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第143話

 翌々日の明け方。

 俺は【転移】でエミルと共にザナッシュ帝国の帝都に赴いていた。

 早朝でもそれなりに人通りのある大通り。

 そんな光景を見つめながら、エミルは複雑そうに小さく呟いた。



「帝都……」



 このハーフエルフの少女が帝国領地の小さな村で、あの母親と2人で暮らしていた。

 帝都に出稼ぎに行くことが多い母親は家を空けることが多かったらしい。

 しかしたまに帰ってくれば暴行を受け、髪を引っ張られたり、殴る蹴るの虐待をされて育ったのだ。

 それが一通り落ち着くと一転し、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りながら何度も何度も殴った場所を撫でるのだという。


 ストレスによるヒステリックなのか、それを計算して心を縛り付けていたのか、俺にも真偽はわからない。


 そんな母親とも、中央都市である帝都は何度か足を運んだことがあるのだろう。

 エミルの表情は憂いを帯びていて、思い出にふけっているのは確かであった。

 掛けるべき言葉は見つからず、そんな少女の小さな頭に手を乗せて俺は口を開いた。



「いくぞ」


「……うん」



 頷いたことを確認して歩き出す。

 帝都の中央部に聳え立つ、皇族達の住まう皇宮の次に高い建造物――巨大な時計塔を目指した。

 それが本日、この帝都に来た目的である。



「いやぁ、わざわざ悪いな」



 時計塔にたどり着くと、青白い法被を羽織った女性が悪びれる様子なく笑い掛けてくる。



「悪いって思ってないだろ……」


「あっはは、オレが居ないと己はエルフ領の場所がわからんだろう」



 この女性は帝国では最強騎士、"龍虎(りゅうこ)"の称号を持つ、俺と同じ12神の使徒の《ククル・マーティン・カイゼル》だ。

 180センチと長身で、藍色の長い髪を1つ結びにして後ろに垂らしている。キリッとした端正な顔立ちの見た目は30歳ぐらいのお姉さんに見えるが、実は80歳を超えている。

