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第144話

 追撃の矢が15本、俺を目掛けて放たれた。

 同時に他の箇所に魔力が収束していくのを感じる。

 本命は魔法の行使。さらには前衛が近づく時間稼ぎでもあるのだろう。

 

 その証拠に放たれた矢に探知される事を前提に魔力が宿っていた。

 俺は体の動きからそれぞれの役割を見極める。

 構成は前衛7、弓師2、魔法職が1人――まずは後衛から無効化するのがセオリーだろう。



「【風の矢(ウィンド・アロー)】!」



 同時並列に17本の風の矢を穿ち、15本の矢を一気に迎撃――残り2本は弓師への牽制のためだ。

 そしてすぐさま【自己加速】を発動させた俺は走り出した。



「エミルを任せるぞ」


「クレイ、己は絶対に殺すなよ!」



 わかっている。と心中で頷いた。

 この襲撃はエルフ領地に入った直後に行われているため十中八九、エルフ族達の仕業だろう。

 話し合いをするにもまずは後衛を無効化しなければならないのと、指揮官を見つけなければならない。


 生い茂る木々の隙間をすり抜け、俺はコンマ5秒で魔法を発動させようとしている場所へたどり着いた。

 そこには黄土色のローブを羽織った女が魔法陣の上で詠唱をしていた。

 特徴的な長い耳――やはりエルフ族だったようだ。



「……!!」



 こちらに気づいたエルフの女は目を見開いた。

 それも一時。女は詠唱を中断することなく、腰に掛かったポーチに手を伸ばす。武器を取り出そうとしているのだろう。

 たった1人の魔法職なだけあり、詠唱を途中で辞めるという選択を取らなかったようだ。


 だがそれは大きな間違いである。

 俺はそのまま地面を蹴り、女の後ろに回り込むように移動――後頭部に手のひらを添えた。



「悪いな」



 威力を抑えた【(じゅう)】の気を宿し、軽く小突いた。

 意識を刈り取るには十分過ぎる威力。女は前のめりに倒れこみ、魔法陣はパリン、とガラスのように砕けて霧散していく。



「まずは1人――」



 言いながら【転移】を発動した。次の移動先は盛り上がった崖上。

 変わりゆく視界に男の後ろ姿が現れる。動きやすそうな薄皮のマント、左手には弓が握られている。



「えっ……?」



 男は俺に気づくいて振り向くが遅すぎる。瞬きすらさせない速度で【掌底(しょうてい)】を放ち、意識を刈り取った。



「1発放ったら場所を変えないとダメだろ」



 と、接近する気力の塊を察知し、その場から数歩跳ぶと、俺のいた足元に10本の矢が刺さった。

 ギリギリまで気配を消して接近し、隙をついて10本の矢を同時に打つ。

 弓師としては一流の判断力と技量。


 だが――。



「気配を消すのは苦手なようだな」



 俺は地面に突き刺さる矢を拾い、木の葉で見えない木々の隙間に投げ放った。

 魔力を込めた矢は凄まじいスピードで一直線に樹葉の中へ吸い込まれていき――。



「ぐっ!」



 やがて鈍い声と共に1人の男が落下してくる。

 弓師が地上に落ちる前に、【柔拳(じゅうけん)】で意識を奪いとった。

 念の為に腕に刺さった矢を引き抜き、応急処置に【ヒール】掛けて【転移】を発動させた。


 ここまでの工程で掛かった時間はわずか7秒。

 後衛3人を無力化することに成功した俺の視界はククル達の元へと切り替わる。



「――エミル、大丈夫か?」


「ご主人様! よかった無事……」


「俺は大丈夫だ。こっちも案外……大丈夫そうだな」



 戻ると既に戦闘は始まっているようだった。

 大柄で大剣を持った男エルフと、細身の短剣を持った男エルフが、ククルと剣を交えている。


 緊張感ある面持ちのエルフ達とは異なり、口元を緩ませて余裕の笑みを浮かべているククル。その表情からは、戦いを楽しんでいるようにも思える。

 若干の嘆息をしつつ気配を確認。


 残り人数は7人で、他の5人もそろそろ合流してくる頃合だった。



「ククル様、強い」


「あれでも帝国最強騎士だしな。それよりしっかり【防護(プロテクション)】を掛けているのは偉いぞ」



 物理的な攻撃に対する鎧を身体全体に寄与する魔法【防護(プロテクション)】をエミルは使っていた。

 この少女にとっては初めての実践であるが、この判断は正しい。



「……嬉しい」


「てかあいつ、めっちゃ楽しんでるよな。戦闘狂はこれだから――――と、残りのお出ましだ」



 近寄る気配を察知し、ガサガサと草を揺らす音が後から聞こえる。

 緑林から残りの5人のエルフの兵士が姿を現した。



「お前達、そいつらを捕らえろ! ――ぐっ……このっ!」


「「「「「はっ!」」」」」



 ククルと剣を交えていた大柄の男エルフが叫ぶと、それに合わせて他のエルフの兵士達が応じる。

 どうやらあいつが指揮官のようだ。

 指揮を取る者は前衛職であっても後ろに控えることが多い。それが自ら最前線で戦うとはなかなか奇抜な部隊らしい。


