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第142話

「……話とは何でしょうか。ご主人様」



 歓楽街から屋敷に戻った俺はエミルを談話室に呼び出していた。

 入室したエミルは表情は若干暗く、エルフの特徴である長い耳を震わせていた。


 何か失敗をしてしまって怒られるのではないか、と怯えているようにも感じたので俺は早々に誤解を解くことにする。

 


「安心し――」



 俺が紡ぎ終える前に、エミルは小走りで近寄ってくる。

 そして服の裾を掴み、床にへたり込みながら嘆くように呟いた。



「わたし、何か粗相しちゃった? ごめんなさい……」



 エミルが屋敷に来て1年半は立つが、こういうことは多々あった。

 何かに怯えているというよりは、きっと過去で起きた何かしらの出来事がきっかけなのだろう。



「安心しろ。エミルの仕事は満点だ」



 目の前で揺れる水色の髪を撫でながら、俺は口元を緩めた。

 するとエミルは耳をピクピクと動かし、期待の瞳で問いかける。



「本当に?」



 このやりとりも何回やったかわからない。

 むしろかまって欲しくてわざとやっているのでは、と思うぐらいある。


 この世界では成人を迎えていて仕事も板についてきているが、まだまだ内面は子供なのだろう。



「あぁ、今日呼んだ理由は他にある。とりあえず掛けてくれないか?」


「わかったわ」



 安心して胸をなで下ろたエミルは、そのまま俺の隣へちょこんと座った。



「正面にって意味で言ったんだが」


「ご、ごめんなさい……」


「いや、このままでいい」



 そそくさと立ち上がろうとしたエミルを手で制した。

 俺は身体をずらし、翡翠色の大きな瞳と向き合う。



「単刀直入に聞くが、エミルは母親の事はどう思っている?」


「……えっ?」



 動揺してエミルは眼を見張る。

 そのまま困惑するように下を向いた。


 過去に触れたのは屋敷に来て以来のことだ。

 俺も気にならなかったわけでは無く、敢えて触れなかった。

 しかし睡眠時に何かにうなされていたり、涙を流していたことがあり、街に出掛ける機会があれば、ぼーっと親子連れを見ていることもあった。

 それは過去の出来事――親に関する何かがエミルの足かせになり、成長を妨げているのだと俺は思ったのだ。



「……わからない。でも――」



 一度紡いだ言葉を止め、エミルは俯けた顔をしっかり上げて真っ直ぐと俺を見つめる。



「真実を知りたい」



 そう言い放ったエミルの瞳は真剣そのものだった。


 以前から本人も色々と考えていたのだろう。

 今回の件を語らないで濁すことも出来たが、俺は話すことにした。



「実はお前の母親に会ったんだ」


「お母さんに……?」



 驚愕にエミルの眼がいっぱいに見開かれる。

 無理もない。エミルから一切の情報を得ずに、音信不通の母親へたどり着いたのだから。

 まさか俺も同じ王都にいるなんて思わなかったしな。ティアラの情報収集能力はやはり凄い。



「あぁ。勝手なことして悪かった」



 まずは先に勝手に詮索したことへの謝罪を入れると、エミルは(かぶり)を振った。



「ううん……ご主人様はわたしの為にやってくれた。だから大丈夫。それで……その……」



 エミルは目線を向けて続きを促す。 


 俺はミィシェル・ノーベットに会った先程の出来事を思い出していた。

 ミィシェルは最初、エミルの母親ではないと否定していたのだが、こちらには【神の五感】があるので確信を付いて問いただすと、あっけなく認めたのだ。


 それからエミルの雇い主だということを明かし、何故エミルを売ったのか、エミルのことをどう思っているのかと質問した。

 すると「お金が必要だった」「私にはもう関係ない」と冷たくあしらわれたのだ。


 その眼には心底、関わりたくないという意思が見えた。


 込み入った事情まで詳しく訊くと、エミルは帝国で娼婦をやっているとき、お忍びで来店したエルフのお偉いさんとの間に出来てしまった子供だという。

 娼館に務めるものとして、身篭るというのは致命的であった。だが彼女は産んだのだ。


 それは何故か。



『ハーフは愛玩奴隷としての価値があったから』



 ミィシェルは悪びれることなくそう答えたのだ。

 エミルは成長が遅く、ある程度成熟するまで育てて、一番高い時期に奴隷として売り払ったのだと。



『苦労したよ。その代わり予想以上にお金になったけどね』



 自慢するように言い切る彼女を、ぶん殴ってやりたいと思った。

