画面の向こうの真実
3人が目を開くと目の前には先程と大差ない温室が広がっていた。
恵の手には手紙とフロッピーが、琴乃の手には風花の端末が残っていた。しかし、先程までいた風花の姿をした茉莉花は、もういない。
「さて、ここじゃ端末も起動しないし、1回出ようか。」
千藤が率先して温室の外を見たが、いつもと変わらない偽りの晴天と、いつもの施設が目の前には存在していた。
3人はカフェテリアに移動して風花の端末をつけた。
「番号は?」
「芳樹くんの端末は、私……つまりツワブキだから、11月20日。」
「なら1120だね。」
琴乃が打ち込むと端末が開いた。
端末には動画がデータとして残っていた。
「動画、かな。」
「再生するね。」
琴乃が再生ボタンを押すと端末には風花の姿が映った。3人とも驚きを隠せず、えっと声を漏らした。
『3人とも、久しぶり! って言っても3人はそう久しぶりな感じしないか。』
「……芳樹くん、メッセージ残しててくれたんだ。」
恵は、風花がヒントをできる限り残してくれていたことに喜びを覚えていた。
『さて、時間もないから手短にいく。赤根さんのことはもう本人から聞いてるだろうから省略する。オレが話すのは、3人がオレの世界に行った後、ヒントになるかなってことだ。
でも、オレが言うことだし合ってるか分からないから半分くらいに聞いといてほしい。』
彼は真剣な表情で話し始めた。
『まずは何で若狭先輩の手紙とフロッピーを乙川さんの端末のところに置いたか。オレは最初あの手紙を読んだ時は、疑問は抱かなかった。でも2枚目、それがどうも意味がわからなくて。
それに、独りで書斎に引きこもってた理由、それがそのフロッピーにあるんじゃないかなって思ってたんだけど見る機会はなかった。だから3人に確認してほしいんだ。』
「ちなみに乙川さん、覚えは?」
「私、お父さんの書斎にあまり入ったことないから尚更わからないよ……。」
恵は首を横に振る。
『それにあの人さ、米田さんの端末で米田さんのこと消せなかったって嘘ついたろ? その理由が全然わからなかった。でも、意味もなく嘘をつくとは思えないんだ。』
「確かに、寧々の世界の時にそんなこともあったね。」
琴乃がふと思い出したようだ。
風花がずっと若狭のことを考えながら日々を過ごしていたということが思い知らされた。
『たぶん、オレこのこと凄い気にしてるからそっちの世界でも反映されると思う、だからよろしく。
で、あともう1つ。桜庭さんの世界の後、何でオレたちの世界しか残らなかったんだろうって。』
この風花の言葉には3人とも困惑した。なぜなら3人とも、その理由が消え際に起きたエラーのせいだと思い込んでいたからだ。
『オレの取り越し苦労だったら良いんだけど。ちょっと気になって、ね。
ここからは関係ないことなんだけどさ、』
彼は一瞬だけ目線をそらした。
おそらく場所は温室の入口、茉莉花の方に視線を移した。
『……ごめん、本当は3人にも相談すべきことだったと思う。』
それは恐らく茉莉花を救い、自分が犠牲になったことに対する謝罪だろう。容易に想像ができた。
しかし、彼が即断しなければ、間に合わなかったかもしれない。その事実を理解しているからこそ、3人は気まずそうな表情を浮かべた。
『でも、この動画を見てくれてるなら、それは全部オレが伝えたかったことを受け取ってくれたってことだろうから嬉しい。ありがとな。』
「……あたしもだけど、本当みんな自分勝手。」
悪態つく琴乃に2人は僅かに緊張を緩めた。
『それにな、最後、やっと赤根さんのこと茉莉花さんって呼べたんだよ。……説得のために使うっていう姑息な手だったけど。』
「練習の甲斐があったんじゃん。」
千藤は微笑ましい彼の練習風景を思い返したのか目を細めた。
