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第121話

「「【絶拳(ぜっけん)】」」



 パッと切り替わった視界にクロは困惑した。

 だけどこの、急に切り替わる様は味わった事のある感覚だった。


 ――また、戻って来ることが出来たんだ。

 何度目かはわからない。だけど再び新しい人生が始まったのだ。ただ不可解な点があるとすれば、戻った時間が短いということ。

 しかしそんなことは関係なかった。戻ってこれたのなら、これから起こる事を未然に防ぐことが出来るのだから――。


 さっき見たばかりの光景を繰り返すように、巨大な隕石に無数の亀裂が入った。やがてバラバラに分解されて無数の岩片が雨のように撒き散らされる。


 ――このあとは反動に耐えきれず、吹き飛ばされるてどうにか着地するんだ。

 そう考えたとおりに、クレイと共に吹き飛ばされたクロはどうにか着地に成功した。

 身体を蝕む倦怠感も同じで、魔力が枯渇したことによって起こるものだった。



「やれば出来るじゃないか」



 直近で聞いたクレイの言葉を聞くより先に、よろけそうになる足へ気力を込めて、クロは走り出した――。

 空間が歪むのが見える。その歪んだ空間から突如現れる光沢の刃。クロは刃から庇うようにクレイを身体ごと押し退けた。


 ――間に合っ……、



「クロっ!」



 クレイの叫び声。それと同時に感じたことのある痛みがクロの身体を支配した。

 その刃はあろう事か背中を突き刺さしていたのだ。


 クレイは即座に魔力を練り上げ、空間の亀裂に向けて【ライトニング】を最大速度で打ち込む。



「ぐっ……」



 背後から悲痛に歪む声が聞こえると、背中に刺さる刃から解放された。

 そのまま剣と共に空間の亀裂は閉じていいく。



「クロ、大丈夫か!」



 すぐにクレイがクロの元へ駆けつけて、身体を支えた。

 身体の自由が効かない。

 大量に流れ出す血が地面を染めていくのが感覚でわかる。

 鉄の味が脳内にまで行き渡るほどの血液が喉から押し寄せて、それを吐き捨てることに抵抗出来ない。


 目を見開きながら表情を歪めているクレイに、クロは口元を緩めて笑みを見せた。



「よかったよ……クレイが助かって」



 喉に突起物があるかのように突っかかり上手く声が出せない。息を吸っても吸っても、常に酸欠状態で朦朧とする意識が解放されることはなかった。



「何を言っている! 今治してやるから待ってろ」



 クレイが魔法を掛けようと、魔力を練り上げた。恐らくは何度も見たことのある上位の回復魔法――【ハイ・ヒール】だ。

 だけど、それではこの傷は治らない。

 そう察したクロは待ったをかける。



「ダメだ……」


「そんなこと言っている場合じゃないだろ」



 怒っているような面持ちでクレイは必死に訴えた。

 だけど【絶拳】で殆どの魔力が消失していたのはわかっていた。そこに【ハイ・ヒール】まで使ったら魔力が枯渇してしまうのだ。



「僕は……助からない」



 自信の体は自分がよくわかっていた。だからこそ、悟ったことを包み隠さず告げる。

 内側から広がってくる禍々しい魔力が身体を侵食していくのがわかったのだ。

 これがあの剣の――効果なのだろうと。



「残りの魔力……あいつを倒すために……使ってくれよ」



 必死に出そうとする声に力を込めることが出来ない。



「お前も助ける。あいつも倒す!」



 ――それは欲張りすぎだよ。

 声に出せない気持ちを伝えるために、クロは笑みを浮かべることしか叶わなかった。



「なんだ、これは……」



 クロの傷口から黒い(もや)のような液体が出始めたのを見て、クレイは瞠若(どうじゃく)する。

 見たことのないその靄は微妙に魔力を帯びていて、生きているかのごとくクロの内側から流れ出していく。



「冷静になれ……」



 睨みつけるように顔を見上げた。

 するとクロを支える手に力を込めてクレイが口を開く。



「――そうだ、お前はまたやり直せるんだろ? だったら戻って来れるはずだ」



 その言葉に答えることが出来なかった。


 何故だろうか。以前までならまた戻れると――またやり直せると思っていた。

 だけど前とは何かが違うような、そんな直感にも似た違和感に苛まれてしまう。

 

