第131話
少しぐだっていますがなるべく早めに展開を勧めておりますm(_ _)m
「ここは作戦Aを実行しましょう」
「……そんなものは決めていない」
さも当然のような面持ちで告げるリルに、シリュウはため息混じりにこぼした。
そんな2人の登場に感極まっていたメルであったが、現状を把握するため冷静に分析を始める。
「あいつ等は強い。まともに戦っても勝てません」
シリュウの実力を知らないメルであったが冒険者としてAランクという大成を成し遂げているということはそれなりの実力がある。
Aランクというのはそれほどまでに難しい地位なのだ。
しかしそれでも現状では勝てないと判断。敵の唯ならぬ雰囲気と、自分が挑んだ経験からその結論に至った。
「撤退ですか?」
「……難しいだろう」
リルの提案にシリュウは答えた。
隠密行動が得意であるリルとシリュウだけならともかく、メルは負傷している。
それに視認されてしまってからの隠密技では効果が薄く、最低でも再び視界から外れる必要があり、今の状況と実力差では難易度が高いのだ。
さらにそれだけではない。
「あの男も仲間だ。置いて行けるわけがない」
檻に視線を向けながらメルは呟く。その言葉を聞いて手足の鎖をジャラジャラと鳴らしながらガレンは口を開いた。
「ガハハっ嬢ちゃん。嬉しいこと言ってくれるじゃねえか! なら早く解放してくれ! そうすればこいつらは俺が片付けてやる」
そして眉根を寄せる。
魔力を宿していないがそれなりに強い殺気を放っていた。
「元々逃がすつもりがないから安心しなっ。むしろ命すらないんだけどね」
「笑止千万」
そんな様子を嘲笑う敵サイドの2人。
「女は機敏な動きで攻撃を躱し、雷の攻撃を使ってきます。そして騎士の方は斬撃を飛ばし、戦闘・駆け引きなどの経験値がベテランの領域です。それと――」
メルはシリュウとリルに近寄っていく。
「あそこに落ちている魔石が近ずけるだけで解錠出来る首輪の鍵です」
目線を動かさずに小声で呟いた。
「……了承」
しかし女は床に落ちた魔石を拾い上げて、笑みを浮かべた。
「ふふっ、わかるよ。あんた達が欲しいのはこれだろ? 欲しいなら私から奪ってみるんだ――ねっ!」
そのまま腕を真横へ大きく振るう。
シリュウは瞬時にリルの前へ立ち、自身の持つクナイで飛んできた何かを一閃して弾き返した。
「暗器か!」
地面に落ちる針を見てメルが呟く。
針は攻撃力こそないが、相手に悟られにくい攻撃手段であった。
「今のが見えたのかい――ボウヤは見かけに寄らずやるねぇ。じゃあこれはどうだい?」
女は再び針を投げ放つ。先程と異なり多方向に広がっていく。
そして壁に反射した針が四方からシリュウに襲いかかった。
「……あまい」
それも難なく弾き返すシリュウであったが、同時に斬撃も飛んで来ているのを視認。
シリュウはリルと共に真横は飛び込こみ、騎士が放ったであろう斬撃を躱した。
しかし――。
「ぐあぁぁぁ」
「お姉ちゃん!」
すべて弾いたと思っていた針の1本がメルの肩に刺さったのだ。
それに針に刺された痛みだけではなく、雷の魔力が込められているせいで肩をゆっくりと裂かれているような激痛が走った。
「守りきれなかったねー、ボウヤ」
「……リル、敵から目を逸らすな」
「すみませんっ」
小馬鹿にするような笑みを向けられるも、シリュウは冷静にリルへ指摘する。
女の方は正直それほどまでの驚異ではない。しかし騎士は違う――斬撃を放った際のタイミングと気配は幾千もの戦闘経験をしてきた者の境地だとシリュウは理解した。
「あはは、面白い子供たちだこと!」
「【極・気配遮断】」
リルは嘲笑っている女を睨みつけながら、魔法を発動させた。
気配を消すためだけの魔法ではあるが、リルが最も得意とする隠密魔法である。
「へぇ……」
感心するように女が嘆息した。
明らからにリルの気配を見失っているといった様子だ。
「【ダークネス・アロー】【自己加速】」
その隙にシリュウは2級闇属性魔法を騎士に向かって放った。
それと同時に女へ近ずき、懐にから一気に斬りつける。
騎士との近距離戦は分が悪いと判断したシリュウは魔法により撹乱し、女を攻撃するための隙を作ったのだ。
「あまいよっ」
女は俊敏な動きでシリュウの切り込みを躱す。
しかしこれはシリュウの予想通りであった。
「あまいのはそっちです」
気配を消していたリルがダンサー女が避けた先へ短剣を振るった。
「――きゃっ」
「リル!」
だが短剣を振り抜く前に、リルは何かの衝撃により吹き飛ばされてしまう。
それは騎士の放った威圧にも似た魔力波であった。
シリュウの放った魔法など視線を向けることなく弾いていたのだ。
――読まれていた?
