第11話
俺はリルの案内で大浴場に到着し、中に入った。
女湯と男湯の作りは違うらしく、1週間に1度入れ替わるらしい。
入って少し進むと脱衣場に繋がっていた。
「脱衣場も豪華だな」
俺を迎えてくれた脱衣場は白をイメージされており、床はセラミックタイルのような綺麗に加工された石に、所々金色の線が入って出来ている。
脱衣場と大浴場は両開きの敷戸で区切られていて、豪華な作りに感心した。
大浴場の方に人の気配はない。どうやら貸切確定のようだ。
「服を脱ぐか」
服を脱ぎ始めると、入口から気配を感じた。
「~~♪~~♪」
鼻歌が聞こえてくる。
リルはこの時間は入るものはいないと言っていたが……声主は男だ。清掃のおっさんかな?
「まぁいい」
俺は途中だった脱衣の続きを始める。
鼻歌は次第に大きくなっていき、こちらの方に近づいてくる。
そして俺の視野に鼻歌男が入った。
「あれ?この時間に入るやついたのか?貸切だと思ったのによぉ」
鼻歌男は俺に気づき、残念そうに言った。
「それはこっちのセリフだ」
思ったことをそのまま言い返した。
男は俺と同い年ぐらいで、紅蓮のような赤い髪と瞳をしていた。仕立ての良い服を来ていることから貴族の家のものだと思う。
「なんだとぉ! ってか見ない顔だけど、お前誰だよ!」
なんとも貴族らしからぬ言葉遣いに俺は笑みをこぼす。
そしてここではなんと答えるのが正解なのだろうと一瞬考えた。この男がどういう立場なのかによるからだ。
「人に名前を尋ねるときはまず自分からだろう?」
俺は先に情報開示を求めることにした。もっともらしい事を言っているが、貴族に対して先に名乗らないのは無礼になるらしい。でもなんとなく頭が弱そうなのでめんどくさいことにはならないだろうと思った。
「グッ……確かに。俺はヴァン、ヴァン・アウストラ・クロードだ!」
家名がある。やはり貴族の家の者か。
王城いるということは上級貴族、そして王族に近い立場の家のものだろうと推測する。
大浴場は貴族には開放されているという話だが、王城近くに屋敷を構えている上流貴族しか来ないと聞いていたからだ。
「そうか」
俺はヴァンの自己紹介を聞き、再び脱衣を始めた。
「おう!」
ヴァンもそう言って服を脱ぎ始めた。
「って、俺が名乗ったんだからお前も名乗れよ!」
ノリツッコミである。俺の中でヴァンのことをバカ認定した瞬間だった。
「俺はリンシアの友人のクレイだ。理由あって今王城に泊まっている」
「リンシア様の友人?」
ヴァンは考えるように首を傾げた。この男が疑問に感じるところがどこかあっただろうか。
もしかしてリンシアって友達いない系のお姫様なのか?
