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第139話

 それからジルムンクで1週間を過ごし、俺達は王都へ戻る事となった。

 リンシアやグリムには仕事があり、元々2週間ということで滞在していたのにも関わらず大幅に過ぎてしまったわけなのだが。


 理由は、これからのジルムンクの方針を不老者達に表明し納得してもらうためだ。

 演説を行い、実力のあるものに役職を与え、統率力を高める。

 現状を把握するとともに、具体的な報酬や業務の振分けまで決めるところまで進んだ。

 わざわざ残った甲斐があるというもの。


 俺はというと、最後のひと仕事をするために不老者達に聞きこみ調査をしていた。



「おい、ガレン」



 集めた情報を辿っていくと、この正面にいる屈強な筋肉ダルマにたどり着いたわけなのだが。



「うぉ……! なんだクレイか。あんまり気配を消して後ろに立たないでくれよ。びっくりするだろうが……それでなんか用か?」


「まぁなんだ。お前ら最初、俺達を襲ったよな?」



 問いかけると、ぎくりと肩を振るわせたガレンはやや気まづそうな表情になった。



「あはは、もうその事は忘れてくれよ。いや、俺だってクレイの仲間って知らなかったんだ。王族様にも指一本触れちゃいねーんだし」



 どうやら危害を加えようとした事に俺が腹を立てていると勘違いしているらしい。

 その件はガレンの見事かつ、俊敏な土下座で許している。


 俺は短く嘆息し、見定めるように眼孔に力を入れた。



「誰に雇われて、俺達を襲った?」


「な、なるほど。いきなり怖い顔するなよ……雇われたというよりは、話を持ちかけられたんだ」


「……誰に?」


「裏ギルドの連中だな。そいつらも誰かに雇われている様子だったぜ。成功報酬がたんまり出るって」


「具体的な報酬額は?」


「さぁな。樽酒を永遠に飲めるぐらいだとか言ってたが……奪った物資は全部渡すってことだったし、俺は協力することにしたな」



 淡々とした質問に、口ごもることなく素直に答えていく。


 ――やはりか。

 俺はジルムンクの視察が決まってからある可能性を考えていた。


 元々第1王子である今は亡きミロードが成せなかったジルムンクの統治を、政策力としては劣るリンシアに任せるということ自体はナンセンスな話で、これは嫌がらせを超えて明らかにリンシアを貶める行為なのだ。