『……あとはオレは3人を信じる。今まで消えた人たちが何かを残していったことを信じる。だから、頼んだ。
千藤、舘野さん、……ごほん、恵、さん。
またな。』
手を振りながらそれだけを言うと画面は真っ暗になった。
ズルい、完全に言い逃げだ。
恵は涙を零さないようにグッと下唇を強く噛んだ。直接聞くまでは泣いてやるものか、と。
千藤は彼の端末を自分の端末とともに仕舞う。
「さて、モニタールームに行こうか。」
「……茉莉花が言ってたことを確かめるんだね。」
「分かった。」
3人は小走りでモニタールームに向かう。
泣いている暇も、立ち止まっている暇もなかった。
到着すると千藤が電源スイッチを入れる。
いつもなら起動にいくつものプログラムを打ち込み時間を要するが、今回は容易く起動した。
そこで3人は驚くべき人物と出会うのだ。
『ルーム89のみんな、無事ね! 回線が途切れたから心配した……。』
「……あなたが、スズキ、さん?」
恵が言葉を絞り出す。
他の2人も固まり、言葉を失っているようだ。
画面の向こうのスズキも驚きはしたが、すぐに3人の驚いている理由が分かったらしく、傷ついた顔をした。
なぜなら。
『驚くのも、無理ないね。私は赤根茉莉花の元になった人物、オリジナルだから。』
そう、【サポーター】は成人の記憶を元に作られたプレイヤーモデルがいる。
すなわち赤根茉莉花はすでに成人であり、スズキと名乗った者が、赤根茉莉花のオリジナルであるのだ。
『……そっちは、もう3人なんだね。‘私’は仲間として頑張ったんだ。』
「はい、私たちは茉莉花ちゃんに救われました。」
無言で画面の向こうの赤根は頷いた。
『……時間は有限、私もただあなた達が消えていくのをバカみたいに見つめていたわけじゃない。だからできる限りの情報提供をする。』
「お願いします。私たちにできることならなんでもします。」
『……頼もしいな。』
砕けて話してみると、赤根には彼女の面影を嫌という程に感じた。オリジナルであるから間違い無いのだが。
『さて、あなた達にログアウトできる権利をチラつかせ、【強制退場】を促したモノ、それが何かはもう理解している、よね。』
「【サポーター】でなければ、ウイルスですよね。単刀直入に聞きますけど、結局その正体は何ですか?」
千藤が躊躇いなく尋ねると赤根は一瞬だけ、間を空けた。
そして、何かを決意したような瞳で告げた。
『……そのウイルスはね、外部から送られてきたものなの。』
「そんなの、可能なの?」
琴乃が尋ねると赤根は頷く。
『うん。職員または君たち子どもしか入れない区域に装置の予備がいくつかあるんだけど。それをPCに繋いでシステムダウンロードを行えば、侵入可能なの。もちろんパスワードとかは必要なんだけどね。』
「まさか、装置とパスワードが盗まれた、っていうんですか。」
「……惜しいかな、乙川さん。
正しくは装置の横流しとパスワードの漏洩が行われた、というのが正しい。』
「えっ、そんなの可能なの?」
「……職員の中に犯罪者がいたってわけ。」
千藤の言葉を肯定した。
安心安全な世界、無気力な子ども達のための、箱庭。そんなこと、考えたくなかった。
「……その正体は?」
『松河透、』
「!」
恵がヒュッと息をのむ。
あり得ない、なぜここでその人の名前が出てくるのだ。
「……どうしたの、恵?」
「知ってる人?」
「……私の、高校の、担任の先生。」
「担任?」
千藤が聞き返し、何か勘案しているようだ。
しかし、恵の頭の中にはなぜ? という言葉が巡る。
彼は自分が不登校になった時、よく面倒を見てくれた。家に引きこもる自分の元まで訪ねてくれた上、学校に居場所のない自分と会話を交えてくれた。
だから、こそ。
「……私たちは、どうすればいいですか?」
自分の手で決着させなければならない。
恵は画面の向こうの彼女に尋ねたのだ。




