第104話
ジルムンクに向かう準備が整いつつある中、俺は久方ぶりに冒険者ギルドに足を運んでいた。
冒険者ギルドは変わらず賑やかで、俺は登録の日からずっと受付をしてくれているセナの元へ向かう。
「クレイさん、久しぶり。最近はあんまり顔を見せてくれないから寂しかったですよ?」
はにかみながらも冗談っぽく呟くセナ。さらさらの髪を靡かせながらの妖艶さ溢れるその表情は、見た目に気を使っている受付嬢なだけあり、綺麗という印象を受ける。
「指名依頼をしたいんだが」
そんなセナのはにかみをスルーして、俺は話を進める。今回はジルムンクへの護衛を依頼するために来たのだ。
「もう、クレイさんは全く隙を見せないんだもん。でもそういう態度もいいと思えるんですよね――えっ、指名依頼? 受注じゃなくて?」
「あぁ」
「珍しい――というか初めてですね」
「一応王族からの代理ということで来ている」
実際は俺の独断なのだが、依頼内容的には間違ってはいない。
「王族の!?」
「内密に頼みたいのだが――第3王女の護衛だ。場所はジルムンク」
「ジ、ジル――って、そんな場所に王女様は何をしに?」
先程告げた内密という言葉を守るためか、セナは途中まで言いかけた領地の名前を中断し、声を抑えて問いかける。
「視察だな。これは国民には知らされていない」
「なるほど、わかりました。機密指定の依頼ということね。それで誰に指名するんですか?」
「Aランク冒険者のシリュウに頼みたい」
シリュウは悪魔調査の依頼で一緒に《グレイブス・コカトリス》を倒した事がきっかけで知り合った。
「歌を伝える仕事をしたい」という夢を持つ、病弱な妹のために冒険者をやっていたのだが、その妹の夢をラバール商会で叶えられないかと提案した。
簡単に言うと歌手業。広告業を生業とするラバール商会と相性のいい仕事である。
シリュウの妹はそれを喜んで承諾し、今では絶大な人気のある王国の歌姫としてラバール商会でプロデュースしているのだ。
それからシリュウとは妹の事で度々顔を合わせている。
「シリュウさんですか。ちょうど今――あっシリュウさん!」
セナが手を挙げて呼び込んだ先には、黒いマントを纏ったシリュウの姿があった。
どうやら依頼の報告に来ていたらしい。セナの声に反応したシリュウは俺に視線を向けてから、静かに近づいてくる。
「……久しいな、クレイ」
「相変わらずだな」
いつものようにクールに受け答えをするシリュウ。そういうキャラがかっこよくて、好きでやっているらしい。
「……どうした?」
「クレイさんから機密指定の指名依頼です。第3王女の護衛なんですが」
シリュウの問いかけにセナが答える。
「……日取りと期間は?」
「日取りは2週間後。期間は2、3週間てところかな」
その問いかけには俺が説明をした。
「……了承した」
そして即答。考える素振りすら見せなかった。
「受けてくれるのは嬉しいが、せめて報酬額を聞いてからにしようぜ。王族の護衛はSかAランク依頼になるから報酬額は200万Bでどうだ?」
「……多すぎないか?」
「妥当な金額だと思うが、まぁそれ以外にも個人的に前金も渡すから受け取ってくれ」
「……了承した」
「ってわけで、手続きを頼んでいいか?」
俺はセナに申し訳ないという感情を表現に込めて向き直る。
「はーい。めんどくさい手続きはいつも私なんだから。ギルドを使ってくれるのはありがたいですけどね」
接点があるなら直接頼むという事も出来たが、シリュウと俺の貢献ポイントが加算されるのでギルドに依頼をする形を取っている。
このポイントに関して俺はあまり気にしてはいないのだが、Sランクを目指すシリュウにとっては大切なものになるのだ。
「その代わり、今度食事にでも連れてってね」
「今度な」
「いつになることやら」
ため息混じりの言葉を吐き捨て、セナは手続きのための用紙をスラスラと埋めていく。
そんなセナを横目に俺はシリュウに視線を向けた。
「戦闘にも期待はしているが、今回はシリュウの隠密を頼りたい」
「……わかった」
これまた即答。シリュウは顔半分をマスクで覆っているうえに、声のトーンも一定なので感情が読みにくい。本当にわかっているのだろうか。
「はい、手続きは終わりましたよ」
俺は依頼料とギルドの仲介料である210万Bとチップとして5万Bをセナに渡した。
「全く、そういうところは抜け目ないんだから」
「いつも頼っているからな」
そんな言葉を交わしつつ、俺はシリュウと共に冒険者ギルドを後にした。
シリュウには歩きながら依頼内容の説明をして解散したのだった。
――
―
シリュウと分かれた後、俺はその足でラバール商会の会長――セリナの執務室へ【転移】を使って移動した。
「クレイ君、よう来たねー。お茶はいつものとこやぁ」
セリナは俺が【転移】で来ることにも慣れていて、仕事を片付けるための書類整理をしながら、いつもの事のような反応を見せる。
「調子はどうだ?」