「それよりもヴァン、出口はあっちだぞ」
「おう、わりーな!」
上裸のヴァンはそう言って出口の方へ向かおうとする。
「って今から風呂に入ろうとしてんのに、なんで戻らないといけないんだよ!」
このコントなかなかクセになるな。
「貸切で入れるところをお前が邪魔して来たんだろう」
「俺だって貸切だと思ってきたんだよ!この時間に入るやつなんていないはずだったのに!」
ヴァンは必死に抗議してくる。
なるほど、こいつはわざわざ時間をずらしてきたということか。
まぁ貸切にこだわることもないし、ついでに浴場内を案内させるか。
「わざわざ時間をずらしてきたお前の言い分はわかった。だが俺は初めて入る大浴場が楽しみなんだ。だがら、施設に詳しいヴァンに大浴場の案内を頼みたい」
凄く無茶苦茶な言い分を試してみた。
「ん~……そうか、わかった。リンシア様の友人だし、俺が案内するよ」
そう言って手を差し出してくる。
なぜ?とは思ったが、無茶苦茶な言い分を通したのだから、それに応じておこう。
「あぁ」
握手を交わしたあと再び服を脱いで行く。
俺は脱ぎ終わった服をまとめたあと仁王立ちで大浴場に繋がる敷戸の入口に立つ。そしてヴァンに声をかけた。
「遅いぞ、早く脱げないのか?」
「待ってくれ、今ちょうど終わった」
そう言って後ろからヴァンが歩いてきて、仁王立ちしている俺の横に立った。
「待たせたな、それじゃあ行く――うわぁ!」
ヴァンが驚愕の声を上げたので俺はヴァンの方を振り向く。
「なななな、なんだその大きさは!」
「えっ?」
「その、クレイは……デ、デカイな」
ヴァンの視線は俺の下半身に向けていた。
そんなヴァンの方に視線を向けると、腰にタオルを巻いていた。
「何を言っている。普通だろ」
「いや、普通ではねぇよ……それは生き物なのか?何かの魔物なのか?」
「失礼なやつだな。そういうお前はどうなんだ?」
「いや、俺は普通だよ?そろそろ行こうぜ!」
話を流すようにとぼけた表情で言ったヴァンは前に進みだす。
なるほどそういうことか。
「お前がわざわざ誰もいない時間を選ぶ理由が、わかったぞ」
「ひ、人が多いのが苦手なんだ……」
振り返ったヴァンの目は泳いでいた。
「そうか、せっかく男同士裸の付き合いだ。タオルという壁があるのは無粋だと思わないか?」
俺は笑顔でヴァンに言った。
「いや?俺はタオルがあった方が落ち着くけどな」
「お前、自信が無いんだな?」
「ぐっ……そ、そんなことないぜ?」
そう言ったヴァンの声は引きつっている。
「なぜ疑問系なんだ。タオルを取ってみろ」
顔のニヤケが止まらず俺は言った。
「こ、今度な!」
「強行手段しかないようだな」
そう言って俺はヴァンの正面へ即座に移動した。
右手を素早く前にだし、タオルを掴もうとしたが、空を掴む。
「よっと!甘いぜ!」
ヴァンは俺の右手を交わして横に移動したのだ。
決して本気で動いた訳では無いが、良い動きをする。なかなか鍛えているようだ。だが――
「甘いのはどっちかな?」
俺は左手に持ったタオルを見せて、ヴァンに言った。
「なっ、いつのまに!?」
ヴァンは自分の下半身を見てタオルがないことを確認した。
「なんて言うか……可愛いな」
俺は率直な感想を失笑気味に言った。
「これはまだ成長途中なんだ!それに大きさで男の価値は決まらない!」
「まぁとりあえず案内してくれるか?」
俺はヴァンの言い訳を流し、タオルを投げた。
投げたタオルをヴァンが受け取る。
「それは余裕か?余裕なのか?ムカつくぅぅぅぅ」
脱衣場でヴァンの悲痛の叫びが響いたのだった。
◇
大浴場はかなり広かった。
基本はセラミックタイルのような石で出来ている床や壁、大きい浴槽の他にも、小さい浴槽がいくつか用意されていた。
感激である。前世よりも文明が進んでいないためシャワーなどはないが、この温泉独特の匂いや湯気がたまらない。
ひとつ文句があるとすれば、露天風呂がないことぐらいか。
「見事な温泉だ」
「どうだ?すごいだろ?」
俺の感想にヴァンが自慢げな顔を向けてくる。
大浴場の浴槽案内を済ませた俺たちは身体を洗い、1番大きな浴槽に入った。
「生き返る」
「王国の大浴場は他の国でも有名なんだぜ」
隣で浸かっていたヴァンが声をかけてきた。
「そうだろうな。想像していたよりも満足だ」
