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第141話

 自宅から貴族の邸宅沿いに進んでいくと活気あるメインストリートがあり、そこから数メートルも歩かないうちにカジノや高級酒場が並ぶ繁華街がある。


 そこは夕方にもなれば、狩りを済ませた冒険者や商人達が闊歩して愉快に賑わう声を上がっていた。

 その商業盛んな中心部から少し外れた通りを真っ直ぐに進むと目的の場所に到着する。



 娼館エリア。

 雰囲気は一転して淫靡(いんび)なものになる。仄かに照らす桃色の街灯に、(なまめ)かしい看板が立ち並んでいる。

 そして背中や腰、肌の見えるドレスで着飾った困惑的な女性達が道行く男性達に魅惑の笑みを浮かべていた。


 まだ日は完全に沈みきっていないにも関わらず、夜の風景がそこにはあった。



「まだ早いと思ったが、もうこんなにも人通りがあるとはな」



 視界にちらつく女性達は豊満な胸や細い肩を強調し、まだ区画に入っていない俺の事を手招きしてきている。

 用事を済ませた後で5、6店舗ほど回ってみるか。



「……よし」


「何が、『よし』なんでしょうか?」



 意気込んでいる俺の耳に聞き覚えのある声色が入ってきた。

 顔を向けると、ぴたっと姿勢を正した青髪のメイド――リルが毅然と立ち誇っていて。



「なんでいんだよ……」


「あなたがいるところ、私ありです」



 リルの口元が小悪魔のようにニヤリと広がった。

 獲物を見つけたという感じだ。



「相棒みたいに言われても困るんだが」


「淫靡な街に血走った形相で『うひょひょー』って向かって行くクレイ様を見かけたので」


「そんな笑い方するやつ見たことねーよ」


「うひょひょー」


「目の前にいたか……」


「それで、変態小僧は何故ここに?」


「不名誉な呼称を付けるなよ…………何故だと思う?」


「日ごろ溜まったリビドーを発射しに来たんですね」



 にしし、と悪戯な笑い。なにやら楽しそうである。

 俺は調査するために来たのだから、ここは否定するのが常だろう。



「そうだ!!」



 しかし敢えて力ずよく、天にも登る声量で肯定を示すことにした。



「えぇ……」



 やはりそれが予想外の返答だったようで、リルの力のない声が口から零れた。



「俺のデカすぎるリビドーが暴走してしまってな。収める鞘を探していたんだ」


「えぇ……」



 呟きながら一歩後ずさる。

 さすがに今の発言で引いたようだ。



「それでお前は何しに来たんだ? 新しい仕事か?」


「いやいや、変態リビドーと一緒にしないでください」


「わかるよ。みんなには知られたくないもんな。黙っといてやるから」



 うんうん、と軽く頷きながら諭すと、リルが小さな口を開いて歯を食いしばる。



「なんで私が弄られているんですか……」


「金に困ってるんだろ? いくら欲しいんだ。俺が買ってやるから」


「王城のお給金で間に合ってます。クレイ様と違って貯金しているので。ただ、クレイ様がどうしても! と土下座して頭を地面にめり込ませるなら1億(ベル)で抱かれてもいいですが」


