第115話
"紅領"はジルムンクの西に存在するエリアで、俺の暮らす根城とあまり変わらない無法地帯である。
頭角を表した者がいれば普通、そいつを中心に秩序が生まれるものなのだが、モルガナはあまり誰かと組みたがらないせいで基本的には自由だという。
ただ、モルガナという名前は広く知れ渡っており、絶対に逆らってはいけないというのが"紅領"のルールらしい。
「こっちだ」
"紅領"の地形にも詳しいということで、クロの案内のもと進んでいく。
街――と呼ぶにはボロボロすぎる寂れた廃村のような場所で、昔は活気が溢れていたと思わせるような広い街道に面していた。
「気づいているか?」
すると振り向かずにクロが問いかけてきた。
「気配のことか? 7人いるな」
もちろん気づいている。
この廃村に入った時から視線を感じるのだ。
襲いに来るわけでもなく、じっと観察して視線。
「えっ、7人? 2人じゃ……おおう、僕だってわかってたぜ」
絶対にわかってなかっただろう。
手前2人、奥に2人、関係ない場所に3人だ。手前の2人は俺達と関係ない3人を見ていて、奥の2人はそれを含めて全体を観察しているような感じだ。つまり俺達を含めて4グループいることになる。
「やるか?」
「俺達含めて4グループもいるんだ。こっちから仕掛けて無駄な体力を使いたくない」
「そ、そうか」
これからリーダー格に会いにいくのだからそれなりに体力は残しておきたい。
ゲインよりも――強いなんてことはないだろうが、それなりの強者と戦うかもしれないのだから。
「んー」
「どうした?」
急に止まったかと思えば顎に手を添えて考える素振りを見せるクロ。
「こっち――いや、こっちだ」
「まてまて、場所はわかってるんだよな?」
その不穏な発言に待ったをかける。
「行ったことないからわからないんだ。方角はなんとなくわかるんだがな」
「えっ」
衝撃の事実に言葉を失ってしまった。
さっきまでめちゃめちゃ知ってる風だったじゃないか。
「お前……わかってなかったのか?」
「そ、そんなことないぞ? "紅領"にだってたどり着いたか」
それぐらいはわかってもらわなくては困る。
さてどうしよう、このままでは日が暮れてしまう。
「やめてください、その子だけはっ!」
すると争っているような物音と、女性の声が聞こえて来た。
どうやら3人の気配があったグループのようだが、まさか女だったとは。
様々な事情を抱えて集まってくる故に、このジルムンクにもちろん女もいるのだが、生き抜くのが難しい。能力がない者はより強い男に媚びるか、身を売って凌ぐのだとゲインは言っていた。
「クレイ、あっちだ」
首を突っ込む気満々かよ。
心の中でツッコミを入れつつ声の方向へ動き出したクロの後を追った。
奥の廃墟に到着すると、大男が女と言い争っているようだった。その女の子供だろうか、年端も行かない少女が大男に腕を掴まれている。
「うるせぇ、なら俺のメダルを返せこのクソアマ!」
大男は小柄な少女の首元を掴み、謙る女性を睨みつけながら叫んでいる。
クロは走りながら魔力を拳に宿した。
「先手必勝だ!」
「まじか……」
そのまま大男の顔面目掛けて拳を放つクロ。
唐突な戦闘開始の合図だった。
「なんだ!?」
不意打ちに近い攻撃――にも関わらず大男はそれを躱す。
「きゃっ」
大男は手を離し、少女を開放した。
「おいおい、邪魔すんじゃねーっよ!」
そう叫びながら大男は地面を殴ると、丸い棍棒のような岩が地中から生えてきて、クロを襲った。クロは手をクロスにしてガードしたのだが、吹き飛ばされる。あれは地属性の魔法。
「ぐへっ」
「全く――」
俺は少々呆れながらも大地を蹴る。大男との間合いを一気に詰めた。
「【剛拳】」
「おっ?」
大男の頭にヒットするも、寸前で身を引いて衝撃を緩和させている。
だがバランスを崩したようで後ろ向きに倒れていく。
俺はそのままの勢いで大男と同じように地面を殴った。
「ぐあっ」
今しがたこの大男が使っていた地属性魔法を使い、丸い棍棒のようなものを背中に直撃させたのだ。
倒れる勢いと相俟って、大男の意識を刈り取ることに成功した。
「はははっ、流石クレイ!」
地面に転げ落ちていたクロが身を起こしながらながら笑っている。
ははは、じゃないだろ。
「あ、ありがとうございます!」
女は頭を下げながら、お礼を言う。
「いや、気にするな」
そう言いつつ倒れた大男を見やる。
「クレイっ!」
いきなりクロが慌てて名前を叫んだ。
次の瞬間、その女は隠し持っていたナイフを懐目掛けて一刺ししてきたのだ。
「やはりか」
ナイフが懐に届くことはなかった。指と指の間に挟み、寸前のところで止めたのだ。
女は目を見開き狼狽え始める。
