第102話
「パ、パパ!?」
少女の突然の言葉に目を丸くするリンシア。
アリエルはその光景を見つめながら口元をにやつかせていた。
「ふふふっ、おそらく輝石のときにクレイが魔力を与えたせいなのじゃ。妾に関しては前々から少しずつ魔力も与えている。つまり、クレイがパパなら妾は――」
「ばぁば!」
「ガハッ――」
少女の第一声を聞いたアリエルは床に膝をつき項垂れる。
「確かに妾は長く生きておるよ……でもばぁばって……ばぁばって」
「どんなに長く生きていても、アリエルの容姿は若いから安心していいと思うぞ」
ブツブツと小声で呟いているアリエル。その気持ちがわからないでもなかったので、俺はフォローを入れることにした。
「そうです、どんなに長生きでもアリエル様は若々しいです」
続けてエミルも俺の言葉に被せてくる。
それによってフォローではなく茶化している空気になってしまった。
「お主ら馬鹿にしておるなー! むきー!」
そんなやり取りをしていると、少女はまたもや周囲を見渡し、リンシアをじっと見つめ始めた。
そして――
「ママ!」
そう言って少女は俺の手元からフワッと飛び立ち、リンシアの懐に収まった。
「私まだそんな歳じゃないです――か、可愛い……!」
若干ショックを受けながらもリンシアは懐に抱く少女に目を輝かせ、思わず頭を撫でていた。
その光景は親子というよりは親戚の子供をあやしているお姉さんという印象だ。
「最後にリンシアの魔力も吸収しておったようじゃ」
輝石の状態のときに魔力を与えると懐きやすくなるということなのだろう。
「だけどそれだけではないの、お主らは精霊に好かれやすい体質なのじゃ」
その説明に半分納得する。確かリンシアには【精霊魔導力】というスキルがあるからだ。
だが俺は精霊には関するスキルを持ち合わせていない。
「とりあえず……落ち着こうか」
ひとまず周りを諭して席に座らせる。
といっても立ち上がってものはアリエルぐらいだけども。
「俺が会った精霊とは少し違うように見える」
「見えるもなにも違うのじゃ。この精霊は女王候補なのじゃ」
「女王?」
「左様。この魔力量は間違いない。全ての精霊逹を総べる器なのじゃ」
アリエルの説明によると、精霊達を総べる女王は1人だけいて、死期が迫ると各地の泉から誕生する魔力の高い精霊から新たな女王を選出するという事らしい。
つまりこの精霊は女王候補である特別な精霊なのだ。
「じゃあ輝石を預けた精霊に報告して、泉に返すべきじゃないか?」
「一概にそうとは限らんの」
「というと?」
「精霊の泉を襲った連中はこの精霊を狙った可能性が高い。そして秘匿とされている泉の場所を特定する手段を持っている可能性もある」
「つまり、俺達で守るべきだと言いたいのか?」
「相変わらずクレイは理解が早いの」
精霊は兵器として利用する者も多く、女王候補なら尚更その力を欲する者は多いだろう。そしてあの時の魔族達が泉を特定する手段があったとするならまた狙われる危険性が高い。
守る事を優先的に考えるなら手の届く範囲にいてもらった方がいいのは確かなのだ。
それにここには天使であるアリエルもいるのだから。
アリエルの名前を出して、輝石を預けてきたあの精霊はこうなることがわかっていた節がありそうだな。
「乗りかかった船なのじゃ。クレイもおるし大丈夫だと思うぞ。それにリンシアも満更ではない顔をしておろう」
アリエルの言葉に俺は視線をリンシアへ向ける。リンシアは子供をあやすように頭を撫でながら、満遍の笑みで少女を可愛がっているようだった。
よく見ると後ろで控えていたメルも精霊の少女を見てデレデレとしている様子だった。
「まぁ……いいか」
そんなリンシアの笑みを見た事によるものなのか、俺も精霊を預かることに関していいように思えた。
「うむ。早速その精霊と契約を結ぶのじゃ」
