解決編⑤ -前編-
「で、何から始める?」
風花はずっと恵たちの話が気になっていたのかうずうずしている。当たり前であろう、渦中にいるにも関わらず本人は殆ど情報がないのだ。
「まずは、芳樹くんに共有する意も込めて、茉莉花ちゃんが【サポーター】であることを踏まえてこの世界に起きた異常についてまとめてみようか。」
「そうだね、乙川さんの言う通りでいいんじゃない?」
「あたしもそれでいいと思う。」
2人も同意する。
「茉莉花が【サポーター】であるのは、モニターのメッセージにも書いてあったから自明じゃないの?」
「それもあるし、僕は別の要素もあったと思うよ。乙川さんは覚えてる?」
「うん……、他ルーム、特に【サポーター】の人が暴走したルームだよね。」
千藤は満足そうに頷く。
此の期に及んで恵のことを試しているのだろうか。
「そ、彼らの暴走する前の前駆症状とよく似ていた。これは推測だけど彼らは自分の世界に達して、期限を迎えた場合、暴走するんじゃないかな。」
「確かに赤根さん、ここ最近【体調悪そう】だったけど……。」
「今回スキャニングも行われたし、より不安定になっていた可能性もある。それに、狂って自滅した可能性だってね。まぁ、そうすると君が温室にいた理由が分からなくなるからとりあえず横に置いておくよ。」
果たして彼女が狂ってしまう、なんてことはあるのだろうか。
どんな時だって真実に向き合い、他人を奮い立たせてくれた彼女が。
「……じゃあ茉莉花が不安定だったことに紐づけて話すけど、この世界の異常について。
箱庭は本来【天候が変わるなんてことはない】んだって。一度、私の世界の時に虹が出てたけど。」
「すでにその時から不安定だったか、はたまた世界の持ち主が不安定だったから、何とても言えるね。」
さて、世界の異常については案外簡潔に纏まってしまった。
「じゃあ、本題、風花くんのことに移ろうか。」
「芳樹くんの3日目……。
朝カフェテリアで会ってから一緒に施設の中を探索したよ。お昼には別れたから分からないけど、夕方くらいからグランドを走ってたかな。
夜にかけて天気が悪くなってきて、芳樹くんは戻ってきた。それからシャワーに入って、カフェテリアで話をして、芳樹くんは寝袋に入ったよ。」
「意外と普通に過ごしてるな……。」
風花は自分の行動に突っ込みどころがなかったのか、ポツリと本音を漏らした。
「……なら、その後寝静まってから芳樹は温室に行ったんだね。」
「そう、なのかな。」
「恵、覚えてないのー? 雨脚が強まってきた時、芳樹が扉を閉めて、鍵をかけた。つまりは茉莉花か芳樹、どっちかは自分の足で温室に向かったってことでしょ。」
言われてみれば、雷が鳴った時、恵と琴乃は身を竦めていたが彼はドアに接近して閉鎖していたかもしれない。
「……それから、芳樹くんは一度モニタールームに戻ってきて、私と会話した。」
「全然記憶ないけど。」
「でも証拠はあるんだよ。」
先程預けられた【若狭の手紙とフロッピー】を掲げた。
「寝る前には無かったもの、だよ。さっきモニタールームに戻った時に見つけたの。
芳樹くんはここで起きてから【捕縛】されてたから置くなら私が寝てから起きるまでの時間のはず。」
「……なるほどな。」
あの時の不穏な会話、それについてはここで告げるつもりはなかった。
語るには、恵の心への負担があまりにも大きかった。
「そして、芳樹くん。
その時あなたは確かに【濡れていた】よ。」
「でも今オレは【濡れていない】。
ここでオレの体の違和感につながるわけだな。」
恵は頷く。
「なら、今度は風花くんに起きたであろう謎についてまとめてみようか。
言わずもがな、君がなぜ温室に来て、なぜ変な首輪をして、なぜ気絶していたか、っていうのも謎に含まれるわけだけど。」
「それなんだよなー……。いや、でも可能性としてはあるかな。」
「なに?」
琴乃が尋ねた。
