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第99話

「さっき言っていたボロスのことだが、闇ギルドについては把握しているのか?」


 俺は確認するように伺う。

 それを聞いた直後、笑みを浮かべていたククルも表情を真剣なものに切り替えた。



(おのれ)達はどこまで知っているんだ?」


「逆に問おう。帝国で《ドリームポーション》を作成するために人体実験を行っていた事は知っているか?」


「思ったよりも情報を集める能力に長けているようだな」


「まぁな」



 相槌(あいずち)を打ちつつ、隣にいるティアラへ目を向けると、嬉しそうにニコっと口元を綻ばせた。



「正直に話そう――実験について把握はしていた」



 複雑そうな面持ちで答えたククルはそのまま腕を組みながら説明を続けた。



「帝国はケミカルポーションという薬で貴族や騎士達の能力の底上げをしていてな。身体に害はなかったし、それで帝国が守られるのであればいいと思っていた。だけどそれでは満足出来なかった宰相(さいしょう)が今以上に強化出来るポーションを作るために闇ギルドを利用して実験を始めたんだ。まぁ研究は1度頓挫(とんざ)したが、それでも諦めなかった宰相は最近、皇族を(そそのか)して再び実験を始めたところだったんだ」



 ククルの話しは大まかな説明ではあるが、俺達が調べた情報と何ら変わりはないものだった。



「たぶん第1皇子の派閥の者達がその実験を動かしている。だから今回それを食い止めるべく俺も裏で動いていたんだが――昨夜、何故か研究施設が吹っ飛んだらしいじゃないか。まさかとは思うが――」


「俺たちだな」


「やっぱりか。帝国に来たばかりなのに首を吊っこむ理由でもあったか? まさか正義感だけで動いたというわけじゃないだろ?」


「俺は見た目通り正義感で動く人間でもない。レニ・バルセロという名前はわかるか?」


「バルセロ……そうかユリア・バルセロの関係者か」



 どうやら伝わったようで、ククルはその名前を出した。

 ユリア・バルセロ――元帝国の騎士団でレニの姉でもある。



「そうだ。そして俺の弟子でもある。ただ、それだけだ」


「アッハッハッハッハ! 己はやはり面白いな! 弟子のために調べあげたのか。そしてついでに潰したわけか、研究施設を」



 高らかに笑うククルを俺は無表情で見つめる。

 そんな俺の姿にクスクスとティアラが笑いかけていた。



「なら、ユリアの事も説明したのか?」


「それはまだだ」


「そうか……己はどう考えているんだ?」



 そう問いかけるククルの表情は俺を試しているようにも思えた。


 実はユリア・バルセロは闇ギルドの一員でもあったのだ。

 前に頓挫した実験の際に、ユリアが主犯の1人として捕らえられた。それにより国から退団と奪爵という罰を与えられるのだが、事実をそのまま表に出すわけにはいかないので公表された理由はもちろん違うもの。そして本来なら報復を受けてもいい立場であったユリアは国を出る選択をしたのだ。


 ここからは俺の推測の域になるが、ユリアは家族のために仕方なく闇ギルドに入ったのではないだろうか。それに気づいた権力のある者がユリアのためにバルセロ家を守ったのではないかと。そして話していくうちにだんだんと、それはククルなのではないかと思えてきたのだ。



「俺は姉弟の絆を信じたいがな」



 だからこそ希望を込めて笑いかけた。

 するとククルも軽く微笑する。



「ふふっ……やはり面白い――ユリアは真っ直ぐな騎士だったよ。帝国のために健気に頑張り、全力で尽くし、それでいて才能もあった。だからこそ宰相が目をつけた。己が思うとおり、ユリアは家族のために利用されたコマに過ぎない。自分がいると家族に迷惑がかかると思い、帝国を出たんだ。せめてもの救いとして俺が極刑したことにして上層部には報告した。まぁ公開された情報はそうではなかったがな」


「お前も大概だぞ」



 ククルの説明を聞いた俺も軽く微笑した。


 バルセロ家だけではない、おそらく関わった善良な貴族達の被害を最小限にするためにククルは動いたのだろう。

 それから程なくして次は第1皇子による実験が秘密裏に再開されたのだ。

 そして公務や被害者達を庇うために忙しかったククルは対応が遅れてしまったということだ。



「研究施設は4つ。残りの1つはどこだ?」


「それをさっき突き止めたところだ。が――ここからは俺が帝国騎士として動く。これ以上他国のお前達に迷惑をかけるわけにはいかない」



 俺の考えを先読みしてククルから忠告される。

 確かにこの先は施設を差し押さえ、主犯たちを厳罰する作業のみ。

 これからは皇族同士の揉め事になるので、俺たちの出る幕はない。



「そうか」



 だから俺は了承の意味を込めて一言告げる。

 これであと1つを残して知りたいことは大体聞けたことになる。

 するとククルは笑顔を向けながら口を開いた。



「己は帝国の侯爵(こうしゃく)になる気はないか?」


「侯爵? どういう事だ?」



 いきなりの飛躍した問いかけに疑問を浮かべた。



「そう、侯爵だ。さらにはいずれ皇帝の座について欲しいとも考えている」



 本当に何を言い出しているのだろうか。

 こんなにも飛躍した内容なのに、冗談に聞こえないのが逆に怖い。

 そして隣では何故か嬉しそうに目を輝かせるティアラ。どこか面白がっているように見える。



「今代の皇子達は考え方が腐っててな。このままだと帝国は変な方向に進んでしまう。それによって戦争も起きかねない。だから誰か代わりに皇帝になってくれねーかと思っているわけだ。大会決勝で己は行方知れずになっているが、皆能力自体は高く評価していて、皇族は帝国に引き入れたいと思っているぞ。俺も含めてな」


