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星降る丘の黄昏に包まれて  作者: 中原 司
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チャプター1-2


「お久しぶりです。ファムル長老」

 深々と頭を下げて、ルシーナは目の前の老婆に挨拶をした。二年前に、ルシーナの運命を左右したあの老婆である。

「ルシーナか…」

 以前と全くその容貌が変わっていない老婆は、じっと神殿に飾られている太陽の紋章を見つめている。しかし、以前のように、引きつった笑い声を出すことはなかった。

 ルシーナは今、太陽の神殿に訪れていた。普通であれば、神殿間の行き来は許可されているものの、ほとんどの若い神子達は往来を拒否する。自らの神の教えすらもまだ終えていないのに、他の神の神殿に行くことは恥ずべき事だと心の中で戒めているのだ。

 だから、神殿を行き来するのは壮年の神子か、もしくは星の神子達のみであった。

 しかしルシーナは月の教えはもとより、その他の教えを請うために何度も多くの神殿に訪れている。

 今は教えを乞うためではなく、ファムルに呼ばれての来訪であった。

「何のご用でしょうか? ファムル長老」

 頭を上げ、毅然とした態度で背を向けている老婆の身体全体を視界に捉える。その色彩の塊は、他の者とは明らかに違う雰囲気を醸し出していた。

「うむ…。昨日、一人の太陽の神子が神に召された。『姫神子』の世話役に努めていた神子じゃった」

「ヴァナー様が…?」

「そうじゃ、国のために、民のために、神の御元に赴きおった…」

「そうですか…」

 そう言った後、二人の間に沈黙が流れる。ルシーナはファムルが何か言い出すのを待ち、ファムルは何かを言い留まっているようだった。

「して、ルシーナよ。そなたの護るべきものは見つかったのか?」

「いえ、日々探し求めてはいるのですが、一向に…」

「そうか…」

「護るべきものが人であるのか、国であるのか、それとも他の何かであるのか…。それすらも分かっておりません」

 ルシーナは肩を落とし、声量を絞った。

「時の流れとは永いようで短く、それでいて決して止まることはない。そなたはまだ若い。

そう、気を落とすな。全ては神の意志によって決められるのだ。そなたにもいつか信託が舞い降りる日が来るだろうて。それまでは焦らず、心に闇を創らぬ事じゃ…」

 言って、ファムルはくるりと身を返し、ルシーナと向かい合った。

 ルシーナはハッと身を固くし、言葉を待った。

「ヴァナーを失ったことで、姫神子の世話役を務める者が一人としてこの神殿にはおらん。

神の教えでは、姫神子の世話役は女の太陽の神子であり、全てを教えられる者でなければならぬ。しかし、この神殿におる神子達は皆若い。そなたよりも早く神子に選ばれた者もいるが、神子としてはまだまだ未熟で、世話役としての務めが果たせるとは到底思えん。

 ルシーナよ。姫神子の世話役としての務めを買って出てはくれぬか? 十六夜の月に生まれ、光の洗礼を受けたそなたであれば、必ずやその務めを果たせるであろう。そなたの使命は百も承知しておる。それでも引き受けてはくれぬか、ルシーナ=アストラルよ!」

「ファムル長老…。私は貴方にこの命を救われ、貴方が道を指し示してくれたおかげで、今もこうして生きていられるのです。何時かそのご恩はお返ししなければならないと思っておりました。その恩をお返しすることで、己がどれだけ困難な道に至ろうが、私は生き抜くことを誓った身です。長老、その役目、私などで宜しければ、非力ながらも尽力を努めさせていただきます。それが月の神の意志なのであれば…」

 まさにその風貌は十歳の少年とは思えぬ程であった。威風堂々とし、迷いのない澄みきった瞳は青年になろうが壮年になろうが、変わることはないのだろう。『神々に選ばれし従者』の名称を恥ず無く受けられるのは、この者を置いて他にいない、と言われるのも無理はない。それほどまでにこの少年は達観した人物に成長していた。

 その言葉を聞き届けるとファムルは確信したかのように力強く頷き、声を上げた。

「セリアよ、この者の前へ…」

 その言葉を放つと同時にルシーナの正面、ファムルの背後にある扉がギィッと軋む音を立てて開いた。その奥の闇の中からは、見知った顔の太陽の神子に連れられて一人の少女がよたよたと力無く歩いてくる。

「あの方の世話役を私が務めるのですね?」

「そうじゃ…」

 少女―――というには幼すぎるほどである。歩くことが精一杯と言った感じで、前を向かず、ずっと足下を見つめ、確かめながら二人の元まで辿り着いた。

「あなた様のお名前は?」

 言うとルシーナは幼女の前に片膝を着いた。

「セリア…」

「セリア様ですか…。私の名はルシーナ=アストラル。月の神子を務めている者です。この度はあなた様の世話役を務めさせていただくことになり、光栄に感じております」

「ルシーナよ。セリアにはまだそこまでは理解できんよ…」

「そうですね」

 クスッと、ルシーナとセリアの付き人が笑うと、ルシーナは立ち上がり、再びファムルの方を向いた。

「セリアはお前とほぼ同じ時期、月が太陽を覆うときに生まれた娘じゃ。姫神子の使命はそなたも知っておろう。時が満ちるまで、セリアの世話をしっかりと頼んだぞ」

「承知しました」

 深々と頭を下げ、礼を尽くす。セリアの付き人も二人に頭を下げるとセリアをつれて、また姿を現した扉の中に消えていった。

 その二人を見届けるとファムルは口を半開く。

「儂は…この国を滅ぼそうとしているのかもしれんな…」

「………」

「例外的にお前を月の神子として神殿に受け入れ、今もまた、同じ過ちを繰り返そうとしている…」

「………」

「この国は今、黄昏に満ちておる。昼でもなく、夜でもなく…。儂は見てみたいんじゃ…。そなたがこの国を昼と夜、どちらに導こうとしているのかを…。月が輝く夜に誘おうとしているのか、それとも、陽の光が降り注がれる昼を招こうとしているのか…。どちらにしても、この国は、お前とセリア、月と太陽の神子二人に委ねられておる。さて、儂が神の御元に行く前に見せてくれよ、その答えを…」

「………」

 ルシーナは何も話さず、ただじっとファムルの想いを受け止めていた。


二人が佇む神殿の聖堂は、天井に設けられた格子から降り注ぐ陽の光に包まれている。沈みかけた太陽が放つ輝きは、まさに全てを黄昏色に染めていた。




 そして、二人の刻の歯車はゆっくりと廻りだし、八年という歳月が流れた。

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