 何度もやり直してきた人生で、クロはいつも何のために生きてきたのかを自問していた。

 だからこそ、クロは結論を見出した。



「これが……きっと、最後だ」



 うっすらと見えるクレイの表情は「何故だ」と言いたげであった。


 ――僕のためにそんな悲しい顔をしないでくれよ……。

 だけど、既にクロの視界は真っ白な靄がかかっていて何も見えなくなっていた。



「僕は……きっと…………クレイを守るために生きていたのかもしれない」



 これが導き出した結論だった。


 きっと自分の人生は、君をこの瞬間、守るためにあったのだと――。

 それがきっと何か大切な事に繋がるのではないかと――。


 朦朧と意識を手放しそうになったクロだが、精一杯に心残りを声に乗せて、残りの力を振り絞り、クレイの手を握った。



「妹を――ハクを、頼んだよ」



 ――僕の分も生き抜いてくれよ、クレイ。外の世界で。



「おい、待て――」



 クレイの声を聞き終えるより先に――クロの意識は闇の中へと消えていった。







 たった今、手の中にいた少年の――命の灯火が消えたのがわかった。


 それはこのジルムンクでは何度も目にしたことのある人が死ぬ瞬間。

 しかし、今回は違う。大切な友が――家族が死んだのだ。

 心の底からどうしようもない悲哀感が込み上げてくる。


 戻ってくるだろう――クロは何度もやり直せるのだから。


 そんな期待を片隅で抱いてはいるが、その観測的な希望は自答により否定されてしまう。


 もしもクロが新しい人生をやり直しているのなら既に戻ってきていて、クロが生きている記憶が俺には残るはずなのだ。

 クロが死んでしまった――という事実を今の俺が確認した時点で、それが覆せないこのと証明なのだ。


 つまり、クロはもう――戻ってこない。



「はははっ、ついに逝ったか」



 そんな感情へ横槍を入れるように口ずさむモルガナに、渾身の怒りが内側から沸き起こった。



「お前だけは――殺す」



 そして全身に魔力を纏う。

 だけど感情任せに爆発させた魔力はすぐに枯渇してしまう。

 でもそんなことはどうでも良かった。


 俺なんてどうなってもいいのだ。

 あいつさえ殺せれば――。



「貴様も空前の灯火ではないか」



 モルガナは小馬鹿にするように言い捨てる。そんな態度にも激しい憤怒を抱き、魔力をさらに爆発させる。



 こつん――、と背後から足元を小突かれたような気がした。



 まさかっと思った俺は急いでクロの方へ振り向いた。しかし、クロは目を瞑り、先程と同じように安らかな表情をしている。

 どうやら放たれた魔力の勢いのせいか、腕が崩れて俺の足元へ落ちたようだった。



『冷静になれ』



 途端に、生前に告げてくれたクロの言葉が耳を通ったような気がした。

 直後――クロの亡骸が光を帯び始める。その光は粒子となって宙を舞っていた。



「まさか、発動しているだと!?」



 驚愕に満ちたモルガナの声が聞こえた。

 クロの周りを揺蕩う光の粒子は俺を囲むように渦を巻き――内側へと吸収された。

 途端に枯渇した魔力がほんの少しだけ回復したように感じた。



「クソっ……マーテルの力が……なんてことだ」



 不慮の出来事なのか、モルガナは歯を食いしばりながら瞠若している。

 何を驚いているのかはわからない。だけどこのチャンスは見逃さない。

 