 だけどそうしなかったのは、この気持ちはエゴの押しつけだと気づいたからだ。


 正直、俺は母親というものをよくわかってはいない。

 前世で両親は早々に離婚していて、今世はスラム育ちだからだ。


 親とは子供を大切にするもの――という考え方は俺が抱いている理想であり、こいつはそれと違っただけに過ぎない。


 この世界にはこういう親もいる、ここは前世とは違うのだ、と無理やり納得させたのだ。



「ご主人様……?」



 黙考していると、心配そうにエミルが顔を覗き込んできた。



「悪い。エミル、これから話すことは真実だからよく聞いてくれ」


「覚悟はある。言って欲しい……です」



 ここに来るまで話すべきか悩んでいた。

 しかし目の前に誠実に眼を開き、次の言葉を静かに待っているエミルの姿を見て告げることにした。


 この少女は真実を受け止めて成長するべきなのだ。

 未練を残すような言い方をしてはダメだ。

 俺はオブラートに包むことをやめて口を開いた。



「エミルのことは元から売るために産んだ。と言っていた」


「………………やっぱり、そうだったのね」



 予想はしていたのだろう。

 だけどわかっていたとはいえエミルは表情を曇わせていて、大きな瞳を憂いているように見えた。

 やはりショックは大きい。



「泣いていいぞ」



 そう言って俺が腕を広げると、すぐさまエミルはすっぽりと収まり、胸に顔を埋めた。

 無音だった室内に、しくしくと静かな泣き声だけが聴こえ始め、俺は子供をあやすように頭を優しく撫で続けた。



 20分ほどたったぐらいで、エミルが涙を拭いながら俺を見つめる。



「もう大丈夫」


「気休めに聞こえるかもしれないが、例え母親が何を言ってもエミルは渡すつもりはなかった。この屋敷にはエミルが必要で、帰る場所でもあるんだ」


「うん。私にはもうご主人様やアリエル様、それに皆がいるから寂しくない。それよりご主人様は……その……寂しくない?」



 エミルが言わんとしていることがわかった。

 この期に及んで俺の心配をしているのだろう。

 両親がいないというのは伝えている。



「俺は寂しくない。エミルも含めて仲間がいるからな」



 そう告げると、エミルはにっこりと笑う。

 その笑顔は前向きな方向へ進んでいると感じた。



「わたしは仲間」


「仲間だ。それでもう一つ話があってな」


「うん」


「俺は明後日から調査でエルフの国に行くんだが……一緒に行ってみるか?」



 次は複雑そうな表情を浮かべるエミルではあるが、先程よりは曇っていない。

 むしろ迷っているようにも見える。


 ハーフエルフはエルフ族から阻害されている。

 しかし敢えてエミルに問いかけた。

 その理由は――。



「お父さんがいるの?」



 エミルは【完全記憶】を持っている。故に思考力が高く勘が鋭い。

 俺が言う前に、会話の流れから内容を察してしまっていたようだ。


 今回の母親へのコンタクトはエミルのことを聞くためだけにしたわけではない。

 身篭るきっかけとなった父親――エルフ族の貴族の情報を集める為でもあったのだ。

 エルフの国へ赴くという意味ではそっちが本題だったと言える。


 ミィシェルは金銭を払うことで快く話してくれたのだ。あの類の人間は金という部分には正直で操りやすい。



「まだわからないが、国に行けばわかるかもしれない」



 そして手に入れた情報は名前と特徴、貴族であることと、帝国に滞在していた時期だ。

 これだけわかればすぐに本人へたどり着けるだろう。


 母親の件もあり、調査してから行かせることも考えた。

 しかし今のエミルには必要な経験であり、何があっても乗り越えられる意志を感じたから提案したのだ。



「行きたい」


「大丈夫か?」


「お父さんのことは知りたい。けど、それだけじゃないの。ずっと閉じこもっていてもダメで、わたしは沢山経験して、ご主人様に相応しい女になるの」



 エミルは自分の立場と向き合う覚悟があるようだ。

 弱々しい印象でまだまだ子供だと思っていたが、それは俺の思い違いだったらしい。

 それにしても相応しい女とは。



「覚悟があるならよし。何かあっても全力で守るから好きなようにやっていいぞ」


「うん」


「なら、明日は一緒に準備をするか」


「うん」



 元気よくエミルは頷いた。

 こうしてエルフの国の調査に同行者が一人増えたのだった。

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