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第126話

「とんだ拾い物をしたかもしれないわん」



 その夜、薄暗い地下室でランロットの囁き声が聞こえた。

 ここは"黄領(きりょう)"の城の地下。ランロットがある目的のために作った研究部屋である。



「あれはおそらくSランクスキルねん」



 先程目にした光景を思い出しながら顎に手を添える。

 王族の少女が使ったものは間違いなくSランクスキル【極・光魔法】からくる純度の高い光の魔力だった。

 その純度の高い魔力こそランロットの目的に必要な最後のピースかもしれなかったのだ。



「ふふっ」



 思わず口元が緩んでしまう。自分はなんと運がいいのだろうと。

 ジルムンクという無法であり、誰からも咎められることのない場所。この研究に際して助言をしてくれた者。その全てが都合よく回っていた。


 そしてランロットは立ち上がり、1歩――また1歩とゆっくり歩みを進め、奥に設置された巨大なガラス容器の前で足を止める。

 3メートルほどある巨大な容器には水色の薬品で満たされていて、中には人影が見える。

 身長は250センチはあるだろう。腕も脚も太く、童話に登場する《オーガ》のように強靭な人間であった。

 その瞳は閉ざされていて開かない――否、もう永遠に開くことにない亡き者であった。



「あなたが死んでから80年。ようやく――死者復活を成し遂げられる」



 ガラス容器を撫でながら、儚げに表情を見つめる。

 ランロットの目的――それは死者を蘇らせる研究を完成させることだった。


 死者を蘇らせること。それは絶対の禁忌であり不可能であることをランロットは誰よりもわかっていた。そしてなによりも神がそれを許さないのだ。

 しかし諦めることなど出来はしない。そんな不可能に抗うための時間はたくさんあったランロットは神を欺く手段を必死に模索してきたのだ。



「もうすぐ――もうすぐあなたにまた会えるのねん」



 ランロットは過去の思い出を脳裏に再現させながら、唇を綻ばせるのだった。







 深夜。"黄領(きりょう)"の調査に向かったクレイ達とは別で"蒼領(そうりょう)"に残った者達――ジャニアリー、マーチ、エイプリルのラバール商会で働いている元教会孤児組、教員であるグリム、そして冒険者のシリュウは談話室に集まっていた。

 "蒼領"のリーダーであるガレンの根城はなかなかに広く、夜を明かす場所として貸し出された部屋である。



「あれー。ママの魔力が感じないよぉ?」



 リンシアと契約している精霊の子供――キサラはグリムの膝に座りながら、首を傾げて呟いた。

 グリムは意外と子供好きだったようで、リンシアがここを離れる際、世話係りをかって出たのだ。



「魔力? 離れててもわかるのかい?」


「うんー! でも今はわからない。ママどこー?」



 クズンと、べそを掻きそうな表情で瞳を潤ませるキサラをグリムは穏やかにあやした。



「クレイ君がいるから大丈夫だとは思うよ」


「そっかー! パパ強いもんねー!」



 クレイの名前のおかげか、すぐに無邪気な笑顔を取り戻すキサラ。

 クレイ達はおそらく何らかの妨害、もしくは戦闘になっているのかもしれないとグリムは予想した。しかしクレイがいれば大抵の事は問題ないとすぐに考えを改めたのだ。



「なんかサマになってますよね」



 その様子を横目にエイプリルが呟いた。

 茶色掛かった短髪が似合う14歳の少女であるエイプリルは元奴隷であった。

 クレイの屋敷に住んでいるハーフエルフのエミルと同じで、例の事件によって奴隷として売られる前に救われた少女なのだ。


 救われたこと――そして仕事を与えてくれたことに感謝をしていて、心の底からクレイの事を慕っている。だからこそ秘書として働いているエミルにジェラシーを抱いていたりして、自分もクレイの側で働きたい――役に立ちたいと思っていた。

 そんなある日の好機。

 同じ孤児組の男2人もセットではあるが、クレイの側で働く機会を得られたのだ。それも重要な仕事で、エイプリルは必ず成功させてクレイにたくさん褒めてもらいたいと密かな野望を燃やしていたのだった。



