第117話
「キュアでは癒せないウイルス性の病を治す薬を持っているな?」
開口一番、俺は悠々と鎮座しているゲインに対して、細かい話しを省略し、薬を持っているかの有無を確認した。
ここはゲインの根城。俺はクロ、ガレンと共にゲインの部屋に足を運んでいた。
"紅領"のリーダーであるモルガナからの情報により、薬はエルフ族と取引の出来る"蒼領"のリーダーが扱っているとのこと。そしてその"蒼領"のリーダーはゲインである事が判明した。
同じ"蒼領"を根城にしているガレンの話しによると普段ゲインは姿を見せない事が多いため、その間はガレン自信が"蒼領"を仕切っている形を取っているらしい。
ゲインの強さを知っていればリーダーというポジションにも納得は出来る。だが自ら上に立っているとはな。どちらかといえば影でこそこそ動くタイプに思えるからだ。
そして"紅領"から"蒼領"に向かう際、間にあるゲインの根城にいるのではないか? と確認の意味を込めて寄ってみれば案の定いたわけなのだ。
「おいっ、なんて口聞いてんだよ」
背後に待機していたガレンが喫驚な声を上げる。しかしゲインは何事もなく、クロ、ガレンと順に視線を移動させ、一瞬口元を緩める。その様子は何かを見定めたようにも取れた。
「ガレンよ、メダルはまだ持っているか?」
「ぎ、ぎくぅぅ!」
突然された質問にガレンはわかりやすく動揺する。後ろめたい答えしか持ち合わせていないとはいえ、もう少し誤魔化しようがあるだろう。
「奪われたのか?」
「は、はい」
「誰にだ?」
「モ、モルガナだ」
「――そうか。まぁいい」
少し間が開いたようだが、興味を失った様に話を流す。
ガレンの言うとおりで大切なものでもないらしい。
「薬に関してだが、条件次第だ」
そして話しを戻したゲインはいつものように圧倒的な存在感を放ちながら短く告げた。どうやら取引をする気はあるようで、俺は胸を撫で下ろす。
「条件とは?」
「薬を欲しているのはお前じゃないだろ? クレイ」
ゲインが重い声色で問いかける。不思議と背後からオーラが出ていると錯覚するほどの圧迫感を感じた。
「ぼ、僕が必要なん――です」
その圧迫感に充てられてか、普段は使わない敬語でクロが怯えるように声を上げた。ゲインはそんなクロの様子を観察するように見据え、手を軽く上げた。
すると横の空間に穴が開き、白の液体が入った瓶がフワッと出てきて机に着地した。
「これは【キュア】でも治せない病に効く万能薬。定期的に飲ませれば、基本的な病を収める事のできる代物だ」
クロは鋭い視線で机に置かれた瓶を見つめる。その後ゴクリと唾を飲んだ。
「定期的――これで何回分なんだ?」
もし肺炎であるなら薬は定期的に摂取しないと治らない病だ。だから最低でも2週間分は欲しい。
「7回」
「出来ればもう1本欲しい」
「生憎、今はこれしかない」
それでは完治させることができない。ウイルスを殺しきらなければ増殖して再び同じ症状に苛まれてしまう。
「これを元に、自分でなんとかしたらどうだ? コソコソと実験をしているのだから」
ゲインの指摘に俺は内心動転した。本気の殺し合いをしたあの日から、俺は魔法というものを理解し、その魔法をより良いものに改良しようと実験を繰り返していたのだ。
敢えてゲインのいないときを狙ってやっていたのだが、どうやらバレていたらしい。まぁ隠しているつもりもなかったが。
そしてその実験の甲斐あってか、今までにない便利な魔法を少しずつ編み出すことに成功したのだが、それは全て戦闘用に作ったものなのである。
苦しむハクの容態を見たときに【キュア】を改良すればもしかしたらウイルスを殺す特効薬のような魔法を作れるかもしれないと思いつつ踏み切れなかったのには理由があった。
失敗を恐れたのだ。俺は一度見たものを再現することが出来るが、人の命が掛かった状況で見ていないものを再現する事を自然と避けていたらしい。
「そう――だな」
俺が歯切れ悪く返事をすると、ゲインはそんな心の内側なんてお見通しのように目を見据えてきた。
「まぁいい。取引を始める前に、部外者は出ていけ」
「なに?」
薬を必要としているのはクロであり、部外者とは俺とガレンの事を指しているのだ。