 それにしても『捕らえろ』か。

 てっきり殺せだと思ったが。



「大人しく投降しろ!」



 5人のエルフの兵士は俺とエミルを囲むように移動した。

 この際、投降したほうが丸く収まる気もするのだがククルがあの様子なので、もう少し抵抗することにする。


 武器を構えるエルフ達を見据え、俺は笑みを浮かべて応えた。



「やってみろ」


「人間風情がぁぁぁぁ!」



 挑発の効果は絶大だったようで、1人が咆哮しながら1歩踏み出す。

 しかし俺が距離を詰める方が早かった。

 5メートルほどあった間合いは一瞬にして無くなり、男の正面へ。



「4人目――」



 軽く【柔拳】を放つと男は握っていた槍を手放してその場に倒れていった。

 落下した槍が音無機質な音を立てる。



「おい、まずはあの混じり者の子供を捕えろ!」



 まずは弱い者から狙う。悪くない手だ。

 だが俺の移動はすでに完了していた。

 流れるような動きで次のエルフの兵士へ【柔拳】を打ち込む。



「させるわけねーだろ」


「ひぃ……隊長、こいつ強いで――がはっ……」



 さらにまた1人、地面に崩れ落ちる。

 残るは2人。ククルと対している2人の計4人。



「争うつもりはない」


「こ、ここまでしておいて何を言っているんだ!」



 構えた槍の焦点を震わせながら、エルフは真っ青な顔で告げる。

 確かにその通りであった。

 やり過ぎた感は否めないが、エミルに危機が及ぶ可能性をどうしても排除したかったのだ。

 前衛が残り2人の状況ならまずは安心と言える。



 が――。



 そこで新たな気配が1点、音速を超えた速さでこの場所に向かってくるのがわかった。


 魔力と気力の量が、この兵士達の比ではない。

 それどころかククルに並ぶ量――いや、魔力量だけでみたらそれ以上だろう。



「何者だ……」



 俺はエミルに掛かる【防護】をさらに強化した。

 気配との距離が瞬く間に消え去り、樹木の隙間から細身の男性的なシルエットが姿を見せた。

 薄紫色の長い髪に高い鼻。翡翠色の瞳にキリッとした目付き。シュッとした顎。胸元と肩を銀色のプレートで固め、高品質なマントを羽織ったエルフだった。


 滾るような全身を覆う魔力は味方のエルフ達すらも圧倒しているように見える。

 俺は咄嗟に構えると、薄紫髪のエルフは立ち止まり命令口調で叫んだ。



「お前達、今すぐ武器を下ろせ!」



 その口から出た言葉は終戦を告げる命令だった。

 争いの空気が一気に冷めていくのがわかる。ただ1人、指揮官の男エルフだけは反対を示した。



「で、ですが……」


「お前達、この方を誰だと思っているんだ!」



 薄紫髪のエルフは大剣を担いだククルを指すように手で示しながら叫ぶと、兵士達の視線が集中する。



「い、いえ……」


「帝国最強騎士にして龍虎と呼ばれているククル様だぞ!」



 それを聞いた途端、エルフ達の表情がぎょっとして固まった。



「りゅ、龍虎様!? よ、鎧の……も、申し訳ありませんでした!」



 指揮官のエルフはすぐに土下座する勢いで膝を折り、跪く。



「なになに、気にするな。いい運動になったよ」



 さっぱりしたような表情で清々しく笑うククルに、薄紫髪のエルフは歩み寄り、優雅な動きで軽く頭を下げて呟いた。



「お久しぶりです、ククル殿。部下のもの達が手荒な真似をして申し訳ない」


「あっはっは、相変わらず硬いなユーシス。言葉を崩してくれ。俺達は大丈夫。それよりも、そっちの方が大丈夫か?」


「では改めて……こちらの心配は無用である。魔力の活力を失っていないところを見るとそこまでダメージはない。こいつらもいい訓練になったであろう」


「そう言ってもらえると、助かる。俺もあの鎧を着てこなかったのが悪いしな」



 笑いながら談笑する2人を見て、顔見知り以上の関係だということを理解した。

 ククルは普段、あの鎧――神器アテナを身にまとって公の場に出るため、素顔を知らない者の方が多いのだろう。


 それにしてもユーシスと呼ばれたエルフは国の中でも上の地位の立場なのだろう。

 他の者への振る舞いと身を固める高品質な装飾、それに魔力量が桁違いだ。



「つかぬ事を聞くが……」



 ユーシスは、俺とエミルをそれぞれ一瞥すると、眉間に皺を寄せて訝しげに睨みつける。



「あの者達はククル殿の同行者か?」


「そうだ。ここの部隊のほとんどはあの銀髪の少年に無効化されたんだぞ?」


「まさか!? あの子供が?」



 余程驚いたのか、瞠若させながら再び俺へ向き直る。



「あいつは俺達と同じだよユーシス」


「……そういうことですか」



 その会話でユーシスは何かを悟ったようだった。

 そして俺も納得した。

どうやらユーシスは俺達と同じ、12神の使徒のようだ。

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