第116話
すみません……もう少しサクサク進めるように頑張ります。
「なぁ、お前等はなんでモルガナに会いに行くんだよ」
「薬が必要なんだ」
案内役として先頭を歩いていたガレンのふとした疑問隣を歩くクロが真剣な面持ちで答えた。
「薬? 病気なのか?」
「いや、僕の身内だな」
「それでわざわざモルガナなんかの所に行こうとしてんのか。難儀だねぇ」
「大切で可愛い身内なんだ」
「なるほどねぇ」
本当にふとした疑問だったのだろうガレンは世間話をするように興味無さげな受け答えをした。
「ところでさっきのメダルだが、元々お前の所有物なのか?」
話が終わったと判断した俺は話題を切り替える。
俺が記憶を取り戻した時、ズボンのポケットにペンダントが入っていたのだが、ガレンの持っていたメダルと同じような紋章が書いてあったのだ。
出生に対してそこまで興味がある訳でもないが、もしかしたら何かわかるかもしれない。
「あれはうちのボスが預けてくれた物でな。バロック王国の王家に伝わるメダルらしく、売れば10億Bはくだらねーらしい」
Bとは確かこの世界の共通通貨の単位だったな。取引の際にパン1つが100Bと聞いたことがあるので日本円と同じ価値として考えている。まぁ俺は使ったことがないわけだけど。
それよりも、あの紋章が王家に伝わるものであるなら俺は王国で生まれたということになる。それがどういう経緯でこんなスラム街に辿り着くのだろうか。
「ボスとは"蒼領"のリーダーということでいいのか?」
「おうよ。俺も訓練してボスのように強くなる予定だ」
「そうか」
いずれは王国にも行ってみるとしよう。
新たに手に入れた情報を頭の隅に仕舞いながら目の前に見える屋敷――というよりは教会のような大きな建造物を見やった。
「あれがモルガナの今の根城だ」
「なんの気配も感じないが?」
自信満々に言い張るガレンへ疑い混じりに伺った。
辺りを見渡すも、見張りの人っ子一人いない。それどころか中に人の気配すら感じなかったのだ。
「あの建物には気配を消す細工がしてあんだ。今いるかはわからねーが、根城であることは確かだぜ」
ガレンはそう言いながら教会を睨みつけている。他領だからか好意的には思っていないようだ。
「それより、俺はここまででいいか?」
「ついて行ってくれないのかよおっさん」
クロの言葉に渋い表情を作るガレン。
「あいつには会いたくねーな」
「怖いんだろ」
ヘラヘラといつもの様に笑いながらガレンの事を茶化すクロ。
「お前等は会ったことがないからわからないだろうが、あいつは化け物なんだよ。俺はまだ死にたくねー」
「話が通じない奴なのか?」
それならそもそも取引すらままならない。
「利があることならな。頭はいいんだ。だけど基本的には強情で強欲な奴だよ」
「なら問題ない。元々案内という約束だからな。ここまででいい」
「お、おう。クレイはガキの癖に達観してるなぁ。一体どんな経験を積んできたんだよ」
少々気まずそうに受け答えるガレン。
元々18年生きて来たわけだが、ここに生まれ変わってからの人生が壮絶過ぎたのは確かだな。ゲインの野郎のせいだが。
そんなガレンの様子をクロはじとーっと横目で見つめた。
「あー、クソっ。わかったよ。俺もついて行ってやるよ。ガキが2人で行くのに俺がむざむざと逃げ帰ったなんて恥ずかしいからな」
「おっさんなかなか話がわかるじゃんか」
クロは陽気に、頭を掻きむしっているガレンへ笑いかける。
こんな見た目ではあるが意外と面倒見のいいタイプなのだろう。
「なら行くぞ」
そんな2人のやり取りを耳で流しつつ俺は教会の入口へ向かった。「まてよ」と言いながら2人も続く。
ノックや声をかける事もぜずに俺は扉を押して開けた。その直後、中から2つの気配を感じ始める。
「誰だ? 俺の根城に土足で入った愚か者は」
真ん中は人の通れる道になっていて、教会のようにいくつもの長椅子が左右に配置されていた。奥にはボロボロになった神を象った巨大な像があり、その断片に悠々と胡座をかく男がこちらを睨みつけて呟く。
刺々しい赤い短髪。腰には剣をぶら下げて動きやすそうな黒い鎧を装備しており、赤いピアスを付けていた。
「あらっ、お客さんが来るなら言ってよぉ。今日はすっぴんなんだからぁ」
もうひとつの気配が前へ歩きながら姿を見せる。見た目は40歳ぐらいの胸板が分厚いおっさんだが、全体がピンクのヒラヒラのついた女性ものの服をきていた。
これはいわゆるオネエ系というやつだろう。恐らくは――男だ。
「やべぇ、オカマって初めて見たよ僕」
後から感嘆にも似たクロの声が聞こえた。
「きゃっ初めてを奪っちゃったっ! しかも子供じゃなーい。子供は大好きよ私ぃ」
そんなクロにオネエのおっさんはウインクと投げキッスを送る。
「さ、寒気が……」
「随分余裕そうだな」
そんなふざけた会話を往来させていると、赤毛の男が殺気を放ち始めた。その殺気による威圧は風のように全身を通り抜けていく。
「もぉー、モルちゃんすぐ怒るんだらっ」
「お前はもう帰れ。用は済んだだろ」
「えぇー……この子達を独り占めする気じゃないでしょーねー」
それに対しての答えはなかった。モルちゃんと呼ばれた男は無言で睨みつける。
