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第136話

 温順な光が全身に満たされ、レニは閉ざしていた(まぶた)を開いた。

 状態を起こすと、瓦礫塗れの中を徘徊する魔力の粒子が、ふわふわと空気に溶け込むように消えていくのが見える。

 その幻想的な雰囲気に充てられ黙考すること数秒――自分が今までの何をしていたのかを思い出して周囲を確認した。



「あいつは!?」



 壁には何かが抉ったように、5メートルほどの大きな穴が空いている。そこから見えるのは自分をこの瓦礫まで吹き飛ばしたアレキサンドロス。

 そしてその向かい側に立つ人物を見た途端、レニは目を大きく見開いた。



「師匠……!」




 その人物こそ亀裂の狭間に消えていった師であった。クレイは敵を見据え毅然(きぜん)と立ち尽くしている。

 いつものように笑っていない。というよりも憤怒しているような荒々しい気迫を感じる。


 そんなクレイの背後には、リンシアが上体を起こし後ろ姿を見守っていた。



「よかった……」



 リンシアが生きていたことに安堵の嘆息を漏らしていると、周囲の魔力が集結し、半透明な光の壁がレニを中心に形成された。

 魔力の性質からそれがクレイのものだとわかる。リンシアに至っても同じように光の壁が守るように配置されていた。

 これは戦闘に巻き込まれないためのシールドだということを悟る。



「ありがとうございます……」



 感謝を述べながら目を凝らした。

 2人は睨み合っていて動かない。しかし辺りは互いの魔力によって重々しい圧迫感が支配していた。

 

 しかし突然、お互いの姿が同時に消える。

 音速を超えたように、ザザっと後から地面を蹴る音。


 お互いの距離の中心に2人は姿を見せ、拳が重なり合った。

 城を吹き飛ばす勢いの振動が空間を揺す。

 小石が弾丸のように飛び交い、シールドによって弾かれていく。


 拮抗(きっこう)するせめぎ合い。お互いがお互いを譲らない。

 レニはこれから起こる戦いの行く末を全身全霊で見守るのだった。







 壁のように進行を阻む巨大な拳。

 俺は手に込める魔力を増やし、巨漢な体を跳ね返すように吹き飛ばした。

 大きな体は分厚い壁に押し当てられ、城の崩壊を促進させる。


 自らを落ち着かせるように一息付く。

 この内側を駆け巡る感情をどうにか抑制させなければならない。

 こういう場面こそ冷静に立ち回らないと足元を掬われかねないのだ。


 しかし【リラックス】が発動していて尚、感情が――怒りが収まることを知らない。

 何より、この状況を作ってしまった自分が許せなかった。


 あと数秒――ほんの数瞬遅れていたら、リンシアはこの世にいなかった。取り返しのつかないことになっていたのだ。

 それを考えるだけで全身が煮えたぎるほどの鬱憤で埋め尽くされていく。



 ――冷静になれ。

 リンシアは今は生きている。

 間に合ったという結果が重要で、この先同じことを起こさないようにするのが大切なのだ。

 そのために自分自身、もっと強くならなくてはならない。


 俺は再び吐息を吐き捨て【神の五感】を発動させた。



――――――

《アレキサンドロス・アウストラ・クロード》


Sスキル

【超・剣技】【威圧】


Aスキル

【極・反射】【極・成長】【極・武術】【極・次元魔法】


Bスキル

【上・魔力量】【上・魔力制御】



加護


【信徒の加護】

【アスモデウスの加護(同化)】

【???の加護】


――――――



 状況的に見てもこいつがアレスの言っていた不完全に蘇った死者だろう。

 殺気など、理性から出る気配がまるで感じない。

 つまりこの攻撃は本能でやっているということになるのだが、内側から魔力が暴走していて、それと何か関係があるのだろうか。


 それよりもヴァンと同じクロード家であることにや、《ハーデス》が関わっているという裏付けの『?』まであるということに驚いた。

 そしてもうひとつ【アスモデウスの加護】である。



――――――

《アスモデウス》


???

