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第123話

「今日も疲れたわ……」



 多くの者が寝静まる夜中。リンシアはため息混じりの嘆息を付く。

 ここはジルムンク分かつ3領土のうちの1つ"黄領(きりょう)"――その中心に位置したところに(そび)え立つ不気味な城の牢の中だ。城と言っても王族が持つ別荘のようなサイズ感で、王都に建造された王城程の大きくは無い。

 リンシアがここへ来てから――いや、クレイが次元の狭間に消えてからもう3日が経過していた。


 硬くて磨かれたような石畳の床に、鉄格子の入口。周りは煉瓦のような厚い壁で覆われていて、一つだけある鉄柵の窓からは、うっすらと雲が掛かった淡い月明かりが照らしている。

 少々埃っぽい様にも感じるが、牢屋にしては小綺麗であった。


 見張りの姿はなく、牢屋の至る所に魔力を無効化する《アンチ・ストーン》が設置されていて魔力が使えない。だから逃げ出す心配がないと判断されているのだろう。


 ただ、それだけではない。

 リンシアは徐に首へ付けられた魔道具に触れた。引き剥がそうとするもオリハルコンの様に硬く、びくりともしない。



「やっぱり自力では外せないのね」



 ポツリと悲観混じりの独り言を呟いた。

 そのまま堅いベッドの上に横たわり、薄い毛布を掛けた。


 ――早めに寝ましょう。明日もお仕事があるのだから。

 明日のことを考えて、少々憂鬱な気持ちを抱きながらも、自分に出来ること精一杯熟そうと、気持ちを鼓舞するように奮い立たせた。



 ――今どこで何をしているの。会いたいわ。

 そして意中の人を思い浮かべながら瞼を閉じたのだった。







 時は少し遡る。

 手枷(てかせ)を付けられたリンシア、メル、レニ、ガレンの目の前には、6メートル程ある分厚く黒い壁が聳え立っていた。この壁は彼方まで続いており、"黄領"全体を囲っている。



「ちっ、相変わらず目まぐるしい壁だな、おい」



 途中で目を覚ましたガレンが壁を睨みつけながら言い捨てると、仕立てのいい服を着た貴族風の男が背中から蹴りを入れた。



「私語は慎めよカス。本来ならお前のような他領の者は立ち入ることなど出来ない。ランロッド様の命令がなかったらお前も殺してやったのに」


「そりゃあどうも」



 壁に設置された扉をくぐり抜けて"黄領"へ入る。リンシア達の目に入ったのはボロボロの石造りの家が集まった廃村のような場所だった。大きさ的には街とも言えるだろう。浮浪者達がリンシア達を睨みつけるも、貴族風の男を見るやいなや、すぐにどこかへ散っていく。

 壁を1枚隔ててもこれまで見てきたジルムンクと変わりない風景。しかし違うものが一つだけあった。

 それは城があることだ。アンデッド系統の魔物が出没しそうなぐらいの不気味で怪しい城が中心に佇んでいる。そんな不気味さとは裏腹に、建物自体は廃村のものに比べて綺麗であり、おそらく新しく建てられた城なのだとリンシアは思った。



「とっとと進め」



 真っ直ぐと城へ続く道を歩かされる。

 これからどうなってしまうのだろうと色々な思考がリンシアの頭を過った。女だから起こりうる恥辱と屈辱。前にも誘拐されて捕まったことがあるからこそ、その光景が容易に想像出来た。そして周りを歩く不老者達の、リンシアに向ける下賎(げせん)な目がそう語っている。

 クレイは絶対に生きていると信じている。でも今回ばかりは助けてはもらえない。その証拠に手枷をつけられる前、プレゼントとして貰った【メッセージ】や【転移】といった魔法が記憶されたネックレスへ魔力を流しても反応が無かったのだ。



「リンシア様は私が守ります」



 顔を顰めて身震いをしていたリンシアをメルが励ますように声をかけた。護衛とはいえ同性であるメルだって怖いはずなのだ。自分がしっかりしないといけないと改めて気持ちを強く持つ。



「大丈夫よ。ありがとう」



 リンシアは出来る限り自然にニコッと笑顔を向けた。そんなリンシアの気持ちを察してかメルも口元を緩めた。


 しばらく歩いていると城に到着。門が開き、表の入口から通された。

 普通なら牢のある裏側に連れていかれるはずだ。しかし何故、エントランスに案内されたのだろうとガレン以外の一同が疑問に感じるも、答えは出ない。


 薄暗いエントランスは大規模な立食パーティーが開催できるほど広く作られており、奥の壁からは音楽が聴こえてくる。

 壁1枚隔ててもはっきりと聴こえる爆音はリンシアも含め、(みな)聴いたことのない曲調だった。心臓に重く伸し掛かるような低音がドン、ドン、ドンと響いてくる。


 やがて壁の向こう側つ繋がる扉が開き、男が姿を見せた。

 ガタイの良い肩幅に筋肉質な腕。にも関わらず、フリルでブリブリに着飾られ過ぎている女性物のドレスを着用していて、発色が良い黄土色の髪も女性の様に長い。縦に割れたスカートからチラっと見せる(すね)は毛深く、(ほお)から(あご)までヒゲを剃った青い跡が残っている――男であるところの女だった。