ただそれだけではない。リルの気配をはっきりと見抜いている様子でもあった。
でなければあんなに的確な攻撃を繰り出すことは出来ない。
「大丈夫かっ」
「お姉ちゃん、大丈夫だよ」
駆けつける勢いのメルにリルはすぐさま答えて静止させる。
魔力波自体は大したことはなく、その衝撃によって壁に叩きつけられたダメージの方が大きい。
しかし受け身などの基礎訓練をしっかり身につけていたおかげで大事には至らなかった。
「その程度か……」
無機質で冷たい騎士の声が突き刺さる。
予想は的中していて、騎士には気配を読み取る何かがあった。
それによってリルの長所は意味を無くし、【極・気配遮断】までしか使えないシリュウもそれを活かした攻撃が封じられたということだ。
「もういいだろう。遊びはここまでにする」
その一言で、辺りを圧倒するような濃厚な気配が覆った。
それは騎士から放たれている膨張した魔力であった。
――まずい。
シリュウはそう思い、気配を抜き出しにして、魔力で身を固めた。
「……さがれっ!」
後ろの2人に向けてシリュウは叫んだ。
しかし遅かった。騎士はあろう事か1歩で間合いを詰め、シリュウの腹を足の裏で蹴り飛ばした。
蹴られただけには感じないほどの凄まじい衝撃がシリュウを襲う。そのまま石壁に叩きつけられ、口元から血潮を吐き出した。
騎士の猛攻は続く。
そこからメルの腹をつま先で蹴り上げ、リルの肩を足の甲で蹴り飛ばした。
【魔力障壁】を展開したメルであっても肋骨はバキバキに折れ、呼吸困難に陥る。
そして障壁を張れなかったリルは床に倒れ付し、動かなくなっていた。
「――っ!」
メルは痛みで声が出さない。
【障壁】によりガードしていたシリュウも再び立ち上がり武器を構えた。
「……そのメイドを連れて、逃げろ」
シリュウは一言メルに告げる。
その言葉の真意を理解したメルは悔しさのあまり歯を食いしばった。
――私達では勝てない。
そう判断するに有り余るほどの一撃だったのだ。
「シリュウ殿は……」
「……後から追いかける」
それは明らかに嘘で――シリュウは命懸けで退路をつくろうとしているのだ。
「私は……逃げたくない」
「……いけっ」
「あらあら、熱いわねー。あたいなんか感動しちゃった」
クスクスと小馬鹿にするように嘲笑する女の言葉に、メルは悔しさのあまり瞳を潤ませる。
それは弱い自分にと、それでも尚、その決断が受け入れられない意固地な自分にだ。
力無きものは選ぶ権利すら与えられない。
この状況となってはここでシリュウを置いて、逃げるのが一番生存率が高くなる。
しかし身体は動いてくれない。
「……早くっ」
するとメルはあること違和感に気づいた。
その違和感を悟られぬよう、表情をそのままにシリュウの真横に並んだ。
「私も……戦う」
叱咤しようとしたシリュウだがメルの面持ちを見て、何かを悟った。
そして正面を向き直り魔力を全身に纏う。
「……わかった」
「あれっ、やっぱり戦うの? あたい追いかけっこも好きだよ」
「なら……追いかけてみるがいい。決して、捕まりはしないがな」
挑発には挑発で。どこかの銀髪の少年が好みそうなやり方に唇を綻ばせた。
「ふふっ――【自己加速】【雷光】」
女は瞬時に距離を詰めてくる。
それをカウンター狙いで両手のクナイを力一杯正面へ振るった。
そんなメルの攻撃は大振りで当たるわけもなく、それを躱した女の閃光にも似た手刀がメルへと迫ってくる。
「【ダークネス・ミスト】」
そのタイミングでシリュウから黒い煙のようなものが一瞬に立ち込め、女の手刀は空を斬った。
「なんなのさ、これは!」
「無駄だ」
そう言いながら騎士が黒い煙を一振りで一掃。勢いよく黒煙は霧散していく。
しかし、そこに現れたのは4人のシリュウだった。
【影分裂】――魔力体を気配と共に分けて分身体を作る4級闇属性魔法。分身体に実態は無く、本体は1人しかいないうえに魔力も4分の1になるため、逃走用に用いられることが多い。
気配を読み取ることに長けている騎士を騙すのには最適である。
「小賢しい」
だが騎士は、味方である女がいるにも関わらず、真横へ一直線上に刃を振るった。
波動のような斬撃が4人のシリュウと女を薙ぎ払う。
「ちょっと、あんた! 私ごと斬るんじゃないよ!」
「お前は躱せるだろう」
女は案の定飛び上がり、しっかりと躱していた。
攻撃を受けてしまった4人の分身は実態無く全て消え去る。
「なるほど、下か」
下を向いた騎士が、床に向けて剣を突き刺し魔力を放出。
床は割れて亀裂が入り、光が漏れだした。