 俺はすかさず地面を蹴った。



「【剛拳(ごうけん)】」



 【自己加速】で距離を詰め、即座に放った拳が肩へ直撃。

 反応は出来たものの、躱しきれなかったようだ。

 バランスを崩しかけているモルガナに身体を下へ回転させながら追撃を放つ。



「ぐっ……」



 モルガナはカウンターにとして剣を横へ振るうが、下へ躱した俺には届かない。

 そのまま後ろに引くように間合いを取ることが精一杯だった。



「はぁ、はぁ――貴様のせいで、俺の計画が台無しだ」


「そんなこと知るか」



 息遣いが少し荒い。おそらくモルガナもあの魔法で相当消費しているようだ。

 かくいう俺も、魔力が微量にしか回復していないので、魔法の無駄打ちは出来ない。

 だけどこの魔力量で十分だった。


 決めるたら――1撃。

 俺は拳を緩めながら右手を胸の位置で前にだし、左手を腰まで下げた。


 そして残りの魔力と気力を右手に――手のひらに――指先に練り上げる。

 薬指と小指を軽く曲げて、残り3本の指へ更に魔力を絞った。


 足先から身体全体を伝うよう指先まで無駄のなく綺麗に魔力が流動する。

 この練り方はクロから学び取ったもの。



「貴様を殺せばなんとかなるのか……」



 何かを思い立ったように独り言を呟くモルガナへ、挑発混じりに口を紡いだ。



「ぶつぶつ言ってないで掛かってこいよ。前人未到が子供に押されてるなんて滑稽だとは思わないか?」


「ふっ、うるさい奴だ。貴様はここで殺すのみ」



 モルガナの剣にも魔力が宿っていくのがわかった。

 あれがただの剣じゃないことはもうわかっている。なにかしらのカラクリがあるのだろう。だが、無駄だという事を思い知らせてやろう。

 次元魔法も、恐らく魔力切れで使えないのだろうが油断はしない。すべての可能性を考えて動く。


「フゥー……」



 ため息――にも似た呼吸を吐き捨てた。

 自分を中心に、半径2メートルの【サーチ】を円形に発動。

 視界と感覚がクリアになっていく。

 全ての動きが視界に入れなくても分かるほどに研ぎ澄まされていった。



「ん? 何やら不穏な気配を感じるな」


「怖いだろ? お前が見たこともない強者が目の前で息をしているのだから」


「はっ吐かせ――」



 すると火山の火口のような風景が歪み、元の教会の景色へ戻されていく。

 そしてモルガナの魔力が目に見えて、刃を渦巻くようにグルグルと回り出した。


 どうやら残りの魔力を全てあの剣につぎ込んでいるらしい。

 モルガナはそのまま、剣を突く体制のまま引き寄せ、構えた。



「貴様は運がいい。神器に匹敵する奥義を見れるのだから」



 そう言いながら、モルガナは【自己加速】を使ったのがわかった。

 つまりそれは移動して放つ技だということである。



「来いよ。それは神器とやらに匹敵するんだろ?」



 刹那――視界から突然消えたように感じる速度で、モルガナが間合いを消し去った。

 だが、尋常じゃない反射速度を持つ俺には見えている。脳内の信号が高速で飛び交う。


 スローモーションのようにモルガナが近づいてくるのがわかった。

 俺の身体を伝う魔力が妙に暖かく、まるで誰かに支えられているような安定感を覚える。


 あと3メートル……2メートル……1メートル……。

 ドリルのように渦巻く魔力を帯びた刃が、俺の張った【サーチ】の中に入った。


 今だ――。


 足に体重を乗せることなくぬるりと滑らせながら前に出る――。

 刃を纏っていた魔力は既に消え失せていた――。

 魔力を練った3本の指をモルガナの懐に添え――。


 俺はクロと共に完成させた対人――それも受け技の奥義を放った。



「【絶勁(ぜっけい)】」



 ――この技は外部に対してダメージを与える【剛】のエネルギーをすべて、内部エネルギーである【柔】に変換して放たれる。


 ――この技は繊細な魔力コントロールによって、範囲内に入った魔力を全て利用することが出来る。


 ――この技を受けた者の魔力制御を破壊して、その破壊された魔力ですら【柔】のエネルギーに変換して上乗せされる。


 つまり、俺と相手の魔力の合計分の【柔】のエネルギーをぶつけるという技なのだ。


 凄まじい――とは言えないが、確実な破壊がモルガナの体を激しく揺らした。

 ゆっくりと進む時間の中で、剣を手放し、目・鼻・口・耳と様々部位から血を吹き出しながら無残に飛ばされていくモルガナの姿が目前に映る。


 どさり、と地面に落ちる鈍い音。そして遅れて甲高い剣が転がる音も鳴り響く。


 確かめるまでもない。モルガナは既に絶命していた。



 ――クロ。


 ――俺は。



 考えないようにしていた感情の高鳴りが現実へと引き戻す。



 我慢しても我慢しても――瞳から溢れ出てくる液体を拭うことなく、俺はただ上を向き、耐えるように目を静かに閉じたのだった。

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