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第118話

 実験を始めてから6日が過ぎていた。近場の洞穴を簡易的な実験スペースにして、病の現況であるウイルスを殺す魔法の開発に勤しむ。


 基本的な魔法とは属性魔力と256桁の数字で構成されていて、その魔力を外へ出すことによりその数字で定義されている魔法が発動する。

 だから俺はその数値を変えることで新たな効果のある魔法を生み出そうとしているのだ。そしてどういうわけか、俺以外その数値を見ることが出来ないらしい。



「薬がもうないんだ……完成しそうか?」



 同じ事を繰り返すだけなので、基本的には1人で実験を行っていることが多かっただが、薬が切れた不安からかクロが深刻な面持ちで実験スペースへやってきて問いかけてくる。



「もうすぐだ――【キュア】」



 改良に選んだ魔法は状態異常回復に使う【キュア】。

 256桁という数字を調べていたら途方もない日数がかかるしまうので、ある程度ヤマを張って魔法の効果を確かめている。

 その際にミクロ単位の小さなウイルスでも視認することの出来る【顕微眼(マイクロスコープ)】を開発して、ハクの唾液から摂取(せっしゅ)したウイルスが死滅(しめつ)するかを調べているのだ。


 今しがた放った【キュア】で【顕微眼(マイクロスコープ)】に写った10万のウイルスは、わずか10数匹程度まで消滅しているのを確認する。

 どうやら薬の効果と同じ魔法の開発に成功したらしい。



「完成だ」


「本当か!? 早速明日頼むぞ――」



 次の日、俺はクロと共にハクの側まで行くと、人見知りなのかハクは薄い掛け布団で顔半分を隠すように覆った。

 あれから薬を毎日飲んでいたおかげでハクの容態は良くなっている。今では歩けるほどに回復していて、食事も普通に取っている。

 まぁ歩かせるなんてことをクロが許すわけがないのだが。



「ハク、大丈夫だからな。クレイ、頼むぞ」



 その掛け声に俺は無言で頷くと、ハクの表情はニコッと笑顔になった。



「クロ兄が信じている……クレイさんを信じる」



 その2人のやりとりに内心で思わず微笑んでしまう俺がいた。こちらの世界に来てからゲインのせいで忘れかけていた兄妹の絆を感じたからだ。



「いくぞ」



 ハクが頷いて目を瞑ると、俺は人体の微細(びさい)な熱を視認することの出来る魔法――【暗視眼(ナイトスコープ)】を発動。

 暗闇から身を守るために改良した魔法がここで役に立つとは当時の俺も思うまい。


 それから大きく深呼吸――初めて誰かを救うために、自分の魔法を改良して使う事から出てくる恐れを鎮めるためである。



「【キュア】」



 そして魔法を発動させた。【暗視眼(ナイトスコープ)】でハクの全身を観察する。

 しばらく観察しているとハクの熱量が薬を飲んだ時と同じような動きを見せた。



「口を開けてくれ」


「おい、そういう行為はまだ早い――ぐへっ」



 クロを小突きながら俺は【顕微眼(マイクロスコープ)】を発動。

 ハクの唾液に含まれるウイルス量も明らかに激減しているのを確認した。

 それのせいか顔色も先程より明るい。



「身体はどうだ?」



 俺の質問にハクは目を見開いて嬉しそうに答える。



「薬のときよりも身体が楽になったよ! 今なら空も飛べそう」


「……そうか。成功だ」


「ありがとうクレイ! 本当にありがとう!」



 その言葉を聞いたクロは飛び上がり、涙を流しそうな勢いの歓喜の表情を向ける。

 そんな様子に嘆息し、俺は口元を緩めた。どうやら殻を打ち破る事が出来たようだった。



――



 それから2週間の治療の末、ハクの病は無事に完治した。クロとハクには感謝され、その日を境に3人で一緒にいる機会が多くなっていった。



「クレイ、今日は【ヘル・ウルフ】を狩りに行かないか?」


「何のためにだ。【ヘル・ウルフ】ってアンデット系統の魔物だろ。腕試しってことか?」


「食用だよ。実は美味しかったりしないかな?」


「クロ兄……あれは不味そうだよ」


「そうかなぁ……塩っけがあって美味いと思うんだけどな」


「塩っけは腐ってるからだろ――」



 ハクは控えめな性格で、いつもクロに付いて歩く少女だった。

 そして前世での俺と沙奈の関係を彷彿とさせるような、兄妹以上の絆もうっすらと感じる。



――



「――まだまだ甘いな」


「くそぉ、やっぱり勝てない。どうしてだ!? 僕の方が何倍も鍛錬してるのに!」


「お前はいつもそれを言うが、たった3年しか離れてないだろ。俺だって物心ついた時から鍛えている」


「3年って結構離れてるけどな!?」



 俺とクロは毎日鍛錬をしてお互いの長所を伸ばしあっていった。時には浮浪者達から食料や物資を奪い、魔物を狩り、鍛錬をして飯を食べる。



「私も……鍛錬する。クロ兄を守れるぐらいに」


「ハクは無理しなくていいんだぞ! 僕がどんな屈強な筋肉ダルマからも守ってやるから!」


「嫌っ! 私も鍛える!」



 ハクもクロに習ってか強くなろうと鍛錬に参加した。魔力量がクロよりも多く、魔法の才能があったようなので、長所を伸ばしながら武術を極めていく。

 まぁ流石に兄だけあって、ハクが魔法をどんなに駆使しても、いつもクロが勝っていたが――。



――



 こうして月日が流れ、2年が経過した。

 俺達は根城を引越し、クロと最初に出会った屋敷を拠点している。

 ゲインの根城へもたまに顔を出すが、たまにしか姿を見ることがなかった。顔を合わせる度にゲインは組手を仕掛けてくるのだが、最初こそ圧倒的だったゲインの攻撃も当たることがなくなり、日に日に自分が強くなっているのを実感した。

