第103話
「というわけで、頼むな。再来週から」
「えっいきなり!? クレイ君、今来たばかりで用件もまだ説明されてないよ!?」
出来る限りニコニコと笑みを浮かべる俺に、グリムは慌てながらも早口で叫んだ。
とある昼下がり。俺は王都学園アルカディアの教員であるグリムの家へ赴むいていた。むろん、ジルムンクへの視察に同行してもらうためである。
グリムとは遠征の悪魔事件以来、悪魔関係の情報を共有していて、たまに食事や訓練、大浴場へ行くぐらいには友好的なのだ。
そんなグリムだからこそ、わざと開口一番に確認を取ってみたのだが、やはり伝わらなかったようだ。
「学園も長期休みに入るから暇だろ?」
「確かに長期休みのときはやることはそんなにないし、クレイくんの頼みなら出来る限り聞いてあげたいけど――まずは肝心な用件を教えてよ」
もっともな意見だったので俺はまず経緯から説明を始める。
「リンシアがジルムンクへ視察に行く件は知っているか?」
「いや、初耳だね。ジルムンクって君の育った元王都で、終わってしまった街だよね?」
グリムは首を傾げながら呟く。
どうやら今回の視察は公にならないように箝口令を敷いているようだ。王族の動きに関しては、表に出す情報を選定して公開するのが基本ではある。だが今回の件に関してはそれだけではないだろう。
「そうだな。そのジルムンク領土の管理をリンシアが引き継ぎ、視察に行くことになったんだ」
「なるほど、その視察に僕も来いということだね?」
グリムは少ない会話から俺の意図を読み取りすぐに結論を導き出してくる。流石に教員をやっているだけはあるな。
「相変わらず話が早い」
「光栄だね。でもどうして僕が抜擢されたんだい? 王族の護衛なら有力な騎士達が沢山着くと思うけど」
「今回は少数精鋭で行くのがベストだ。それには信頼出来る者を集めるのがいいと思ってな」
「少数精鋭――ジルムンクはそんなに俊敏性が求められる場所なのかい?」
「そうだな。無法地帯、弱いものは虐げられ、強者こそ全ての世界。対応が遅れれば百の軍なら一瞬で滅ぶ可能性だってある」
「とても信じられない話しなんだけど、クレイ君が言うならそうなんだろうね。なんたってクレイ君が育った場所だし」
グリムは呆れ顔で何かを思い出すように苦笑する。
「そんな場所に僕が行って役に立つのかい?」
「何を言っている。お前は強者だろう」
その言葉に、グリムは豆鉄砲をくらった鳩のような呆然とした表情で俺を見つめた。
「どうした?」
「いや――君に認められているのが嬉しくてね。皇国のときは不甲斐ない一面を見せてしまったから」
「事実だろ。それにグリムの剣は洗練されている。誰を参考にしたものなんだ?」
グリムは力がないせいで牽制されがちだが、剣技も魔法の才能も持っている。しっかりと長所を伸ばせば聖騎士なんかには収まらないぐらいには成長出来るのだ。
そして悪魔の力によって成長を止めてしまっていたことも原因のひとつだったのだろう。加護から解放されてからのグリムは過去のものとは比べ物にならないぐらいに素質を伸ばしていた。
だけどグリムの使う型はあいつのものに似ている。
最近思い出す機会もあったので改めて掘り返すことにしたのだ。
「あの剣は――今は言いにくくなっちゃったけど、ゲインさんの型を真似したものなんだ」
「やはりか」
「ゲインさんを知っているのかい?」
「一応、ゲインは俺の師にあたる」
「えっ――ということは、ゲインさんはジルムンクで暮らしていたのかい?」
「数年前まではな。今は行方知れずだ」
「これまた凄い事実だね。それならクレイ君の強さにも納得がいったような気がするよ」
「ゲインはどんな奴だったんだ?」
「僕は直接話したことなんてほとんどないけど、無敗にして王国最強。剣士みんなの憧れで、優しくもあるし、厳しくもある人だったよ」
「優しい?」
「うん。とても大罪を犯す人には見えなかった」
「そうか」
――またか。
俺はグリムの話に合図を打ちながら集めたゲインの情報を整理する。
聖騎士をやっていたゲインを知るものは口を揃えて、優しい、剣士の憧れ、あんなことをするような人には見えなかった――と言う。
だが俺の記憶にあるゲインの人物像は常に厳しく、弱きものから奪い、女子供でも容赦なく殺すような冷酷なものだった。実息子である俺すら何度も殺そうとするぐらいに――。
この人物像の違いが出るのは何故なのだろうか。
「考え事かい?」
「いや、大丈夫だ」
顔を顰めていた俺を心配そうに確認するグリム。
俺は話を切り替えることにした。
「それで視察には来るのか?」
「任せてよ。リンシア様の護衛ってことで許可を貰うからさ」
「助かる。用件はそれだけだ。詳しい報告は後ほどする」
そう言うとグリムは短い返事をした。俺はそれを背中で聞いて、早々に屋敷を後にした。
――
―
グリムの屋敷は学園の側の貴族街の中にある。貴族街は庶民街と違って綺麗に舗装されていて、各所に魔石式の街灯なども建造されている。
既に外は薄らと暗がり始めていて、街灯の光が灯り始めていた。
「話は終わりましたか」
すると後ろから声をかけられた。
「女が夜道を1人で歩くもんじゃない。あぁお前は痴女だから大丈夫か」
俺は振り返らずに、その声の主に向かって軽口を叩く。
「大丈夫ですよ。銀髪で変態な犬がハァハァ言いながら街を彷徨っていますって、衛兵に伝えておきました」
「せめて人間にしてくれないかな!?」
薄ら笑いを浮かべてそうな仕返しに俺は振り向きながら言い放つと、そこにはリンシア専属の青髪メイドのリルが姿勢よく立っていた。
「王国は平和になりましたとさ。めでたしめでたし」
「勝手に終わらせんなよ! んで、お前は俺に何か用でもあるのか」
「頼みたいことがあります」
「俺には心に決めた人がいるんだ。すまんな」
「違います。誰があなたみたいな甲斐性なしに告白しますか。寝言は寝て言うから意味があるんですよ」
俺って甲斐性ないように見える!?
