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第129話

 その夜。リンシアは何故かランロットに呼び出され、部屋の前まで案内されていた。

 案内をしてくれたのは初日から何かと話す機会の多いメイドのアリスである。



「どんな話しなの? 私、また粗相(そそう)をしちゃったのかしら……」



 リンシアは目の前を歩くアリスに疑問をぶつけてみる。


 メルを通してレニが企てた脱出作戦に関してはリンシアもしっかりと耳にしていた。

 現在は23時30分――実行まで後30分もない。

 早々に話しを終わらせて、牢に戻らなければならないのだが、話の内容次第では牢に戻れない可能性もあるのだ。



「それは私ではわかりかねますよ。しかしあなたの仕事ぶりに関しては問題はないように思いますけどね」



 素朴な問いかけにアリスは振り向くことなく淡々と答えた。

 では何故だろう――と首を傾げて考えていると、ランロットの待つ部屋の前に到着してしまった。


 ――空気が重い。

 しかし何を言われても動揺を表に出してはいけない。

 そう心を固めながらリンシアは入室した。


 室内はランロットの魔力のせいか、張り詰めた空気が一面に広がっていた。



「あの……私、何かしちゃいましたか?」



 開口一番、リンシアは探るように問いかけた。

 首輪はレニの計らいにより既に解錠されている。そのことがバレているのかという意味合いを込めての質問である。



「いいえぇー? あなたにはお願いがあって呼んだのよ。仕事ぶりに関しては――なかなか根性があるわねん。初日のときとは思えない仕事っぷりよぉん」



 ランロットはリンシアを見ていたとでも言いたげに口元を緩めながら告げた。


 幸いにも作戦や首輪の解錠がバレているという雰囲気ではない事に内心、胸を撫で下ろす。

 それどころか、自分を叱咤していたランロットに褒められたという事実に高揚感すら沸き起こる。


 事実、リンシアは仕事終わってからも業務の予習・復習を済ませ、出来る者に教わり、自分に出来ないものを補っていたのだ。

 適材適所――元々上に立つ立場であったリンシアは周りを把握する力に長けている。

 力の足りない部分は出来る人に任せ、時には率先して自分も動き、指示を出す。そうすることによって周りの信頼を勝ち取っていったのだ。


 自分はまだまだ成長出来ると、ランロットの言葉に報われた嬉しさを感じたのだ。


 しかし――お願いとはなんなのだろうとリンシアの中では疑問が残る。




「お願いとは何か、って顔してるわねん」



 ランロットは狡猾(こうかつ)な笑みで告げる。

 まるで考えを読まれているような表情に動揺が走ってしまった。


 ――いいえ、バレていないはずだわ。

 それをブラフだと考えたリンシアは、表には出してはいけないと済ました表情でランロットを見つめた。


 ザクリッ――。


 それは突然起こった。

 刃で切り裂いたような生々しい音が背後から耳朶(しだ)を震わせたのだ。

 リンシアはすぐに振り向くと、お腹から血を流すアリスが倒れている光景が目に入った。



「うっ……ぐふっ」



 アリスは口から(おびただ)しい量の血を吐き出し始める。


 ――早く治さないと死んじゃう!

