第106話
その顔には見覚えがあった。
ガレン――俺がジルムンクで根城にしていた場所の近くの、"蒼領"を仕切っていたリーダー格で、なんだかんだ幼少期からの顔見知りである。
リーダーを務めるだけあり、腕っ節はなかなかのもので、冒険者登録をすればSランクへの昇格はすぐに出来るぐらいである。
また、常に配下の者達には高圧的な態度を取っているのだが、強い者には巻かれるタイプで、ゲインにはいつもペコペコと頭を下げている奴だった。
そんなガレンとはゲインがいなくなってからも腐れ縁の如く、顔を合わせる機会は多いにあった。
だが俺はジルムンクを出る際、誰にも告げていないので約2年ぶりの再会ということになる。
「ガ、ガレン様?」
騒然とする空気の中、先程まで余裕そうな笑みを浮かべていた配下の男が戸惑ったように呟いた。
この男だけではない。周りの浮浪者達、近衛兵、そしてメルと、いつの間にか俺の服の袖を掴んでいるリンシアすらも呆れとも捉える事が出来る面様で、静けさを感じさせる空気の1部となっていた。
「頭を上げろよ」
配下の声にすら反応を示さない土下座状態のガレンに、俺は出来る限り柔らかい笑顔で声をかけた。
それを聞いたガレンは徐に頭を上げるが表情は硬い。
「とりあえず、周りの連中を下げさせろ。今のところ争う気はない」
「お前ら、下がれ。くれぐれも手を出すなよ。これは命令だ。破ったやつは命がないと思え!」
俺は笑顔のまま要求をすると、即座にガレンが周りへ命じる。
「いったいどういうことだ?」
浮浪者の1人であるボサボサ頭の男がガレンの指示に異議を唱え始めた。ガレンは鋭い眼光でその男を睨む。
「命を落としたくなければ、言う通りにしろ。こいつは、この人は、禁忌の悪魔だ」
「「「っ!」」」
――俺そんな呼び名で呼ばれてたのかよ。
その呼び名によるものか、1部の浮浪者達の間に緊張が走ったように見えた。それとは真逆で頭に「?」を浮かべる近衛兵達。リンシアに至っては少し呆れ気味で俺を見つめている。
そして言われた通りに茂みからゾロゾロと50人ばかりの浮浪者達が出てきて、ガレンの後に回った。
それを確認した俺が歩を進めだすと、ビクッと身体を震わせるガレン。
俺はそんなガレンの肩にゆっくりと手を置いた。
「ここを通してくれるか?」
「も、もちろんだ。だがこのジルムンクへは何しに来たんだ? しかも王族なんか連れて。ジルムンクを滅ぼすつもりでもねーだろ」
ガレンは諂うようにヘラヘラと冗談を交える。
「無論、滅ぼすつもりだぞ」
「えっ――」
冗談のつもりで言ったのだが、ガレンは心底本気で一驚している。
「冗談だ。この無法地帯のジルムンクに変化をもたらしたくて来た。という方が正しいかもな。とりあえず俺の根城に行きたい」
「根城? あぁ根城か……」
言葉を濁らせながら目を逸らすガレン。
「どうした?」
「いやぁ、その言い難いことがあってな」
「なんだ?」
「クレイの住んでたあの小屋はもう跡形もなく消し飛んでる」
「ほぉ」
俺は目を細めながら肩を握る力を少し強めた。
目のそらし方からしてガレンが何かをしたであろうことは明白だったからだ。
「っ――か、代わりと言っちゃなんだが、蒼領に来いよ。俺とお前の誼みだろ」
図星だったようで焦ったようにガレンが苦し紛れの提案をする。
ジルムンクには長い時間滞在するので決まった拠点があるのは悪くないとは思う。
「それは嬉しい提案だが、お前の配下が俺達に手を出した場合はわかってるよな?」
「い、言い聞かせておくぜ――ちなみにどうなるんだ」
「そいつもお前も簡単に死ねると思うな」
気絶しない程度に殺気を放ちながら、笑顔で告げる。
「お前達っ! こいつらは我々蒼領の味方だっ! だから指一本触れてみろ。俺が責任もって殺してやるからなっ」
ガレンの心の叫びとも取れる高圧的な声が辺りに響いた。配下達が戸惑いながらも頷いているところを見ると、しっかりとまとめあげているようで感心した。
「絡まれることがあったら、俺の名前を出してくれ。それで大概は大丈夫だ」
