第138話
すみません……
文字数が思ったよりも多かったので分けました。
この次が第5章のラストです。
その日の夜。
俺はランロットの元へ訪れていた。
場所は半壊した城の空き部屋で、ドアも壊れている。
なんとも夜空が見やすそうに崩壊した窓際の椅子に腰掛けて、ランロットは外を眺めてた。
この悪魔を完全に信用しているわけではない。
その見定めも含めてサシで話したいと思ったのだ。
「あらん、いらっしゃい」
入室する気配に気づいたランロットが振り向きながら告げる。
聞きたいことは色々あったので、早々に前提となる質問を投げることにした。
「早速だが聞かせてくれ。――お前は俺のことを知っていたのか?」
俺はランロットを1度だけ見たことがある。
ハクが攫われたとき、"紅領"のリーダーであったモルガナと一緒にいた男だ。
返答次第で次に切り出す質問の内容も変わる。
「無駄話が嫌いなところも、ゲインちゃんにそっくりねん。――あなたのことは知ってたわ。どこにも属さない禁忌の悪魔。そしてゲインちゃんの拾ってきた可哀想な子供」
可哀想な子供――か。
どうやら投げかける予定だった質問への解答をくれたらしい。
予想通りゲインはランロット――悪魔との接点があったようだ。
それに口ぶりから、親しかったようにも思える。
「ゲインとは長いのか?」
「そりぁ私は悪魔だから長寿だし? 途中から王国に行っちゃったけど、ゲインちゃんはジルムンク育ちなのよん?」
帝国最強騎士にして、俺と同じ神の使徒でもあるククルの話を思い出す。
ゲインは幼少期にジルムンクでククルの弟子となり、成人前に王国へ旅立ち、実力が評価されて聖騎士となった。
その後、王族殺しと誘拐をしてジルムンクに戻ってくることになるのだが、ランロットとゲインはその幼少期時代からの知った仲ということだ。
前提がわかったところで次の質問に移る。
「そうか。――では何故ハクに加護を授けた?」
「……ゲインちゃんと取引したのよん」
「取引?」
「そう、対価は死者を蘇らせる魔法の手掛かり。私はどうしてもドロスちゃんを蘇らせたかったのよん……」
懐かしむような、憂いを帯びた目でランロットは告げる。
そこには嘘がないように思えた。
「損得関係……か。どうしてゲインはハクに加護を授けるように強要したんだ?」
「知らないわよん。まぁ私の加護は特殊であまり汎用性はないけど、悪魔の魔力量がそのまま増えるというのはメリットよねん」
ここに来る前、ハクから俺と別れた後の話を一通り聞いていた。
俺と別れた後は"黄領"で過ごし、戦闘訓練もさせられたという。
そこでランロットとも出会ったらしいのだが、わけのわからないうちに加護を授けられ、裏組織である裏ギルドの仕事をさせられたという。
つまりゲインはそれをさせるためにわざわざ加護で強化したということになるのだが、それよりもゲインと裏ギルドの関係性が気になってくる。
探りを入れて徐々に聞き出すのもいいが、今回は直接的に話を進めることにした。
「ではゲインについて知っていることを教えてくれ。例えば――裏ギルドの関係者とか」
ランロットは一瞬固まった。何かを知っているようだ。
「……裏ギルドはゲインちゃんが作ったのよ。私も元幹部だったわん」
「なに……」
可能性のひとつぐらいにしか考えていなかったのだが、まさか自ら作っていたとは。
ほぼ全ての国の裏側で国家レベルの汚職活動や犯罪行為をしている裏ギルド。
それをゲインが創設した意味とは……。
「……では裏ギルドを創設した目的はなんだ?」
「情報集め。それ以外にはないわねん」
連想した可能性で最も納得が行く答えだ。
表と裏、陰と陽。ある程度大きい国家にはそういった要素が必ずあるものだ。
表立って良い事をしている商会でも裏では奴隷売買に手を貸していたりもする。
しかしそれで国家の財政が回るのも事実で、切っても切り離せない要素ではある。
犯罪が全く起きないのであれば衛兵の仕事はなくなるだろう。
そして、情報とはそういった裏側に集まるものなのだ。
表に出た噂レベルのものではなくより真相に近い情報。
そういった信頼度の高いものを収集するなら、自分で組織を作って集まってくるようにしてしまえばいい。
「納得のいく答えだな。お前は元幹部だと言ったが、今は違うのか?」
「抜けた――というよりも末端の構成員ってところねん。死者を蘇らせる魔法の情報が手に入ったからもう裏ギルドにいる意味ないし――その頃丁度ゲインちゃんも管理を外れて、他の幹部に組織ごと譲渡してたわん」
「報復は?」
「私は悪魔なのよん?」
そういった裏組織に付き物なのが、知りすぎた情報を漏らさないための報復である。
だがそれが行われなかったのはランロットが"黄領"に篭っていることや、悪魔だから殺すことができなかったということが考えられる。
帝国で裏ギルドの幹部であったボロスと戦ったときのことを思い出したが、幹部ですらあのレベルなのだ。
おそらく後者で、完全に抜けるというよりも末端の構成員として残すことで納得させたのだろう。
故に、ランロットレベルを殺せるやつはもう裏ギルドには残っていないということになる。
それよりもこれまで集めたものを組み合わせると、ゲインはハーデスを蘇らせるために裏組織を創設。情報収集した後、必要なくなったから捨てたということだ。
そしてここにいるランロットもそのための捨て駒であり、利用されていただけという構図になる。
では何故ハーデスを蘇らせようとするのか?