――――――



 地面に転がる女性の格好をしたゴツイ悪魔を確認するとアスモデウスであることがわかった。

 こいつがハクにも加護を与えた張本人なのだ。


 魔力を微量に感じるのでまだ生きているようだが、今は魂が抜けたように魔力以外の気配をまるで感じない。



「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」



 するとアレキサンドロスは立ち上がり呻き声を放った。



「本気で行くぞ」



 それに答えるように言い捨てた。

 いつものように唇を綻ばせることなく冷たく殺気を放ち、地面を蹴った。


 間合いを一瞬で詰めるも、すでにアレキサンドロスの姿はそこにはない。

 見なくてもわかる。先回りするように、俺の背後に移動したのだ。


 それは脚を使った移動ではなく【転移】での移動術であった。

 厄介な事この上ないのだが、【転移】には弱点がある。


 転移先に大きな魔力源が発生するため、避けることは出来ても攻撃に使うには読まれやすい傾向にあることだ。

 俺は(かざ)した手から【障壁】を発動させて、アレキサンドロスの拳を掴むように受け止めた。



「【雷の剣(いなずまのつるぎ)】」



 そして手のひらから生やすように雷の剣を放った。

 拳を貫通させる予定だったのだが、ギリギリのところで躱される。

 経験による危機回避能力も高いようだ。


 アレキサンドロスは引くことなく拳を連続で振るい、高速の乱打を繰り出した。


 クロード家の使う【桜花乱舞(おうからんぶ)】よりも早い乱打を、タイミングよく【障壁】で防いでいく。

 すると拳の軌道が曲がったり、フェイントを入れたりと、反射速度を逆手に取るような攻撃が増えていった。


 いや、これは――。


 俺は間髪入れずに魔法を発動させた。



 ――【時間減速(タイムデセレータ)】。



 自分が指定した倍率まで時間の経過をゆっくりに進める魔法。

 魔力の消費量を考えて倍率は3倍である。 


 時がゆっくりと進む世界で、フェイクの応酬が飛び交う。

 放った攻撃に反応した矢先、攻撃が止まり――こちらが動き出そうとすると進行先に攻撃が放たれる。


 これは脊髄反射ではなく、お互い脳で考えて判断を下していという事を表している。

 つまり、アレキサンドロスも同じ魔法を発動させていたのだ。

 倍率はおそらく4、5倍といったところだろう。



「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」



 それに気づいたのか急にアレキサンドロスは口を開けて大声で叫び出した。

 目に見えるほどの波紋がゆっくりと広がり、空間を揺らしながら俺に迫る。


 ――なるほど、音か。


 反射的に魔法で防ぎそうになるも、敢えてその攻撃を受けた。

 波紋は俺を貫通して鼓膜を破壊。

 物理的なダメージが内側から発生し、まるで全身を刺された様な痛覚を感じる。

 しかしそんな痛みは俺にとってはないに等しい。



「【氷結停止(フリージング)】」



 俺は遅れて魔法を発動させ、リンシアとレニへ向かう振動のみを凍らせて静止させた。

 自分を守った上でリンシア達へ向かう波紋を防ぐのはギリギリ間に合わないと判断したのだ。



「【雷車輪(らいしゃりん)】」



 耳を治すことも出来るが、そんな無駄な時間はない。

 追撃するアレキサンドロスの腕を()なすようにカカトで蹴り飛ばし、その回転を縦に変えて上へ突き上げるように2撃目は放った。


 【時間減速(タイムデセレータ)】はクワッド制御であり、恵まれたスキル(才能)がない限りは他の魔法は発動することが出来ないはずだ。

 簡素的な属性魔力を身体に纏うことしか、あいつには選択肢がない。

 つまり――。



「解くよなぁ、やっぱり」



 予想通りアレキサンドロスは【時間減速(タイムデセレータ)】を解いたのだ。

 俺はそのタイミングで【反次元(アンチディメンジョン)魔法(フィールド)】を発動させる。


 ――もはや【転移】で逃げられると思うなよ。


 魔法の発動を諦めたのか、アレキサンドロスは瞬時に空を蹴り、さらに上へと飛び立った。

 それと同時に巨大な魔力を右の拳に貯め込み始めた。

 闇・光・火・水・風・地と、馴染みのある6属性の全てが制御されていく。



「決めるつもりか」



 これは挑戦とも取れる行動でもあった。

 「全力の一撃で迎ってこい」と言っている気がする。


 しかし、俺はそんな挑戦に乗る義理などどこにもない。


 だからこそ残りの魔力を一気に解放し、詠唱を頭の中で展開し読み上げる。

 するとアレキサンドロスを囲うように巨大な魔法陣が6つ出現した。



「あ゛ぁ゛ぁ゛!!」



 怒号にも似た雄叫びを上げ、アレキサンドロスは再び空を蹴って急速に落下を始めた。

 重力と相まって凄まじい速度で俺との距離が埋まっていく。


 だが遅い。


 突如、アレキサンロドスは拳を構えた体勢のまま、ピタリと止まった。

 必死の抵抗を試みるも、まるで縛られているかのように動かせていない。

 

