第107話
「ちょっと綺麗すぎやしねぇか? なんか落ち着かねぇよ」
テーブルに手を付いたガレンが戸惑いながら呟いた。
ここは"蒼領"のリーダーであるガレンの根城。
無事に到着した早々ガレンに改めてここへ来た目的を告げるため、リンシア、グリム、メルを含めた5人でテーブルを囲んでいた。
根城は貴族が元々住んでいたであろう大きな屋敷で、外見は陰湿な廃墟ではあるが、内装は中々に整理されているように見受けられる。
ゴツイ見た目と違い、意外にもガレンは綺麗好きなようだ。
たが、あくまでもそれはスラム街に居住する者達の基準であり、王都で普通に生活する者達からしたら不衛生には代わりない。
だから到着してすぐに貴族が住んでも文句の言われない基準で、魔法を使って綺麗に仕立てたのだ。
他の者達は別の部屋で休ませている。
「これくらい綺麗なところにいればお前の心も浄化されるだろ?」
「1番浄化しなきゃいけないのはお前だと思うがな。というかクレイ――さっきの戦いを見て感じたが、お前――見ない間に強くなってねーか?」
「育ち盛りなんだ」
「育ちすぎだろ……」
ガレンは呆れ気味で目を細める。
「そろそろ、話しを進めませんか?」
そんな俺達の会話にリンシアが割って入った。
「そう焦るなよ譲ちゃん。俺達の1日はなげーんだ」
ガレンはヘラヘラと微笑する。
それを後ろで聞いていたメルが形相を変えた。
「王族に向かってその口の聞き方は――」
「いいんですメル。私は構いませんよ」
注意を促そうしたメルの文言をリンシアは宥めるように止める。
「わかってるじゃないか。流石クレイの女だけはあるな」
「えぇっ!?」
ガレンの言葉にリンシアは慌てたように目を見開く。そして頬をほんのり染めながら、チラっと俺の面様を確認している。
ガレンは何を基準にそう判断したのだろうか。
「どうしてそうなった」
「クレイの対応を見ていたらなんとなく感じたんだがな――ちげーの?」
「違うな」
俺はキッパリと否定。するとリンシアはしおらしい表情で頭を俯けた。
その様子を見ていると何故か心苦しい気持ちになる。
「そうかい、なら俺が手を出しても――」
「リンシアに指一本でも触れてみろ。命はないと思え」
ガレンの虚言に思わず殺気を放ってしまう。
それは妹に悪い虫が付かないようにという感情なのだろうか。だがこの感情はティアラに感じるものに近いような気がした。
「じょ、冗談だって――その殺気を収めてくれ」
俺は身体を震わせながら慌てるガレンに向ける殺気を収めた。その後に「やっぱりクレイの女じゃねーかよ」と小声で文句を言っているのもバッチリ聞こえている。
「それはどういう――」
「とりあえず、本当に話を進めないかい?」
するとグリムが手を軽く上げながら主張した。それにより何かを言おうとしていたリンシアの声を遮る形となった。
「そ、そうしようぜ」
その提案へ縋るように、ガレンも賛同。やり切れない気持ちが残ったが、話を進めなくてはならないのも事実なので俺も首を縦に振った。
それはリンシアも同じだったようで、どこか物足りなさを感じさせる面持ちで口を開く。
「まず、私達がここへ来た理由についてですが、ジルムンクの在り方を良い方向へ変えるための調査に来ました」
「在り方を良い方向に?」
渋い形相で眉を寄せるガレン。リンシアは怯まずに説明を続ける。
「はい、今のジルムンクは職も無く、衣食住が安定していない者達が多いと思います。まずはその辺を改善していこうと考えています」
リンシアが説明をしていくにつれ、ガレンは顔を顰めていく。聞き終えると無言で何かを考えるように目線を下へ外した。
「譲ちゃんの言いたいことはわかる。が――それは無理だな」
そしてキッパリと否定。だけど俺にはなんとなくガレンの言いたいことがわかった。
「なんででしょうか」
「俺達は今のままで満足しているということだ」
「満足、ですか?」
「ジルムンクへは国に縛られたくない不適合だった奴や、いろんな事情を抱えて自らの国を出た奴が自由を求めて流れてくるんだ。そして見ての通り、俺達は自由にやらせてもらってる。今更何かを築き上げたり、ましてや働くなんて反対だ」
ガレンの言葉はもっともで、自由こそがここにいるメリットなのだ。
力こそ全てのこの場所に納得しているからこそ、収まっている者も沢山いる。そんな浮浪者達に統率を求めても反対意見は多い。
だが――。
「それは力ある者の意見です。今もこの場所で怯えている力無き者達は多いはず」
それでも負けじとリンシアは憂いた表情で訴える。まるで自分のことを言っているようにも感じた。
ガレンの様な強者は奪われる事が少ないので、その言い分は正しくもある。現に俺も奪われる事なんてほとんどなかった。この街では理不尽にも命を落とす者達の方が圧倒的に多いのだ。