凄まじい魔力量――床下にいたら無事では済まないだろう。
「そんな……」
メルは表情を歪ませる。
だがすぐさま天井に亀裂が入り、シリュウが姿を見せた。
そしてそのまま騎士の頭上を持っているクナイで兜割りの要領で叩きつけようとした。
「くだらない」
それでも攻撃は届かなかった。
騎士はつまらなそうに呟き、鎧を回転させてシリュウのクナイを悠々と躱したのだ。
「……これでもダメか」
「考えたようだだけど、残念。1歩届かなかったようだねぇ」
女は嘲笑に口を緩める。
しかしシリュウも唇を綻ばせた
「……それはどうだろうか」
「なに?」
女は疑問を浮かべる。
圧倒的に不利なはずなのに笑っているからだ。
「おい、鍵はもっているか」
騎士が女に問いかける。
「そんなの……まさかっ!」
「【超・気配遮断】は……見破れないようですね」
肩を抑えてふらふらになりながらも、鍵である魔石を持ったリルがシリュウの後ろから姿を見せた。
リルはシリュウに鍵を託し、その場に倒れていった。
既に限界を迎えていたからだ。
「くそっ、倒れてたはずじゃ……」
あの時リルは一瞬だけ気を失っていた。しかしそのおかげでリルに向けられていた視線と警戒が解除され、その隙を狙ったのだ。
現状は天井を移動したおかげで、シリュウが1番檻から近い。
だからこそ全力でシリュウは踏み込み、ガレンの首元に鍵を投げつけた。
騎士から放たれた斬撃が後を追うも、間に合わない。
その斬撃は檻を切り裂き、粉塵の砂煙が辺りに立ち込めた。
カラーンという金属音。
そして砂煙の中、男の影が姿を見せる。
「ようやくだぜ、おい」
指と首をポキポキと鳴らしながらガレンがニヤケた表情で歩んでいた。
「ふんっ」
それを見た騎士は再び斬撃を飛ばす。
先程のものよりも格段に大きいものをだ。
「【地叡剣】」
ガレンがそう叫びながら魔力を灯すと、どこからともなく石や砂が集まりだして剣に形を変えていく。
そのままその剣で飛んできた斬撃を弾き飛ばした。
「正直感動してんだわ。まだ会って間もねぇ俺のために、こんなに命懸けで助けてくれることによぉ。だから俺も、ちぃとばかし本気でそれに応えようと思ったんだわ」
魔力が膨張した。
そのせいか床が割れ、天井や壁から砂粒が集まりガレンの身体の周りを螺旋状に回り出す。
「【魔装】」
そして魔力は一気に放出され――そのままガレンの元に戻り、それを包む形で流れ出す。
全身を地の鎧の如く固めていった。
「【尖鋭雷光】」
女が雷を宿した無数の針を投げ放つ。
しかしガレンは何をする訳でもなく、地の鎧に当たった針を弾き飛ばす。
「やらせるか」
騎士が一気にガレンとの間合いを詰め、切り裂く。
しかし握っていた地の剣で防がれ、それどころか力負けして騎士の方が吹き飛ばされた。
ガレンはそのままニヤケながら、床に手を付く。
「【狩猟の沼】」
途端に床は泥沼のように柔らかくなり、女と騎士を足元から飲み込んでいく。
逃げ出そうとするも、抵抗が少なすぎて、踏み込めない。
手を着くも、まるで水面を触っているかのように中へ引き込まれ、戻ることも出来ない。
ガレンは片手に持つ剣に魔力を纏わせ、振り上げる形で構えた。
「【四地一湊の極――】」
騎士は不安定な地形に関わらず、負けじと剣を構えた。
しかしもう遅かった。
「【斬】」
ガレンが一振り刃を放つ。
刃は地の波動となり地面の中へ消えて行き――動けなくなっていた女と騎士の身体を真っ二つに切断した。
何が起きたのかわからない2人に半身はゆっくりとその場に崩れ落ちる。
「2人だけで俺に叶うと思ったか」
目を見開くメルとシリュウ。
クレイがガレンは強いと公言していた。しかしガレンの態度や姿勢、立ち位置にイマイチ疑問を抱いていたのだ。
そんな疑問が吹き飛ぶほどの強さがそこにあった。
「ふぅ……疲れたわ」
ガレンの魔力は霧散し、元の状態に戻る。
「強すぎですかあなたは」
「あたぼうよ。まぁこれは燃費悪いし、1回使うと1日ぐらい使えなくなるんだけどな、ははは」
ガレンは愉快に笑いこける。
――それでもだ。
あれだけ苦労して戦った2人をものの数十秒で倒してみせた。
よく考えてみれば、危険なジルムンクを代表するリーダーの1人なのだからそれくらいは当然なのだが。
シリュウはリルを担ぎ上げ、メルもそれに合わせて立ち上がった。
「1度城を出ましょう。仲間が待っています」
すると――地面が揺れ、凄まじい崩壊音が響き渡ったのだった。
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