「短気なんだからっ。おじゃま虫は退散しまーす」
オネエのおっさんはゴツイ身体に似合わず、手をぶりっ子のように振りながら華奢に歩き去っていく。そして去り際に――。
「生きてたら、私とも遊びましょっ」
唇をすぼめてウインクをしながら扉の外へ出ていった。
「やばい、僕あの人苦手かもしれない」
ボソッと呟くクロに同意の意を称えたかったが、赤毛の男の殺気がそうはさせてくれなかった。
よそ見をしたら斬りかかってきそうな勢いを感じる。
「さっきのオカマは知らねーが、あの赤毛がモルガナだ」
ガレンは俺に聞こえるような声音で独り言のように囁く。
やはりリーダーはその辺の雑魚とは違うようだな。
「俺達は取引しに来たんだ」
「ほぉ、俺の殺気に臆さないか。しかも――まだ子供か」
感心しているのか、笑みを浮かべるモルガナ。ふと俺の後ろに視線を移した。
「よく見ればお前――ガレンじゃないか。ついに"蒼領"を追い出されたか?」
「お、俺は付き添いだ。このガキ共のな。出来れば取引してやってほしい」
ガレンの声色に震えている。
「興ざめだ。こんな子供と取引をしてなんの利がある――ママゴトをしたいなら他を当たれ」
そう言いながら欠伸をするモルガナ。周りを覆ってた重い空気がフワッと軽くなっていく。
「く、薬を貰いたいんだ」
だけどここまで来て諦めるわけにはいかないと、クロが必死に声を上げた。
「見逃してやると伝えたつもりだが?」
再び――いや、先程よりも重い空気が辺りを覆った。その空気を感じてか、ガレンは焦ったように身振りを動かしている。
「帰る、すぐ帰るから、今日のところは俺に免じて許してやってくれ!」
「お前も落ちぶれたものだ――」
しかし――その声は後ろから聞こえた。
目の前に鎮座していたモルガナの姿はいつの間にか消えている。
モルガナは後ろに移動している事を確認した俺は瞬時に振り向く――ガレンへ斬りかかっているところだった。
俺は即座にガレンを蹴り飛ばし、その斬撃を空振りさせる。
「ぐほっ」
「――なにっ?」
訝しげに眉を寄せながらゆっくりと剣をしまうモルガナ。危うくガレンが真っ二つになるところだ。
「面白い子供だ。その辺の哀れな雑草とは違うようだ――ん?」
モルガナが地面を注視する。そこにはメダルがあり、どうやらガレンを蹴り飛ばしたときに落としてしまったようだ。
「このメダルは――薬と言ったな。いいだろう、このメダルに免じてお前らに情報をやろう」
落ちているメダルを懐に忍ばせながらモルガナは告げた。
それは一方的な情報とメダルの取引ということになる。
そしてゆっくりと歩を進め、再び断片の上に膝を立てて鎮座した。そんな様子に苛立ちを覚えたのかクロが口を開く。
「おい、そのメダルは――」
「いや、いい。それで頼む」
だがそれをすぐにガレンが遮った。
「物分かりがいい。特別に命も見逃してやろう」
どうやら元々殺す気だったらしい。この傲慢な態度に少々苛立ちを覚えたが、今は話の腰を折る時ではない。
「どのポーションを求めているのかにもよるが、ある程度上位に位置する代物や、病に聞くものはエルフの里から流れてくる。それはエルフの里で取れる特殊な薬草が必要だからだ」
そして淡々と語りだした。モルガナの中で取引は成立しているらしい。
取引を成立させる権限を持っているのは強者の方だ。それほどの自信があるということなのだろう。
「つまり、ここにはないということか?」
「ない。だがエルフの里と交流出来るものがいる。俺はそいつと取引をして手に入れているんだ」
「そいつは誰なんだ?」
モルガナはガレンに対して指差した。
「そこで無様に地面を這っているガレンを含めた"蒼領"をまとめているリーダーだ」
「えっ? ボスが?」
意外だったのか、ガレンは面食らったように目を見開いている。
「以上だ。俺の機嫌を損なわないうちに帰れ」
「あ、あぁ。感謝する」
そう言ってガレンは俺とクロの手を引いて元来た入口に引き返す。
「その態度を改めなければ次は迷わず殺す。覚えておけよ」
これは俺やクロに言っているのだろう。
そんなモルガナの言葉を流しつつ、教会の外へ出る。
「メダルはよかったのか?」
「あれでよかったんだ。じゃなきゃ3人とも死んでた」
「その時は僕が返り討ちにしてた」
「馬鹿野郎、お前みたいなチンチクリンがあの化け物に勝てるわけないだろ!」
後ろに回られた時、気配ごと消えていたように思える。魔法というのはわかるのだが、どうやら俺ではまだ真似が出来ないらしい。
「それに、ボスが俺に渡すぐらいだからそんなに大切なものじゃないんだろう」
それはどういう意味で捉えればいいのだろう。自分のことを侮辱しているようにも感じるんだが。
とりあえず話を進めよう。
「それで、これから"蒼領"に向かうわけだが、そのボスとやらにはすぐ会えるのか?」
「あぁ、多分……」
「歯切れが悪いな。一体どんな奴なんだ?」
「僕も気になるな。"蒼領"のリーダーの情報はあまり出回らないんだ」
「名前はゲイン。ボスはとにかく強くて、敵に回しちゃいけねー男だ」
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