「先に言うが、俺は皇帝になるつもりも叙爵を受けるつもりもない」



 皇族と同じ立場であるククルと侯爵の立場を与えられた貴族が揃えば皇帝になる事さえ可能な気がするので先に断っておくことにした。



「そりゃあ残念だ」



 ケラケラと笑いながらククルは冗談ぽく呟いた。

 冗談だったならまだいいが、諦めてないのなら厄介だな。



「王は俺には向いていない。だからそれ以外なら何か協力してやる」


「私も協力しますので、何かあれば相談してください」



 だからこそ念押しに告げると、ティアラもそれに乗っかった。



「ふふっ、ならこの件以外に困ったことがあったら言うとしよう」



 今度こそククルは残念そうに苦笑をした。



「それとつかぬ事を聞くが、皇女ちゃんはあの皇国の"麗姫(れいき)"なのか?」


「そう呼ぶ方は確かにいますね」


「そうかそうか、それは本当に心強い」



 ククルは心底嬉しそうに呟いた。

 どうやら他国にも名前は轟いているらしい。

 "麗姫(れいき)"――皇女でありながらずば抜けた国政で皇帝に並ぶ権力者と言われている。

 そんなティアラが協力するということは、皇国が協力してくれるということと同義だからである。



「なら最後に聞きたいんだが、天使であるウリエルについて知っていることはあるか?」







 決勝トーナメントが行われた次の日の早朝。

 宿屋近くの訓練場でフレリィーは素振りをしていた。



「ふう……これくらいでいいだろう」



 しばらくしてフレリィーは素振りをやめて、木陰に座り込んだ。

 そして何回目になるだろうか、目に焼き付けた剣闘士大会の決勝戦を再び思い浮かべる。


 マックとククルの試合は壮絶なるものだった。お互いが相手を分析し、間合いを詰め合う。

 やっとのことで一撃を入れたマックではあったが、ククルの鎧には弾かれて効いていないように見えた。

 恐らくはなんらかの仕掛けがあったのだろうが、魔法が使えない現状で打破する術をフレリィーは持ち合わせていなかった。


 それはマックも同じだったのだろう。マックは正面から打ち破るというシンプルな方法を選択したのだ。あのときの可愛げある無邪気な笑顔が再びフレリィーの心を射抜いていた。


 剣を構えるマック。

 とても静かで魔力や気力が一切感じなかったのだが、剣の内側から凄まじい何かを感じた。


 そして2人の刃は交差した。

 その直後、凄まじい光が闘技場に満ち溢れる。

 さらには見たこともない、空間が歪むほどの爆発と衝撃が地面を揺らし、耳を劈くようなガラスの割れた様な音と共に結界は破られたのだ。


 ――土煙で舞台は見えない。  

 次第に土煙が晴れていくと、そこには鎧をボロボロにしたククルが場外に――舞台の真ん中には折れた剣が落ちていた。

 だけどマックの姿はどこにも見当たらなかったのだ。

 それによりククルの勝利と見なされ、マックはあの衝撃で消失してしまったということになった。


 ――マックは生きている。

 フレリィーは試合開始からマックを全力で観察していた。

 あの衝撃の刹那、上空へ何かが飛んでいくのを見たような気がした。


 そこで仮説を立てた。

 振り下ろすために軽く飛んだマックはあの衝撃で上空へ吹き飛ばされたのではないかと。

 つまり消失した訳ではなく、飛ばされただけのマックはまだ生きているということになるのだ。


 考えてみればあれほどの剣士が簡単に死ぬわけがない。

 その結論に至ってから、フレリィーは四六時中マックの事を想い続けていた。

 もう一度会いたい。会っていろんなことを話したい。そして将来は――。



「帝国を出る前に会いたかった」



 ――それも叶わない。

 フレリィーは苦笑しながらも残念そうに俯く。

 剣闘士大会が終わったので、すぐに王国に戻らねばならないのだ。

 騎士団としての仕事が山のように残っている。



「私は諦めないからな」



 だからこそ自分に言い聞かせるように呟いた。

 初めて抱くこの想いを無かったことにしたくない。だから絶対に探し出し、巡り会って想いだけでも伝えたい。可能性が低いことはわかっているが、そんなことは関係ないのだ。理論的にわかっていても、感情が言うことを聞いてくれないのだ。


 ――これが恋というものか。

 そう思うフレリィーの表情は柔らかい。

 その時ばかりは金雄騎士団の団長ではなく、女の子としての顔をしていたのだった。



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