 扉が開いた一瞬だけ、壁が振動するような爆音が耳を襲う。



「ランロット様。事前報告は伺ったと思いますが、バロック王国の王族と"蒼領(そうりょう)"のまとめ役であるガレンを捕獲しました」



 貴族風の衣装を纏った男の報告に、リンシアは驚愕した。ランロット――つまりこの目の前にいるこの珍妙な男が"黄領"を統べるリーダーだということなのだ。



「あらぁ、随分と可愛い子を連れてきたじゃなーい」



 ランロットと呼ばれた男はひっくり返ったような野太い声で呟いた。貴族風の男の報告にもリンシアにも見を向けず、レニの事を舐めまわすように覗き込む。



「ひぃぃぃ」



 思わずレニから悲鳴にも似た声が漏れ出した。帝国にもこういう人種がいることは知っていた。だけど初見のうえに、ロックオンしたかのような強烈で熱い眼光を向けられて驚いてしまったのだ。



「反応も(うぶ)で可愛いわねぇん。食べちゃいたいわっ」



 追撃のウインクにより、レニの身体が震え出す。それほどインパクトのある攻撃だった。



「私がバロック王国第1王女である。リンシア・スウェルドン・アイクールです」


「女は私の許可が出るまで黙ってなさい!」



 レニへ向けていた態度とは真逆に、叩きつけるような口調で言い放った。その豹変っぷりにリンシアはビクッと身体を硬直させる。



「これだから女は――あら? あなた面、なかなか整っているわね。私には叶わないけど。それにこっちの女もなかなかだわね」



 分厚い唇に人差し指を()てながら、リンシア、メルを交互に見やる。



「今人手が足りなかったからちょうどよかったわぁん」



 ランロットはそう言いながら、リンシア、メル、レニ、ガレンの首元に無機質な輪っかの魔道具を付けていく。



「やめろ! なんだこれは?」



 即座にガレンが叫ぶと、ランロットは口元を緩めながら説明した。



「この首輪はね、私が魔力を流せば爆発するのよ、ガレンちゃんっ。それに何処にいても私には居場所が伝わるの。だからどこへだって逃げられないわっ」



 周りの不老者達が手枷を外していった。ガレンはすぐさま首輪を引き剥がそうとする。



「ぐっ、硬ぇ……」



 ガレンがそう漏らした時、リンシアの目の前にいたはずのランロットが忽然(こつぜん)と姿を消していた。



「それは特殊な金属で出来ていて外せないのよぉん」



 姿を消したはずのランロットはガレンの背後にいた。そして耳元で優しく囁きながら、ペロっと頬を舐める。



「て、てめぇ――ぐぁぁぁぁぁ!」



 さらには首輪のサイズが縮み、ガレンの首を締め上げる。その魔力に伴って電撃が走ったように体が痺れていき床に膝を付けた。



「そうそう、こういう使い方も出来るから、私に逆らっちゃダメよぉん。まぁその首輪が無くても、貴方達との実力差は歴然なんだけとねぇん」


「はぁはぁ――クソッタレが……」



 息を切らしながら睨みつけるガレンのことをランロットは全く気にする様子もない。



「よくやったわドレイク。そしておめでとう。これであなたは晴れて四天王入りよぉん」


「ありがとうございます。ありがたき幸せ!」


「今晩は私の部屋来なさぁい。いーっぱい可愛がって上げるからねん」


「わかりました」


「もう行っていいわ」


「はっ」



 そう機微返し、ドレイクと呼ばれた貴族風の男は周りの不老者達を連れて城の外へ出ていった。

 そしてこの場にはリンシア達とランロットの5人だけが残る。



「女は4番室。男は2番室に」


「「はっ」」



 ランロットのいきなりの呼びかけに、何処からともなく現れた2人の女性が返事をする。



「「こちらへ」」



 そしてそれぞれがリンシアとメル、レニとガレンの案内を始めた。

 よく見るとその女性達にも同じ首輪が付いていた。



「精々頑張りなさいよん、王女様」



 そう言い捨ててランロットは奥の爆音が飛び交う部屋へ戻って行った。

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