第108話
話し合いの末にジルムンクの統治をすることになったのだが、その為には達成しなければならないことがあった。
それは現在区分されているジルムンクの3勢力――"蒼領"・"紅領"・"黄領"を制圧することだ。"蒼領"に至ってはガレンの説得により浮浪者達を納得させることが出来た。あの戦闘を見せていた事が大きかったようで、大半の者が俺に頭を下げている。
残るは"紅領"と"黄領"――制圧の案として1番手っ取り早いのはトップを仕切るリーダー格を力でねじ伏せればいいということだった。
話し合いが通じる相手であれば武力を行使する必要もないのだが、ここはジルムンク。何をするにも争いは付きまとう。だからまず、どちらを制圧すべきかという問題になったのだ。
そしてガレンの提案もあり、"黄領"から制圧することに決まった。理由は今、争いにより人員をむやみに減らしたくなからである。
"黄領"を仕切るリーダーであるランロットは排外主義者で、外との交流をあまり取らないらしい。だからこちらから手を出さなければ争うことがないので、少ない争いで制圧出来るのではないかと考えたのだ。
逆に"紅領"に至っては最近リーダーが変わったらしく、荒れに荒れているという。
さらにはガレンも出くわした事がなく、情報がない。恐らくはジルムンクのルール通りの武力主義者で、何かこちらからアクションを起こせば間違いなく争いが起こる。
故に俺達は現在、徒歩で"黄領"へ向かっていた。
メンバーは俺、リンシア、リル、メル、レニ、にガレンの6人。
他のメンバーには待機してもらうことにしていた。
「普段は敢えて通らない道なんだが、クレイがいるとこんなにも通りやすくなるとはな」
ガレンはそう言いながら愉快に笑いながら堂々と先頭を進んでいく。
こいつはこいつで今の状況を楽しんでいるようにも見える。
「ようやくリンシア様のために頭角を見せるときが来ましたか。三下」
すると背後から毒舌が聞こえてくる。
「俺が三下ならお前は何者だよ」
この聞き覚えのある毒舌の正体はリルであった。
振り向かずに受け答えをすると、リルは俺の隣に並んで歩き始める。
「一下ぐらいですね」
「それ数字を変えればいいってことじゃないからな?」
「数字の問題ではなく、私がクレイ様よりも上って事が言いたいのです」
リルは悪戯っぽく笑みを浮かべながら胸を張った。
そんなリルをしげしげと観察しながら俺は眉を寄せる。
「ほぉ、上にねぇ――俺の何がお前に劣っていると?」
「それはリンシア様のメイドとしてのスキルです」
「本業をもち出すなよ……」
いくらなんでも本業を持ち出されれば現在の経験値的に俺のほうが劣っている。
さらに「リンシアの」と付けられてしまえば長年付き添っている者の方が主人への理解度があるので軍配が上がるに決まっているのだ。
「ふふふっ。あとは胸の大きさです」
「それは同じじゃん」
「はぁ?」
俺の即答に対してリルは敬語を忘れるほどに目を見開いた。
こんな生意気な毒舌女でも、女の子であることには変わりないので悪かったとは思っている。だがここは引かない。
「お前はどの角度から見てもまな板だろ」
「真逆です。どちらかというとギリ巨乳です。というか大きすぎて困っているんですよ。あぁ肩こるなぁ」
頻りに肩を押さえて腕を回し始めるリル。
「あからさますぎるだろ……」
「見たことのないクレイ様にはわからないでしょうが、私は着痩せするタイプなんです」
「そのメイド服、寸法がピッタリな気がするぞ?」
「信じてませんね。しょうがない。ここで脱ぎますので見ててください」
「それは止めてくれ。なんか俺が脱がせてる変態みたいだろ」
「それは正しい変態です」
どういう変態だ。
「まぁお前もこれから成長するだろうから元気だせ」
俺は敢えて穏やかな笑みで声をかける。
「ぐぬぬ……私が貧乳ということで話が進んでいますね」
「昔こんな言葉を聞いたことがある。貧乳はステータスだと。だからお前のまな板も何かしらの特化した才能なんだぞ」
「――誰ですか、そのポジティブなようで現実逃避してる言葉を作った奴は」
俺も知らない。ティアラから聞いた言葉なので好きだった作品からの引用だろう。どちらにせよ前世での話しである。
「まぁいいでしょう。それよりも私自身がリンシア様のメイドということに関しては誰にも負けるつもりはありません」
「いきなりそこに戻るのかよ」
「だから聞きますが、クレイ様はリンシア様のことをどう思っているんでしょうか?」
リルは急にすました顔で質問をぶつけてくる。
どういう意図なのだろうか。
「どう、というのは?」
「言葉通りの意味ですが、簡潔的に言うならリンシア様のことを女性としてどう思っているのかということです」
女性として――つまり男女の関係としてどう思っているのかという事だ。
リンシアは守りたい大切な存在だと思っている。が――。
「魅力的な女性だとは思うが、そういう感情は――ないな」
「歯切れが悪いですね。ならリンシア様が他の誰かと婚約してもいいと?」
リンシアは王女であり、いずれは誰かと婚約するだろう。だがそれを嫌だと感じる俺もいる。これは保護欲なのか、それとも独占欲なのか。
後者なら女性として好意を持っているという可能性があるのだが、前者なら妹としてということになる。
俺にはティアラという愛する女性がいる。それで尚、他の女性に好意を向けるというのは裏切りだ。
