第128話
これじゃあ本当に要塞だね、と"黄領"を目の前にしてグリムは改めて思うのだった。
情報集めて始めてから2日ほどが経過していた。
まず戦力についてだが、"黄領"は4万人ほどの浮浪者集団である事がわかった。しかし強者はごく一部で、誰もが戦闘慣れしているわけではないという。
そしてリーダーであるランロットは身の毛もよだつ程の強者であり、無類の男好き。
あまり外部と接触しようとしない排外主義者で、それ故に領土の周りを強力で分厚い壁で囲んでおり、侵入しようとするものを拒んでいるのだ。
――出来ればランロットとは戦闘どころか接触を避けたい。
そう思い救出作戦を練ることにしたグリムであったが、戦闘を避けるためには中の状況を詳しく知らなければいけなかったのだ。調べるにしても唯一の侵入経路である入口の門はしっきりと閉ざされていて、見張りが4人体制。そのため一日中門を観察することにしたのだ。
そして観察した後、収穫はあった。
6時間に1度、見張りが交代のために門が開くのだ。その隙が中への潜入の唯一の瞬間だった。
だから今回は一定レベル以上の【気配遮断】を使えるAランク冒険者であるシリュウが抜擢された。
シリュウは戦闘能力もあり冒険者としても高ランク。今回の潜入には一番向いていると判断したのだ。
「先生、うまく行きますかね」
「戦闘をしようってわけでもないし、僕がついているから安心してくれていいよ。だけど"撤退"と言ったら僕に構わず、すぐに逃げるんだよ。君達もだよ」
若干不安そうに呟くジャニアリーにグリムは笑顔で答え、後ろで待機しているエイプリルとマーチにも声を掛けた。
シリュウが潜入しやすくするため、見張りの注意を引き付ける必要があり、その役割をグリムとジャニアリーが担うことになったのだ。
「……あと10分だ」
「制限時間は6時間、再び門が開いたらまた注意を引きつける。でも万が一シリュウ君が戻って来れなかった場合は――」
「……問題発生。別の作戦を立て直してくれ」
「――必ず戻ってくるんだよ」
シリュウの言葉にグリムは真剣な面持ちで返す。
不足の事態は付き物であり、それに柔軟に対応しなければならないのだ。今回の事のように。
「先生……」
すると背後からエイプリルが小声で呼びかけてきた。
「どうしたんだい?」
「えっと……その……キサラちゃんがいません」
「……えっ――」
思わず目を見開くグリム。
精霊の子供であるキサラは待機組であるエイプリル達の側に置いたのだ。
「いつからだい?」
「わかりませんが、30分前――ここに付いた時には居たんですが……すみません。私が目を離したから……」
エイプリルは瞳を湿らせながら顔を伏せた。グリムは顎に手を添えて黙考を始める。
「……入口は先程から見ている。だから"黄領"に攫われた可能性は低い。つまりは――迷子だね」
そして今ある状況を瞬時に整理して可能性の高い結論を出した。グリムは軍に務めていた経験があるため不測の事態にも落ち着いて物事を考えることが出来るのだ。
「探しに行きます!」
「見張りの交代まであと8分だ。潜入が無事終わった後に――」
「ぱあぁぁ!」
探しに行こう。とグリムが言おうとした直後――その声を遮る形で可愛らしい子供の上声が聞こえた。
そして上空からふわっと小柄な子供が降ってくる。
「わ、わぁっ!」
慌ててキャッチをするグリム。腕に収まったのは迷子だと思われていたキサラであった。
「キサラ君――心配したよ」
「うぅ……ごめんなさい」
無事であったことにほっと胸を撫で下ろすグリム。しかしキサラは怒られたと勘違いをして、うるうると瞳を潤ませた。
「怒ってないよ。それよりもその持っている紙はなんだい?」
「レニーから貰った! グリムーに届けてって!」
「えっ!? レニ君に!?」
グリムはキサラをゆっくりと下ろし、握っている紙を受け取る。
紙にびっしりと文字が書き留められてあり内容はリンシア達の状況、門を抜けてからの大まかな地図――そしてこれからの脱出作戦が記されていた。
「キサラ君、レニ君に会ったのかい?」
「うんー! ママの魔力感じたから飛んだー! メルーもいたよ!」
契約者の魔力と合わさることで発揮される精霊魔法にはまだ謎も多い。
恐らくリンシアの魔力を感じたことでキサラが何らかの魔法を発動し、中への潜入を可能にしたのだろうとグリムは考えた。
――それにしても。
「こんな状況でこんな大胆な作戦を考えるなんて、流石師匠がクレイ君なだけある」
グリムは思わず唇を綻ばせる。
それは無事だったリンシア達に対してと、控えめな性格であったレニの成長に対してだ。
「……交代の時間だが、どうする?」
「僕達は1度、"蒼領"へ戻ろう。人数を揃えて再び"黄領"に進軍する」
◇
「なるほど、この通路と繋がっていたのか」
城を歩いていたレニが徐に独り言を漏らす。
"黄領"に囚われてから2日もの時間が過ぎ去っていた。
リンシアやメル、ガレンと違い、ある程度の自由が確立していたレニはただ時間を無駄に使っていた訳ではない。
自分に何か出来ることがないかと模索し、行動に移していたのだ。
――きっとリルさんの報告で先生達は異変に気づき、こちらの情報を求めに来る。
そう考えたレニは城の構造、どんな者達が居て、どう動いているのかなど、細かに観察して突破口を見出そうとしていたのだ。
その結果、城内部は笊もいいところで、深夜0時以降はリンシア達の牢にすら見張りがいない。
本来ならここから抜け出すことは容易なのだ。しかし、それは首輪があるからこその対応なのだろう。
