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第135話

 目覚めたハクは、ひょこっと身体を起こし瞼を細めて寝ぼけたように周りを見渡す。

 それだけ見ると普通の可愛げがある少女の仕草だ。

 しかしハクは俺と視線が交わると、膨大な殺気を込めて睨みつけた。



「クレ……イ……」



 目を大きく広げて歯を食いしばる。

 それは15歳の少女には到底放つ事の出来ない殺気。

 内側から魔力が(あふ)れ出し、長くて真っ白な髪をうねうねと動き出す。


 しかし――それはすぐに収まった。

 纏っていた魔力は糸が切れるようにプツンと途絶えたのだ。


 それだけではない――。

 ハクはがくりと、項垂れるように顔を俯けたのだ。



 ――何が起きたのか。

 俺はハクの元へ向かおうと1歩踏み入れる。

 しかしすぐに足を止めた。


 下へ俯くハクの顔から、透明な雫がぽたぽたと地面に落ちていくのが見えたからだ。



「……俺の記憶を見たんだな」



 その理由の可能性を俺は小さく呟いた。

 そして再びゆっくりと足を進め、ハクとの距離を縮めていく。



「なんでかなぁ……」



 真っ白で静かな空間に、弱々しいハクの声色が響いた。



「全部見たよ。そして思い出した。でもね、本当はさ……薄々気づいてたんだよ」



 ハクの手前で立ち止まり、俺は地面に膝をつける。



「でも考えないようにしてたんだ。その方が都合がいいからさ。クレイを殺したいって思っている時が、1番楽だったんだ」


「ハクは俺に復讐する権利があ――」


「ないよ!」



 感情の込められた言葉でハクはバッサリと切り裂いた。



「もうあの頃の私じゃないんだよ? 子供じゃないんだよ! わかってるんだよ! 弱い者は搾取される世界なんだよ! 戦争のことだって、今ならわかるよ。私の国は魔族に襲われたんだって」