まさかの事実に記憶の引き出しを開閉させまくる。
まだ学生であり、冒険者の依頼をほとんど受けていない。
屋敷の維持はエミル任せ。
商会を手伝っては入るが、報酬はほとんど貰ってない。
つまり卒業するまでは学生という肩書きに収まる。今のところ甲斐性なしに思われてもしょうがないのだ。
「俺は……甲斐性なしだったようだ……」
「えっ、まさかの承認!?」
「あともう少しで学園を卒業する。そしたら甲斐性も出てくるだろう」
「本気で思っているわけではないので――話しを進めてもいいですか?」
「よかろう。それで頼みとは?」
そんな冗談交じりの会話を繰り広げながらも本題へシフトした。
するとリルも気持ちを切り替えたのか、表情を真剣なものに変える。
「私をジルムンクに――」
「ダメだな」
――連れてってください。
おそらくそう言うとしたリルの言葉を俺はバッサリと切り捨てた。
「リンシア様のお世話は私がしたいです。それに今度こそは守りたい」
誘拐事件から思うところがあったのだろう。リルは切り詰めたような視線で言い放つ。
「ジルムンクはお前の思ってるほど優しいところじゃない。足でまといは連れてけない」
「足でまといになりません。もしもの時は私を見殺しにしても構いません」
「それ、本気で言ってるのか?」
俺は怒りにも似た威圧をリルに向けて解き放つ。一般人が浴びれば腰を抜かすほどの。
だけどリルは後ずさりそうになりながらも歯を食いしばり――落ち着くように深呼吸をした。
「本気です」
「自分が死んでいいと本当に思っているなら連れてくことは出来んな」
「どうして――」
「リル、お前が死ねばリンシアが悲しむからだ」
そう。リルだけではない、メルや周りの人間が亡くなればリンシアが悲しむからだ。
だけどそれだけではないだろう。おそらく俺自身もリルに死なれて欲しくないと感じているのだ。
リルは俺の言葉にハッとした表情を作り、静かに口を開いた。
「……申し訳……御座いません」
そして悔やむような小声で囁く。
ミロードの件でどれほどリンシアが心を痛めていたのかを思い出したのだろう。
「わかったならお前は王国に――」
「それでも連れていってください。先程の言葉は撤回します。私は死ぬつもりもないですし、リンシア様を守りたいです」
「わからないやつだな」
「そんな事情わかりたくないです。リンシア様のお役に立つことが私の幸せですから」
突然告げられた幸せという言葉にふと昔の記憶が蘇る。
――幸せの定義とはなんなのだろうか。
何故だろう。忘れるはずがないのに、その記憶にはモヤが掛かっているようだった。
怯んだように見えないよう、俺はリルから視線を逸らさず見つめる。
目の前にいるリルの表情は真剣で、俺の放つ威圧すらも押し返しているように見えた。
――リンシアのそばに居る。
それがこいつの幸せであるなら――。
「【超・気配遮断】を――――【超・気配遮断】を習得すればいい」
「【超・気配遮断】?」
「そうだ」
だからこそ俺は連れていくための条件を提示することにした。
リルは元々【隠密】と【無属魔法】のスキルを持っていて、リンシア達の訓練を始めてからひたすらに【気配遮断】の訓練だけをしていることを知っていた。
そして無警戒で無殺気だったとはいえ、先程声をかけられるまで少し前まで、リルの気配に気づけなかった俺もいる。
あれは【極・気配遮断】である。それも練度が高い。あれをもう一段階引き上げることが出来ればジルムンクに行っても役に立つことがあるだろうと判断した。
「わかりました。残りの数週間で【超・気配遮断】をものにします」
そう言ってリルは背中を向けて暗闇へと消えていく。
しばらくして、プツンとリルの気配が消えるのを確認した。
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