、ジルムンクでもこの情報は出回っていたので、機密性が欠けているような気もするが。
目の前で愕然としているエルフに向けて、俺は質問を続けた。
「単刀直入に聞くが、お前がその秘薬を帝国に流したのか?」
「それは絶対にありえぬ」
即答。
その誠実な瞳からは断固とした意志を感じた。
「では流したのは部外者ということになる。その場合、ゲインの可能性が極めて高いんだ。ゲインに秘薬を渡したことは?」
「それもない。そもそもあの男には話したことすらないのだ。それに……ククル殿にもだ」
気まずそうにククルを一瞥した。
まぁ、そうだよな。
「ゲインが何かしらの方法で秘薬の情報をつかみ、内密に入手したということになるのだが……」
「それもないはずだ。そもそも秘薬が郷の外に出ることはない」
「なんの根拠があるんだ?」
俺の問いかけに黙考した。
一度、呼吸を落ち着けて言葉を紡いだ。
「……秘薬の名は【弟切草】。病を治し、傷を癒すいわゆる万能薬だ。その【弟切草】は――私にしか作れんのだ」
「なに……?」
言葉の意味を推測する間もなく、すぐに答えにたどり着いた。
ユーシスの受けた【ヘファイストスの加護(神命の息吹)】は、『無機物の本来の力を解放する』、という力だったからだ。
何かしらの薬草をその加護で解放して作り出しているということなのだろう。
俺は隣にいるエミルに目を向ける。
「エミル、少しだけ耳を塞ぐぞ」
こくこくと頷くエミルに、俺は【遮音】の魔法を発動させた。
ここからの話は使徒以外には禁句だからだ。
「加護の力だな?」
「……なぜそれがわかった」
「俺の加護はそういう力なんだ」
「なるほど……使い勝手がいいのだな」
納得するユーシスに、俺は畳み掛けるように質問した。
「ゲインに秘薬を奪われたことは――」
「もちろんない。秘薬は必要な用途に応じて限定的に作っているのだから、奪われればすぐにわかる」
確かにその通りだ。
ユーシスが真実を述べているなら、ゲインは何らかの方法で秘薬を手に入れているということになる。
他の可能性としては――。
「他の使徒の力の可能性がある。ということか」
「その可能性があったか」
つまりゲイン、もしくは力添えする何者かが神の使徒であるということだ。
それこそが神アレスの言っていた裏切り神の使徒なのかもしれない。それが一神であるとは露ほどにも思わないが。
その後、ハーデスのことも訪ねてみたが、ユーシスは聞いたことすらないという。
俺はハーデスは邪神であること。
ゲインがハーデスを復活させようとしていること。
それを俺たちが止めようとしていることをユーシスに説明した。
「できれば同じ使徒として、俺たちとハーデス復活の阻止をして欲しいと思っている」
「なるほど……私も協力したいとは思っている」
歯切れが悪い理由も、もちろんわかっていた。
今、エルフの郷に起きている問題があるからだろう。
「今、この郷が抱えている問題についてだが、魔力が衰退している原因はわかっているのか?」
「わかっている。ゲインが何かしらの細工をしたせいで、ダンジョン内に凶悪な魔物達が現れたのだ」
「その魔物が魔力を乱していると?」
「そうだ」
俺はてっきり、ゲインがダンジョン内からハーデスの【力の欠片】を取り出したことが原因かと思ったが、そうではないらしい。
だが、これはこれで問題であった。
ダンジョン内の魔物はダンジョンの魔力を吸って出現している。しかしどんなに強い魔物でもダンジョン内の魔力を乱すことはないのだ。
例えば赤のダンジョンで戦った《マテリアル・ドラゴン》。あのドラゴンが100体出現しようが、ダンジョンの魔力は乱れない。
つまり、それほど強力な魔物がいるということになる。
「魔力暴走を引き起こすほどの魔物がいると?」
「そうだ。超級というべき凶悪な魔物が奥地にいる」
「対峙したことは?」
「……」
ユーシスは瞳を揺らし、口を紡いだ。
僅かに身体が震えている気がした。
それは肯定と捉えることができると同時に、悲劇が起きたことを示していた。
「魔物を倒せばいいのだろう?」
「あれは、そんな次元ではないのだ……」
曲がりなりにも神の使徒であるユーシスが怯えるほどの凶悪な存在。
俺は左隣の龍神族に視線を配る。
ククルは肯定するように口元を緩めて頷いた。
「その魔物の討伐、俺たちも手伝おう」
「……それは、まことか?」
「あぁ」
「いや、でもいくら使徒であっても倒すことなんて――」
「それでもやるしかないのだろう?」
俺は真っ直ぐにユーシスの瞳を見やった。
「……そう、だな。その申し出を受け入れたい。あの魔物の討伐に協力して欲しい」
ユーシスは深々と頭を下げた。
こういう対応には慣れていないので、むず痒い気持ちになる。
「俺もやれることはやる。早速準備――の前に、念の為【弟切草】に変わる前の薬草を見たい」
「いいだろう。解放する前は本当に何の変哲もない【切草】という薬草なのだから」
「あと、ここからは個人的なことを聞きたい」
「私が知る範囲なら何でも答えよう」
俺はユーシスにもわかるように、エミルにかけていた【遮音】を解除した。
「ヒョウケンというエルフは何処にいる?」
その名を聞いた直後、ユーシスは先程と同じように驚愕して、眼を見開いた。
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