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第112話

「はっ……?」



 お腹に空いた風穴から血液がゆっくりと流れ出し地面を染めていく中、突然発せられたゲインの取引内容に俺は耳を疑った。

 今、俺を殺せと言ったのか?



「へへっ、そんなことでいいのか?」



 ツリ目男はニヤリと口元を緩ませながら俺に向けて視線を送った。

 


「そうだ。だがもう1つ――殺せなかった場合はお前を殺す」


「おい……マジかよ」



 ツリ目男の表情が歪む。



「出来ないのか?」


「こんな死にかけのガキ殺すぐらいならわけねぇさ。いきなり殺すと言われて驚いただけだ」



 首を振りながら慌てて否定するツリ目男にゲインは――。



「ならやれ」



 冷たくあしらうように命令口調で告げた。

 それに対して「あぁ」っと短い返事をしたツリ目の男は、俺の方を向き直り先程の動揺を隠すように笑った。



「悪く思わないでくれよ?」



 この男は殺し慣れている。

 先程の笑顔を見て俺は確信していた。子供を殺すということに何のためらいもない表情だったのだ。

 ツリ目男は懐から小さいナイフのようなものを1本取り出して握り、足から腕にかけてゆっくりと、渦を巻くように気力を纏わせ始めた。

 その精度と練度に「この男は強い」と感覚が告げている。



「やるしかないようだな」



 俺は考えを切り替えて戦う決断を即座に行った。お腹の抉るような痛みを我慢しつつ、短剣を構えて立ち上がった。

 血を流しすぎたせいで頭がクラクラする。


 ――まずは止血だ。

 俺は【ヒール】を発動させ、流れ出る血を止める。だが全回復には至らない。

 光属性魔法の中でも回復魔法の系統は回復力に伴いそれなりの魔力を消費する。ゲインはあろう事か、腹を突き刺したときに俺の魔力を半分以上も吸い取っていったのだった。

 この男と戦うための魔力は残しておかなければならない。今の俺の魔力ではそれが限界だ。



「ふっ」



 ゲインはそんな俺の様子に口元を緩めた。

 おそらく試しているのだ俺が――人を殺せるかを。



――



 それは先日の夜での会話のこと、ゲインは唐突に俺へ問いかけてきた。



「お前は死にたいか?」


「いや、死にたくない」



 俺は即座に頭を振った。



「ではお前は何故生きる」



 この質問に俺はどう答えるべきか頭を悩ませた。そもそも俺は何のために生きているのだろうか。考えても答えは見つからない。

 だけど死にたい訳ではない。



「わからないな」


「誰しも死ぬことを良しとはしない。そのため当たり前のように生を全うするだろう。だがここでそれは通用しない」


「ここでは?」


「お前が殺されそうになり、そいつを殺さねば生きれないと悟った時、そのときはどうする?」


「それは……」


「迷うな。殺せ」



 いつものように冷めた言葉でゲインは告げた。



「何をしてでも生き伸びることが重要だと知れ。甘い考えは捨てろ」



 俺は言葉を失った。確かにここ――この世界で生き残るには命あるものを奪う決断は必要だ。わかってはいるのたが――。



「人の欲望から来る感情は生きることの活力となる」



 ゲインはまたも唐突に話を切り替えた。

 確かに殆どの人は目的を持ったり、楽しいと思うだけで、生きたいと思うだろう。



「何もそれは快心だけではない。負の感情――復讐心や憎悪、妬みもまた生きる活力となる。それはときに希望にすらなり、生きる目的を生むのだ」



 確かに逆境があったからこそ成功する例も多い。



「お前がその目的のために生き伸びたいと思ったのなら、生きるために人を殺めることに躊躇などしないだろう」



――



 感情を支配しろと言っておきながら、感情により生きろというゲイン。

 今俺はこの男を殺してでも生き延びたい目的は何なのだろう。

 だけど手加減なんて出来ない。殺らなければ俺が殺される。



「くたばれ!」



 1歩――ツリ目男はたった1歩で俺との間合いを消し去り、首元目掛けてナイフを振るった。


 ――反射速度なら負けない。


 俺は瞬時にそのナイフを避け、短剣でカウンターを放つ。



「ぐっ……」



 だけど攻撃を受けたのは俺の方だった。ツリ目男の足のつま先が傷口のある腹部にめり込んでいたのだ。

 思わず胃液をぶちまけそうになるのを堪えるが、剣を手放してしまう。



「ひゅー、1発目を躱すのかよ」



 ツリ目男は感心しながらも間合いを手放してはくれない。倒れかけた俺に連続で攻撃を仕掛けてくる。

 ナイフでの攻撃は躱しているのだが、追撃で蹴りと拳が俺を襲う。



「おらおらおら、とっととくたばれよ」



 乱打を受ける中、俺は魔力を手に纏わせる。


 ――今だ。