「誰かが、温室に行くのを見たらオレは恐らくついていくと思う。」
「……さすが、自分のことはよく分かってるね。」
千藤がケラケラ笑う。
「じゃあ君のアイデアを買って、温室に誰が向かったかを考えようか!」
「……そんなの、茉莉花しかいないじゃん。」
「その時間のアリバイはないけど、その可能性が高いね。」
琴乃が呆れたようにため息をついた。
「なら、温室の中で、オレと赤根さんの間で何が起きたんだ……?」
「まぁ妥当に考えるなら、『暴走する赤根さんを救うため【強制退場】させた。そしてその記憶の保持が苦しくなり、あの装置で記憶を消した。』っていう筋書きだろう。」
「それは……。」
恵が矢継ぎ早に話し始めたが、千藤に視線で牽制される。恐らくはまだ話すから黙っていてほしいといった意味であろう。
しかし恵は止まれなかった。
「もし、芳樹くんが素直に茉莉花ちゃんを【強制退場】させても、それを忘れてしまおうなんてするはずがないよ!」
「……僕だってそう言おうとしたよ。」
千藤は不貞腐れたように呟く。
恵は、彼の視線の意図に気づき、あっと声を漏らした後黙り込む。
「他にも、恵は夜に訪ねてきた芳樹について、気になってるんでしょ?」
「うん……。」
恵は躊躇いながら肯定した。風花にとっては記憶にないことであるため訝しげに恵を見る。
「オレには記憶ないけど……その時のオレと何を話したんだ?」
「その時には【『今までありがとう、友だちになれてよかった』、『たぶんもう会えない』、『赤根さんのこと忘れないで』】って言ってたよ。」
「それって、まるで自分が消えることを予感しているような言い草だね。」
千藤が苦笑しながら風花を見ると彼の顔は蒼白だった。
「それに私が起きたことを驚いていた、と思う。まるで、計算外と言わんばかりに。」
「……それってオレが睡眠薬とかでみんなを眠らせたってことか?」
「それはないよ。だってこの世界に来てから【アイテムは使用されていない】もん。」
「そうか……。」
琴乃の指摘に彼は頭を抱える。
「ならオレは、赤根さんを【強制退場】させて、これからログアウト処理をされることを見越して乙川さんに【若狭先輩の手紙とフロッピー】を預けに行ったのか……?」
「それなら今渡せば良くない?」
「それは……確かに。」
千藤の疑問に返す答えはないようだ。
「私は、今回の件についてはもっと複雑だと思うの。」
恵がポツリと呟く。
3人は恵に注目した。一度言葉にしたら、思考が溢れてきたのか、彼女は風花に迫っていく。さすがの彼も恵の剣幕に圧されたのか数歩退いた。
「だって、あの時の芳樹くんは『もう会えない』って言った。でも今あなたは私の目の前にいる。」
「そんな言われても……向こうのログインルームで独りでログアウト、しようとしたけどできなかったとか?」
「芳樹くんなら、そんなことはしないよ。それに芳樹くんはあの時濡れていた。その謎だって解けてない。」
「まぁ、そうだね……。」
「それに3日目以降の記憶がない、その理由だって私は納得していない。」
千藤と琴乃は恵の言葉に議論を続ける意向に傾いてきたようだが、風花は困惑しているようだった。
「なら! オレの身体に何が起きたか分かるのか?! これ以上話し合っても出ないなら、オレがさっさとログアウトしてーーー。」
「ダメだよ!」
風花の手を恵が強く握る。
元来フェミニストの彼はその手を振り解けず、動きを止めた。
「ーーーねぇ、やっぱり可笑しいよ。
こんなの、芳樹くんじゃないみたい。」
「は」
目の前の彼が息を呑む。
そのリアクションで恵は自分の仮説が合っているのではないか、そう思ってしまった。
証拠も確信もないけど、真実はそこにあるのだ。
「ねぇ、あなたは誰なの?」
その鋭い刃のような問いに場は静まり返る。
でも、恵には分かっていた。
この問いは、恵が解かなければならないものなのだと。