「ボチボチよー。クレイくんが連れてきてくれたレニ君、ほんま素直でいい子やわー」
帝国での大会期間中に弟子となったレニはラバール商会で働きながら、冒険者ギルド、そして訓練をこなしている。
「他の者達と馴染めているか?」
「馴染むどころか、前から知り合いだったかのように仲よーなっとるよ。後から来たのに何故か兄貴分として慕われとるし」
そして教会で預かった子供達と同じ寮で暮らしていて、どうやら周りからも慕われているぐらいうまくやっているらしい。子供達も含めて訓練を見ることもあるが、レニは頭一つ抜けて早い成長速度を見せている。
成長速度に関してはおそらくレニの持つ【ウリエルの加護】が関係している。だけどレニはウリエルと面識がないらしい。
帝国最強の騎士である"龍虎"のククルに聞いたところ、ウリエルは元々魔族領を住処にしているらしく、ククルに加護を授けたアズラエルと仲がいいとか。
だが、そのアズラエルはククルの前からパッたりと姿を見せなくなってしまい、その少し前にウリエルと一緒にいたところを見たという。そしてそれは15年ほど前の話らしい。
つまりはレニが生まれてすぐに加護を授かったことになるわけだが、何故授かることになったのかは不明ということだった。
ちなみにアリエルに聞いても、「天使同士はあまり会うことがないからわからないのじゃ」と適当に呟いていた。
まぁ、加護を授かった経緯自体は些細な問題である。その加護のおかげでスキルの少ないレニが強者として育っているのだから。
「ならいい」
「それで今日は何かあったん?」
「人員を借りたい」
「ええよ、どの子?」
「ジャニアリー、マーチ、エイプリルの3人だ」
「ほー、戦争でも仕掛けるん?」
メンバーを聞いたセリナは冗談っぽく笑いながら呟く。
ラバール商会で働く初期メンバー12人の子供達の中で戦闘能力が高い3人だからだ。
「そのとおりだ」
「ほんまかいな!」
目を見開きながら慌てるセリナ。
「半分冗談だ」
「半分って……」
「そのメンバーにレニを含めた4人をジルムンクへ連れていきたい」
「えっジルムンクに?」
セリナは俺がジルムンク出身ということを知っているので、そこまで驚いた反応はない。
どちらかというと「なぜ?」と疑問を抱いているのだろう。
「実はリンシアがジルムンクの視察に向かうことになってな」
「あー、その件ね。なるほど、クレイ君も行くってことよね?」
流石ラバール商会の情報網といったところか。新聞を使っているだけあって、箝口令が敷かれている情報だろうと既に入手しているようだった。
「そういうことだな。4人を同行させる」
「まぁクレイ君が育てたもんやし、恩人であるリンシアちゃんのためやから、うちはええよ」
「助かる」
するとちょうどタイミング良く、ジャニアリー、マーチ、エイプリルの3人が姿を見せた。女性であるエイプリルは14歲。ジャニアリーとマーチは男性で、15歲――俺の一つ下だ。
セリナの秘書が話を聞いて呼びに行ってくれたのだろう。出来る秘書である。
「ボス、事情は聞きました。俺たちで良ければ力になります」
ジャニアリーは開口一番に瞳をキラキラさせながらやる気のある旨を告げる。
あの秘書はついでに事情の説明もしてくれたらしい。
「そうですぜボス。我々、"瞬雷の翼"はボスの手足なんですぜ!」
マーチは眉の間に手を添えて謎のポーズで言い放つ。
「"瞬雷の翼"はいい加減やめないか、せめて別の名前にしよう」
子供達は俺のことをボスと呼ぶ。それに関しては勝手にしてくれという感じなのだが、いつの間にか子供達12人のチーム名が決まっていたのだ。
「ボス、これは我々満場一致の組織名ですぜ」
組織の部分を強調しながら、いちいち謎のポーズで話すマーチ。
「満場一致なわけないじゃない。私はそんなダサい名前一応反対したわよ」
エイプリルは腕を組み、そんなマーチを叱咤した。
まともな奴がいて俺は嬉しいよ。
「女にはわからないロマンがあるんだぜ。なぁジャニアリー」
「そうだね、レニの兄貴も気に入ってたし」
レニ、頼むからお前は俺の味方でいてくれ。
こんな子供っぽい部分を見せる3人だが、戦闘に関してその辺の騎士なんかよりも強い。
それぞれの持つスキルによる才能と【アリエルの加護(愛の返報)】のおかげでかなりの練度になっている。
槍術と頭脳を兼ね備えるジャニアリー。
隠密と剣術を兼ね備えるマーチ。
極まった防御魔法を兼ね備えるエイプリル。
この3人はバランスの良いメンバーなのだ。
俺は3人に対してジルムンクに行くにあたって詳しい内容の説明を始めた。
「――というわけだ。決行は2週間後だが、それまでに訓練や仕事などで怪我とかはするなよ?」
「「「はい、ボス」」」
ここは軍隊かよ。まぁ軍隊ならサーか。
そんなどうでもいい事を考えつつも、俺はラバール商会を後にするのだった。
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