 そう思ってからのリンシアの行動は早かった。

 魔力を一気に放ち制御。頭の中で詠唱を済ませ【ハイ・ヒール】を発動させた。


 手のひらから光に包まれた魔力の粒子が放出され、みるみるうちにアリスの傷を癒していく。


 ――なんとか間に合った。

 完治した場所を確認したリンシアは安堵し嘆息を付いた。



「やっぱり……見事なものだわねん」


「いきなり何をするんですか!」



 感心したように呟くランロットに、リンシアは怒鳴り声を上げた。眉を寄せ、真っ直ぐとランロットを睨みつける。


 リンシアは怒っていた。

 それほどにアリスは危ない状況だったからだ。



「あらあら、こんなことで怒っちゃってん。感情がすぐに顔に出ちゃうなんてまだまだ子供ねん」


「今は業務中じゃないですからっ」



 それを去なすようにヤレヤレと首を横へ振るランロット。

 そんな態度にもまた、憤怒の感情が強まっていく。



「王女ちゃん、あなたが治すと思ったからやったのよん」


「――えっ……私が……?なんのために……」



 面食らったようにリンシアは目を丸くした。

 ランロットは机に肘をつきながら、ニコニコと笑顔を浮かべながら口を開く。



「魔力を確認するためよん。そして今ので確信したわぁん。あなたの魔力が私の目的に必要だって事にね」


「何を言って――」


「付いてきなさい。じゃないとあなたの大切な仲間達を1人ずつ殺すわよん」



 仲間を殺す――そう言われてしまっては逆らうわけにはいかなかった。

 忘れていたわけではないが、目の前にいる者は圧倒的な強者であり、それを実行することは容易いのだ。

 更には無駄な口論のせいでレニの作戦事態もバレかねない。


 リンシアは口を紡ぎ、大人しくランロットの(あと)を追うのだった。







 23時55分。自室である牢の中をメルは行ったり来たりと何度も往復して回っていた。


 作戦の内容は至ってシンプルだった。、レニがリンシア、メル、ガレンと順に牢を解錠し城から脱出。

 それと同時に外側にいるグリム達が表門から騒動を起こし、注意を引きつけけながらも合流し撤退するというものだった。


 それが深夜0時に実行に移されるのだが、本来ならば既にリンシアを連れたレニと合流してガレンの元に向かう手筈になっている。


 しかしレニとリンシアは一向に現れず、焦りが行動に出てしまっていたのだ。



「はぁ、はぁ……すみません、お待たせしました」



 するとレニが息を荒げながら現れた。



「遅いぞ――何か問題でもあったのか?」



 メルは叱咤するように声を掛けるも、レニがリンシアを連れていないという事に気付き、すぐに考えを改めた。



「はい。リンシア様がランロットに連れていかれました」


「何!? 作戦がバレたのか?」


「多分、別の理由かと。じゃなきゃ僕がここに来れてませんから」


「――では何故、連れていかれたんだ?」



 なるほどと納得し、続けて質問。



「わかりませんが、無理やり連行されているようにも見えませんでした。どんな理由があるにせよ作戦は始まります。リンシア様は僕が隙を見て連れ出すので、ガレンさんをお願い出来ますか?」