「契約か」
契約という言葉に一同がアリエルに視線を送った。
「契約することで精霊達は力をフルに使えるし、成長も早くなる。それに精霊1人につき1人だけしか契約出来ない。だから先に契約をしておけば他に利用されることもなくなるのじゃ」
「なるほど、契約による代償はあるのか?」
「代償というのは特にはないの。逆に精霊たちの莫大な魔力を供給し合えるし、精霊魔法が使えるようになる」
精霊魔法――基本である火、水、地、風、光、闇の6属性に当てはまらない魔法のひとつと聞いている。
俺自身見たことないので曖昧な表現になってしまうが、無属性魔法に特徴は似ていて、精霊と契約者のみしか使えないと書物で読んだことがあった。
「契約方法は?」
「簡単なのじゃ。名前をあげて、それを精霊が了承すれば契約となる」
本当に簡単な契約方法だな。
だけど精霊の同意がないとダメということになる。
「契約を解除する方法は?」
「互いが解除したいと願えばそうなる」
解除もお互いの同意の元で行われるのか。
加護のようなものらしい。
「なら――リンシアが契約してくれ」
「わ、私ですか?」
突然の提案にリンシアは目を見開く。
「あぁ。リンシアとその少女が良ければな」
俺の言葉を聞いたリンシアは考えるように懐に抱く少女を見つめた。
少女はそんなリンシアに笑みを返す。
するとリンシアの表現は真剣なものに変わっていき真っ直ぐと俺へ向き直る。
「契約したいです。私がこの子を守ります」
「名前を頂戴、ママ」
少女もそう言いながらリンシアへ抱きよる。
「なら名前を」
「あなたの名前――」
リンシアはそう言って再び少女を見つめる。
「キサラです」
リンシアがそう言った途端、少女は光を放ち始めた。その光はやがてリンシアも覆っていく。
しばらくして光が止むと、そこには変わらない姿のリンシアと精霊の少女――キサラの姿があった。
「問題なく契約が成立したようじゃ」
アリエルが首を縦に振りながら満足そうに呟くと、一同がホッと胸を撫で下ろすようにリンシア達を見つめた。
「よろしくね、キサラちゃん」
「うん! ママのために頑張るね!」
「呼び方なんだけど、ママじゃなくて他の呼び方にしない?」
「えー! ママはママだよぉ」
「リンシアの愛称はシアだから、シアって呼んでほしいな」
「シアちゃん!」
「よしよし」
そんな2人のやり取りを微笑ましく見守る一同。
リンシアの新たに見せる表情に俺も柔らかい感情が芽生える。
「ついでに俺のことはクレイと呼んでくれ」
「クレイ!」
「妾は――」
「ばぁば」
「ぐはっ――」
「ふふっ」
またも項垂れるアリエルに思わずエミルも笑い出した。
それにつられてメル、そしてリンシアも笑みを浮かべた。
「まぁ、そのうち覚えてくれればいいのじゃ……」
屋敷の中に今まで以上の笑いが溢れる。
こうしてリンシアは精霊と契約を果たしたのだった。
◇
夕刻を過ぎた頃、フレリィーはリンシアの書斎へ足を運んでいた。
実を言うとフレリィーは公爵の娘ということもあって、リンシアとは昔馴染みなのである。それにリンシアやミロードの掲げていた「弱きを救い、争いを無くす」という政策を推奨していることもあってかなり仲が良く、お茶会にもちょくちょく参加している仲なのだ。
「今日はどうしたの?」
目の前のソファーに腰掛けるリンシアが柔らかい表情で首をかしげる。そんなリンシアの可愛い容姿に同じ女性であるフレリィーですら見入ってしまう。
「リンシア様、ジルムンクの視察の件なのですが、本当に申し訳ありません」
フレリィーは邪念を振り払うように深々と頭を下げる。
ジルムンクの視察の件――リンシアはジルムンクへの視察が決まった際にフレリィーに声をかけていたのだ。
だけどルシフェルの指示もあり、今回のジルムンクの視察にクロード家が力を借すことが出来ない事になってしまった。