 この調子ならゲインを超えることも不可能ではないかもしれないと思い始めていた。


 そんなある日、新しい根城で焚き火のような熱を放つ魔石を真ん中に囲いながら3人でいつものように食事をとっていると、唐突にクロが口を開いた。



「クレイ、僕が成人したらこのジルムンクを3人で出ないか?」



 ハクは俺と同い年なので10歳、クロが13歳になっていて、この世界の成人が15歳なのであと2年後ということになる。



「どうした急に」


「僕は今日まで生きてこれたことがとてつもなく嬉しいんだ」



 質問の答えになっていないのは今更始まったことではないが、その言葉には感情が込められているような気がした。



「答えになってないぞ。だが何をしてでも生き残れ――ゲインに教わった最初の教えだったな」


「ゲイン――」



 あれからクロもちょくちょくと顔を合わせる機会があるが、ゲインがどうやら苦手らしかった。

 そんなクロの様子を察してか、ハクは笑顔で問いかけた。


「それよりも……もし、ここから出たらどこ行きたいの?」


「んー、北部以外かな?」


「大雑把すぎだろ」



 いつもの調子でおチャラけるクロに横槍を入れる。



「クレイは行きたいところあるのかよ? 北部以外で」


「そうだな……強いて言うならバロック王国の王都を見てみたい」



 バロック王国は俺が生まれたと思われる国であり、もしかしたら家族がいて俺の素性が知れるかもしれないと考えたからだ。

 まぁ両親がいたところで今更興味がある訳でもないが、もしも――妹がいたとしたら会ってみたい。期待はしていないが。



「王都は西だよな――いいね! 冒険者になれば魔物退治でお金が貰えるかもしれないな! 飯も美味そうだし」



 ――冒険者か。

 妹の沙奈はそういう小説を好んで読んでいたな。今、俺がそんな世界にいると知ったら羨ましがるだろうか。というか俺のいない世界で元気でやっているだろうか。もしも、俺と沙奈の立場が逆だったら――。



「どうした? 顔色悪いぞ。トイレなら僕が掃除したばかりなんだから綺麗に使ってくれよな」



 一瞬ゾッとするような思考に苛まれ、その先を深く考えることが出来なかった。

 それが表情に出ていたのか、クロが心配そうに伺ってくる。



「トイレはいい。ちなみに今日掃除したの俺だからな?」


「あれっそうだっけ?」


「むむぅ、2人は……仲いいよね」



 ハクはそんな俺達のやり取りを羨ましそうに睨んで頬を膨らませる。



「僕はハクがナンバー1だよ」


「私もクロ兄がナンバー1だよ!」


「はいはい」



 そんあ2人の交わし文句もいつもの事なので適当に流しながら俺は立ち上がった。



「どこ行くんだ?」


「ちょっと外の空気を浴びにな――」


「ふーん、気をつけてな」



 外に出ると、満天の星空が俺を迎えてくれた。といっても見慣れてしまった光景なので感動は起こらない。周りに気配がないことを確認した後、最近の特等席である川辺にある岩の上でくつろぎながら月を見ていた。

 川から流れてくる涼やかな風が全身を通り抜ける。食事をとった後の火照った身体には心地よかった。



「――クロか」


「やっぱり気づかれたな」



 見慣れた気配を感じたので声を掛けると、クロが頭を掻きながら顔を出した。

 気配を消すのはこのジルムンクでは当たり前の事であり、絶対だ。だからこそ、気配を読み取る技も鍛えなければならない。



「この前戦ったモヒカン野郎には気づかれなかったんだけどな」


「自分を自分と認識したときにも気配は出てしまうものだ。それを閉ざさないと完全には消せない」



 ゲインの受け売りではあるが。



「それってかなり難しいな。つまりは自分すらも騙せって言っているようなものじゃないか」



 そう言いながらクロは俺の隣に座り込む。

 川から流れてきた風に当たりながらしばらくの無言が続いた。



「何をしてでも生き残れ――」



 ふと、クロは先程俺から出た言葉をボソッと復唱する。



「僕はそうは思わないな」


「何故だ?」


「僕はハクのためだったら自らの命を絶ってもいいと思っているからだな」


「……そうか」



 遠くの景色を見据えながら真剣に呟くクロの言葉に、俺は忘れかけていた感覚が蘇る。それは圧倒的な強者であるゲインに厳しく訓練されたことで忘れていた――大切な人を守るという感情だった。


 そもそも妹を守るために俺は自分の命を捨てて来たのにな。その感情を忘れかけるとは相当ゲインに怯えていたらしい。



「クレイは僕がどうしてこのジルムンクにいるのか気にならないのか?」



 自然と口元が緩んでいた俺に、クロが話題を変えて問いかけてきた。



「気にはなる。だが無理やり聞く必要はないと思っていたが」


「クレイは優しいんだな」


「めんどくさかっただけだ」


「これは誰にも言うつもりはなかったんだ――だけどクレイには特別に話すよ。僕が過ごしてきた長い長い人生を」


「長い人生?」


「僕はここから遠く離れたところにある、今は亡き国――聖卿国(せいきょうこく)の第1王子として生まれたんだ」

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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