おそらくその答えはランロットも持ち合わせていないだろうが一応問い詰めてみることにした。
「大体はわかった。では次だ。ゲインはハーデスを蘇らせようとしている。その目的はわかるか?」
挑発気味に口元を綻ばせると、ランロットは目を見開いて固まって、静かだった呼吸も荒々しいものに変わっていく。
その様子に、おや? と俺は思うも静かに答えを待つことにした。
そしてしばらくの沈黙の後、息を整え終えたランロットの口が開いた。
「目的は知らないわん。でもハーデスを蘇らせようとしているのは事実よん」
今まで憶測だったものが確実な方向へ進む。
――ゲインはハーデスを蘇らせるために動いている。
残念ながらランロットも目的自体は本当に知らないらしく、どちらかというと『ハーデス』の方に反応しているようだ。
ゲインがハーデスを復活させる目的とはなんのか。
世界をリセットしたいほどの憎しみがあるのだろうか。
操られているという線もあるが、ゲイン程の強者を操れるの者など早々いない。
可能性としてハーデス自身の場合も考えられるが、それなら下僕であるランロットに対しても命令を酷使すればいい。今ここにいる時点で洗脳はない。
だがまぁ、知りたいことは知れた。
こいつはもう、ゲインに関しての情報はもう持っていないだろう。
「ゲインについての話は終わりだ。それで、お前はハーデスに何か思うところでもあるのか?」
「……私達悪魔はハーデスをこの世界に蘇らせるために作られたらしいわん」
「らしいとは曖昧だな」
「そう、ベル――他の仲間が言ってたからねん。でも私はそんな宿命は嫌だったのよ。もっと自由で生きていたい。そんな気持ちあるでしょ?」
大方予想通りだったようだ。
ランロットから聞き出す新たな情報はもうない。
「……色々な考え方はあるよな」
俺はランロットの全身を視線でなぞった。
水色のワンピース型のドレスは足元まで長く、前世でのチャイナ服のようにスカートには切れ目がある。夜風になびき、フサフサのすね毛が見え隠れしていた。
「ちょっとどこ見てんのよん! エッチなんだから」
ツッコミを入れたら負けた気がするので、真顔で「無言」という圧をかけることにした。
百歩譲っても、そのセリフは女性の口から聞きたかったものである。
「ま、まぁ、あなたに加護を与えたサタンちゃんと同じ気持ちでね」
「なぜわかった?」
「誰がどの悪魔の加護を持っているか、私のような高位の悪魔にはわかるのよ。サタンちゃんも私と同じで運命に反する考え方だったわん。あの子は今どこで何してるのん?」
なんと答えるべきか迷うが、はぐらかす方にシフトする。
「討伐されたらしいな」
「やっぱり《サガルティス高原》で倒された悪魔はサタンちゃんだったのねん。確か《ラグナ》に倒されたとか……あなたがその《ラグナ》なんじゃないのん?」
「想像にお任せするよ――話を戻すが、ハーデスの復活条件は?」
「まぁいいわ……ん~そうね、各地のダンジョンにある力の欠片、生者の憎悪と憎しみ、そして強気者の魂ねん。私はそれを集めるよう命令されたわん」
ティアラと考察し合った結論とほぼ一致だな。
元は今は寝たきりのティアラの親友――ユーミルからの情報ではあるが。
「大体はわかった。有意義な情報だったよ」
「あれ、あなたって素直に礼を述べるタイプなのん? もっとこう……敵には容赦無く迫って骨の髄まで搾り取るイメージじゃない?」
「それは悪魔ジョークってやつか?」
「見たまんまよん。でも味方には優しいタイプ……特に王女ちゃんにはお熱よねん。好きな男に上着なんて掛けられたその場でリビドーしちゃうわん」
そのリビドーの使い方間違っている気がするぞ。
「はぁ――俺は今後ハーデスの復活を阻止する予定だが、お前はどうする?」
目を細め、やや敵意を出して問いかけてみる。
するとランロットは首を小さく横へ振る。
「さっきもいったけど、反抗してるのよん。ハーデスとかそういうのには興味ないのん。私はあなたの敵になるつもりはないわよん」
「ならお前の今後の目的は?」
「それ聞いちゃうのん? まぁ強いて言うなら……真・愛・よ」
ランロットは目を逸らし掌を頬に添えながら、恥ずかしがるように囁く。
顔も若干赤らめている……なかなかの攻撃力だ。
「……この先見つかるといいな」
リンシアから話しは聞いていた。俺が倒したアレキサンドロスはかつての恋人だったことを。
大切な者を蘇らせるために必死だったのだろう。そしてあの戦いでそれが叶わないことを理解して受け入れたのだ。
今はこうして浮世だっているが、強い精神力である。
そんな様子を見ると今のところは信用してもいいと感じた。
「じゃあ、これから頼むぞ」
ジルムンクを、という意味で最後に言葉を残し、ランロットの部屋を後にした。
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