 ツリ目男の攻撃のタイミングで俺は飛び上がり、ナイフを持つ腕にしがみつく。そのまま身体全体の力を利用して男の腕を折った。



「ぐぁぁぁぁっ!」



 ツリ目男は痛みに叫んだ。腕は曲がらない方向に曲がっている。だけどぐるっと身体を一回転させ、俺のことを地面に叩きつけたのだ。

 さらには全力に近い蹴りを腹部に受けて飛ばされた。



「――の野郎っ」



 ツリ目男は怒りに満ちた目を向けている。

 吹き飛ばされた俺は血を吐き捨てながらも着地。



「何を遊んでいる?」



 その声が聞こえると同時に、悪寒がこの場を支配したのがわかった。声の正体はゲイン。それは俺にではなくツリ目男に向けてのものだった。



「い、いや――」



 <グシャッ>と音が聞こえたのがわかった。先程まで後ろで見ていたもう1人の――ツリ目男と共にいた傷だらけの男の胴体が真っ二つに切り裂かれた。



「お前もこうなりたいか?」


「な、なりたくない!」


「なら本気で殺せ」


「わ、わかった!」



 恐怖による支配。これもまた相手の生きたいという目的を作っているのだろうか。



「クレイ」



 唐突に話を振られた俺は返事をすることが出来なかった。


 ――生きたければ殺せ。

 ゲインはそう言っているのだ。



「我に集いで光の加護を――【ヒール】」



 ツリ目男は魔法を発動。それにより曲がった腕は元通りになる。



「もう油断しない。本気で行かせてもらう」



 目付きが変わった。それだけじゃない、身体から魔力が溢れ出てきて、気力と合わさっていく。


 ――投擲。

 そう思ったと同時にナイフが顔めがけて飛んできた。



「――――地の加護を【ロックガスト】」



 そして足元が少しだけ、ボコリとへこんだ。

 それにより足を踏み外す形となった俺はナイフを躱す動作が遅れてしまう。だから身体を全力で回転させて直撃を避けようとするが、ナイフは肩に刺さってしまう。



「死ね死ね死ね死ね!」



 すぐにツリ目男が目の前に現れ、魔力を纏った拳で連続で攻撃を放ってきた。

 一撃でも頭部に受ければ頭蓋骨は粉砕されるほどの威力――体制を立て直した俺はその連撃を寸前で躱し続けた。


 俺は命を狙われていてまだ、この男を殺めることを躊躇しているのだろうか。あろう事か無力化する方法を無意識に探っていたのだ。



「あめぇよガキがっ!」



 ツリ目男が回転したかと思いきや、肩に激痛が走る。

 俺が躱せないタイミングから回し蹴りを放たれたのだ。しかも肩刺さったナイフを奥に突き刺す形で。



「ぐっ」



 吹き飛ばされながらも受け身を取り着地した。

 これまた味わったことのない類の激痛が肩をおそうが、俺は口元を誇ろせてながらツリ目男を見据える。



「それだけか?」



 痛がる姿を相手に見せてはいけない。

 だけどそうも言ってられない状況だ。

 やはり甘い考えを捨てなければこの世界では生き残れないのだ。


 俺が生きたい理由とはなんなんだろうか。

 前世では紗奈が俺の全てだったんだ。でもその妹を置いて俺は死んでしまった。そんな俺の第2の人生――。



 すると――男の後ろで悠々と腕を組んでいるゲインの姿が目に入った。

 その様子を見た直後、俺の内面に感情が芽生えたのがわかった。それはゲインへの憎悪と怒り。


 あったではないか。

 俺はあいつに勝ちたいんだ。


 前世では、何をやっても勝てる自信があった。それはスポーツも勉強もゲームも仕事も、全てにおいてそう感じていた。だけどこの世界に来て初めて勝てないと思わされた存在――それがゲインだった。


 ――そもそもこの状況はあいつが作ったものじゃないか。


 だけどそんなゲインに俺は認められたいとも思っているのかもしれない。

 だからこそまずは、これを生き残らなくてはならない。この男を殺して――。


 俺は魔力と気力を手の平に集めた。



「何笑ってんだよ!」



 すかさず距離を詰めてくるツリ目。

 俺の顔面目掛けて拳がクリーンヒット――骨が砕ける音と共に俺は仰向けに倒れ込む。


「ふふっ、終わりだ――」



 ツリ目男は笑みを浮かべながら、トドメの拳を放倒れこむ俺に向けて力いっぱい放った。



「――お前がな」



 全力の拳を躱した俺はそう言いながらツリ目男の首元を掴んだ。


 そしてありったけの魔力を込めて――グシャリと握り潰す。

 首が抉り取られ、白目を向けたツリ目はゆっくりと、硬い地面へ倒れ込んだ。



「人は何かを達成する瞬間もまた、隙が出来るんだっけ?」



 俺は座りながらもゲインに向けて笑みを浮かべて言い放った。



「わかってるじゃないか」



 ゲインは口元を緩ませる。その日初めて笑ったようにも思えた。

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