第13話
翌朝、俺は目を覚ました。
目覚めたというよりかは、扉の外に気配を感じて起きたのだ。
なので目を閉じたまま覚醒している。
俺は熟睡しない。いや、出来ないのだ。
スラム街では熟睡は死を意味する。
だから転生してから俺は寝ながら気配を感じるトレーニングをしたのだ。
トレーニング内容は主に、眠った途端に師であるゲインの本気パンチが飛んでくるというもの。
結局俺は一度しかパンチを受けなかった。懐かしい思い出である。
しばらく待っていると、<ガチャッ>っと扉が開く音がした。
「そーっ」
扉の外にいたのはリルだったらしい。
ノックもせず中に入ってくる。
「そーっ」て言ったら意味無いだろ。
「ささささっ」
もうツッコむのはよそう……。
俺は目をつぶりながら、リルが何をしに来たのか考えることにした。
普通に朝だし、起こしに来たのだろう。だがなぜコソコソする必要があるのだろうか。
そう考えていると、リルはベッドの側までやってきた。
「起きてますかー?」
リルは小声で問いかける。
俺はわざと返事をしない。
「し、しんでる…」
クソッ危うくツッコミを入れるところだった。
俺は衝動を我慢して、寝たふりを続ける。
そしてリルが俺の口に手を伸ばす気配を感じた。
「さっき捕まえた毒蜘蛛を口の中にいれてみますか…」
「毒蜘蛛はダメだろ!」
俺は流石にツッコミを入れながら目を開けて起き上がる。
リルはクッキーを手に持って固まっていた。少し驚いたような顔をしていたが、普段の表情に戻った。
「ちっ、シトめ損ないました」
リルは心底残念そうな顔をして言った。
「俺がお前に何をしたんだよ……ってかクッキー?」
「おはようございます。起きてたんですね」
クッキーの事をスルーしたリルが挨拶をしてくる。
「あんだけ音立てりゃ誰だって起きる」
「寝た振りをしていたわけですか――私をおびき寄せて何をさせるつもりだったんですかー!?ボリボリッ」
最初は驚いたリルは後半棒読み気味で言いながら、手に持っていたクッキーをボリボリと食べだした。いつの間にかもう片方の手にはクッキーの袋が握られている。
「まぁいい、何しに来たんだ?」
「リンシア様が話をしたいそうです。談話室に案内せよと申し使いました。ボリボリッ」
昨日の話の続きということか。騎士の件についてのことだろう。
「わかった、とりあえずクッキー食べるの止めろ」
「美味しいので無理です。ボリボリッ」
ボリボリって擬音だよな……。セリフにする必要あるのか?
「じゃあ俺にもよこせ」
「リル様、お願いしやすぅぅぅぅどうかぁぁぁって叫びながら地面に這いつくばったらいいですよ」
「逆に、お前が頼むなら貰ってやってもいいが?」
「もうなくなりました。残念です」
リルは空になったクッキーの袋を逆さにして言った。
「……まぁいい、案内してくれ」
俺は呆れ顔をリルに向けながら言った。
「かしこまりました。外で待っているので着替えたら出てきてください。後これどうぞ」
そう言ってリルは俺にクッキーの袋を渡して扉の外へ出た。これ空のやつだろ?って思ったが中身は普通に入っていた。
思い出したけど、これって昨日から部屋のテーブルにあったやつだから元々俺のじゃん。
――俺は着替えるためにクローゼットを開けた。服を1着しか持っていなかったのだが、もう一式服が掛けてあった。
「これを着ろということか」
恐らくリンシアの配慮だろう。
王城内を歩くのにスラムから持ってきたあの服では示しがつかないからだ。
あの服は盗賊から奪ったものなので、気に入っているわけでもなかった。だから俺はリンシアの配慮に感謝しつつ服を着替えた。
「なかなかいい生地だな」
サイズも合っている。セットアップの貴族服ではないが、しっかりとした服だった。
俺は部屋の外に出て、リルの案内に従う。
談話室に到着するとリルが扉をノックした。
「クレイ様を連れてまいりました」
「入ってください」
中からリンシアの声が聞こえてきた。リルは扉を開けて俺を中に入れる。
中に入ると、リンシアと護衛メイドのメルが対面で座っていて、何やらボードゲームみたいなものをやっていた。
「リルは仕事に戻って大丈夫よ」
リンシアはボードのコマを動かしながら笑顔で言った。
「かしこまりました。失礼します」
リルはそう言って外へ出ていく。
「リンシア様……その手は強すぎます」
メルはリンシアの打ったコマを見て絶望の表情を浮かべてる。顎に手を当て考察しているようだった。その仕草は凛としていて様になっているなと思った。