「疲労回復効果があるから、訓練の後とかに入ると最高だぜ」
「そうか」
「クレイはなんで家名を名乗らないんだ?」
話題をいきなり変えてきた。自己紹介の時に名乗らなかったのだからそもそも貴族じゃないと思わなかったのだろうか。
「家名どころか、そもそも俺は貴族ですらないぞ」
「えっそうなのか?」
「あぁ」
「めちゃくちゃ偉そうにしてるじゃないか!俺が名乗った時も動じなかったじゃないか!」
「誰にも媚びないのが俺の生き方でな」
「なんだよそれ!それに……クレイは実力もあるよな?」
ヴァンは少し真剣な表情になる。
正直どこでそう思ったのか不思議なのだが、ジルムンクのことを詮索されるのも嫌なので適当に茶化すことにする。
「ボクヨワイヨ」
「いきなりふざけるなよ……」
流石に適当すぎたと思う。後悔はしていない。
「どうしてそうなる。タオルを取られたことがそんなに悔しいのか?」
「それもあるけど、最初に見たときの立ち振る舞いが強者のそれだと感じた。こう見えても訓練で強者と戦うことは多いからな」
なるほど、立ち振る舞いときたか。
俺は強者オーラは見せたつもりもないし、そんなもので見抜けるものではないと思うが、ヴァンには何か相手の実力を測る才能を持ち合わせているのだろう。
「クレイは騎士を目指していたりするのか?」
「騎士?なんでそんな話になる」
先程より真剣な表情で質問してきたヴァンに対して、質問で返した。
いきなり騎士の話になる意味がわからなかったからだ。
「家名で知っているかもしれないが、
俺はクロード公爵家なんだ。五男だから爵位は継げない。だから聖騎士を目指しているんだ。
それに俺ってバカだから、戦うことでしか自分を示せない。
そう決めた日から毎日訓練をした。剣の才能はあるっぽくて、天才と持て囃された。
模擬戦でも負けることはなくなったし、同世代では1番強いと思った。これから入る学園でも実技では誰にも負けないだろうといろんな騎士に言われた」
なるほど、これから学園に通うところだったのか。だとしたら先ほどの俺の手を躱す動きはかなりの才能である。
ヴァンは少し考えてから言葉を続けた。
「クレイは俺と同い年ぐらいだろ? 油断していたとはいえタオルを取られたのが悔しいんだ!
でも、もっと強くなろうと思った。なんていうかライバルが出来て嬉しいみたいな? それにクレイ、俺が貴族だからって態度を変えないからな!」
ヴァンの表情はどこか嬉しそうだった。
「あいにく俺は国王の病気を治しに来てるだけだ。騎士になるつもりはない」
「国王様の病気って治るのか!?」
ヴァンは立ち上がり、水しぶきを上げた。驚いた表情をしている。
それにしてもこいつは話題をころころ切り替えるな……。
「治るかはわからない。だが最善は尽くす」
「それで王城にいるわけか」
「そうだ」
「国王様のために、俺も協力出来ることがあるかもしれない。なにか手伝えることがあったら言ってくれ」
「あいにくと困っていない。だが何かあったら協力してもらうことにするよ」
貴族家の五男が役に立つ場面が来るかはわからないが、一応味方を作る選択をした。
「おう! ということはクレイには学園に通わないのか?」
残念そうな表情を向けるヴァンに俺は頷いた。
「学園に通う予定はない」
「そうか、残念だ……クレイなら俺と2人で上位を目指せると思ったけど」
「買い被りすぎだ。それにあまり目立ちたくない」
「そうか? 俺は目立ちたいけどな」
「バカだからだろう」
「バカっていうな! 確かに勉強は出来ないけど!」
「それよりそろそろ出よう。のぼせるぞ」
「そうだな」
そう言って俺たちは浴槽を出て脱衣場に向かう。
「進む道は違うかもしれないけど、俺たちはライバルだからな」
「なぜそうなる」
「同世代で、強いから!」
理由が単細胞すぎる。
「だからこれから競い合ってこう!」
国王の問題が終わったら別の国に行く予定ではあるが、こういうノリも悪くはない。
「まずは俺の1勝か」
「さっきのタオルのことか? あれはノーカンだ!」
「いや?」
俺はそう言ってヴァンの下半身に目線を送る。
「大きさだ」
「それもノーカンだぁぁぁ」
再び脱衣場でヴァンの叫び声が響いたのだった。
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