 まるで自分を責めるように、あの頃を思い出すように、吐き捨てるように嗚咽を漏らす。



「クロ兄が死んじゃったのは……クロ兄が選んだことで……クロ兄が弱かったからなんだよぉ……」



 大粒の涙を流しながら、くしゃくしゃになった顔で――。



「そんなクロ兄を守れなかったのは、わだじが弱かったがらなんだよぉ……わがってだんだよぉ…………でも、私は弱いから、何かに(すが)らないと生ぎでいけないから……」



 内に秘めた想いを声に乗せて吐き出す。

 そんな気持ちを受け入れたい。

 そう思い、静かに次の言葉を待った。



「ごめんなさいっ……わだしを救ってぐれたのに……グロ兄のためにふぐじゅ(復讐)じてくれたのに……ごめんなざいっ……弱くてごめんなざいっ!」



 小刻みに震える肩が、力強く握る拳が、心底罪悪感を抱いているように見えた。



「誰のせいでもない」



 罪悪感は俺の中にもあった。それを言うなら俺のせいでもあるのだ。

 でもそれは違う。誰のせいでもあるし、誰のせいでもないのだから。



「俺は……ハクに生きてて欲しかったんだ」



 だから俺は、抱いている気持ちを外に出す。

 ジルムンクで友達もいない俺と一緒に居てくれたのはクロだけではない。

 クロとの約束を抜きにしても、これは俺の本心なのである。



「ハクはどうしたい?」



 でも出来る限りハクの意見を尊重しよう。

 俺はそう考えて、目の前の少女に問いかける。

 ハクは握った拳を(ほど)いていき、憂いた目をごしごしと擦った。

 そして赤い目元をそのままに、俺を見上げる。



「………………クロ兄に会いたい」


「……」


「――でも、クレイと仲直りもじだい」



 眉を下げ、くしゃくしゃな泣きっ面が甦る。

 そんなハクにできる限り柔らかく呟く。



「クロはもう戻って来ないけど……仲直りは出来そうだ。きっとクロもそれを望んでいると思う」


「……うん」


「クロはあぁ見えて心配性だから、俺達を見てハラハラしてるかもな」


「うん」


「そんなクロを安心させてやろう」


「うんっ……」



 掠れた声で答えたハクは、頬を伝う涙を飛ばし、俺の懐に飛び込んだ。

 そして再び子供のように、天にも登るほどの大きな声で泣いたのだった。



――




「私がいること忘れていないよね?」



 泣きぐしゃるハクを宥めていると、アレスが声を掛けてきた。

 どうやら今のやり取りを黙って見守ってくれていたらしい。なんとも空気の読める神だ。


 落ち着いたハクも顔を上げ「誰?」と首を傾げている。



「悪いな」


「私はいいんだけどね。んー……まぁいいか。本当は教えちゃいけない決まりなんだけど――」



 黙考した(のち)、アレスは目付きが鋭いものに変わった。



「君の姫君がピンチだよ」


「はっ?」



 その言葉にドクンと心臓が跳ね上がった。

 さっきまで大丈夫と言っていたではないか。



「ここでは現世の24倍の速度で時間が進んでるから」


「それを最初に言え馬鹿野郎」


「記憶の欠片とはいえ神様に馬鹿野郎って……」



 あははと笑いながら軽口を叩くも、すぐに真剣な面持ちになった。



「神の領域に足を踏み入れそうだった魔法の発動をした。姫君はその場に居合わせているみたいだね」



 神の領域に足を踏み入れそうな魔法――。



「10級光属性魔法【死者復活(レイズデット)】だね。死んだものを一時的に蘇らせる魔法。もちろん不完全な状態でね」



 例の如く心を読んだアレスが説明を入れてくる。



「死者を蘇らせるだと?」


「不完全にね。ほとんどアンデット――ゾンビで通じるかな?」



 聞きたかった事に対しての的確な回答をしてくれるアレス。

 やはり死者を蘇らせる魔法など、存在するはずがないのだ。

 それよりも――。



「ハク、まだ魔力は残っているか?」



 早く元の場所へと戻らなくてはならない。

 だから神界へ来た工程をもう一度再現するために、ハクに確認を取る。



「少しなら……」


「細かい疑問は後で答える。だから俺の説明を聞き入れて実行してくれないか?」



 ハクは黙って頷いた。どうやらイエスということらしい。


 俺はここが神界であること、この青年が神であるアレスの記憶だということ、ハクの力でここへ来たことを簡素的に説明した。



「――だから向こうの世界へ戻るために、また同じ事をしたい」


「わかった。クレイを信じるよ。ただ、魔力量が……」



 俺はすぐさまハクに必要量の魔力を受け渡した。あの時の魔力はとてつもない量だとわかっていたからだ。


 その後のハクの対応は早かった。

 あの状況と同じぐらいの魔力を圧縮。拳に纏わせ始めたのだ。

 それと同時に俺も魔力を練り上げていく。



「私は禁忌を破ったからもう消えてしまう。だから最後にお願いがあるんだ。私の使徒であるヴァンを救って欲しい」


「ヴァンを?」



 魔力を練りながらアレスへ視線を向ける。

 アレスの体からは光が微塵となって拡散していっていた。

 心做しか全体が透けていく。



「詳しくは敢えて話さない。この事だけを心に閉まっておいてくれ。ヴァンは君の味方だ」


「……わかった」


「準備できたよ」



 俺がアレスに頷くタイミングでハクの準備が完了した。

 一定の距離を取り、ハクを見据える。

 そして示し合わせたわけでもないが、お互い同時に地面を蹴った。



「はっ!」



 ハクは膨大な魔力を宿した拳を本気で突き出してきた。

 俺を殺す気はないはずだが、同じ状況を作るために本気で放っている。


 その拳に俺は魔力をぶつけた。


 ぐぐぐっと空間が歪み、螺旋状に魔力が流動する。

 そして中心に臨界点が現れた。



「いくよっ」



 ハクはすかさず、次元・闇・光のトリプル制御の魔法を使うために魔力を込める。

 直後、俺の魔力と合わさって、ここへ来るときと同じように暴走が起こった。

 あとは――。



「【斬魔封殺(ざんまふうさつ)(きわみ)】」



 3属性のうち、闇属性魔法のみを断ち切った。

 圧縮されていた魔力は引力を伴い始める。


 そこへ再びハクの魔力が加われば、あの時と同じ状況になる。



「君のスキルの力はそんなもんじゃない。もっと精進するんだ――」



 ハクが魔力を加えたと同時にアレスの声が耳朶を揺すった。

 振り向こうとするも、視界がブラックアウトして、闇の中へ引きずり込まれた。


 しばらく体全体を謎の闇が侵食していく感覚に陥る。

 これはティアラと戦った時にも同じものを感じた。


 神の領域に近づけば近づくほど侵食されるというものらしい。

 デメリットは今だ不明で、今のところ体が痛くなるということだけだ。


 すると1点の光が移り込み、いきなり広がっていくのがわかった。

 視界が開けるとそこはハクと最初に戦った場所。

 俺は着地して、即座にリンシアのネックレスの魔力を探った。



「ハク、出来るだけ遠くに逃げろ」



 俺はリンシアの魔力を探知した。

 しかし感じる魔力は弱々しく、今にも消えてしまそうなほどであった。

 嫌な予感が頭を過ぎる。


 間髪入れずに俺は【転移】を発動したのだった。

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