ランロットは「逃げ出そうとしてもすぐわかるから」と言っていた。
それは首輪に何らかの探知魔法がかけられていて、行動が把握されているということ。しかも締めつけのおまけ付き。
――この首輪をどうにかしなければ……逆にどうにかなれば逃げ出すことなんて出来るのに。
「おや、レニ殿じゃないか」
「メ、メルさん」
見知った声に顔を上げてみれば、なかなか際どいメイド衣装を着ているメルがいた。
目のやり場に困ったレニは思わず顔を赤くして動揺してしまった。
「恥ずかしいじゃないか……あんまり見ないでくれ」
レニのそんな反応に意識してしまったせいか、メルは恥ずかしそうに頬を赤らめて目を逸らした。
「すみませんすみません! えっと、仕事中ですか?」
「あぁ、食器を取りに行くところだ」
「僕も手伝いますよ!」
「――気持ちだけ貰っておこう。ここのリーダーはそういった行動に厳しい」
それだけ言ってレニは理解する。
もし見られでもしたら何をされるか――とメルは言いたいのだ。
「はい……」
「ふふっ、なら王国へ戻ったら頼もうか。買い出しの手伝いなどをな」
それでも断られたことに若干落ち込んでしまったレニ。それを察してかメルは口元を緩めながら告げる。
「はい!」
レニは高揚する気持ちを声に乗せて答えた。
「わぁぁー!」
するといきなりレニの視界に可愛らしい掛け声と共に見知った少女が入ってきた。
「えっ? キサラ殿!?」
「えぇ!? なんで……?」
メルは目を丸くしながら驚きの声を上げる。続いてレニも吃驚し頭を傾げた。
「レニー、メルー! あれーママはー?」
あまりにも突然の事にレニは頭を混乱させてしまう。
だからとりあえず質問に答えることにした。
「リンシア様はお仕事なんだよ。でも元気だから安心して」
「良かったー嬉しいー!」
にこやかな笑顔に思わず癒され、落ち着きを取り戻していく。
そして状況を整理せるためにキサラに問いかけた。
「えっと、外からきたの?」
「うんー! ママの魔力感じたからー!」
「えっと……もしかしてグリム先生の元に戻れたりするの?」
「戻れるよー!」
――これだ!
レニの脳内に雷のような閃きが過ぎった。これで外との連絡が可能になると。
しかし――。
「後は首輪が……」
途端にカラーン、カラーン。という金属が地面に落ちる耳元に入ってきた。
地面に視線を落とすと、首輪のような金属の輪っかが落ちている――レニは思わず自分の首元を確認した。
――――――あれ?
首に付いていたはずの金属制のリングはそこには存在しなかった。地面に落ちた金属は紛うことなきレニの行動を遮っていた首輪だったのだ。
「なんで!?」
「あははー! びっくりしたよー!」
無邪気に笑うキサラ。よく見るとその手にはドス黒い石が握られていた。
魔石――の1種に間違いないと思ったレニはキサラにそれを手渡すように催促する。
「キサラちゃん、それちょっと貸してくれない?」
「真っ暗な部屋で拾ったのー! 大きな人が泳いでたー! 欲しいのー?」
「うん、欲しいっ」
「いいよー!」
レニはキサラから魔石を受け取るとメルの首元に近ずける。
すると首輪は解除され、地面へ自由落下した。
メルの胸元を1度経由したことに顔を赤らめるレニだが、それどころではない。
「これは鍵なんだ。これさえあれば今日中には逃げれる!」
「本当か!?」
レニの言葉に思わずメルから感嘆に近い声が上がる。
「キサラちゃん、リンシア様にもうすぐ会えるよ。でもまずはグリム先生の元にお遣いに行ってもらってもいいかな?」
「ええー! 今会いたいぃ……」
「リンシア様も、お遣いしてくれたいい子だったらきっと褒めてくれると思うなぁ」
「ほんとにー?」
「本当だよ! いっぱい頭撫でてくれるよ!」
「おつかいするー!」
「ちょっと待っててね」
レニは急いで持ち合わせていたメモ用紙に書き込んでいった。主に今の状況――これから行動する内容――そしてグリム達にやってもらいたい指示であった。
それに手書きの簡素的な地図も添える。
「これをグリム先生に。くれぐれも誰にも見つかっちゃダメだよ?」
「任せてー! なでなでしてもらうー!」
キサラはメモ書きを受け取ると勢い良く飛び立ち――ぱっと姿を消した。
「精霊魔法かな?」
「おそらくは――まだ謎も多い魔法だからな。それよりも今夜抜け出すのだろう? 今後の動きを教えてくれ」
「はい。まずは――」
レニは脱出計画について、一通り説明をした。
メルは終始、頭を頷けながら真剣に話を聞いていた。
「なるほど、レニ殿はここに来てからも諦めずに調べていたのだな。感動したぞ」
「いや、そんな。僕に出来ることがないかって――それに何もしなかったら、何も変わらないって思ったからです」
「それを当たり前のように言えて、当たり前のように行動しているのが凄いんだ。レニ殿」
2人の視線が交差する。
しばらく黙考した後、お互いは顔を赤らめながら目線を外した。
レニは恥ずかしさから話の続きを口にする。
「あ、後はこの首輪は再び付けておきましょう。怪しまれるので」
「そ、そうだな」
慌てながら2人は地面に落ちた首輪を拾い上げ、再び首元へ装着した。
そしてお互いは視線を交わし頷いた。
「「では0時に」」
示し合わせたわけでもない。しかし2人は同時に声を上げ、それぞれ別々の方向へ歩みを進めるのだった。
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