 だからこそ、淡よくば第3王女を消そうと、誰かが画策しているのではないかと思った。


 案の定、裏ギルドを雇った者がいて、連中も依頼成功を確実なものにするためにガレンに声を掛けたという流れだった。

 ゲインの手から離れた裏ギルドは今新しいトップの元に裏稼業の依頼に対してより一層力をいれているらしい。


 では誰が雇ったのか。

 それは第2王子ルシフェル、もしくはそれに属する貴族達だろう。

 この状況と報奨金の想定額だけで容易に想像出来る。



「お前に声を掛けた裏ギルドの連中はどこにいる?」



 俺は自然と笑みをこぼしなが、確認のためにガレンに問いかけた。



「王都だな。よくうまい話を持ちかけてくれるんだが……呼び出すか?」



 呼び出すことが出来るのか。

 なら好都合ではあるが今ではない。



「必要になったら頼む。最後に、ガレン。お前はリンシアの味方でいいんだな?」


「ばっ……俺は裏切らねーよ。子分達も納得してる。それに……いつか俺達も名誉を手に出来るんだろ? クレイの計画だと」



 確認するまでもなかったようで、ガレンはこう見えて情に熱い男であり、裏切りなどはあまり好まない親分肌。

 故にリーダーが務まっているという部分もある。



「計画通りに進めばな。まぁまずはジルムンクの統治からだ。俺もできる限り協力するから頼むぞ」


「おう」



 ガレンの返事を耳に入れながら、俺は背を向けて歩き出した。


 リンシアが危険に晒される頻度は明らかに多くなっている気がする。

 その殆どが上層部の連中が原因で、今の王国の情勢ではこれからも続くことになるだろう。


 ――それは絶対に許されない。

 かけがえのないものを守るためならなんだってしてやる。

 だからこそ、妹達を傷つける者は俺が絶対に潰す――。



『俺だ。これからジルムンクを出るのだが、折り入って話がある――』



 歩きながら【メッセージ】を発動させる。

 考えられる向こうの出方を思案しながら帰り支度をしている馬車の方へと戻っていくのだった。




――




「ねぇクレイ、行っちゃうの?」



 俺が戻るとハクが小走りで寄ってきて、尖らせた唇で問いかける。

 なんとも不満そうなその表情に若干の名残り惜しさが残るのは、友人の妹としてではなく、ハクを1人の仲間として認識しているからだろう。


 ボサボサだった白髪も今はしっかりと整えて、絹のように艶やかである。もちろん洋服も清潔感のあるものを何着か渡したのでそれを着ている。



「そうだな。しかしこれから会う機会も多いだろう」


「えぇ、やだよぉ……もっとクレイといたいよ。まだ話し足りないし……」



 ハクは16歳という年齢にそぐわず身長も低く小柄で、その見た目通り精神的にもまだ未熟なところも多い。

 1週間色々話したと思うが、まだ足りないというのか。


 駄々をこねる子供のように文句を言うハクに、どう説得するべきか考えていると背後から見知った声が間に入った。



「どうしましたか?」



 銀色の髪を靡かせたリンシアが、大きな瞳をぱちくりさせて俺とハクを交互に見やった。

 そんなリンシアを少し睨みながら、ハクは毒づいた。



「出たな泥棒猫!」


「えっ……どろ……猫ちゃん?」



 一瞬きょとんとするリンシア。

 これには俺も驚いていていた。

 滞在中リンシアとハクは話す機会も大いにあった。普通の会話をしているようだったし、同性で歳も近いから打ち解けたものだと思っていたのだが。



「私のクレイを誑かした」



 いつお前のものになったんだ。

 などと思いながらハクを見ると、子供っぽい笑みで唇を緩ませている。

 どうやら本気で言っているわけではないらしい。


 だがリンシアは言葉の意味を深く考えたようで、慌てたように手を振る。



「わ、私は誑かしてませんよ!」


「誑かしてるよ~。クレイに卑猥な眼を向けてる~」


「そんな邪な感情はありません! 大体『私の』って、ハクさんはクレイの伴侶というわけではないはずです」


「まぁそうだねぇ……でもクレイの子供は欲しいって思ってるけど?」


「ここここ、子供!?」



 途端にリンシアの表情は真っ赤に染まった。

 そして俺も唖然としてしまう。


 この辺で止めておいた方がいいな。



「ハク、この辺で――」


「ちょっとクレイは黙っててよ」



 ビシッとハクは強めに言って、再びリンシアに向き直り口を開く。



「だってクレイのだよ? 絶対強いし、才能だってある。何より子供だから純粋で可愛い。リンシアはさ、クレイの子供欲しくないわけ?」


「その……子供なんて……まだ……」



 何を想像しているのか、リンシアは身体をもじもじさせている。

 そんな様子にハクは追撃を入れた。



「あれー? じゃあ私が貰っちゃおうかなー」


「それはダメです! クレイにはまだ王国でやることがあるんです!」



 感情の篭った主張。

 このままではエスカレートしそうなので、今度はリンシアの方に声を掛けることにした。



「リンシア、そろそろ――」


「クレイは少し静かにしててください!」



 まじかよ。

 きっかけはハクだったとしても、渦中の現況は俺のはずだ。

 その現況を蚊帳の外に置いていくとはいったい……。


 俺は助け舟になるものを探すため周囲を見回した。

 グリムやシリュウは姿がない。

 レニやジャニアリー達の孤児院組はこちらを見ないようにしながら、素知らぬ顔で馬車に荷物を積んでいる。


 リルに至っては口元を広げて、にししと笑っていた。

 頼みの綱であるメルも目を瞑っている。

 いつものように「王族に対する言葉遣いが――」などと話に入ってくれば収集も付けやすかっただろう。



「まぁクレイだったら甲斐性ありそうだし、伴侶の10人や20人いたって問題ないけどね」


「クレイはそういうタイプじゃないですし、そもそもハクさんは――」