「あぁなんで――お、お許しください何でもします」
そして許しを乞うために頭を地面な擦り付けながら謝罪。逃げるという選択肢は取らなかったようだ。
「こいつが言っていたメダルはどこだ?」
「そんなものは知らないです」
「だせ」
仄かに殺気を込めながら声に重みを付けて投げかける。
「こ、これです」
震える手で女はポケットからメダルを取り出し、目の前に置いた。
見覚えのない銀色のメダルだった。
「とっとと失せろ」
俺の言葉にビクッと身を振るわせた女は急いで立ち上がり、少女に合図をして離れていく。
そんな女の後を付いていく少女はこちらをチラッと見やり――。
「ありがとう」
小声で呟き立ち去っていった。
「いやぁ、あぶなかったな」
頭をボリボリ掻きながらヘラヘラと笑いながら歩み寄るクロ。
「馬鹿者、元はと言えばお前が特攻したせいだろう」
「ごめんごめん、でもあの女の豹変っぷりもなかなか凄かったな」
「生きるために必死なのだろう」
あの女は俺達が少年だということもあり、勝てると見込んで隙を狙ったのだ――もちろん殺すつもりで。
それだけあの女性も必死に子供を守ろうとしたのだろう。
「新しい教訓が出来たな。それで――」
そう言いながらクロの彷徨う視線は倒れている大男の方へ。
「こいつはどうする?」
「放っておいていいとは思うが、その前に――」
続いて俺も視線を別の方向へ移動させる。先程から俺達を手前で見張っていた男が1人、ニヤニヤとした表情で歩み寄ってきていた。
「クククッ、ガキがよく頑張ったな。お遊戯の時間は終わり。そのメダルを寄越せ」
「今度は俺にやらしてくれよな」
クロは口元を緩ませてながら【自己加速】を発動。勢いよく地面を蹴り、男との間合いを詰める。
「わかってんだよ!」
男はタイミングを合わせてナイフを振るが、同時にクロも身を屈めてそれを躱した。
なかなかの反射速度である。
「鍛え方が違うんだ」
クロはそのまま滑り込み足払い。男は一瞬、宙を舞う。
「【柔拳】」
そのまま体を回転させて跳躍したクロは、男を地面に叩きつけるように殴り飛ばした。
「ごわっ」
男の口元から血潮が吹き出す。
死んではいない――気を失っているだけか。
「なかなかやるじゃないか」
「ちゃんと肉を食べてるからな」
肉を食べているからなんなのだろう。
「っつ――おっ、ここは――」
大男がタイミング良く目を覚ました。
次から次へと――。
だけどいつの間にか俺達を見張っていた気配も遠のいている。
大男は俺達を見るなり眉間に皺を寄せて立ち上がった。
「なんで俺は倒れてる? あの女はどこだ!」
「倒れてたおっさんを襲おうとしたこの男を俺達がやったんだよ」
そんな誤魔化しが通用するはずがないだろう。
俺達はこいつを襲っているのだぞ。
「おっ? そうなのか? それは礼を言わなくちゃいけねぇな」
クロの言葉に大男は顔を頬を緩ませる。
通用するのかよ。
「ん? お前は――思い出したぞ、俺のこと襲ったのはお前らじゃねーか!」
気づくのが遅い。
「だったらなんだと言うんだ?」
俺は唇を綻ばせて見下すように見据えた。
「見た目と違ってなかなかやるようだな。さっきは油断したが――ってそのメダルは俺のじゃねぇか」
「あの女から奪ったんだ。だからこれはもう俺のものだが?」
「さっきから聞いてりゃガキの分際で! 俺を誰だと思ってる!」
――
―
「あ、謝るから。こ、殺さないで」
動けなくなり、ボコボコになった大柄の男は地面を這いずりながら喚き叫ぶ。
大柄の割には素晴らしい動きだったので少し手こずったのも否めない。
「お前に聞きたいことがあるんだ」
「な、なんだ? なんでも聞いてくれ」
「モルガナの居場所はわかるか?」
「えっ、モルガナの!?」
「ん?」
その反応にはなんとなく違和感を覚える。
「も、もちろんわかるぜ。案内してやるよ」
「本当にわかるのか?」
「わ、わかるぜ」
「"紅領"の人間でもないのにか?」
「……気づいてたのか」
"紅領"の人間ならモルガナに敬称を付けるだろう。だがこいつの態度からはモルガナに対して経緯を感じない。
「確かに俺は"蒼領"を根城にしてる。だが、モルガナの場所がわかるのも事実だ」
嘘を言っているというわけでも無さそうだ。
「いいだろう。案内してくれ」
そう言って俺はメダルを大男の手元に弾く。
「いいのか?」
「大切なものなのだろ? 取引だ。案内しろ」
「ありがたい。名前なんてーんだ? 俺はガレンだ」
「僕はクロ、好きな食べ物は干し肉だ」
俺よりも先にクロが名乗る。
「俺はクレイ」
一時はどうなるかと思ったが、これでモルガナの元へは行けそうだ。
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