他の王族の警護に充てる。という取ってつけたような理由のせいである。
「いいのよ。フレリィーが悪い訳では無いわ」
「私がリンシア様の聖騎士であったなら……」
悔しい気持ちを抑えながらも拳を握る力が強くなる。
フレリィーはミロードを亡くしてから、第二王子であるルシフェルの事をあまり良く思っていない。それはミロードか残した遺言書のような手紙を見る機会があったからだ。
何かあった時のためにリンシア宛に残していたその手紙には、主にルシフェルが今までやっていた政策やこれから行おうとしている事柄が書かれていた。
そして最後には王位を継がせないようにして欲しいと書かれていたのだ。
この事は偶然見てしまったフレリィーとリンシア、2人だけの秘密として、ルシフェルに王位を継がせないために少しずつ動いているのだ。
わざわざ帝国の剣闘士大会に参加したのもその計画の一つであった。優勝することは適わなかったがそれなりに成果が大きかったように思えた。
「ありがとう、でも私は聖騎士にしたい人がもういるから」
「言ってましたね。確かヴァンと同じ学園に通っているとか」
「ふふっ、そうね」
そう言いながら唇を綻ばせるリンシアがどこか自分に似ているとフレリィーは感じた。
「リンシア様には想い人がいらっしゃいますか?」
「えっ、どうしたの急に」
「何となく――最近はそういった感情がわかるようになってきたので。間違っていたらすみません」
「そう――うん、いるわよ。こういう事を聞くってことはフレリィーも慕ってる男性がいるのね?」
リンシアの質問に胸を熱くするフレリィー。剣闘士大会決勝戦の出来事を思い出したのだ。
「ど、あっ、はい。その、想い人というかカッコイイと思いました」
顔を赤くするフレリィーへリンシアは子供のような笑みを返した。
「どんな人なの?」
「私が参加した帝国の剣闘士大会の優勝者です。あんな綺麗で鮮やかな剣さばきは初めて見ました」
「そんなに凄い剣術だった?」
「はい、恥ずかしながら一目でその――じわっと心に広がる何かを感じました。自分の鼓動が聞こえるぐらい熱くなっていったんです。あぁすみません」
思わず熱く語ってしまったフレリィーは恥ずかしそうに謝罪を述べた。
「いいのよ。その方は帝国の騎士なの?」
「傭兵と言っていました。どこの国にも属している様子がなかったです」
「なら王国に――」
「私もそう思ったのですが、話をかける前に何処かへ行ってしまいました。でもまたいつか会えると信じております」
切ない気持ちを押し殺しフレリィーは真っ直ぐに言い放つ。
そんな様子に共感してなのか、リンシアの表情も切ないものに変わっていた。
「リンシア様の想い人はその聖騎士候補の?」
「フレリィーだから特別に話すわ。そう、私はその聖騎士候補にしたい殿方が……好きみたい。でもだからといって贔屓しているとかは一切ないわ」
「その心配してませんよ。私はリンシア様を慕っていますから。でも――」
「そうね、私は王族だからこの恋は叶わない」
窓の外を見つめながら、リンシアは誰に言うわけでもなく寂しそうに語った。
リンシアの婚姻相手はまだ決まっていない。だが王族であるリンシアに相手を選ぶ自由は今のところないのだ。
自分と似た状況のせいなのか、フレリィーの心まで切なくなっていく。
「私はリンシア様の味方ですよ」
「ありがとう、私もフレリィーの味方よ。またその人に会えるようにと願っているわ」
「ありがとうございます。でも私は王国を第一に考えていますよ」
そんなフレリィーへリンシアは笑いかけた。
――リンシア様にとって良い状況になりますよう。そしていつの日かまたあの人巡り会えますように。
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