そしてガレンは胸を張りながら言い切る。こんな奴ではあるが実力がある事は否定しない。
「大概とは?」
「"紅領"の連中は俺の手に及ばない。あまり西側に行かないようにしてくれれば大丈夫だ」
「なるほど」
俺は納得しつつ顎に手を添える。
エリアも違えば派閥も変わる。ガレンの名前はあくまでも蒼領限定だ。
「ちょっと待てよガレンさん」
話を進めようとすると、声が掛かる。待ったを掛けたのは先程から難癖を付けてくるボサボサ頭の男である。男は身体全体に気力と魔力を練り始めた。
「俺は認めねーぜ。禁忌の悪魔だかなんだか知らねーが、こんなガキにペコペコする必要はねーだろ!」
決して魔力量が多いわけでもない。だが乱雑な魔力制御によって有り余った魔力が砂埃を巻き上げた。
「きゃっ」
その砂埃の威力によってリンシアがよろけそうになる。
「いい度胸だな」
怒りを覚えた俺はリンシアを支えながらその男に殺気を放った。
「この際だから文句ある奴はかかってこい。まとめて相手をしてやるよ」
俺はそのまま前に歩みを進めながら、その他の連中にも挑発をする。すると不満があったのはボサボサ頭の男だけではなかったようで、15人ほどの男が前に立つ。
さっきガレンのリーダーシップに経緯を込めたことを改める必要があるようだ。
「お前ら、死んでもしらねーからな」
最初こそ止めようとしていたガレンだったが、ため息混じりに言い捨てた。
納得がいかないなら戦う。それがジルムンクなのだ。ガレンはそれがわかっているからこそ止めない。
「へっ!」
前触れなく、ボサボサ頭の男が間合いをつめる。ここでは開始の合図など存在しない。そもそもルールなんてものがない。不意打ち、騙し、勝つためなら何をしてもいいのだ。生き残ったものが勝者なのだから。
「おらよっ!」
そして俺の左頬目掛けて男は拳を突き出した――が。
「へへっ……えっ」
余裕ぶって笑っていた男だが、すぐに笑顔が消える。気づいたのだ――自分の右腕がないことに。
俺は男の拳が到達するより先に、手刀で肩から先を斬り裂いていたのだ。
「うわぁぁぁぁ、俺の腕がぁぁぁぁ」
叫び出す男を気絶しない程度に蹴り飛ばし、地面へ転がす。そのまま即座に男の首を踏みつけ、濃厚な殺気を放ちながら瞳孔を見つめる。
「このまま死にたいか?」
男は涙を流しながら、小刻みに首を横に振っているように見えた。
「あれを見ろ」
俺の指差す方へ男は視線を動かすと、絶句したような表情に変わっていく。
絶句するのも当たり前か。後ろにいた15人は全員凍っているのだから。
手刀と同時に俺は【氷結停止】を発動させていたのだ。それによって氷の像が15体も出来上がっている。
「俺の仲間に手を出したらどうなるかわかるよな?」
男は首を縦に震わせる。恐怖により涙すら枯れているようだった。
「ならいい」
静かに囁いた俺は、男の首を踏みつける足に重力をかける。
「ぐあっぁ」
それにより男は気を失った。俺は即座に魔法を発動。
「【パーフェクトヒール】」
すると男の腕は元通りになり、戦う前の状態に復元された。
「起きろ」
さらに男の身体に気力を流し、ショックで意識を覚醒させる。
「はっ、はぁはぁ――あれ……腕が、ある……夢?」
そう言いながら視線を横へ振る。氷漬けになった者達の姿が目に入る。
「ゆ、夢じゃない!」
「さっき言ったことは肝に命じておけよ」
俺は男にそう告げると【氷結停止】を解除した。途端に氷は水に戻り、空気へと分散していく。
これくらい脅せば大丈夫だろう。
「あ、ありがとうございます。すみませんでした」
土下座にも近い姿勢で謝罪をする男を背にしながら、俺はガレンの方へ歩み寄った。ガレンは口をポカーンと開けて間抜け面を晒している。
「じゃあ案内頼むぞ」
「ま、任せろ」
表情が硬いままのガレンの返事。
こうして俺達はガレンの根城であるジルムンクの蒼領を目指すのだった。
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