だけどなんとなくこの事象にティアラも気づいているのではないだろうか。ティアラは頻繁にスキンシップを取ってくるが、それ以上の過激な行為を求めようとはしない。逆に何かを企んでいるという線も否めないが――。
「どうしたんですか? 黙りこくって」
思考を回していると、リルがジト目で俺を睨んできた。
俺は慌てることなく冷静にリルの目を見据えた。
「守りたい大切な人ではあるが――女性としては見ていない」
「――はぁ。今はそれでいいですよ。リンシア様を悲しませるようなことはしないでくださいね」
リルは「今は」というところを強調して言った。
今はということに関しては正しいのでスルーすることにした。
「俺だって悲しませたくはない」
「もし悲しませる事があれば屋敷の温泉を巨大な岩で沈めます」
「それは止めろよ? マジで――」
「なんの話をしているんですか?」
俺とリルが話している内容が気になったのか、リンシアが後ろから声を掛けてきた。
表情から察するに会話の内容は聞かれていない。
「リルがまな板だなって話だ」
「クレイ様が小さいという話です」
そんな話は1ミリも出ていない。こいつはいきなり何を言い出すのだろうか。
「小さい?」
リンシアは首を傾げながら疑問を浮かべている。
何もわかっていないという様子だ。
「ははっ、見たことない癖に何を言っているんだ」
「見なくてもわかります。その辺に落ちてる貧相な小枝のような細さなのでしょうきっと」
「そんな奴いねーよ……」
ふと、大浴場でのヴァンの事が頭を過ったのは気のせいだろう。
「……私は混ざらない方が良かったですね」
話に入れないリンシアがシュンと落ち込みながら呟く。
その動作に心が痛んだ。
「そんなことないです。クレイ様がリンシア様の事を命に変えても守りたいと思っているという話です」
「ええっ!?」
リンシアは驚くように口を手で抑えながら声を荒げる。
誤魔化すかと思いきや、突然の手のひら返しをするリル。
「おい、何言ってやがる」
「事実でしょう」
「事実ではあるが……」
「お前ら話が弾んでるのはいいが、もう"黄領"に入ってんだからな?」
ガレンが呆れながら注意を促す。
それと同時に遠くから人の気配を感じた。
「そうだな――北側から人の気配だ。こちらに近寄ってきている」
人数は8人――そのうち1人はガレン以上に魔力を保持している。
「俺には感じねーぞ。人数は?」
「8人。避けるか?」
「いや、"黄領"の奴らなら好都合だろ」
ガレンはニヤケながら拳をポキポキと鳴らしている。好戦的な対応ではあったが、俺もそれには賛成だ。今は少しでも多くの情報を集めたいのだが、それには実際に"黄領"の奴と接触するのが手っ取り早いからである。
気配は次第に近づいてきて、見えるほどの距離となった。
8人のうち7人は"蒼領"にいたような浮浪者達と同じ格好をしているが、1人は貴族が着るような仕立ての良い服を着ている。
「お前達は何者だ?」
どうやら言葉は通じるらしい。
仕立ての良い服を着た男が睨みながら声を掛けてくる。
「俺は"蒼領"を仕切っているガレンだ」
「ほう、お前が"蒼領"のトップか。じゃあ後ろにいる者達は配下か? 見た目からしてそうは見えないな」
仕立ての良い服を着た男はガレンという名前に怯むことなく、口元を緩めながら問いかけてくる。俺も含めて皆ラバール商会のブランド服を着ているため、ジルムンクの者ではないということに気づかれたのだろう。
「おい、お前死にてーようだ――いてっ」
男の態度に腹を立てていたガレンに対して、俺は腰に強力なデコピンを放つ。
「"黄領"のリーダーであるランロットに会いたいのだが、どうだろう」
「ランロット様に? お前達のようなよそ者が何用でだ?」
やはり"黄領"の者か。
「話し合いがしたくてな」
「くくくっ、それは無理だな。お前達はここで死ぬのだから」
男はそう言って右手を開きながら軽く上げる。それを合図に他の7人が散会し、配置についた。
戦闘陣形なのだろう、やる気満々のようだ。
「話が早くて助かるぜ」
ガレンが笑いながら気力を纏い始める。予想通りではあったが、やはり武力行使になるのか。
「――ん?」
すると突然――物凄い速度でこちらに迫ってくる気配を感知した。
東西南北の四方ならまだ対応出来たかもしれない。だがそれは上から落下してくる形でこちらに迫っている。
俺は咄嗟にその軌道から落下地点を計算――どうやらガレンと"黄領"の者達の戦闘陣形との間に落ちるらしい。
「下がれっ!」
俺は後ろに控えるリンシア達へ叫びならが【防御障壁】を発動させた。速度からしてかなりの衝撃がくるからだ。
「なんだ!?」
それはすぐにやってきた。
物凄い落下の轟音と振動、そして砂や石が衝撃により飛んでくる。
それだけではない。感じる魔力が桁外れなのだ。アリエルと同じぐらいか、それ以上か。
「おいおい、なんだよ一体……」
衝撃にどうにか耐えたガレンが砂煙に写った人影を睨みながら言い放つ。
次第に砂煙は止み始め、赤い瞳の女性が姿を見せた。長く伸ばした白の髪は魔力によって妖艶に揺らしている。
その姿を見た瞬間――<カチンッ>と頭に何かのピースがはめ込まれたような音がしたような気がした。
そして俺は口を自然と開いていた。
「ハ……ク……?」
それは記憶の奥底に閉まっていた引き出しが開いた音だった。
頭に8年前の記憶をフラッシュバックさせながら、俺は姿を見せた女性の名前を呼んだのだった。
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