「あはは、子供は好きでね。僕も出来れば授かりたかったものだよ」



 少し寂しそうにグリムは目線を逸らしながら笑った。

 かつての恋人と教会を見回った時のことを思い出したのだ。



「エイプリルもまだ子供だから面倒を見てもらえばいいでやすよ」



 それを聞いていたマーチがからかうように呟いた。

 マーチは幼い頃に親を亡くし、教会で保護された子供だ。薄紫色の髪を前髪から逆立ててモヒカンの様にとんがらせている。

 どんなときでも一言多い、お調子者の性格である。



「マーチ、そんな事言ってると、またボコボコにされるぞ?」



 それを苦笑しながらジャニアリーは嘆息した。

 ジャニアリーもマーチと同じ境遇で、小さい頃教会に保護された少年だった。橙色のマッシュカットにした髪型の少年で、どんな時でも冷静に物事を分析出来る性格である。

 マーチとは付き合いが長く、幼馴染のような存在であった。



「ちょっとジャニアリー、人を暴力的な女みたいに言わないでよ」


「いや、充分暴力的な女でっせ。そんなことじゃボスにだって――――いてっ」



 ゴツン、とマーチの頭を高速のゲンコツが襲った。



「暴力的じゃないわよ!」


「エイプリル、それじゃあ説得力がないよ」


「何か言った?」


「な、何でもないかな」



 そんな楽しそうなやり取りにグリムは思わず口元を緩めた。



「君達は仲がいいね」


「そんなことないわ。グリム先生こそボスと仲良いですよね」



 エイプリルはマーチの発言によりまだ怒っているのか、頬を膨らませながら腕を組み、そっぽを向いてグリムに答えた。


 彼女達はグリムの生徒というわけではないが、接しているうちに自然と先生をつけて呼ぶようになっていた。グリムも教員である立場から、それについては良しとしている。

 ちなみにボスとはクレイのことで、教会から保護され、ラバール商会で仕事を貰ったことを恩義に感じていた子供の全員が勝手にそう呼んでいるのだ。



「色々あったからね。君達だってクレイ君からちゃんと信頼を受けているじゃないか」


「そうでっせ。ワイは特に信頼を受けていやす」


「あんたは黙ってなさいよ」



 調子に乗るマーチにキッっと睨みつけるようにエイプリルは威嚇した。



「まぁエミルの姉さんやレニの兄貴、リンシア様には負けてるけどね」



 ジャニアリーは当たり障りのないと思って回答をする。それによりエイプリルは複雑そうな面持ちで顔を俯けた。



「そう言えば、クレイ君ってリンシア様の事をどう思っているんだろうね」



 グリムの唐突な疑問に3人は考えるよう腕を組んだ。

 特にエイプリルは悩むように目を閉じている。どうにもあの2人の関係が気になっているようだった。



「恋人とは違いやすかね?」


「それは違うと思うよ。でもリンシア様からはクレイ君に対して特別な感情を抱いているように見えるけどね」



 マーチの答えに対してグリムが意味深に告げる。



「じゃあエイプリルのライバル――ぐへっ」



 エイプリルはすぐさまマーチの口をゲンコツという有効手段で塞いだ。



「恋人という立場なら、どちらかというとティアラ姉さんの方が近い気がするけどね」


「ティアラ姉さん?」



 ジャニアリーの告げた言葉にグリムは首を傾げた。

 クレイが帝国から帰ってきて以来、変化した事が2つあった。それはレニが来たことと、ラバール商会の取引先が1つ増えたことである。

 その取引先は皇国ナンバーワンの実績を誇るセントラル商会だったのだが、その商会に資金提供しているのが皇女であるティアラだった。

 ティアラは頻繁にラバール商会へ足を運ぶのだが、その度にクレイに会いに行っている。

 2人が一緒にいる様子をジャニアリーは見たことがあったが、普段は凛とした態度で近寄るなんて末恐ろしいと感じる表情のティアラがクレイの前だと柔らかい笑顔をみせていたのだ。

 それだけではなく、クレイの方も心を許しているような雰囲気をジャニアリーが感じたのだ。


 だが、ここで思い出す。

 ティアラが商会に来ていることやセントラル商会との取引はまだ内緒の話であることを。

 ジャニアリーは咄嗟に対応することが出来ず、助け舟を切り出してもらおうとエイプリル、そしてマーチに視線を送った。



「誰よその女!」


「あー、なんでやしたっけ、あー」



 そこには鋭い形相を浮かべる少女と、誤魔化すのが下手すぎる少年がいた。

 どうやら助け舟は来ないらしいとジャニアリーは即座に判断した。



「ボスと親しい方ですね。俺も詳しいことはわからないんです」


「そんなとくダネがあるなんて聞いてないよ! クレイ君も隅に置けないなぁ……あれっティアラって確か隣国の第3皇女様と同じ名前――」



 そうグリムが言い終える前に――ガタン、と急に音が鳴り響いた。

 それはこの談話室の扉が勢いよく開いた音であった。


 敵襲――そう思ったグリムは即座に魔力を身体に纏い、シリュウは武器を構えた。ジャニアリー、マーチ、エイプリルはいきなりの出来事にまだ反応出来ずにいる。



「リンシア様を――助けて――」



 しかし敵襲ではなかった。そこにはリンシアのそば付きメイドであるリルがよろけそうな足取りで立っていた。着用しているメイド服はボロボロで怪我をしている。それは緊急事態を知らせるには充分の出来事だった。