「ハク」



 真っ直ぐとリンシアを見据えてハクは言葉を飛ばした。それによっていきなり空気が変わったのがわかる。



「えっ?」


「ハクでいいよ。リンシア」



 ハクはそのまま右手を差し出した。戸惑いながらもリンシアはゆっくりと手を握り、小さな口元を動かした。



「……ハク」


「うん――」



 するとハクはそのまま左手を背中に回してリンシアを包み込んだ。



「私達は友達」


「その、私は……」


「リンシアは嫌?」


「嬉しいですが――」



 おそらくリンシアは王女という立場のことを主張しているのかもしれない。

 自分は王女だから周りに人がいて、王女だから価値がある。本当の自分には価値がないのだと思い込んでいるからこそ躊躇っているのかもしれない。


 ――そんなことはないのにな。

 ハクもなんとなく言いたいことがわかったようで、綻ばせた唇を開く。



「対等な立場として言ってる。友達が困ってたら手を貸すから、なんでも言いなよ」


「ありがとう……ございます」


「だからリンシアも私を手伝ってよね」


「……はい」



 手を解いて正面に立ったハクはニコッと笑った。

 リンシアも瞳から零れそうになった雫を拭って微笑みで答える。


 俺もそんな光景に思わず口元が緩んだのは言うまでもなかった。







「何? 戻ってきた?」



 バロック王国城内のとある王室で、訝しい様子を示す言葉が響く。

 その声を出すきっかけを作った宰相は、少し頭を下げながら告げた。



「はい王子。殿下も含めてジルムンクへ出た者達は全員無事に帰還しております」


「……逃げ帰って来たということか?」



 王子と呼ばれた男――ルシフェルが、予想だにしない伝法につり目の眉間に皺を寄せる。



「私どもも、そう思ったのですが、何やら統治の足掛かりを掴んだと」



 ルシフェルは勘づかれないよう奥歯をぐっと噛み締め、押し寄せる感情を押しつぶしながら、自然な笑みを浮かべた。



「そうか、無事に戻ってきたか! それに統治の手掛かりとは……素晴らしいじゃないか。直々に労いに行きたいところだが、私は忙しい。報告書の作成を急がせてくれるか?」


「報告書なら、受け取っております。こちらです」



 宰相が入室した時から持っていた紙束を差し出す。

 別の案件の報告書かとルシフェルは思っていたのだが、どうやら今回の視察のことだった。



「目を通しておく。して、用件はこれだけか?」


「はい。リンシア様からは直に渡すようにと頼まれましたので」


「……そうか。労いの言葉を掛けておいてくれ」


「かしこまりました」



 それだけ告げて、宰相は王室を後にする。

 ルシフェルは執務室の立派な卓上を力強く殴り付けた。



「くそっ! ……あいつらは何をやっていた。これだから不老者は信用出来んのだっ」



 握った拳を震わせながらも、報告書に目を通していく。

 そこにはジルムンク側とどのような交渉をしたか、そして今後どう統治していくかの計画が書かれていた。


 驚いたのは、見込める税収が半端な額ではなかったこと。こんなでたらめに近い数字を見て誰が信じれるか。


 ――それよりも。



「第3……皇女……?」



 今回のジルムンク統治にあたって隣国に位置するミンティア皇国の第3皇女が大きく貢献したと書かれていたのだ。


 リンシアと歳も近い皇女ではあるが、その才能は比較にならない――とルシフェルは認識している。

 それは政策だけでに留まらず、絶大なる容姿の美しさと強力過ぎる魔法に"麗姫(れいき)"という2つ名を与えられるほどの戦力。

 あの皇女1人に兵士200人分という噂すらあるほどだ。

 皇位継承権がない皇国でも、歴史の長い国法が覆りそうなほど皇女は時期皇帝と名高い。


 リンシアはそんな皇女と交流会にコネクションを作っていたとでも言うのだろうか。

 決して笑顔を崩さない、掴みどころがないあの女と……。


 考えながらルシフェルの腕には再び力が入る。


 さらに許せなかったのは、セントラル商会も資金提供をしているところだ。

 皇国としてではなく、一商会として。

 ジルムンクにではなく、ラバール商会へ。

 援助ではなく、商売として。


 これでは王族として他国の融資を仰いだということにもなりにくい。

 そういった背景も考えての計画書なのだ。



「くそぉっ!」



 卓上にあった書類を力強く払いのけ、上に乗っていたティーカップや書類がバサッと散らばり、音を立てて散らばった。



「皇女さえいなければ……」



 ルシフェルの矛先はリンシアだけではなく、第3皇女にも向けられた。

 だが、自らの冷静を気するために、ため息にも近い深い呼吸を吐き捨てる。



「――――いや、これはこれでいいのではないか」



 どこまで行っても皇女も、それが抱えるセントラル商会も他国である。

 それに第3皇女――セントラル商会に支えられたこの計画は逆に弱点でもあるのだ。


 そう結論付けた途端に、ルシフェルの考察に様々な策略が浮かぶ。

 まずは皇国を何とかする必要がある。



「ふふっ今のところはまだいい。まだ統治も始まったばかりだからな」



 不敵な笑い声が室内の空気を揺らした。


 ただルシフェルは思い違いをしていることに気づいていない。

 第3皇女は世間で受けている評価などでは図りきれない力量を持っていて、そんな彼女を超える存在が自国に存在していることに。

第五章終了です。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

更新の励みとなっております。


次回は諸事情によりもしかしたら少し遅くなるかもしれませんが、できる限り早めに上げさせていただきます。m(_ _)m

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