「もっともな意見だ。"蒼領"をまとめている俺だからこそ言える事ではある。だがな、俺はなんの責任も感じてねーわけじゃないんだぜ? 配下を生かすために俺だって必死に手を尽くしているんだ」
「なら、統率を取り、国の援助を受けるべき――」
「国の援助は受けたくねーんだよ」
ガレンはリンシアの言葉を遮り、顔を顰めながら力を込めて言い放った。
「さっきも言ったが、いろんな事情を抱えてる奴が多いんだ。俺も例外じゃねー。今更国の援助を受けるぐらいなら死んだ方がマシだ」
「……」
それにより次はリンシアが無言で俯く。
「なら国じゃなくて、リンシア様個人の援助を受けるのはどうなんだい?」
すると今まで黙って聞いていたグリムがいつものように笑顔で口を開いた。
そのいやらしいまでの笑顔にはなんだか嫌な予感を連想させる。
「嬢ちゃんの?」
「そうそう、リンシア様、ひいてはクレイ君のような強者の、とか」
「譲ちゃんはともかく、クレイに関してなら、援助どころか命令されただけで従うだろうな。この"蒼領"でこいつに敵う奴なんていねーんだから」
「従うとかじゃなくて、手を取り合うという意味なんだけどね。でもクレイ君の言うことなら従わざるを得ないんだ?」
グリムは尚も笑顔で質問を続ける。
雲行きが怪しくなってきたぞ。
「……まぁ、そうなるが……」
「じゃあクレイ君がこのジルムンクを統治すればいいんじゃない?」
「まてまてまて」
俺は不穏なグリムの提案にいち早く待ったをかけた。
「ジルムンク出身、強者、頭もキレる。適任じゃないか」
「話を勝手に進めるな。俺は上に立つ器じゃない。そもそもそういうのが嫌で今まで不干渉で生きてたんだぞ」
そのせいで禁忌の悪魔なんて呼ばれていたわけだけど。
「器の話に関してなら君は充分素質があると思うけれども。どうしてそこまで否定的なんだい?」
「俺は大切な者が守れればそれでいい」
グリムの質問に対して、不意に前世での記憶がフラッシュバックのように浮かんだ。天才だからと調子に乗って、失敗してしまった記憶の1部。俺は2度と同じ過ちは繰り返さない。
上に立つというのは、それなりの責任が伴うのだ。その責任を背負うほど俺は立派な人間じゃないのだから。
「ふむ――それはリンシア様の為でもかい?」
確信を付くようなグリムの質問に、俺は思わず視線を流すとリンシアと目が合った。リンシアは思わず目を逸らしたが、複雑な表情を見せる。
そこでなんとなく察してしまった。
意外に負けず嫌いなリンシアはきっと自分の力だけでなんとかしてみせたいとも思っているのだろう。だけどそれは難しい事も理解していて、可能性があるとすれば俺だということもわかっている。
だけど上に立ちたくない、目立ちたくないという俺の意見すらも尊重してくれている。
だからこそ素直になれない。だからこそ口を挟まない。
こんなときティアラならなんて言うだろうか。「お兄様が統治する領土なんて完璧に決まってますわ!」とか「そんなワクワクする展開、捨て置くわけにはいきません!」とかかな。
どちらにせよ俺が起こした前世での失敗経験を知っていて尚、賛成派に加わりそうだ。
あぁ見えてポジティブ派だからな。
それに俺もリンシアの力になりたいという気持ちがあるのも事実。覚悟を決める時なのかもしれないな。
「わかった」
「「えっ?」」
リンシアとガレン、異色である2人の声が重なった。
「ジルムンクに限っては俺が統治に加わろう」
「まじかよ……」
存外な表情で呟くガレン。その表情から不快感は読み取れない。
「だがこれだけは言っておくが、直接的に国の力は借りない。俺と――リンシアの手札のみでやる」
「そのつもりです」
自分自身を奮い立たせるように頷きながら、リンシアは同意した。
「そして俺がリンシアとジルムンク側との妥協点を定めていきたいと思う」
リンシアの願望を叶えてあげたいという気持ちはあるが、それだとおそらく袋小路になってしまう。だからこそ、ジルムンク側も納得するような妥協点を見つけなくてはならない。ここは国という枠の外で生きる者が多いのだから。
「そうかい」
テーブルに肘をつきながらガレンは微細に口元を緩ませて囁く。
「悪いようにはしないから安心しろ」
「それが1番怖いんだよ。まぁクレイが上に立つなら俺は文句ねーな」
そしてその表情は一笑に変わる。どうやら賛同してくれているようだ。
「なら早速その方針で進めようか。まずは――」
グリムが秘書のような立ち回りで会話の流れを取り仕切る。
その後、ガレンの配下の腕利き達や、俺の連れてきた仲間達を交えてジルムンクを統治する方向での話し合いを行ったのだった。
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