 そしてリルは息を切らしながら力なく崩れ落ちる。



「リルさん、大丈夫!?」



 すぐさまエイプリルがリルの側に駆け寄り、クッションになるように抱き抱えた。



「シリュウ君、ポーションを――」



 このメンバーの中に回復魔法が使える者はいない。そう判断したグリムは即座に声を飛ばした。

 シリュウもそれがわかっていたようで、グリムの手に魔力ポーションと回復ポーションをそれぞれ手渡す。

 リルの息の切らし方から、魔力切れの可能性も予想しての行動だった。



「リル君、まずはこれを飲んでくれ」



 エイプリルの膝の上で息を切らしているリルの口へゆっくりと回復ポーションを流し込む。

 傷が治っていくのを確認してから魔力ポーションも流し込んだ。



「はぁ、はぁ……ありがとう……ございます」


「まずは落ち着こう。ゆっくりでいい――何があったか説明してくれないかい?」



 グリムの言葉に呼吸を整えていくリル。

 次第に落ち着いていき、ゆっくりと口を開いた。



「リンシア様が、"黄領"の者に捕まりました」



 その場に居た一同が瞠若(どうじゃく)し、息を飲んだ。



「クレイくんは?」



 しかしそれに伴いすぐさま浮上する疑問をグリムは問いかけた。



「クレイ様は――突然現れた新手の少女との戦闘によって消えました」


「……消えた?」


「はい。凄まじい魔力同士がぶつかり合い空間に亀裂が入ったんです。そしてその亀裂の中に新手の少女と共に吸い込まれていきました」



 説明を聞いたグリムは眉を訝しげた。

 魔力同士が衝突して空間に亀裂が入るなんて聞いたことがない、にわかには信じ難い出来事である。

 どんなに質量の大きな魔力が合わさってもそれに伴った爆発は外側に放出されるものなのだ。


 仮に空間に亀裂を入れることが出来て中へ入れたとしよう。しかしその空間事態は次元属性魔法である【転移】と同じで、この世界のどこかへ繋がっているのだ。【転移】事態が使えるクレイが戻ってこれないはずがない。



「私の傷はその時の反動によるものです。魔法を発動する際にミスをしてしまい、このザマですよ」


「そうか……何より無事で良かったよ。メル君やレニ君、ガレン君も捕まったということかい?」


「はい。私は皆に知らせようと……どうにか逃げ仰せました」



 リルは涙が零れそうになるぐらい悔しそうに表情を歪めて、頭を沈めた。

 自分だけが助かって逃げてきたことを悔いているのだろう。



「ありがとう。この知らせが聞けて良かった。必ずリンシア様達を助けよう」



 そんな表情から気持ちを汲み取ったグリムは慰めるように言葉を送った。

 そして周りの者達に目線を向ける。一同はそれぞれ頷き、了承の意を示していた。



「ボスは生きてやすよね?」


「当たり前でしょ。ボスが簡単にやられるはずがないじゃない」


「僕もそれには同意かな。クレイ君は絶対に生きている」



 マーチの不安そうなぼやきに、エイプリル、グリムと続く。



「おそらくなんらかの問題が起きたんだと思います。だから俺達のやることは1つ。ボスの代わりに皆を救いましょう」



 そして冷静になったジャニアリーが鼓舞するように意気込む。



「……どうやる?」



 壁に寄りかかっていたシリュウが腕を組むながら尋ねた。

 シリュウもクレイは生きていると信じているようだった。



「まずは"黄領"の情報が欲しいかな。そこから作戦を練ろう。必要ならば偵察にもいくことになるだろう」



 はやる気持ちを抑えながらこれからすべきことを示した。あくまでも冷静に、慎重に対処しなければならない。



「……偵察は任せろ」


「私も、全力で協力します」



 シリュウに続き、リルは真剣な面持ちで言い切った。



「じゃあまずは"蒼領"の人達から情報を集めよう。リル君はここを出てから何があったのか、もっと詳しく教えて欲しい」


「かしこまりました」



こうしてリンシア達の救出作戦が練られたのだった。

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