 さらには周囲6つの魔法陣が同時にアレキサンドロスへと詰め寄っていく。

 それはただ迫っているわけではなく、空間ごとアレキサンドロスを圧迫しているのだ。



「ぅ゛……ぅ゛……」



 苦しむような悲鳴を上げながら、巨大な身体は小さくなっていく。

 逃げ場など、どこにもない。

 ただひたすらに押しつぶされていくのみなのだ。


 俺は腕を広げ、合掌しながら魔力を流すと、抵抗する力がなくなっていく。



「【空間圧縮(ブラックボックス)】」




 急速に縮んだ魔法陣がアレキサンドロスの身体を一瞬にして圧縮した。

 そして3センチほどの四角い立方体となり地面へ落ちていく。


 押しつぶされる瞬間、アレキサンドロスが口元を綻ばせたような気がした。







 ――負けちゃったわね……。

 停止した景色を眺めながらランロットは悟るように呟いた。


 ここは思念の世界。

 真っ暗な闇に、所々星々が輝いていているように光が散りばめられている――アレキサンドロスの意識の中。

 身体を動かすことも出来ないその空間では、ただひたすらに主が見ているものを映すだけ。

 そしてたびたび魔力が使われて減っていくのだ。


 そんな何もない世界に亀裂が入り始めた。

 この世界の崩壊――つまりはアレキサンドロスが2度目の死を迎えようとしているのだ。



「ごめんなさいね。ドロスちゃん」



 ぽつりと一言呟き、目を閉じた。

 復活は不完全になるということは、なんとなくだがわかっていたのだ。

 しかしもう一度、一瞬でもいいから愛した人に会いたかった。

 ただそれだけを望んでいた。



「悪魔の名前が嫌なのか。なら、ランロットなんてのはどうだ?」



 ふと懐かしい言葉が映像と共に蘇った。アスモデウスという名を捨てた日のことだ。

 無愛想で低い声。悪魔という立場が嫌だったランロットにとって、不器用ながらも優しさを感じる一言だった。



「俺はどの種族も仲良く出来る世界を作りたいんだ」



 それはアレキサンドロスの夢だった。

 真っ直ぐに努力する姿勢に惹かれていったのだ。

 そのために自分も協力したいと思えた。



 ――ドロスちゃん……。



 全てが終わる。

 この世界が崩壊したら、アレキサンドロスとはもうお別れになってしまう。



「すまないな。ランロット――先に行くぞ」



 そして生前では聞き覚えのない言葉が、ランロットの耳朶を揺らしながら、空間は崩壊していった。







 微かに残った気配の(かたまり)が悪魔の身体へと戻っていくのが()えていた。

 俺はゆっくりと悪魔の元へ歩み寄る。



「あなた、強いわねん」



 今にも消えそうな弱々しい声で悪魔は諦めたように囁いた。



「お前には聞きたいことが――」


「クレイ、やめて!」



 唐突な上声が俺の言葉を遮る。それは背後にいたリンシアであった。

 リンシアはふらつく足で俺の横を通り抜け、目前に立ちふさがる。



 「彼女を殺さないでください!」


 「王女ちゃん……」



 腕を広げ、熱心な眼差しでリンシアは訴える。

 悪魔も背後で目を見開いていた。

 



「なぜ?」



 すぐに殺すつもりもなかったのだが、庇う理由が気になった。

 その庇う姿勢に対しても何故かイラっとしてしまった。



「私の恩人だからです」


「恩人?」


「はい。彼女は私に仕事の厳しさを教えてくれました」



 それだけ聞いてもさっぱりわからない。

 俺がいない間に、リンシアの考え方へ変化を齎すきっかけとなった出来事があったのだろう。


 リンシアの真剣な面持ちがそう語っているように感じた。

 だけど何故か釈然としない。



「元々殺す気はないぞ」



 あれこれと問い詰めたい気持ちを抑え、俺は髪の毛を掻きむしりながら告げた。

 悪魔からも敵意はない。むしろ感激しているようにすら感じる。


 その言葉に安心したリンシアはほっと胸をなで下ろした。

 俺はそんなリンシアの頭をぽんぽん撫でる。



「もう子供じゃないんですよ?」



 ぷくっと小さく膨れてリンシアはまだまだ子供のようにも感じる。

 しかし確かに前とは何か違う、大人の気配を若干放っていた。

 なんとなく寂しい気持ちを抱き、それを誤魔化すようにリンシアの髪をわしゃわしゃとかき乱した。



「それでアスモデウス――」


「ランロット。私にはランロットって名前があるのよん」


「ランロット、この抗争をお前の一声で止められるか?」


「もちろん止められるわ」



 そう言ってランロットは半壊した城の上空へと飛び立つ。俺も【飛行】で後を追った。



「――止めなさい! あなた達!」



 彼方まで響きそうな声でランロットは叫んだ。

 争っていた者達の蛮声が一気に静かになっていく。


 "蒼領"の者達も手を止めて俺の姿を見ている。



「争いは終わりよん!」



 その一声で抗争の幕は閉じたのだった。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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