 ガレンは首輪を解錠していない――いや、出来なかったのだ。

 唯一ガレンの牢だけは昼間限定で見張りがついている。しかもその見張りはランロットの側近である四天王と言われているうちの1人で、レニよりも強者であった。

 夜にならなければ牢に近寄ることすらできなかったのだ。故にガレンだけは作戦の事を知らないことになる。



「私もっ――わかった……リンシア様を頼むぞ」



 複雑そうな表情を浮かべたメルだが、レニを見て託すように告げた。

 リンシアの護衛メイドとして一緒に行きたい。しかし二手に別れて合流したほうが、戦力的にも作戦的にもスムーズに進むのだ。


 今のレニはメルよりも強い。

 戦闘の可能性がある以上、レニに任せてガレンを早めに解放する方がいいという考えに至ったのだ。



「任せてください」



 牢の鍵を開けながら短く告げ、去っていくレニ。いつもよりも男らしい背中を見やりながら、メルも動き出した。


 幸い城で働くことにより、内装には詳しい。

 ガレンの牢まですぐてあった。



「――っ」



 メルは到着するもすぐに、慌てるように曲がり角へ身を隠した。

 ガレンの牢には見張りがいたからだ――しかも2人も。


 全身を鋼の鎧に固めた騎士と、メル達が仕事で着ていたものとは別の際どさがある露出の高い踊り子衣装を着用した女だ。


 思わず息を止める。

 身に纏う気力や立ち振る舞いは紛うことなき強者だと感じたからだ。


 あれがレニの言っていた四天王というやつか、とメルは内心で抱く。

 そして耳を覚ませると四天王達の会話が聞こえてきた。



「聞いてんのかい? ガレン」


「あぁー? 聞こえねーなぁ」



 女の問いかけを去なように小馬鹿にするガレン。女は苛立ちから牢の鉄柵に蹴り飛ばした。



「ちっ――モルガナさんを殺しておきながら、よくここに顔を出せたもんだね。ランロット様の命令がなければ殺しちまってるところだよ!」


「はははっ弱いやつが悪いんだ。それがこのジルムンク――いや、世界のルールだろうがよ」


「ランロット様も何故こんなやつを生かして何をするつもりなんだかっ」



 ガレンの手足は強固な鎖で繋がれており、身動きを取るのもやっとである。

 しかし余裕綽々と笑みを浮かべていた。


 すると外側から「うぉぉぉ」という戦のような掛け声が闊歩しているのが耳に入った。



「おやっ、なんか外が騒がしくないかい?」



 それは0時が過ぎ、グリム達が攻め込んできている証拠であった。


 ――作戦は始まっている。急いでこちらも動かないと。




「確かに騒がしい。様子を見に行こう」



 先程まで沈黙していた騎士が外の方へ視線を動かし機械的な声で呟いた。

 それは今のメルにとっては好機とも思える内容であった。


 ――早く行ってくれ。早く。

 メルは速る気持ちを抑えて気配を消すことに専念する。


 騎士達は1歩、また1歩とゆっくり牢から離れていった。



「だがその前に……ネズミを1匹排除しなくてはな――」



 突如、メルは真下から暖かな魔力の気配を感知した――。


 身体を咄嗟に動かし、その場から離れることだけに意識を集中した。

 するとメルがいた場所から大きな火柱が上がり、辺りの石壁を焦がしていく。


 間一髪、躱すことが出来たメルではあったが、騎士の元に身を晒してしまった。



「ネズミ発見」


「あんた手ぇ抜きすぎだよ。――首輪がないってことは敵ってことだわねぇ」


「敵は排除する」



 女は口元を緩ませて、騎士は真顔で言い捨てる。

 そして腰に掛かった剣を抜き、下から空を斬るように振るった。


 ――あれは飛ぶ斬撃!

 騎士の斬撃は風の魔力を纏い、高速でメルに向かって飛んでくる。

 メルは身を回転させながらクナイを構え、重心を移動させてそれを躱した。



「あたいを忘れちゃいないかい?」


「ぐわぁぁっ」



 ビリビリと痺れるような感覚が横腹から全身を襲った。

 踊り子の女は身軽なステップで移動し、メルの横腹を蹴り上げたのだ。



「電擊――合成魔法かっ」


「ご名答。どうだい、痺れるだろう?」



 女は悪い笑みを浮かべながらメルを見下すように見据えた。

 1対1でも戦力差があるこの状況で2対1――メルに勝ち目はないし、逃げ切ることも敵わない。



「おい、メイド! 首輪がないって言ったな? 俺の首輪も外せっ!」



 手足が鋼鉄の鎖で縛られているガレンがメルに向かって怒鳴り込む。


 勝ち目がない、逃げ切る事も出来ないこの状況ではガレンを開放し、2対2することが最善であった。

 だからこそメルは思考を瞬時に巡らせる。



「ガレン殿、身を出来るだけ前に乗り出して欲しい!」



 そう叫びながらメルは全力の【自己加速】で前に乗り出し、首輪の鍵である魔石を全力でガレンの首元に向けた投げ放った。

 牢屋との距離はメルの方が近い。

 それに加えて幾多もの練習を重ねたメルの投擲は100%の力で投げてもほぼ百発百中の高速投擲。


 触れるだけで解錠してくれる仕組みを逆手に取り、このままガレンの首輪を解錠しようとしたのだ。


 しかし――。



「予想通り」



 騎士はメルの投げた魔石を魔力の斬撃でいとも容易く弾いたのだ。

 それはメルが動き出してから放たれたものであり、考えも、軌道すら――読まれていたことになる。



「悪い子はお仕置きよぉ」



 バリバリという(つんざ)く音が耳を通り抜ける。それは魔力を宿した女の手刀の音であった。

 メルは捨て身覚悟の投擲のせいでバランスを崩していて、その隙をしっかりと狙い混んできたのだ。

 女の手刀がメルに向けて放たれる。


 ――ここまでか……。


 メルはそう諦めかけた。



「くっ、なんだいこりゃあ――」



 だけど女の手刀がメルに届くことは無かった。

 どこからともなく飛んできた、数本の短剣を弾くために手刀を酷使し、そのまま後ずさるように後退しからである。



「お姉ちゃんに何しようとしてんですか、このアバズレ」


「……間一髪」



 聞き覚えのある声に顔を上げると、メルは唇を思わず綻ばせる。



「あんたらは何者だい? 見ない顔だねぇ」


「リンシア様の右腕にして最強メイドと、手下その1です」


「……おい」



 そこには妹のリルと、冒険者であるシリュウが立っていた。

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