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第113話

 それから数ヶ月が経過した。

 俺は食料の入った袋を担ぎながらある場所に向かって歩いていた。

 ふと――空を見上げる。この世界では明かりが少ない。だから必然的に星々が綺麗な輝きを見せる。


 ――妹とこんな景色を共有したかった。


 そんなことを考えつつ、もう片方の手でゲインに刺されたお腹を擦った。既に完治していて傷跡ひとつない。だけど思い出す刺された痛みと――超えた一線。


 一線を越えた日の夜は静かなものだった。

 最初こそ抱いた罪悪感も今はどこかへ消えてしまっていて、当たり前のように眠りつく。

 既に克服して慣れてしまったのだろう。だとしたら便利ではあるが、孤独な才能なのだ。


 あの日からゲインは家を空けることが多くなっていた。たまに帰ってきたかと思えば俺を嬲ってどこかへ去る。

 だけどそれで良かった。ゲインから盗める技は盗み出し、それを扱うための身体を作る。

 体力・魔力を鍛え、剣を振るい、拳を突き出す。

 そして鍛錬に欠かせないのは経験だ――。



「貴様は何者だ?」



 ある場所――ボロボロの洋館に到着すると、見張りらしき男が声をかけてくる。

 男は俺の姿を見下すように視線を下げている。



「取引をしに来た」


「子供が来る場所じゃない。見逃してやるから帰れ」


「食料がある」



 担いでいた袋の中身を男に見せる。乾燥させたグリフト・ベアの肉を大量に入れていた。



「――それを先に言え」



 パシッと俺の手元から袋を取り、中身をシゲシゲと確認した。



「もう行っていいぞ」



 そして男は素知らぬ顔でシッシ、と厄介者扱いするように追い払う。だが袋は男の手の中だ。



「返してもらおうか」


「何言ってるんだ。ここがどんな場所かわかっているだろ?」



 ごもっともな意見である。袋を奪われた瞬間から既にそれは男の物なのだ。



「そうだな――」



 そう言いながら俺は男の脚を蹴りあげた。

 大したことのない威力ではあるが、男を転ばせるには充分だった。



「なっ――」



 そのまま転んだ男の腕を掴み、肩の関節を外す。



「いててててててっ!」



 そして男の髪を掴み、喉元に手を添えて目を合わせる。



「取引だ」


「――なんの騒ぎだっ」



 だけど屋敷の中から声が聞こえる。気配はこの男含めて9人。

 ワラワラと入口に群がってきた。



「おい、このガキを殺ってくれっ」


「おらぁぁ」



 俺を見るなり大きなハンマーを振り下ろしてくる。

 その威力だと俺を含めてこの男も潰れるのだが――。


 俺は【自己加速】を発動していたので難なくそれを躱した。

 あの日――初めての対人で得た経験は俺にたくさんの事を教えてくれたのだ。



「ぐぇっ」



 案の定、ハンマーに見張りの男は潰されていた。

 おそらく即死だろう。

 躱した威力をそのまま利用してハンマー男の首元を気力の纏った【剛脚】で蹴り飛ばした。



「ぐふっ」



 曲がらない方向へ首を回したハンマー男――そのまま倒れていく。



「てめぇっ」



 追撃の斬撃――剣を持った男が俺に斬り掛かって来た。俺はそれを避けることが出来ずに背中に受けた。



「おい、何笑ってやがるんだ?」



 武器を構えた無法者達が残り7人、俺を囲むように配置する。

 俺はそんな状況に思わず笑みが零していたようだ。



「かかってこいよ」



 その様子に苛立ちを顕にした男達は一斉に武器を振るのだった――。



――



「まだやるのか?」


「ひぃ……」



 地面を這いずる男は1人。周りには8人の亡骸。



「な、なんでその傷で立てるんだよ……なんで笑ってられるんだよ」



 男は声色を震わせながら後ずさっている。

 確かに今の俺は刺傷、切り傷が無数についている。貫通した刃物だってあるだろう。

 だけど――。



「即死さえしなければ、なんとでもなる」



 俺はゲインに刺されたときに学んだのだ。どんな傷でも急所さえ外れてれば即死しない。そしてこの世界には回復魔法という便利なものがあり、それを行使すれば止血出来るし、神経が切れても戻せるのだ。



