開幕
突如現れたメッセージに、動揺する者がいれば興味深く見つめる者、露骨に怯える者、とリアクションは様々であった。
ここでも、すぐに冷静になるのはプログラミングが得意な茉莉花と前川だった。
「何これ……。」
「パネルを押しても反応はないな。」
モニターは不気味なノイズを発しながら画面の更新を続けた。
『急に画面が切れてすまない、一斉送信をしている。今回のエラーは君たちの中に紛れている【サポーター】が原因で起きている。』
「は? 何、【サポーター】?!」
若狭が食い入るように見ながら尋ねた。他にも梅子と萊、小雪は首を傾げていた。残りの面子は、その【サポーター】というワードに心当たりがあった。
その説明を担ったのは千藤と前川だった。
「…基本的にゲームへの干渉は外部からできない。でも危険行為や明らかな迷惑行為があった時、万が一、内部の者から通報ができないとゲームが破綻する可能性があるよね。
それを防ぐためにいるノンプレイヤーが【サポーター】。
噂程度の存在だと思っていたけど、本当にいるんだね。」
「……それは周知されていない存在なんですか?」
「分からないのも仕方ない。その【サポーター】自身も自分が【サポーター】だなんて気づいていないからな。」
「は?どういう意味なわけ?」
理解できないといった風に寧々は首をひねる。それに対応したのは茉莉花だった。
「自立思考型のAIらしいよ。たくさんのルームに参加して、交流してどんどん人間らしくなる学習できるAI。」
「マニアで噂されている仕組みとしてはそのAIの感情が乱れた時、それが脳波として本部に届く、が濃厚らしいがな。厄介なのは、本人に自分がAIという自覚がないことだ。」
困ったような顔をした前川が説明を終えるとタイミングを見計らったかのようにモニターが更新された。
『君たちのプレイングの安全を保障するために、私たちは自立思考型AI【サポーター】を紛れ込ませている。人との交流をすることで、感情を学び、人間らしくなっていくただの人格。
その世界を構成するためのプログラムなのだが、それにウイルスが感染した。
だから君たち参加者には【強制退場】の機能を使用して、【サポーター】を排除してほしい。』
「なら、その【サポーター】を消しちゃえばオレたちは助かるんだな!」
「でも見極める方法がないのよね?」
「あー…そっか。」
桜庭の呑気な言葉に由香は不快そうに頭を抱えながら指摘する。
そんなやり取りの横でもモニターは更新されてゆく。
『また、【サポーター】の世界構成プログラムが働かないため、施設の一部を保持したままランダムで選ばれた参加者の記憶を元に世界を構築した。
しかし、これには難点がある。記憶を使われた参加者は4日を経過すると自動消滅する。次の4日を構成するために処理エネルギーとなる。』
「つまり、記憶を使われた奴は使い捨てってこと…?」
「そんな……。」
絶望だ。訳も分からないままエネルギーにされて、消滅なんて。
絶望のあまり、恵は膝を折ってしまう。それを支えてくれたのは風花だった。
「大丈夫? 乙川さん。」
「うん…目眩がして。」
「恵、休んで…。」
「ありがとう、由香ちゃん。」
無理矢理笑顔を作ろうとするが、片方の口角しか上がらず、酷く不細工な笑顔になってしまっていた。
支える風花の顔もいささか青かった。
『ちなみにこのエネルギーの代わりになる方法もある。もし、途中で【サポーター】以外の者が【強制退場】させられた場合、エネルギーが供給されるため、記憶を使われた参加者は助かる。
しかし、その処理にはデータが必要となる。【強制退場】させた者またはその他の者全員のデータだ。』
「つまりは、世界を保持するためには①世界を構築する参加者を犠牲にする、②【強制退場】させられた人とさせた人、③【強制退場】させた人とさせた人以外……もしくは【サポーター】を消すか、ってことですね。」
「どれもやべーじゃん…。」
梅子が纏めるとやっと理解したらしい桜庭は青い顔で呟く。さすがの寧々も黙り込んでしまった。
そして、飛び込んできた最後の情報は悪魔のようであって、甘美な響きを持ったものだった。
『現状の復興状態だと、1人であれば安全にログアウトできるので、1人になったルームはログアウト作業を行う。』
全員が言葉を失う。
甘く、甘い、救いの手。
誘惑に喉を鳴らす者もおそらくいたであろう。
しかし、誰もが他の者の顔色なんて確認できなかった。
『では世界構成処理を行う。なるべく早くエラーを処理して全員が助かるようにするが…皆も【サポーター】をどうにか処理してくれ。』
モニターの更新はそれきりであった。
気づけば空間に浮かんでいた『danger』の文字は消えていた。
誰も口を開かない中、音を発したのは若狭だった。
若狭は勢いよく自分の頰を叩いたのだ。
「ウジウジしてても仕方ねー! とにかく【サポーター】を見つけるしかねえよ!」
「……そんなの分かってるわよ。でもどうするわけ?」
「そうだな、見極める方法もないのに。」
「でも見つけるしかねーだろ! じゃなきゃ…。」
若狭がその先言わんとしていることは皆、痛いほど分かっていた。
「……まずは、無難に探索しない? 実際に施設がどうなっているか確認しないと。」
「千藤の言うとおりかもね。」
千藤の言葉に米田が同意する。
しかし、誰も覚悟できていなかった。外に出れば、誰が濃厚な犠牲者候補か分かってしまうからであった。
「……いきましょう。」
ポツリ、と言葉を発したのは恵だった。
「……ここで止まっていても悪戯に時間を浪費してしまうだけです。」
「恵…アンタ…。」
恵の言葉に由香が目を丸くする。
「乙川の言うとおりだな! 年下の女の子が覚悟決めてるっつーのにオレってのは情けねぇ。
よし、オレも行くぞ!」
「ならオレも行きます! 先輩と乙川さんにばかり押し付けられないですから。」
「私も行くよ。」
「恵が行くなら私も行く。」
風花、茉莉花、由香の追従に他の皆も覚悟が決まったようだ。
「じゃあ、開けます。」
恵が扉を開く。
まず真っ先に目に入ったのは玄関フロアから続く中庭。
そして、その光景に言葉を失った。
「………これって、私の家の庭?」
恵の言葉は残酷なまでに、静かなこの場に響き、そして恵の記憶はそこで途切れた。