リンシアは笑顔で「してやったり」という子供らしい表情を浮かべていた。
そして俺が気になったのはそのボードゲームの方だった。
「何やら面白そうなことやってるな」
四角いマスが8×8で並んだボードの中にそれぞれ役割が違ったコマが置いてある。前世でのチェスを思い出すような配置だ。
「『ストラテジー』です。クレイはやったことがあるんですか?」
「これは知らないな。流行ってるのか?」
「ちょうど5年前ぐらいに皇国で流行ったものです。皇国の王女様が作ったそうですよ。そこからいろんな国が輸入を初めて、王国もそれにちなんで大量に輸入したんです。
簡単でわかりやすいルールなのに、頭を使って勝利することが貴族達にも大人気で、当時はかなり反響がありました。今はどこの貴族家でも置いてありますね」
「ほぉ」
ゲームと聞いてワクワクするのは男だからだろうか。とりあえずテーブルの上に置いてある、ルールが書いてある紙を拾い、目を通してみる。
駒の種類は『兵士・魔術師・騎士・弓兵、国王、王女』の6種類で構成されており、王女を取ったら勝ちというルールだ。
横並び1列が兵士8コマ。
その中心左右に国王・王女。
挟んで騎士・魔術師・弓兵と並んで左右対象になっている。
前世のチェスと同じような配置ではあるが、
『兵士』は前に1マスしか進めず、『王女』は全方向に1マスしか進めない。
みたいに、簡潔化された単純なルールになっていた。
そして、味方のコマも取れるというのが面白いと思った。
この世界にもこういうゲームを考えるクリエイター視点な奴もいるんだなと感心した。
そして、俺はリンシアとメルの盤面を見る。
メルが押されている形であった。
「このまま兵士を動かす? そうすると国王が取られてしまう……魔術師は……」
メルがゴニョニョ小声で呟いている。
「騎士を前に出せばいいんじゃないか?」
俺はそう言って、メルのコマを動かした。
「クレイ、どんなに頑張ってもこの戦況はくつがえらないですよ……あれ?」
リンシアはそう言いながらも盤面を見て驚く。
メルは少し考えてから、目を見開いていた。
「逆転だな」
「そんな……たったの一手で?」
リンシアは信じられないという顔をしながら、しきりに考える素振りをみせる。
「騎士がきても魔術師がきてももうクイーンは守れない。一手先で詰みだな」
「うぅぅぅ……」
リンシアは悔しそうにうなだれた。
悔しそうにする表情が新鮮で面白いと思った。
「クレイ、あなた知らないって言ってたのに嘘をついたんですか!?」
リンシアがちょっと泣きそうな表情で迫ってくる。
凄く負けず嫌いだったんだなと感じながら、俺はリンシアに言った。
「こういうゲームってパターンを全て把握すれば勝てるゲームだろ?」
「そんなこと出来るわけないです!」
「ゲーム開始時からのパターンは無理だとしても、この盤面からの決着パターンを数十通り考えたら、答えが出るだろ」
当たり前の顔をして言った俺に対して、驚いているリンシア。
「あの一瞬でそこまで考えたのか?」
俺の言葉に、メルが問いただしてくる。
「そうだな。誰でも出来るだろこんなこと」
「普通出来ないわよそんなこと……」
メルが突っかかってくる。きっとリンシアを庇っているのだろう。
とうのリンシアは――
「1度も負けたことがなかったのに……」
ボードを見つめ独り言を呟いている。
なんかこの状況が凄く懐かしく感じるのは気のせいではない。
妹であった沙奈と初めてチェスをしたときを思い出していた。あのときの沙奈は抜群に可愛かったなぁ。
確か俺が勝って、泣きそうな沙奈お菓子をあげてなだめたんだっけ。
「ほら、リンシア。クッキー食うか?」
俺は当時のことを再現するかのように、ポケットから先程のクッキーを取り出しリンシアの前に差し出した。
「クッキーなんかではつられません!」
リンシア頬を膨らましながら言った。
そして俺の手からクッキーを奪い取ってパクパク食べだす。
「食べるのかよ」って思ったが、あえて触れない。
「とりあえず本題を話してくれ。これから国王の治療もあることだしな」
俺の言葉を聞き、メルが立ち上がる。そしてストラテジーを片付けていった。
メルが座っていた場所に座った俺はリンシアの方を向いた。
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