言われてみればそうなのだが、部外者と指摘されてカチンとくるものがある。
「おいクレイ、行くぞ。ボスの言う通りだ」
動こうとしない俺を見たガレンは慌てた様子で腕を引き、小屋の外へ引っ張っていく。
「安心してくれ。大丈夫だ」
クロは笑みを浮かべながら俺に告げて、扉を閉めたのだった。
――
―
30分ほど経過した。すると小屋の扉が再び開き、中からクロが薬の入った瓶を持って出てきた。
外傷がないのところを見ると何もされなかったらしい。
「無事だったようだな」
「まぁ、ギリギリ?」
ギリギリか。見た感じクロの表情は固くない。一体取引はどんな内容だったのだろうか。
「なんの話しをしたんだ?」
「いや、特には……ちょっと僕の過去の話に関してちょっとな。その情報提供だ」
何やら言いにくそうに顔を顰めるクロ。まだ子供にも関わらず何故ジルムンクで暮らすことになったのか、どこから来たのか、その経緯や理由に関しては俺も気になっていた部分はある。
「そうか」
だが無理やり問いただすことはしない。誰にでも聞かれたくないことはあるのだから。
「ちなみに貞操は守ったぞ?」
一体何の話をしているんだこいつは。
「じゃあ俺は根城に戻る。なんかあったら助けてくれよな」
それからガレンと別れた俺達は地中にあるクロの根城へ向かった。
「クロ兄――おかえり――」
到着すると俺たちの気配に気づいてか、目を覚ましたハクはゼェゼェと息を切らしながら出迎えの言葉を掛ける。
「ただいまハク。あぁ、可哀想に」
クロ即座に駆け寄り、ハクの様子を確認した。そして瓶を取り出し俺の方を向く。
「クレイ、これを普通に飲ませればいいんだよな?」
「そうだ。一口な」
俺が頷くと、クロはコップを取り出して一杯分を注いだ。
「ゆっくりでいいからな。ゆっくりで」
それからハクの身体を支えながら、ゆっくりと口に流し込んでいく。
飲み終えたハクはニッコリと笑みを浮かべて、再び横になった。
「これで治るのか?」
「断定はできないが、その薬以外にも、十分な睡眠と栄養、そして水分を取らないといけない。あと――この穴蔵からは1度出した方がいい」
大抵の病は空気の綺麗な場所での治療が好ましい。
「肉はたくさんあるぞ! でも外にか……」
渋るようにクロは俯いた。こんな地中で暮らしている理由はハクを守るためなのだろう。
「お前が守ればいいだろ。それに――」
何故か一瞬言葉が詰まってしまう。胸の内側からモヤモヤとしたあまり感じたことのない感情が湧き上がったからだ。これから告げる言葉に恥じらいを感じているらしい。だが不思議と悪い気分ではない。
「治療が終わるまでは俺も付き添う」
「本当か? ありがとう! クレイって見た目に寄らず優しいのな」
「一言余計だ」
パチンとクロの頭目掛けてデコピンを放つと「いてっ」っと言って頭を抑えた。
クロは感情表現が豊かなようだ。
「ゴホッゴホッ! ゴホッゴホッ! ―――ハァハァ――エホッエホッ!」
すると突然、ハクが口を抑えながらこれまでのものとは比べ物にならない激しい咳をし始めた。
「ハク、どうした!?」
「やはりか――」
「おいクレイ、どうなってんだ!」
この現象は身体に潜んだウイルスが薬に殺されるのを拒んで暴走している証なのだ。
「安心しろ。これは薬が効いているということだ。病の正体が9割り方特定出来た。この病は肺炎だ」
「肺炎?」
「あぁ――まぁウイルスが肺を蝕んでいく病だ」
「なるほど……よくわからない。本当に大丈夫なのか? 治るのか?」
この病を完治させるために必要な工程は基本的にウイルスを殺すことなのだ。
この薬は見た感じ効果が強いが、ウイルスを完全消滅させるまでは2週間は与え続けなくてはならないだろう。
しかし薬はあと6日分。その残り日数はゲインが告げた通り俺の魔法で補うしかない。
「治る。いや、治す」
どうやら俺も殻を破らないといけないらしい。まだ不完全な魔法改良を俺がどうにか完成させる他ないようだな。
「信じてるぞ」
俺の決意を感じたのか、クロは真剣な面持ちで呟いた。
やってやれないことは無い。今世でも俺は天才なのだから。
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