エラー×エラー
そのハプニングは突如現れた。
通常ログアウト1時間前に通達が入るのだが、それが入らなかった。そのエラーに気づいた茉莉花と前川がモニタールームとログインルームで異変を探していた。
「何か朝から騒がしいな。」
「出てくるの遅いけど? 若狭、陸上やってたって言ってたけど朝練とかなかったの?」
「あったぜ! だけど親とか友達に起こしてもらった!」
「……呑気な奴。」
由香は呆れたように頭を抱える。
「アンタたち、いつまで馬鹿な会話をしているんだ。本格的におかしいぞ。」
「結局のところ、どこがおかしいわけ? メッセ飛んでこないだけじゃん?」
「そーそー、時間になったらログアウトできるっしょ!」
メイクを直しながら話す寧々や気楽そうに話す桜庭を前川は睨みつけた。トラブルになると察したのか茉莉花が口を開いた。
「……本部と連絡が取れないんだよ。普通ゲームはメッセージが来ないとかポイントが加算されないとか不具合があった時は運営に連絡できるはず。でも、全く応答がないんだよね。」
「おまけに私たちがいつも作業しているプログラムも全く変更できない。むしろ外部から勝手に手を加えられているような…。」
「メンテナンスとかでは?」
「いや、通常メンテナンスは夜中に行われますし、大規模なものに関してはそもそも使用禁止になります。」
恵が梅子の疑問に答えると彼女もううん、と悩むようにため息をつく。はた、とその後ろをみると琴乃が椅子でベッドを作り呑気に寝息を立てていた。
「……すごいですね、舘野さん。」
「呑気というか図太いというか。」
「まぁ焦っても仕方ないのかもしれないけどね。」
恨みがましく呟く小雪に温厚そうな米田もさすがに苦笑を浮かべていた。
「米田さんは…あんまり不安そうではないですね?」
恵は勇気を振り絞って話しかけてみる。彼はペースを崩さず穏やかに返事をする。
「多少は不安さ。でも、あんまりそれを見せても不安になるだろう?」
「……まぁ、そうですね。」
たしかにこの場が阿鼻叫喚となったら恵も同じくパニックに陥るであろう。彼女は否定できず、自嘲した。
その時であった。
ビーッビーッビーッとけたたましい警告音が鳴り響いたのだ。流石の琴乃も驚いて椅子から落ちた。
作業中の2人も、先程まで落ち着いていた米田や若狭までも、脂汗を滲ませて眉をひそめた。
「何だよコレ!」
風花は何かを叫んだが、それは隣にいる千藤にさえも聞こえなかったらしい。彼は風花に向けて不思議そうな顔をした。
激しい音はすぐに収まった。
しかし、空間は赤い『danger』マークに包まれており、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「……何ですかコレ。」
梅子が周りを見渡す。
「もぉ…ゆっくり寝ることもできないの?」
「や、琴乃ちゃん、そんな呑気なこと言ってる場合じゃなくね? つーか、でん…デンジャー? って何だよ。」
「……危険って意味かな?」
「そうじゃなくてね!」
あくまでも冷静に答える茉莉花に桜庭は律儀にツッコミを入れる。
「……これ、部屋の外にも繋がってるな。」
「……出て大丈夫なんすか?」
若狭と風花がモニタールームから顔を出す。
「行ってみるか?」
「え、危なくないですか?」
「でも、調査しねーことにはどうしようもなく…わっ!」
急に通知が届き、若狭が情けない声を出す。
「『ログインルームに集合』……?」
恵が通知を読み上げる。
その場の全員がメッセージを見て不安そうな表情を浮かべる。
「とりあえず行ってみようぜ!」
「そうだね…僕も若狭に賛成かな。」
「お2人が行くなら私も行きます。」
若狭と米田の言葉に梅子が同意する形になった。
恵は額に汗を掻きつつも片手を控えめに挙げて声をあげた。
「わ、私も行きます!」
「いや、恵はここに残りなよ! 私が見てくるからさ。」
すかさず反応して彼女の肩を揺さぶるのは由香だった。恵はでも、と抵抗するが彼女の視線は有無を言わさないような強い者だった。
「いいじゃないっすか、小塚さん。自分から行くって言ってるんですし。」
「……風花は恵の何を知ってるの?」
「知らないっすけど…。」
「まぁまぁ、2人とも。僕も行くから、さ。」
「私も行こう…エラーの原因が気になるからな。」
「あたしは行きたくな「みんなで行こう、ね!」
千藤が間に入るが、風花と由香は睨み合っていた。琴乃の言葉に被せて提案した小雪の言葉をきっかけに、結局全員でログインルームへ向かうことになった。
「ったくもう…あの風花って奴全然恵のこと分かってない!」
「まだ1日しか一緒にいないんだから分かってても怖いけど…そんなに悪い人じゃないと思うけど。」
「……何か、恵さ。変わった?」
「え?」
思いもよらぬ言葉に恵は目を丸くした。しかし、彼女は何でもない、と会話を打ち切ってしまった。
もし、自分が変わったとしたら、もしかしたら若狭さんと話せたおかげかもしれないと、緊迫した空気に似合わないことを考えていた。
ログインルームに入ると、同様に『danger』と空間に浮かんでいた。
不気味にお知らせ用のモニターに砂嵐が映っている。
前川が電源をつけ、慣れた手つきでパネルを操作する。
すると、急にブツン、と音を立てて人影らしき何かが写った。
「「映った!」」
「うるさい。…オイ、アンタ聞こえているのか?」
『ああ、やっと繋がった!』
騒ぐ桜庭と寧々を押しのけ前川が声を掛けるとモニターの向こうの人物が悲鳴に近い声をあげた。
『君たち大丈夫?!』
「何が起きてるんですか?」
梅子が尋ねるとモニターの向こうからうなり声が聞こえた。
『皆さん落ち着いて聞いてください。
私は当ルーム担当…スズキです。今サーバー全体にエラーが出ています…と、いうよりウイルスが発生しているんです。』
「ウイルス?!」
「……そんなの聞いたことない。」
茉莉花が首を傾げた。
「え、それってどうなるの…?」
小雪が不安げに尋ねる。
『ごめんなさい…今本部も対策をとっているんですが対応しきれなくて…現在102ルーム全部が落ちていて。少しだけ待っていてくれますか?』
「そんな…。」
梅子が呆然として呟く。
『でも、あ【ガーッ】、わ【ガーッ】から。待って』
不気味なノイズに包まれ、スズキさんの声は途切れた。そして、空間に浮かんでいた文字が消えた。
「え、何だよ…これ。」
「…直ったのかなぁ?」
その瞬間だった。
モニターに文字が浮かび上がったのだ。
『ゲームの始まりだ。お前達の中にいる仲間外れを強制ログアウトさせろ。』
全員がその言葉に息を呑む。
果たしてその意味とは。
恵は正面のモニターを見つめながらどうしても拭えない大きな不安感に揺さぶられていた。
そして、これがすべての始まりで、私にとっての終わりであったのだ。
次回より本編1章に入ります。
更新は9/13予定です。