「たけーよ! お前のまな板なんてせいぜい無料だろ。むしろ払え」


「何を言いますか。ちまたで美しすぎるメイドランキング3位の私が、そんな安いわけないじゃないですか」


「なんだそのランキング……むしろ1位と2位が気になるんだけど」


「天才、天使、天女の3天です」


「そのどれにもお前は当てはまってねーよ……」



 はぁ、と一息付いた俺は話題を変えることにした。



「そういえば、気配隠すの上手くなったじゃねーか。しっかりと練習してんだな」


「えっ……あ、ありがとうございます」



 調子に乗るのかと思いきや、リルは面食らったような目を見開いて少し俯きながら素直に感謝を述べてくる。


 俺は人が街中では気配が多いので、無駄な警戒はしていない。

 警戒する必要のない弱々しい気配は注視することすらしていないのだ。

 顔見知りであるなら尚更で、普段は気や()()を感じるものを選別して、反射的に警戒すべきかを脊髄で判断している。


 つまりリルはここまで俺を見ることなく来たということになり、追っていたわけではなく、本当に偶然ここにいたということになるのだ。

 更には――。



「【超・気配遮断(シャドウ)】をなるべく使ってるのか」


「毎日練習しています」


「いい心がけじゃないか」



 気配をほぼ無にする【超・気配遮断】を使っているなら、なおさら注視しなければ俺でも見つけることは困難なのだ。

 差詰その練習のため、買い物ついでに街中をぶらぶらしていたのだろう。



「それでクレイ様は本当は何をするためにここへ来たんですか?」


「調査だよ。商会の」


「ほぉ……とは言っても、本当はリビドーを……」


「今のところその気はない」


「今のところはって、そこは完全否定してくださいよ。リンシア様が悲しみます」


「何故リンシアが出てくるんだ」


「さぁ……」



 とは言ったものの最初から俺にその気はない。

 リンシアがどう思っているかなど関係なく、逆の立場なら俺が嫌だと思うからだ。


 こういうのは気持ちがあってこそ意味がある、というのが俺の持論である。



「はぁ……そういえばエミルにも【気配遮断】の訓練してるんだって?」


「美しいメイドランキング2位のエミルに聞いたんですか?」


「あぁ、2位はあいつなんだ……」



 色々あって孤児院に行き着いたハーフエルフであるエミルは俺の屋敷でメイドとして働いている。

 リルはそんなエミルにメイドとしてのスキルを全て伝授してくれているのだ。



「クレイ様」


「なんだ?」


「私達はリンシア様を守るために、長所を伸ばし、努力しています」


「それはご苦労なことで」


「ジルムンクでのこと、リンシア様は感謝しています。あまり自分を責めないでください。リンシア様を守りたいと思っているのはクレイ様ひとりじゃありません」



 リルは確信に迫るように誠実に囁いた。

 ジルムンクでリンシアを危険な目に合わせてしまったことに関して、俺が自分を責めていると思って言ってくれているのだろう。

 普段はふざけているが、なかなか鋭い奴である。



「……ありがとよ」


「3天の私達がいれば――」


「俺は調査があるからさっさと行け!」


「わかっているならいいですが。では――」



 しょうがないですね、とでも言いたげに顔を顰めたリルは一言入れて歩き去っていった。

 

 空を見上げれば、いつの間にか日も堕ちて辺りは薄暗くなっている。

 俺は視界に映る淫靡なエリアに足を踏み入れることにした。



「お兄さん、私と今晩どうだい?」



 踏み入れて7秒。

 派手やかなドレスの女性が甘い声で囁くる。

 おそらく娼婦で、先程手招きをしていた者である。


 ――ちょうどいい。



「ちょっと聞きたいんだが――《貴婦人の花園》という店は向こうでいいんだよ?」


「なんだぁ、もうお店決まってるんだぁ。合ってるわよ。この道を真っ直ぐ行って、右側よ」


「助かった」


「お兄さん若いから、2軒目来るなら《魔汁の楽園》のラフランをご指名してね~」



 軽やかな声が、立ち去ろうとする俺の耳に届いた。

 引き気味を見定めてしっかりとアピールする姿勢――その間、笑顔も絶やさない。


 娼婦とは接客を極めたものがなれる職業であり、いい人材は娼館エリアにこそいるものなのだろうな。

 などと考えながら足を進めていくと、目的の店の前に付いた。


 大きな看板には達筆な文字で《貴婦人の花園》と書いてあり、入口には胸元が開けた強調的な衣装を纏った女性がいる。

 彼女は優雅な動きでゆるりと歩み寄ってきた。



「このお店に入りたいんですか?」


「あぁ。ユハナを指名したいのだが、今はどうだ?」


「ユハナさんのお客さんかぁ……残念。まだ営業してないんだけど、お布施を収めて頂ければ大丈夫ですよ」



 女性は包容力のある微笑みで告げた。

 単純でわかりやすいシステムだ。

 あとはお布施がどれくらい払うのがベストなのだろうか。



「元はいくらなんだ? 最短で」


「60分に、ご指名で、10万(ベル)からですよ~」



 10万(ベル)というのは基本的な相場の3倍ほどでかなり高い。

 つまりここは貴族達を相手取るため高級なお店なのだろう。

 それも高年層向けの。



「20万(ベル)ある。 それとこれは個人的に」


「あら、こんなにくれるの? 流石ユハナさんのお客様ねぇ」



 俺はお布施とは別に、女性に対して1万(ベル)である金貨をチップとして手渡す。

 すると嬉しそうに笑みを浮かべて店内へ確認を取りに行った。


 そこからは早かった。

 金払いのいい客という認識が通ったのか、すぐさま中へ案内される。


 そして一番奥の、広い部屋に通された。

 豪華な作りになっていて、淡い灯火のような光が良い雰囲気を出している。



「貴婦人という店名はこういうことか」



 しばらく待っていると、豪奢な貴族服のようなドレスで着飾った女性が入室してくる。

 シフォンで出来ているのか生地は薄く、下着がうっすらと透けて見えている。


 手入れの行き届いた長い髪に整った顔。年齢は30歳ぐらいだろう。

 女性らしい緩急のある体つきは綺麗で、さすが娼館と言うべきものだった。



「初めまして、ですよね。この度は私を選任して頂きありがとうございます」



 キビっとした動きで丁寧に頭を下げるさまは、まるで本物の貴族のようだ。

 この店のコンセプトである貴婦人という意識をしっかりと守っているらしい。



「旦那様。お隣、失礼しても?」


「構わない」



 娼婦は、するりと無駄のない動きで隣に腰掛ける。

 そのまま俺の両肩に手を落とした。



「まぁ待て、今日は欲求を満たしに来たわけでは無いんだ」


「……どういうことでしょうか?」


「単刀直入に聞く。お前はミィシェル・ノーベット――エミルの母親で間違いないか?」

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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