「ばばば、化け物が」


「お前は俺を殺そうとしたよな?」


「そ、そうだが、間違いだったんだ。許してくれ」


「ダメだな。お前は人数を揃えて復讐に来るだろう。だから今のうちに芽は潰しておく」


「そ、そんな――」



 冷たく遇いながら俺は最後の1人を手に掛ける。

 これが俺の経験だった。100日の訓練よりも1日の実戦とはよく言ったもので、本気の殺し合いは多くのものを学ばせてくれる。この戦闘でも新しい技を習得出来た。

 だから俺は片っ端から周りに喧嘩を売って、実践を積み重ねる日々を送っていた。


 そんなある日――。

 俺が男たちから奪った屋敷で寛いでいると、近ずいてくる気配を感じた。


 その気配はそのまま入口の前で止まり、コンコンとリズム良くノックの音を鳴らす。

 ドアを開けるると、少年が焦った様子で息を切らしていた。この世界に来てからあまり見ない黒髪で、俺よりも年上――10歳ぐらいの少年だった。



「はぁ、はぁ……ジョーズはいるか?」



 ジョーズとは誰だろう――もしかしてこの屋敷を根城にしていたあいつらのうち1人だろうか。



「ジョーズはいない」


「なにっ? というかお前は誰だ。いつもの見張りは?」



 なんと言うべきか迷う問いかけに、俺は正直に話すことにした。その方が面白そうだと感じたからだ。



「俺が殺した」


「なにっ!?」



 途端に殺気を放つ少年。汚れた服からはこのジルムンクに長くいた事が見受けられる。ということは普通の少年のはずがない。何か生きる手段を持ち合わせているということだ。



「代わりに俺が相手するが?」


「子供が、舐めるなっ!」



 お前も子供だろう――と言う前に、少年はドアごと俺を巻き込む形で蹴り飛ばした。

 そのまま体を回転させて殴りかかって来る。

 甘んじて俺はそれを受けることにした。だけど感じたことのない痛みが脳を揺らす。



「これは――」


「効いてない? そんなはずない。確かに……」


「鍛え方が違うんだ」



 口元を綻ばせる俺に、少年も目付きを変える。

 その痛みはすぐに対応したが、視界は若干ゆらゆらと揺れていた。



「僕もお前の何倍も鍛えている」



 少年の足元から綺麗に制御された渦を巻くような気力が噴き出してくる。体から溢れる魔力と合わさって拳へ纏いついていった。



「【自己加速】」



 そして俺の視界から姿を消した。だけど溢れる魔力によって気配が探知しやすい。



「後ろだろ?」



 物凄い速度で向かってくる気配に回し蹴りを放つと、少年は両手でガードしながら俺の懐へ潜り込んできた。



「【雷華(らいか)――】」



 バチバチと雷が通る音が少年の拳から聞こえる。俺は向かってくる拳を当たる寸前でズラした。



「【柔拳(じゅうけん)】」



 真っ直ぐと放たれた魔力の波動が身体を通り抜けた。

 それだけではない。その魔力が内側の細胞を揺らし、壊しているのを感じる。


 俺は吹き飛ばされた勢いで距離を取るが、喉から口にかけて鉄の味を感じる。



「ぺっ――」



 口元から血液が流れ出す。

 外傷もないのに刺されたような内蔵の痛み――なるほど、あの技は内側へ作用するのか。



「外した? だとしてもなんで立ってられるんだ」



「鍛え方が――違うんでな」



 俺は半分魔力を消費して【ハイ・ヒール】を使った。流石にこのダメージは大きすぎると判断したのだ。

 それと同時に油断した自分にも、久しく感じなかった死の予感にも腹が立った。



「回復魔法だと!?」


「【自己加速】」



 次は俺が姿を消す番だった。

 少年の技によって出来た距離を一瞬でつめて最速で拳を放つ。



「ぐえっ……」



 俺と同じように口から血を吐き出した少年はその場に崩れ落ちた。



「その……技は僕の……」


「終わりだ」



 拳に魔力を滾らせながら、仰向けで倒れている少年を見下ろす。



「頼むっ……僕を殺さないで欲しい」


「ここは弱肉強食。わかってて手を出したんだろ」


「先に手を出したことは……ぐふっ……謝る。僕は薬を……取引しに来たんだ」


「薬?」



 薬――この世界には回復や状態異常を治す魔法があるのだが、万能ではない。病気やウイルスなどには作用しない場合があるのだ。

 薬が欲しいということは、この少年は何かしらの病にかかっているのだろうか。



「そうだ……家族が病気なんだ……頼むよ」



 少年の必死に訴える眼差しを俺は見据えた。

 こういう状況は今までもあった。追い詰められた物は平気で嘘をついて生き延びようとする。この前のやつは「親友のために」と言いながら、油断した俺の首元を刺そうとしてきていた。

 今回もその類なのではないだろうか。



「ジョーズは……薬の取引を生業にしている奴らに詳しい……だからここに来たんだ」



 嘘を言っているようには見えない――が。



「……なら取引だ。これをお前にやる。だから……妹に……病気の妹の元に……薬を届けてくれないだろうか」



 少年はポケットから何やらコインを出して俺に差し出した。

 生を諦めるには充分な目をしている。

 だけど最後の希望をと、俺を頼っているのだ。その願いは妹への薬の提供。



「【ハイ・ヒール】」



 そんな少年に向けて俺は回復魔法を使った。



「えっ……どうして」



 内傷を癒した少年は目を見開き俺を見つめた。



「妹のためなのだろ?」


「――あぁ」


「ならお前も生きていた方が都合がいい」


「ありがとう――ありがとう――」



 少年の紫色の瞳からは透明な雫が流れていのが見えた。

 俺は少年の言葉を信じることにしたのだった。

ご愛読、ブックマーク等ありがとうございます。

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