 それは龍神族であるが故の特性らしく、実年齢は不明。

 そして何より強調的な胸の大きさは破壊力があった。

 確かこいつは独身のはずだ。男勝りな口調でなければ数多の男性を魅了できるだろうと感じるため、勿体ないと密かには思っている。



「この方があの"龍虎(りゅうこ)"様……」


「あぁ、一応この帝国で最強騎士のククルだ」



 ククルの迫力にビビっているのか、物怖じして問いかけてくるエミルに簡素的な紹介をした。



「おっ、その子が己の報告にあったメイドちゃんか。よろしくな」


「よ、よろしくお願い致します」



 深々と頭を下げて、エミルは綺麗なお辞儀を返す。

 礼儀作法はしっかりと学ばせている。

 俺はエミルに補足情報を入れることにした。



「こいつはこう見えて80歳以上の年増――うわっと」



 直後、ククルの高速の拳が飛んできたので、俺は反射的に躱した。

 遅れてびゅんっ、と勢いよく風が吹き抜ける。当たればかなりの距離を吹き飛ばされていただろう。



「ちっ……躱されたか」


「当てるつもりだったのかよ……」



 どうやら年齢のことは禁句らしかった。

 初対面では、そんなこと気にしていなかったように思えたが。



「だ、大丈夫!?ご主人様っ」



 そのやり取りを見ていたエミルが、あわあわと右往左往している。



「安心しろ。このオバ……姉さんは武闘派なんだ。こんな攻防あいさつみたいなものだ」



 ククルが一瞬、攻撃態勢に入ったような気がしたので言い直す。



「……そうなの?」


「いやぁ、だいぶ本気でやったんだがなぁ」


「やっぱり本気だった……」



 頭を掻きながら呟くククルの姿を見てエミルはガクガクと震え出した。



「ほら、怖がってるじゃないか。エミルはククルと違って繊細なんだぞ」


「まるでオレがガサツみたいに言うな。――大丈夫だぜメイドちゃん。ほら、飴食べるか?」



 ガキじゃあるまいし、などと思っていると、エミルは興味津々に近寄っていき、すんすんと鼻を動かして匂いを嗅いでいる。



「いいんですか?」


「いいぜ」



 手渡された飴玉をパクリと口に含んだ。

 そのままごろごろと舌で回していると花のような笑顔が咲く。



「美味しい」


「その飴はなんだ? うちのエミルに変なもの食べさせるなよ」


「これはエルフ族が好んで食べる薬効の飴なんだ。知らないのか?」


「そんな当たり前のように言われてもな……」



 どうやらククルがエルフ族と接点があるのは本当らしい。

 案内役に連れて行く選択は正解のようだ。


 彼女達が打ち解けたところで、エルフの国を目指して出発することにした。


 予め帝国領土から離れた丘に【転移】のポイントを作っておいたので、そこへ飛んだ。

 エルフ領は帝国領からもかなり離れているため、時短のためである。



「相変わらず便利な魔法だぜ」


「帝国最強でも使えないものなのか?」


「次元属性魔法は使える。が、低級のものしかオレには無理だ。龍神族っていうのはそういう種族だ」


「ひたすら極めても無理なのか?」


「それ1つを磨き続ければ使えるかもしれない。だが、それをするなら他の長所を伸ばした方がいい。4原色である火、水、風、土は得意だからな」


「そういうものか」



 龍神族は数少ない希少種族。元々身体能力も高く、身体も丈夫で、魔力も高い。故に4原色以外の魔法が苦手なのは種族的なデメリットなのだろう。


 納得しつつ、俺はエミルの前に背中を向けて腰を屈めた。

 ここからの移動速度はかなり早いものになるからだ。



「エミル、俺の背中に乗ってくれ」


「前がいいご主人様。ダメ?」


「いいぞ」



 俺はエミルをお姫様抱っこで持ち上げると、エミルは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 なるべく振動を与えないように、転移地点から南南東に向けて走り出した。



――



 それから3日ほどたった夕刻。

 帝国から馬車を走らせたなら1ヶ月はかかるであろう距離を走った。

 間にしっかり休憩を取り、【アイテムボックス】に収納していた野営セットで夜を明かしながらようやくエルフ領土にたどり着く。



「ここら辺からエルフ領土だ。ペースを落とそう」



 ククルに従いペースを落とし、エミルも歩かせることにする。

 周りは木々に囲まれた森であった。

 そこからはゆっくりと森の奥地へと歩を進める。


 しばらく歩いていると、無言だったククルが愚痴を零し始めた。



「それにしても、己等が帝都を出たあとは大変だったんだぞ?」


「なんの事だ?」


「ボロスのことだよ」


「……それは悪いと思っている」



 ティアラから話を聞いたのだが、剣闘士大会が終わったあと最後に残った《ドリームポーション》の研究施設を摘発する予定となっていたのだが、その施設は既に壊滅状態だったという。

 決勝戦で俺が斬った闇ギルドの幹部兼、帝国騎士団隊長だった《ボロス》は何者かに殺されていたらしい。


 実はその犯人はハクだったのだ。


 元々終身刑を言い渡すように準備をしていたとはいえ、その後の処理はかなり大変だっただろう。

 元はと言えば俺が原因でもあるので申し訳なさがないわけでもない。



「全くだよ。だから代わりに己は帝国の騎士になるべきだ」


「なんでそうなる」


「ボロスはあれでも騎士団隊長。帝国の主戦力だったんだ。それが欠けたとなれば皇族達は失った戦力の補填をしようと引き抜きを考えている。それで候補に上がったのが大会優勝者である《マック》――悪魔を倒したと噂の《ラグナ》――何故か決勝トーナメントに出なかった《カルマ》の3名。今行方を調査している段階だ」



 名前のあがった3名のうち2人が俺だということになんとも言えない気分になる。


 考えてみれば決勝トーナメントに出た4名のうち帝国の人間はボロスのみだった。

 優勝候補でククルに次ぐレベルの騎士だったボロスが亡くなったというのは帝国側からすると大きな打撃なのだ。



「他2人はともかくとして、マック、つまり俺はお前との戦いで死んだことになってるんじゃなかったのか? ――あぁそういう事か」


「そうだ。オレが生きてるだろうと告げたよ」


「まためんどくさいことを……」



 《ラグナ》の正体は今のところグリムとティアラ、リンシアとリル、メルぐらいしか知らない。

 だからククルは俺を騎士として着任させる選択肢を残しておきたかったのだろう。

 帝国を内側から変えていきたいと思っているククルはそのために、有能で味方になり得る人材を抱え込みたいのだ。

 もちろん強制というわけではなくあくまで俺の意志を尊重しようとはしている。



「決勝トーナメントに出たと言うなら、あの女騎士フレリィーはどうなんだ? 王国の人間だから引き抜き候補に上がらないのか?」


「王国というのもある。だが、あの嬢ちゃんの場合はどちらかというと家名の方に問題がある。いくら馬鹿な皇族でも、あのクロード家には手を出さねーよ」


「クロード家ってそんなに――ん?」



 会話の途中、俺は何かが飛んでくるのを察知した。

 それは生き物ではなく武器――誰かの放った矢だということがわかった。


 かなり遠方から放たれた矢は、エミルに向けて一直線に距離を詰めてくる。

 俺はそんな矢のシャフトの部分をパシッと掴んで無力化した。



「……手厚い歓迎だな」



 【サーチ】を発動させる。周りを囲むように接近してきている気配を10人観測した。

 その動きは統率も取れていて、洗礼された騎士団のような動きであった。



「面白くなってきたな」



 俺の口元は自然と綻んでいた。

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